戦場の薔薇

戦場の薔薇

第六話「硝煙の薫り」



月面都市セレス/メイス公国軍アルテミス基地

公国軍最重要拠点アルテミス。
本国であるこの地を守護する公国軍の本部。ここは、軍関係者の中でもトップクラスの権力者達が鎬を削る政治の場でもある。
公国軍内のあらゆる作戦・戦略はここで決議され、公国の政治に関しても全てがこのアルテミスに委ねられている。
つまり、このアルテミスこそが公国の中枢と言えるのだ。

セレスは先にも話した通り、月面の巨大クレーターの中に存在する。
その上空をドーム状防護フィルターで覆い、内部の環境を人工的に管理運営しているのだ。
天候から酸素濃度、抗菌状態に至るまで、全てが人の手によって調整されており、その中で国民は豊かな生活を送っている。

最先端技術の結晶とも感じ取れる街並み。そこを行き交う十億もの人々。
誰一人として、地球の環境を懐かしむ者など居ないこの土地に、男は立っていた…。

「君の名を聞いた時は、正直驚いたものだが…変わらんな、中尉」

「今の私は大佐です。アルマンダイン総統閣下」

執務室と書かれた扉の向こう。広々としたその個室に敷き詰められた赤い絨毯。高級感を漂わせる家具や置物等からは、部屋主の地位の高さを感じさせる。
革張りのエグゼクティブチェアに腰掛けた男と、磨き上げられた高級木製デスクを挟んで立つもう一人の男。

「…律儀な男だよ、君は。私の前でも、その仮面を外してはくれんのだな」

深々と椅子に腰掛けた男は、鉄仮面で顔を隠した男に寂しげな表情を浮かべながらそう言った。

「過去も、名声も、家族さえも、全て捨ててここに立っているのです。…今の私は、マクシミリアン。それ以上でも、それ以下でもありはしません」

自らの仮面を指先でなぞり、マクシミリアンと名乗った男は背を向けた。

「…第四格納庫に、新型を用意した。純白の彩色が、今の君には良く似合っているように思う」

「使わせて頂きます。…では」

アルマンダインを残し、部屋を出て行く仮面の男。
その背を見送った彼は、背凭れに身を傾け、閉じられた木製ドアに小さく語り掛けた。

「…何時か、その仮面を外して語り合える日が来る事を切に願うよ…」


【公国軍本部アルテミス/地下第四格納庫】

本部地下の格納庫というだけあって、戦時中のそれはある種戦場に近い。
整備員や兵士でごった返すその中を悠然と歩くマクシミリアン。

「お、おい、なんだ?アイツ」

「仮面なんか付けちまって、仮想パーティーか何かと勘違いしてんじゃ…」

異様な彼の姿にどよめく兵士や整備員達。だが、その内の一人が、ハッと声を上げて状況が一変した。

「ば、馬鹿ヤロッ!ちゃんと星の数確認してみろっ!」

「…?」

マクシミリアンの着用する軍服。その首に大きな星が3つと小さな星が3つ。それらバッジの数は軍内での階級を表すモノで、そこから読み取れる彼の階級は兵士達に動揺を与えるに十分過ぎた。

「た、大佐…!?」

「まさか、あの人が最近噂になってる…?」

「総統閣下の勅命で、守人の主要拠点を次々と陥落させてるっていう…」

「しかも、たった一人の遊撃部隊だって?」

「おいおい、TACでもあるまいし…バケモノかよ」

ざわめきはマクシミリアン自身の耳にも届くほどで、彼はその噂話に苦笑した。

「…フッ、バケモノか…。確かに…な」

そして、他とは隔離されたスペースに格納された一機のTPの前で、彼は立ち止まった。
装甲に白い彩色を施されたその機体は、何処か寂しげに、だが、悠然とした態度でその場に立ち尽くしていた。

「フェンリル…。気高き純白の孤狼か…。確かに、今の私にはこれ以上ない機体だな」

マクシミリアンは自身にそう呟きながら、フェンリルのコックピットに乗り込むと、ハッチを閉めると同時に機体を起動させた。

「…マクシミリアンだ。フェンリル、出るぞ」

『…了解、ハッチ開放。フェンリル、リフトアップ。…ご武運を、大佐』

フェンリルを乗せたリフトは、開かれた天井隔壁の向こうに伸びる射出通路を抜け、一直線に宇宙空間へと飛び出した。

「…タクマ・イオリ…。帰って来たぞ、私は…っ」

暗い闇の空を一筋の閃光が駆け抜ける。
それはまるで流星のようで、見る者の視線を釘付けにした。
瞬く間に過ぎ行く刹那の輝きは、一度地球を眺めるようにして動きを止め、反転して直ぐに暗闇に解けて行くのだった…。


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