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戦場の薔薇
第十一話「神の威光」
資源衛星ラピス周辺/暗礁宙域
超巨大隕石と呼ぶに相応しい形状を持つ資源衛星ラピス。その周辺の宙域には、暗礁群と呼ばれる隕石の群れが存在した。
これ等の大半は、ラピスから削り取られた岩盤が廃棄され、それが溜まり形成された物。…そう、言い換えるなら、ゴミ溜まりである。
しかし、それを利用し、ラピスとの接触を図ろうとしていた者達が居た…。
「ゴミと漂流とは…何とも地味な作戦だねぇ」
『そう言うな、ルインバーグ…っと、待て。そもそも、この作戦の発案者はお前だったと記憶しているんだが…?』
「あぁ…。悪いけどオレ、過去にはこだわらない主義なの」
『…まったく、良く言う』
ベリオとヴァネッサの会話は、まるで遠足でも楽しんでいるかのような、そんな雰囲気だった。
『…二人とも、その辺にしておけ。触れ合い回線とはいえ、ここから先は探知される恐れもある』
『りょ~かい♪』
『了解だ』
彼等が乗っているのは、古惚けた一隻の小さな輸送艇だった。その中に、四機ものTPを格納し、故障したワケでもないエンジンに火も入れず、ただただ暗い闇の中を漂っていた。
「…資源衛星ラピス。接触まで、340秒…」
「そろそろか…」
その中には、勿論タクマとティリアの姿もあった。
モニター越しに二人が覗く漆黒の海。その直中を揺れる一つの巨石…それが「資源衛星ラピス」だった。
だが、資源衛星とは言ってもドレイン率いる戦場の薔薇に占有された今は要塞化が進み、無許可で近付こうものなら一瞬で蜂の巣にされるだろう。その為、輸送艇は電磁波や熱量を遮断する特殊な素材の布で覆われ、それに施された迷彩塗装によって隕石に偽装していた。
(やっと…これでやっと、助け出してやれる…。待っていろ、セツナ…)
ここにセツナが居る。そう信じ、彼女を救う事だけに集中するタクマ。
ようやく巡って来たチャンス。コレをふいにするような事だけはしたくなかった。
ラピスとの距離がジワジワと近付く近付いて行く。その中で、言い知れぬ緊張感に苛まれながら、タクマは出撃準備を整えて行った。
ラピス攻略作戦。それは、特別遊撃部隊ホーリークロスがデブリに紛れて少数精鋭による奇襲を行い、浮き足立ったRW(戦場の薔薇)軍に大して後方待機している本隊から一斉攻撃を仕掛けるという内容だった。
ここまでは順調に作戦が進行しており、奇襲はほぼ成功するであろうとの確信もあった。しかし…
「…十時上方…ラピスに熱源…っ!?」
「なにっ!?」
ティリアの声が響いた直後、彼等の乗った輸送艇を光が撃ち貫いた。
高熱量のエネルギー兵器…おそらくはビームかレーザーの類だろう。その熱に焼き溶かされた輸送艇の装甲は、赤く熱せられて穴を開けられていた。
『全機、輸送艇から脱出、急速離脱!』
ベリオもヴァネッサも、そして、隊長のマクシミリアンでさえも気付いていなかった。
熱センサーの反応は一瞬で、しかも、あまりの高熱で撃ち抜かれ為、衝撃が一切無かったからだ。
しかし、エンジンルームを撃たれている事から、直ぐに爆発が起こると判断したタクマは、マクシミリアンよりも先に、隊の全員に退避指示を出していた。
隊長の指示ではない。だが、そこは流石のエースパイロット達だった。タクマの指示であっても、その声色から即座に緊急を要すると判断し、口よりも先に行動を起こしていたのだ。
ドゥウンッ!!
四機全てが脱出直後、輸送艇は内側から大爆発を引き起こし、辺り一面を閃光で照らし出した。
「ふぅ~…。間一髪ってヤツだネ」
「タクマ、アンタのお陰で助かったよ」
「礼ならティリアに言ってくれ。真っ先に砲撃に気付いたのは、コイツだ」
タクマの何気ない一言だった。だが、そんな心遣いが、ティリアの表情を微かに人間らしくさせた。
彼女がベリオとヴァネッサの礼も受け、どう答えていいのか思案していると、そこにマクシミリアンの助け船が出された。
『お前達、安心するのはまだ早いぞ』
そう。輸送艇を狙い撃ちされたという事は、RW軍にコチラの存在が知られているという事の証明に他ならなかった。
『敵はコチラに気付いている。もうすぐ、TP部隊も出て来るだろう。…だが、奇襲は失敗したが作戦が失敗したワケではない。これよりプランBに移行する。…各自散開!』
『了解!』
散り散りに飛び出す四機。プランBとは、単純に各機が散開して敵の迎撃に当たるという作戦だった。だが、これは決して楽な戦術ではない。
数十機という敵TPを一人一人が各個受け持つ事になるのだ。故に、トップエース級のパイロット達だからこそ可能な、驚異的戦術とも言えるのである。
「…ラピス内より、熱源多数…。固体識別…レーヴェです…」
ティリアの言葉に心身を引き締める仲間達。
「奴さん、おいでなすった…っ」
「連中、どうやら本格的にあの新型を配備し始めたようだな…。面白いっ」
超長銃身の狙撃ライフル「グングニール」を脇に構えるオーディン。そこから少し離れた位置で、巨大な鎌を頭上に振り上げ、回転させてから構えるカーミラ。
ベリオとヴァネッサは既に迎え撃つ体勢を整えていた。そこへ、マクシミリアンが隊長として檄を飛ばす。
『各機、敵はあのレーヴェだ。雑魚と見て気を抜くと、足元を掬われるぞ!』
『了解!』
敵に発見され、作戦の変更を余儀なくされても、彼等は動揺する事無く的確、且つ適切に行動して行く。これが、エースがエースたる由縁なのだろう。
マクシミリアンは本隊へと伝聞を送り、作戦変更の指示を下すと、フェンリルのバーニアを点火して彗星の如く闇を切り裂いた。
『イオリ特尉。気持ちは判るが、先走るなよ』
「分かっています。焦りは、任務の成功率を下げる…と、あの時、学びましたから」
『…いい答えだ。生きて帰るぞ、特尉!』
「了解っ」
両手を大腿部に翳し、抜き出された二丁のハンドキャノンをその手にスリングすると、構えを決めて暗闇に溶け込むケルベロス。
タクマには、やるべき事があった。ケルベロスが有するステルス機能を用いて先行し、他の三機が陽動を行っている間にラピスへの侵入を果たす事である。
姿を闇に溶け込ませたケルベロスは、ラピスから次々と出撃して行くレーヴェを横目に外郭へと取り付き、光学ステルスを維持したまま待機させると、宇宙用パイロットスーツ付属のヘルメットを装備してコックピットハッチを開いた。
『行けるな?ティリア』
『大丈夫…』
タクマとティリアはヘルメット同士をくっ付けて会話し、小銃を手に宇宙空間へと飛び出した。
直ぐ側にある外郭の物資搬入用ハッチを設置されたハンドルから手動で開き、ほとんど止まる事なくラピス内部へと侵入する二人。
彼等は銃を握ったまま、手馴れた様子で周囲の警戒を行いながら通路内を進んで行く。
無重力という環境の中では、歩くというより空中を滑るといった感じで動く。壁や床を蹴って、その反動で移動するワケだ。
『………………………………』
周囲は全て金属製の壁で覆われ、慣れない人間は息苦しさを感じるような景色だった。
天井には大小様々なパイプが張り巡らされ、それぞれ部屋の入り口には操作盤が備え付けられている。
如何にも「軍事基地」といった感じの雰囲気だった。
そんな狭い通路の曲がり角に接したタクマは、無言で左手を伸ばし、後方のティリアに「止まれ」と指示を出した。
壁の角越しに覗き込んだ先。そこには、慌しく動き回る兵士や作業員達の姿が覗えた。
「(…外の連中が上手くやってくれてるようだな。これなら、やり過ごせるか…)」
一本先の通路では、人々が溢れかえっている。しかし、混雑している今なら、素早く通り過ぎる事で気付かれずに抜けられそうだった。
『…………………………』
タクマは銃を構え、二本指を立ててサッと前に振り下ろし「通り抜ける」と、合図出して床を蹴った。
それに続き、ティリアも素早く彼の後を追い、二人は難なくラピス中核へと侵入を遂げる。
その頃、ラピスの外では、ホーリークロスとレーヴェ部隊の壮絶な戦闘が繰り広げられていた。
【0020/12/24/03:15】
「…チッ、流石に速いじゃないのっ」
素早く動き回る深紫色の機影。それは、レーヴェという例の新型機だった。それ等大群に照準を当て、難しい表情で愚痴るベリオ。
「反応が早いっ。…厄介だね、コイツはっ」
群がるレーヴェを相手に大鎌を振り回すカーミラ。ヴァネッサも慣れない相手に苦労している様子だった。
宇宙の黒に染まらない深紫の影。数にして五百を超えるレーヴェの群れは、それまでの守人軍の兵士とは別格の動きでホーリークロスに襲い掛かっていた。
「クッ、こう数が多くては、捌き切れんか…っ」
この圧倒的物量差には、流石のマクシミリアンも舌を巻いた。
しかし、フェンリルがレーヴェの群れに取り囲まれた時、その後方から四筋の閃光が走った。
「!?」
その光が纏めて十機ほどのレーヴェを焼き尽くした後、周囲十数キロ範囲内で立て続けに爆光が上がった。
「…来たか。エンデュミオン」
黒い宇宙に映える純白の船体。その砲撃は、このエンデュミオンから放たれた物だった。
『大佐、遅れて申し訳ありません』
「いや、十分に速かった。助かったよ、艦長」
エンデュミオンのブリッジ。そのど真ん中に陣取り、座したままマクシミリアンが映る正面の大きなメインモニターに語り掛ける男。
まだ三十代ほどの若さでありながら、威厳と風格を併せ持った彼こそ、ホーリークロス母艦エンデュミオンの艦長「クレイブ・ローガン」であった。
「両舷前方、距離二千に新たな敵反応」
「…数五十。全てRW軍の新型機、レーヴェです!」
ブリッジ後方左右に分かれて背中を向け合う二人の女性。
椅子に腰掛け、その椅子の肘掛から伸びたコンソールとモニターに映るレーダーを監視しながらクレイブに報告する彼女達。
正面から向かって右側に座るポニーテールの女性は、オペレーターの「ルチル・ユーリエフ」。対して、左側に座るショートカットの女性は、同じくオペレーターの「エミリー・ローズマン」。
「右舷前方、敵機捕捉!」
「左舷、同じく捕捉完了!」
操舵席を挟んで左右に一つずつ席を持つ二人。
ワックスで固めたトゲトゲとした金髪の青年は、火器管制官の「ジョニー・リー」。
対して、ポマードでオールバックに固めた頭髪の青年は、同じく火器管制官の「マサト・ユウキ」。
「回頭十四度、艦首を敵本陣へ向けろ!」
「了解!艦首回頭十四度!」
艦長席の正面、ブリッジの最も先端で舵を握る小太りの大男。それが、この艦の操縦を一手に任された唯一の操舵士「フランツ・ルース」だった。
「両舷展開!ラグナロク発射準備!」
「了解。両舷、トランスフォーメーション」
「変形完了と同時にエネルギー充填開始」
「一番から二十四番までプラグ接続完了。コネクター、開放します」
「エネルギー充填率、10…20…30…40…」
正面に捕えた敵陣に向け、艦の両舷を中央から大きく開くエンデュミオン。そして、中心部から現れた巨大な円状の発射口が放電を始めると、両舷の間に電磁場のトンネルが形成されていった。
「エネルギー充填率100パーセント!」
「ラグナロク、弾頭装填完了!」
「最終安全装置解除!」
「艦長、行けます!」
オペレーターと火器管制官によって全ての準備が整えられた事が知らされると、艦長は大きく息を吸い込んで最終決定を下す。
「目標、敵本陣。主砲ラグナロク…ってぇぇぇぇーーーーーーーぃっ!!」
直後、艦首から放たれた閃光は電磁場のトンネルを光速で潜り抜け、直径一キロメートルにも及ぶ光の柱と化して敵陣の中を撃ち貫いて行く。
「なんだ…っぬあ!?」
その効果範囲に飲み込まれたレーヴェ等が次々と爆散して塵にまで還元され、瞬く間に五十機以上もの敵機を殲滅して行った。
神をも滅ぼすという意の名に恥じぬ圧倒的破壊力。その威光の前には、新型機といえど烏合の衆に等しい。
たった一隻で戦局を塗り替える。これが、エンデュミオンというホーリークロスの切り札だった。
『うっひょー♪』
『とんでもない代物だな…』
凄まじいその威力に驚嘆するベリオとヴァネッサ。しかし、それを冷静に語るのは隊の全てを知り尽くすマクシミリアンだった。
「確かに、ラグナロクの破壊力は驚異的と言える。だが、その効果をここまで引き上げているのは、艦長とクルー達の力あってこそだ。エンデュミオンとは、彼等が居て初めて、一隻で戦局を左右する程の力を持ち得るという事を忘れるな」
広域破壊兵器といえど、撃ち所を誤れば効果は半減してしまう。その効果を最大限引き出す者が居なければ、それはただの玩具に過ぎないのだ。…そう。艦長やクルー達もまた、各ジャンルでのエキスパートばかりで構成されているのがこの部隊なのだ。これこそ、ホーリークロスがエリート集団である事の証明だった。
『ここで流れを変える。抜かるなよ、ベリオ、ヴァネッサ!』
『了解!』・『了解だ!』
エンデュミオンの放ったラグナロクにより、一気に浮き足立つRW軍。その機を逃すまいと、マクシミリアンは攻勢に転じるのだった…。
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