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戦場の薔薇
第八話「崩れた均衡」
敵の高出力ビーム砲によって大きな痛手を被ったケルベロス。不測の事態に大きく動揺した彼等は、守人軍の猛反撃を受けて窮地に追い込まれてしまった。…が、そこに突如として飛来した一機の白いTP「フェンリル」そのパイロットであるマクシミリアンの圧倒的戦闘能力によって辛くも危機を脱した一行は、彼の先導によって一時本国へと帰還していた…。
【0020/09/13/10:30】
月面都市セレス/公国軍アルテミス基地・地下TP用四番ドック
「おぉ…。コリャこっ酷くやられたのぅ、坊主」
元は白かったのであろう薄汚れた作業服に身を包み、ハンガーに固定されたケルベロスを見上げる白髪の老人。
損傷したケルベロスの左腕には溶解された形跡が残されており、その部分をジッと凝視しているようだった。
「…治せそうか…?」
「ワシを誰じゃと思っとる?そこらの若造にゃ無理な仕事じゃろうが…な」
タクマが心配そうに尋ねると、そう言って前歯の抜け落ちた口を開き、ニカッと笑う老人。
「…すまない。助かるよ、ケン爺…」
「なぁに、気にする事ぁない。オマエさんの頼みとあっちゃ、断るワケにもいかんしの。ホッホッ」
心配するな。とでも言いたげに肩をポンポンッと叩き、皺くちゃの顔で微笑みながら修理作業を始めようと歩きだす老人。
タクマはそんな彼の背中に向かって済まなそうに苦笑を浮べた。
「…………………………」
狭いとは言えないが、決して広くないTP用ドック。
天井から吊るされたクレーンのワイヤーフックや作業用の大型機材。隅っこの方に寄せ集められた幾つものコンテナ。
工業用油の匂いが鼻につく。しかし、何処か懐かしいその雰囲気に、タクマはしばし瞼を閉じた。
…脳裏に浮かぶのは、つい先ほどの景色。
アルマンダイン総統への報告の時の話だった…。
【0020/09/13/09:30】
アルテミス基地/執務室
深々と椅子に腰掛けるアルマンダイン。その表情は硬く、険しい物だった。
机を挟んで作戦報告を行うタクマとティリア。そして、その脇にはマクシミオリアンの顔も在った。
「…既に話は聞いているよ。任務の完遂には至らなかったが、君達は十分な成果を挙げた。気を落とす事はない」
「…申し訳…ありません…」
アルマンダインの労いの言葉は、余計にタクマを傷付けた。
初めての作戦で任務の失敗。…自身の戦闘能力に自信を持ち、戦いこそが己の存在意義と考えていた彼にとって、その言葉は余りに重く刺々しい気がした。
「ご苦労だった。今日はもう下がって休むといい」
「ま、待って下さい!オレに…、オレにもう一度だけチャンスを!」
机へと縋り付くように、アルマンダインに訴えるタクマ。
余程の悔しさがあったのだろう。それに加え、どうしても引き下がる事の出来ない理由もあった。
「まだ、ここで引き下がるワケには…。そ、それに、あのまま放置すれば、勝利に自惚れた奴等は増長してしまう!ここは、オレに追撃の任を…!」
「ヤケに積極的なのだな…。TACというのは、皆そう戦闘熱心なのかね?それとも…」
そこまで言い掛けると、アルマンダインは少し間を置き、俯き加減からタクマの目を見上げて言葉を続けた。
「彼女の事…かね?」
「っ!!」
『彼女の事』そう言われた途端、タクマの体は凍り付いたように固まり、押し黙ってしまった。
「…覚えているよ。オペレーション・シューティングスターが成功した暁には、彼女…『セツナ・クサナギ』を生き返らせる。そういう約束だったね…」
…あの日、最終選考に残ったタクマとセツナ。だが、TAC開発者であるドレインの非道な試験内容により、その自らの手で彼女の命を奪ってしまった彼は、アルマンダインに直訴した。
「作戦自体の成功確率は、約32%。だが、必ずややり遂げて見せる。…そのかわり、もし成功させる事が出来たなら…」
タクマの必死の懇願に根負けしたのか、アルマンダインはそれを承諾。そして、任務の失敗という形で、この約束は終わりを迎えようとしていた。
それこそが、彼があの作戦に執着していた理由であり、今でも、決して退く事が出来ない事実だった。
納得など出来る筈も無い。何よりも大切にしていた人の「命」がかかっているのだから。
「…本当は、後ほど通達するつもりだったのだが…。実を言うとその件に関して、君に伝えなければならない事があるのだよ…」
「オレに…?」
アルマンダインは大きく呼吸し、自分…というよりも、タクマに落ち着く時間を与えてから再び話し始めた。
「もう一月程前の事だ。君の生みの親でもあるグレイス・ドレイン博士が、自身の研究室で自害しているのを同研究員が発見した」
「な、なんだ…って!?」
タクマは愕然とした。
開発者のドレインが死んだとあっては、セツナの蘇生は絶望的だったからだ。
非道で残忍。陰険で陰湿な性格から、何処の誰からも忌み嫌われていた男ではあった。が、その頭脳は天才的で、他に類を見ない生態科学の権威として知られていた。言ってみれば、彼以外にTACであるセツナを生き返らせる事の出来る者などいない。と、いう事だ。
タクマは崩れ落ちそうになる膝を何とか誤魔化し、それでも立ち直ってアルマンダインを睨み付けた。
「セツナは…セツナはどうなるんだっ!?」
「…タクマ…。落ち着いて…」
今にも掴み掛かりそうなタクマを留まらせようと、その肩を掴むティリア。
すると、アルマンダインは冷静な態度を崩さずに言葉を続けた。
「まだ、話しは終わっていない。最後まで聞き給え」
「…なに…?」
そう言ったアルマンダインは、脇に立つマクシミリアンに目を向けた。
「頼む、マクシミリアン」
「ハッ。…イオリ特尉、これが君にとって朗報となるかどうかは判らんが、独自の調べによる私的見解だ。聞いて貰いたい」
アルマンダインに一礼したマクシミリアンは、タクマの方へと向き直ってそう告げ、更に言葉を繋げた。
「私は、ドレインの死に色々と疑問を感じていてな。そこで、彼の身辺を隈なく洗ってみた。…すると、出て来るのは不可解な事実ばかりでな…。それに、保管されていたセツナ二級特尉の遺体も消え、残されていた彼のデータバンクから、重要な資料が全て削除…いや、複製し、消された形跡が見付かったのだ」
「セツナが…。それはつまり…、ヤツが生きていると…?」
「うむ。私は、そう確信している」
だが、その話しに疑問を感じていたのか、それまで静観していたティリアが会話に割って入った。
「…ですが先程、グレイス・ドレイン博士の遺体が発見された。…と、おっしゃっていませんでしたか…?その話しには、若干の矛盾があるように感じられますが…」
「君らしくないな、ティリア君。…忘れたのか?彼が、生態科学の権威であったという事実を」
「…!」
ティリアにもようやく話しが見えてきた。
生態科学の権威である彼にとってみれば、自分の複製を生み出す事など造作もない。
「…そういう事…ですか…」
納得した様子で引き下がるティリアに、マクシミリアンは表情の伺えない鉄仮面を輝かせた。
「私も、彼の意見が正しいと感じている。それに、最近のドレイン博士の動向には、不審な点も多かったと聞く。恐らくは、何かの企みを画策し、その時間稼ぎに複製した自身の遺体を残していったのではないかな?」
「セツナ二級特尉の遺体が消えていたというのも気になる。可能性を考えれば、望みを捨てるのはまだ早いと思うがな…」
セツナの蘇生には、まだ希望がある。そう見出せただけで、この情報は今の彼に十分過ぎる気力を与えた。
マクシミリアンとアルマンダインを交互に見返したタクマは、冷静さを取り戻したのか、深く頭を下げた。
「…暴言と非礼の数々、申し訳ありませんでした…」
謝罪するタクマに、アルマンダインは優しく微笑んで答えた。
「なに、気にする事はない。…大切な人の命が掛かっているのだ。人間、そうもなるというものだよ」
その言葉は、素直に聞き入れる事が出来た。
初めてだったかも知れない。他人の優しさをこんな風に感じる事が出来たのは。
嬉しかった。それが、率直な表現として、適切だと思えた。
しかし、同時に疑問も残る。
人間ではないTAC。しかも、謀反を企んでいるかも知れないというドレインの残していったモノ。そんな疑わしい自分に、何故このような重大な話しを聞かせたのだろう。
そもそも、アルマンダイン総統といえば、公国軍の中でも最高クラスの権力者だ。その彼と自身が謁見出来たという事態さえ不可解だった。考えれば考えるほどに疑問を拭う事が出来ず、気付けば無意識の内に尋ねてしまっていた。
「…何故、そんな話しをオレ達に…?」
「…ん?」
「先程の話し、聞く限りでは、少なくとも特Aクラスの機密事項に分類される物かと…」
タクマのその言葉を遮るように、アルマンダインは「フッ」と笑った。
「…?」
「いや…、すまない。彼が、随分と君の事を気に掛けていてね。…どんな少年なのかと、私も興味を持ったのだ。心配せずとも、他意はないよ」
彼。と言って、マクシミリアンを横目に見たアルマンダインは、タクマにそう語った。
「ドレイン博士の消息に関しては、コチラでも目下捜索中だ。何か進展があり次第、君にも随時報告する。後の事は我々に任せ、今日はゆっくりと休むがいい。特尉」
「は、はい…。有難う…ございます」
初めて口にした言葉に、少なからず違和感を感じるタクマ。しかし、それが現状最も適切で必要とされる気持ちの表現であると感じた彼は、迷いながらも深く頭を下げるのだった…。
【0020/09/13/12:00】
ウトウトと居眠りをしていたタクマの耳を突然の大声が打ち鳴らす。
「た、大変じゃ、起きんか坊主!!」
「っ!?」
老人の呼び声に、コンテナの上で飛び起きるタクマ。
ふと見下ろすと、足元ではケン爺が、何やら慌てた様子でスパナを振り回して叫び続けていた。
「テレビじゃ!早く降りて、コレを見んかいっ!!」
まだ寝惚けた眼を擦り、タクマは早々にコンテナから飛び降りると、ケン爺に背中を押されるがまま修理中のケルベロスのフットパーツに乗せられた小さなテレビモニターを見た。…だが、そこに映し出されていた人物と内容に、淡い眠気など吹き飛ばされてしまった。
「…グレイス・ドレイン…!」
演説台に登り、幾つものマイクを前に演説するドレインの姿。
テレビモニターの中の彼は、まるで楽しんでいるかのように笑み、訴えかけていた。
『…聞き給え、地球圏に生きる数多のニンゲン諸君。我々は、革命闘士『戦場の薔薇』である!我々は訴える。この危機的資源不足を打開する為に始められたOP2争奪戦争にも守人軍の敗戦という形で終局が見え始めた今日、諸君等は今、何を感じているだろうか。…高揚感?いや、それとも満足感だろうか?…否!今、諸君等が感じているのは、戦争が終結する事への不安である筈だ!何故なら、戦争こそが人を導き、闘争こそが人を進化させて来たからだ!…考えて見て欲しい。諸君等は、戦争が終わる事で得られる「平和」などという物に、どれ程の意味と意義を見出せるであろうか?人の歴史に学ぶなら、それは云わば停滞期のような物である。革命によって起こされた戦争は人民を奮い立たせ、新たな秩序と進化を促す。その後に待っている平和など、ただ時間を無為にしているに過ぎないのではないか!?争いの中でこそ新化し、争いの中でこそ生存本能を掻き立てられる我々にとって、戦争こそがその在り所であると気付くべき時なのである!』
戦争こそが人の歩むべき道だと説くその演説は、自己中心的で人心を集めるには不足な内容だったと言える。しかし、この混乱した情勢を更に混乱へと追い込むには十分過ぎる抗弁だった。
「戦争がもう直ぐ終わろうとしているこの時勢に、若造が…何を考えておる!」
その放送に怒りを露にするケン爺。しかし、一方のタクマはというと、何やら俯き加減で笑い声を発し、頭を抱えていた。
「…クッククク…アッハハハハハハハ!」
「ど、どうしたんじゃ、坊主…?」
不思議と感じたのか、ケン爺はタクマの顔を覗き込んだ。すると、彼は心底喜んでいるかのような笑みを零し、吊り上げた口端から犬歯を覗かせて言った。
「宣戦布告のつもりか?グレイス・ドレイン…、やってくれるじゃないか。…だが、お陰で戦争も終わらず、貴様を殺す口実も出来た。セツナの居場所も見当が付いたぞっ」
ギュッと拳を握り締め、鬼気迫る笑い顔で天井を見上げるタクマ。
「待っていろ…、セツナを生き返らせた後、オレのこの手で貴様を八つ裂きにしてやる!!」
「ぼ、坊主…!?」
このドレインの放送を受け、公国軍は守人との和平交渉を申し出る。しかし、公国国民至上主義を掲げる彼等のその高圧的な態度から交渉は決裂し、あまつさえ守人はドレイン率いる革命軍「戦場の薔薇」との同盟協定を結んでしまう。
守人達の意向とは大きくズレたドレインの思想ではあったが、公国軍のTACによって圧倒的劣勢に追い込まれていた守人は、最終的にOP2を手中に収める事が出来れば良し。と、その戦力を利用してでも公国軍を打倒する事を決めたのだった。
こうして、新たな戦いの火蓋は切って落とされたのである…。
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