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戦場の薔薇
第九話「ホーリークロス」
革命闘士「戦場の薔薇」代表グレイス・ドレインの宣戦布告から一月余り、公国内部の情勢は混乱し切っていた。
宣戦布告と同時に強襲を受けた公国軍二つ目の資源衛星「ラピス」は、今やドレインの手中で要塞化し、衛星軌道外から地球と月の双方を牽制する位置関係を取っていた。
戦場の薔薇が保有する戦力は、既に公国軍と拮抗するほどにまで成長し、その中核を占めるのはドレイン子飼いのTAC部隊。そして、宇宙要塞ラピスという足掛かりを手にした守人軍だった。
消え掛けた闘争という名の残り火は、再び大火となって燃え上がり始めたのだ…。
アルテミス基地/執務室
アルマンダインの執務室に呼び出されたタクマとティリア。何時ものように総統の側で立つマクシミリアンに一礼すると、その奥に見慣れない男女が二人で並んでいる事に気付いた。
「立ち話というのもなんだな…。そこへ掛け給え」
アルマンダインに勧められるまま、執務室脇の窓際に並べられたソファーへと腰を落ち着かせるタクマとティリア。
外界に広がる白金の街並み。所々から顔を出す深緑。アルマンダインの手によって淹れられた良質な紅茶の香りが鼻先を擽る。
タクマは、何となくその空気に馴染めなかった。
「あの…、用件はなんでしょうか?」
早々に場を立ち去りたかったのか、タクマの口から真っ先に出たのはそんなセリフだった。
「うむ。…君達も知っての通り、グレイス・ドレインによるテロ活動は日増しに活発化し始めている。守人の戦力を吸収し、TACを主軸とした彼等「戦場の薔薇」の力は侮り難い物がある。…軍事要塞と化した資源衛星ラピスを拠点とし、その戦力を広域に渡って展開している彼等は、既に各宙域で我が軍と小競り合いを始めている現状だ」
そう言いながら紅茶を一口啜り、窓の外へと視線を向けるアルマンダイン。
フゥ…っと溜め息にも似た吐息を漏らし、再びタクマ達に向き直った彼は、カップを受け皿の上に戻して言葉を続けた。
「…気付いていながら、何も出来なかった。申し訳ないと思っている」
どうやら、アルマンダインはセツナの件について言っているようだった。
おそらくは、事を起こす前にドレインを捕え、セツナの蘇生手術を行ってくれるつもりでいたのだろう。
だが、結局は先手を打たれ、成す術が無かった自分を咎めているらしい。
しかし、そんな彼に向かって、タクマはフッと笑って見せた。
「…?」
「いえ、とんでも…。それどころか、この状況はオレにとってこの上無いんですよ」
目を見合わせるアルマンダインとマクシミリアン。タクマが何を言っているのか、二人には想像も出来なかったからだった。
「…ヤツには、殺しても拭いきれない恨みがある。こうなってくれれば、ヤツを撃つ口実も出来たって事ですよ」
続け様に吐き出されたその言葉に、マクシミリアンは仮面の下で小さく笑った。
「フッ…やはり、そうでなくてはな…」
マクシミリアンは、三つ指で鉄仮面を軽く押し上げると、アルマンダインの方へと再び向き直り、言葉を促すような仕草を見せた。
「…そうだな。わかった」
アルマンダインの顔が公国軍総統のモノへと変わり、その鋭い眼光でタクマを見た。
「タクマ・イオリ一級特尉。君には、本日付けで特別遊撃部隊ホーリークロスへの編入を申し付ける」
「編入…?それも、ホーリークロスに…」
公国軍特別遊撃部隊ホーリークロス。如何なる戦場においても超法規的処置が許されるとされたこの部隊は、隊長マクシミリアン大佐によるたった一人の部隊であった筈。しかし、そこに編入とはどういう理由からなのか、タクマには理解出来なかった。
「…特尉。私は常々隊の戦力増強を考えていた。そこで今回、公国軍の各所から、トップクラスのエースパイロット達を引き抜き、我が隊ホーリークロスの新戦力として迎えたいと閣下に進言していたのだ」
「そこで選ばれたのが、俺達ってワケ」
マクシミリアンに続き唐突に声を発したのは、先程から彼の後ろで静観していた男女の内の一人だった。
「彼等は、君より先に編入が決まったホーリークロスの新入隊員だ」
マクシミリアンに促され、二人の男女が一歩前へと進み出た。それに合わせて立ち上がったタクマとティリアは、その発言を待つ。
「俺は、元13番隊バーゲストのベリオ・ルインバーグ。階級はオマエさんと同じ特尉だ。ヨロシクな、相棒」
握手を迫って来た金髪のその男。バーゲストのルインバーグといえば、タクマにも聞き覚えがある名前だった。
性格は軽薄で、信用なら無い雰囲気だが、そのTP操縦テクニックは公国軍内でも随一と言われる狙撃の名手だそうだ。
彼の目に捕えられた獲物は、必ず頭部を撃ち抜かれて破砕する事から、守人軍の兵士達に「死神ネックチョッパー」の二つ名で呼ばれている。
「元第24独立機甲師団ファントム所属。ヴァネッサ・ブランシュタイン特尉だ。貴公の噂は色々と耳にしている。…良くも、悪くもな…。宜しく頼む「黒い妖犬」殿」
敬礼しながらも、そう言って嫌味っぽい笑顔を見せたのは、ブロンドのショートカットが軍服に良く似合う女性だった。
こちらも名前は有名で、容姿の端麗さからは想像も出来ない勝気な性格と発言。加えて圧倒的敵ユニットの撃破数から、味方からも「ブレアの紅い魔女」と呼ばれ、恐れられている。
「双方とも二つ名を持つ我が軍きってのトップエースだ。戦闘においても、君に劣る事はないだろう」
「………………………………………」
マクシミリアンの言う通り、戦闘に関しては彼等が不足を取る事など無いだろう。しかし、それでもタクマには不安があった。
生まれてからこの方、たった一機だけで戦い続けて来た彼にとって、部隊に所属しての連携プレーなど経験が無かった。それが、突然放り込まれた戦場で、しっかりと任務を果たせるのかが判らなかったからだ。
「…心配はいらん。君の能力があれば、ホーリークロスでも十分にやっていける筈だ。自分に自信を持ち給え、特尉」
「…ハッ」
敬礼し、命令に従う意思を示すタクマ。同様に、ティリアも頭を下げて新たな指令を聞き入れた様子だった。
(今度こそ…必ず…っ)
胸の内にそう刻み付け、窓の外を見上げる。
宇宙の蒼に思いを馳せるように、タクマはその拳を握り締めた…。
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