戦場の薔薇

戦場の薔薇

さぼの小さな大冒険。


無口なサボテン。
ご主人様のクライトさんは、とても優しい良い人。
何時も、ボクに声をかけて、二滴の水をくれる人。
ボクは、そんなご主人様の事が大好き。

でもボクには、ご主人様には言えない、秘密があるんだ…。

「おぉ~さぼ、今日も可愛いぞぉ~っ♪」

何時もの朝の挨拶。
ボクは窓際で朝日を浴びながら、ご主人様の「オハヨウ」に無言で答える。
ボクの身体には、幾つもの小さな針が生えている。
鋭く尖ってるから、ご主人様を傷付けてしまわないか、毎日心配。

「さて、今日も仕事だ。いい子にして待ってるんだぞ?さぼ」

ご主人様は、今からおしごと。
ご主人様は、ガッコウという所のセンセイなんだって。
でも、それが何なのか、ボクには解らない。
ボクは、サボテンだから。

「いってきま~す」

ご主人様は、何時もみたいにおしごとに行ってしまった。
ボクは今日も独り、部屋の隅っこで空を見上げてる。
今は、周りに誰もいない。
とっても静か。
だけど今日だけ、ボクは…サボテンじゃなくなる。

「行って来ます…。ご主人様」

ボクは、小さな鉢植えの中から身を乗り出し、その小さな身体で床に飛び降りた。
目の前には、無造作に脱ぎ捨てられたご主人様の寝間着。
さっきまでそこに居たご主人様を思い出して、一言だけお別れの挨拶。
もう、帰っては来られないかも知れないから…。

「……」

何時もは窓から見ているだけの世界。
広くて、危なくて、自由な世界。
でも、誰の目にも触れちゃいけない。
ボクは、サボテンだから。
だけど、本当は少しだけ違う。
ボクは、サボテンだけど、ただのサボテンじゃないから。
クルマの喧騒から逃げるように。
人間たちの話し声を避けるように。
ボクは、街の中を走る。
大きな建物の屋根を飛び越え、音も無く路地裏を駆け抜ける。
目指していたのは、人間たちが残した作り掛けの建物。
鉄骨が剥き出しの、ボクと同じ緑色の布切れを被った建物。
昼間なのに、そこは凄く静かで、人影も無い。
その中で、ボクは自分と同じ影を探した。

「…そこに居るんでしょ?出ておいでよ」

小さく、呟くようなボクの言葉。
だけど、直ぐに反応は返って来た。

「気付いてたのか」

彼は、ボクの目の前。
沢山の鉄筋が積み上げられたその影から、ゆっくりと姿を現した。
ボクと同じ、緑色の身体。
無数の棘で全身を覆う、歩くサボテン。
彼は、斜に構え、こっちを窺うように睨み付けて来る。

「裏切り者…さぼ。どうだ?人間界の生活は」

敵視されている。
同じサボテン仲間なのに、彼はボクを敵だと見ている。
それは、ボクが同胞を裏切った「抜けサボテン」だから。

「だんまりか…。だが、解ってるんだろう?抜けサボテンが、どういう運命を辿るのかってさ」

抜けサボテンの末路。
それは、一族の掟。
存在を他に知られないようにする為に、抜けサボテンはサボテン狩りにあって殺されてしまう。
彼は、サボテン狩りなんだ。

「せめて、君の名前くらいは教えて欲しいな…」

「名前…?」

サボテン狩りのサボテンは、ボクを見下すような目で口を開いた。

「まぁ、名前くらいはタダで教えてやるか…。オレは、サボタ。お前が想像している通り、一族のサボテン狩りさ」

サボタはそう言うと、口端を吊り上げて不気味に微笑んだ。
冷たい微笑。
それだけで、ボクの身体は凍り付いたように動かなくなってしまう。

「遺言があるなら聞いてやる」

「……」

ボクは、凍えたような震える唇で、サボタに尋ねる。

「…サボタくん。ボクは、やっぱり消されるんだね…」

「当然だ。人間にオレ達の存在を知られるワケにはいかないからな」

動くサボテン。
話せるサボテン。
心を持ったサボテン。
人間がボク達の事を知ったなら、彼等はボク達を珍しい生物として商売の道具にする。
だから、ボク達の存在は、人間に知られちゃいけないんだ。
だけど…

「ご主人様は、そんな事しない」

「ご主人…様、だと?」

サボタの顔色が変わった。
もっと冷たくて、恐ろしい顔。
そして、吐き捨てるように彼は言う。

「人間如きに、何が「ご主人様」だっ!お前、一族の誇りまで無くしたのかっ!?」

そうじゃない。だけど…

「ボクにとって、ご主人様はご主人様なんだ…」

サボタは、自分達一族に誇りを持ってるんだ。
だから、ボクのその言葉が許せなかったんだと思う。
でも、ボクにとっては、ご主人様はご主人様なんだ。
ご主人様は、ボクに愛情をに分け与えてくれたから。

「戯言を…。お前のような奴にかける慈悲は無い。そのまま地獄へ行けっ!!」

「っ!」

その言葉を皮切りに、サボタが強く地面を蹴って、空へと飛び上がった。
華麗で、まるで踊っているみたいな、動き。
それに見惚れてしまって、ボクは何も出来なかった。

「ぅあぐっ!!」

サボタの全身から飛び散る無数の針。
それは、何本もボクの身体を突き刺して、衝撃で吹き飛ばした。
冷たい土の上を滑るボクの身体。
地面に擦れた痛みと汚れに、ボクは塗れる。

「う、うぅ…」

立ち上がる事も出来ない。
ボクの目の前に降り立ったサボタは、地面に転がって動けないボクを見下ろしながら言う。

「…無様だな、さぼ。これじゃ、「ご主人様」とやらも浮ばれないぜ」

え…?
今、何て言ったの?

「どういう…事?」

動かない体を無理矢理起こし、膝立ちになって聞き返した。
すると、サボタは嘲るような笑みを浮べ、言葉を返す。

「お前、知らなかったのか?抜けサボテンに関わった人間も、抜けサボテンと同じ末路を辿るんだよ」

「ウ、ウソ…でしょう?」

ボクのせいで、ご主人様も殺される…?
ボクと関わったせいで…。
ボクのせいで…。

「良かったじゃないか。お前の大事な大事な「ご主人様」と一緒に、あの世に行けるなんてさ。アッハハハハハッ!」

ボクが殺されたら、ご主人様も…。
ダメだ…。そんな事、絶対にっ!

「…せない…」

「ん…?まだ、立てるのか。針千本を喰らっておいて…大したものだな」

足に力が入らない。
でも、立たなくちゃ。
ボクが倒れたら、次はご主人様が危ない。
負けちゃダメだ。
立ち上がって。ボクの身体!

「な…、なんだ、お前…っ!?」

ボクは、サボタを睨み返した。
勝てないかも知れない。
だけど、負けるワケいもいかないんだっ!!

「ご主人様に…、手を出すな…っ」

「クッ!なんだ…この力っ!?」

ボクは、ボク自身の身体から、何か熱い物が湧き出して来るのを感じていた。
例えるのなら、それはフォース。
燃え上がる焔のようなこの力で、ボクは…

「ご主人様の為に…鬼になるっ!!」

ボクは身体から生えた一本の棘をつかむと、それにフォースを込めた。
途端、棘の先端から伸びる青白い光の刃。
それを振るい、目の前のサボテン狩りに斬り掛かる。

「ライトセイバーッ!」

「な、無礼るなよっ!」

オレも、奴と同じく身体の棘を一本抜き去り、そこにフォースを込める。
ライトセイバー同士が激しく衝突し、鮮烈な火花を散らせながら弾け合う。
だが、これはどういう事だ?
ライトセイバーにしろ、フォースにしろ、我等一族の中でも特別な資質を持つ者だけが、長く厳しい修行を経て初めて体得出来る技。
しかし、目の前に立つコイツはどうだ?
先程まで地面に這い蹲っていた落ちこぼれサボテンが、何故こんな力をっ!?

「クッ、はぁぁあああーーーーっ!!」

「チィッ!!」

互いに弾かれて距離を取るも、信じられない反応速度で再び飛び掛って来るさぼ。
何故だ?
何故にこうも違う?
先程までの弱さは、ただの演技だったとでも言うのか?
パワーもスピードも、さっきまでとは比較にならない。
まるで次元が違う。

「初めは、ホントに出来心だった…。でも、ご主人様は、ボクに優しかったんだ!」

「なにをっ」

「毎日、何も言わないボクをホントの子供みたいに可愛がってくれて…愛情を注いでくれたっ!」

「そんなもの、人間どものエゴではないか!何が優しさなものか。奴等人間は、オレ達の事など、自らを慰める「ただの道具」としか思っちゃいない!!」

「それでも…居心地が良かったんだ。ご主人様は、ボクに「ボクだけの居場所」を与えてくれたっ!」

「まだそんな戯言をっ!それがエゴだと、何故解らん!?」

「君が解ろうとしていないだけだっ!!」

ご主人様を思えば思う程、心の底から力が沸き上がって来る。
今のボクは、ただのサボテンじゃない。
今のボクには、ご主人様を守れるだけの力があるんだ!

「えぇい、往生際の悪いっ」

「負けられないんだ…、ご主人様の為にっ!!」

幾度となく振り上げ、叩き下ろされる互いのライトセイバー。
人の身では決して不可能とも思えるような速度で、常に一撃必殺を狙う。
でも、ボク等は決して退こうとしなかった。
彼には、一族を守る騎士としての誇りがある。
だけど、ボクにだって、ご主人様を守りたいっていう強い思いがある。
退けないんだ。
譲れないんだ。
これだけは、絶対に!

「ご主人様は…ボクが守るっ!!」

「なっ!?」

一瞬の隙を突き、サボタの懐に飛び込んだボク。
その渾身の力を込めた一撃が、遂に彼のライトセイバーを頭上高く弾き飛ばした。

「…ボクの勝ちだ…」

「クッ…」

尻餅をつき、地面に座り込んでしまったサボタの眼前に、ボクはライトセイバーの切っ先を突きつけて言った。
でも、彼は悔しそうな顔を浮かべながらも、何処か不自然な表情で続ける。

「剣では負けた。…だが、フォースには、こんな使い方だってあるんだっ!」

「え…?」

サボタは尻餅をついたまま、右手をボクに向かって突き出した。
その直後、後方から鋭い風切り音が鳴り、ボクは咄嗟に身を翻す。

「くぅっ!!」

寸での所で直撃は避けた。
だけど、ボクの右肩には深い傷跡が残され、そこから薄緑色のボクの体液が溢れ出していた。

「うっ、うぅ…っ」

激痛で視界が歪む。
ボクは、余りの痛みで片膝を地面につき、その傷口を左手で押さえたまま、呼吸を荒げた。
でも、敗北を認めていないボクの目は、無意識にサボタを睨み返す。
すると、彼の手には、先程弾き飛ばした筈のライトセイバーが戻っていた。

「まさか…、フォースでライトセイバーを…っ?」

「そうだ。何の訓練も積んでいないお前には、逆立ちしたって出来ない芸当さ。クックククッ」

サボタはあの一瞬、弾き飛ばされたライトセイバーにフォースを集中させ、ボクの視界からその姿が消えたと同時に、不可視の力でそれを引き戻したんだ。
油断していた。
フォースにそんな使い方があるだなんて知らなかったから。
でもサボタは、ボクの喉元に容赦無く、そのライトセイバーの切っ先を突き付けて笑う。

「形勢逆転。チェックメイトだよ、さぼ」

彼はボクのように隙を見せたりはしなかった。
そのまま、弓矢を引き絞るようにライトセイバーを構え、ボクにトドメを刺そうとしたいた。

「サヨナラだ。さぼっ!!」

殺される…。
ボクは、負けたんだ…。
ごめんなさい、ご主人様…。
でも、そうして瞼を閉じた時、懐かしくて、温かで、大好きな人の声がボクの耳を打った。

「さぼっ!!」

「っ!?」

鈍い音。
嫌な音だった。
何か、液体の詰った柔らかな物が、鋭い刃で引き裂かれたような音。
でも、ボクの身体に痛みは無くて…その代わり、暖かな物が、ボクの全身を包み込んでいた。

「ご主人…様?」

どうして?
なんでここに、ご主人様がいるの?
それに、ボクを守るように包み込んでくれているご主人様のその手から、どうして真っ赤な人間の証が溢れ出しているの?

「…こんなに汚れて…、傷だらけになって…、大丈夫だったかい?さぼ…」

ご主人様は、ボクを抱えたまま、弱々しく微笑んでいた。
良く見れば、ご主人様のYシャツには切り裂かれた後もあって、そこからジンワリと赤が染み渡っていた。

「ご主人様っ!?」

そう呼んで、立ち上がろうとした瞬間、ご主人様の表情が苦痛に歪んだ。

「っ!」

ご主人様は、ボクの身体をギュッと抱き締めたまま、逃がそうとはしなかった。
…ううん、そんな事は、今はどうだって良かった。

「離して、ご主人様!ご主人様の手に、ボクの棘がっ!!」

ボクの身体から生えたジレンマが、ご主人様の身体を突き破って無数の傷を作ってしまっている。
ずっと、こうして欲しかった。
だけど、こうなって欲しくはなかったのに!
でも、ご主人様は、少し引き攣った笑顔で、ボクに続ける。

「ダメだよ、さぼ…。もう、いいんだ。さぼは、私が守ってあげるからな…」

違うっ!
これはみんな、ボクのせいなんだ!
ご主人様に迷惑をかけているのは、ボクの方なのにっ!
だけど、そんな気持ちが言葉に出せない。
悔しくて、悲しくて、どう言葉にしたらいいのか、解らなかった。
なのに、ご主人様の呼吸はどんどん弱く、遅くなっていって…

「ご主人……さ…ま…?」

遂には、その吐息さえ感じられなくなってしまった。

「ご主人様…?ご主人様!?」

どんなに叫んでも、ご主人様から応えは返ってこない。
冷たくなって行くんだ。
ボクを包んでくれた手も、胸の鼓動も、顔色も…。

「う…うぅ…っ、クライトさぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」

ご主人様は、もう帰って来ない。
この残された微かな温もりも、二度と温かさを取り戻す事はないんだ。
人間の最後。
大切な人の…死。
ボクは、抱き付く事も出来ず、ただ泣き叫んだ。
何度も何度も、声が嗄れるまで。

「…馬鹿な奴だ。その守りたかったお前に傷付けられると解っていながら、庇ってくたばりやがるとはな…」

「くっ!!」

許せなかった。
その言葉、一つ一つが、ボクの全身の棘を逆立たせた。
こんな風に思ったのは、初めてだ。
…サボタが憎い。
でも、何より、ご主人様を守れず、逆に守られてしまった自分の不甲斐無さが憎かった。
そう…初めてだった。

「ボクは…、生まれて初めて、誰かを殺したいと思った…っ」

「な…っ、ぁあ…っ!?」

動けない!?
このオレが、気圧されているというのかっ!?
足が、手が、まるで言う事をきかず、ただ震えている。
これが、本当の…恐怖だとでも言うのかっ!?

「許さない…。ボクは、お前を…絶対に許したりしないっ!!!!」

既に冷たく青褪めたご主人様の手から、出来る限りゆっくり、優しく、自分の棘を抜き、立ち上がる。
憤怒の業火に身を焼かれながら、ボクは目の前のサボタを鋭い目付きで睨み付けた。

「ぐっ、お前は…いったい何なんだっ!?」

サボタは、怯えた様子でボクに尋ねる。
だから、余計に強い憎悪を込めて、ボクは言い放った。

「ボクは…人間だっ!!」

ボクの身体から、より強く放たれる業炎。
噴出すマグマのようなそれは、ボク自身の目にも映る程強大になっていた。
今なら解る。
ご主人様が、どうしてボクを命懸けで庇ってくれたのか。
守りたかったんだ。
本当に、大切なモノだったから。
だからボクも、その気持ちに応えてみせる!

「サボタ…。これで、終わらせるっ!!」

「くっ、来るのかっ!?」

身構えるサボタを他所に、ボクは力の限り空高く飛び上がる。
そう、最初に彼がしたのと同じように。

「な…馬鹿が!針千本を使う気かっ!?アレは、熟練したサボテン騎士にしか成し得ない奥義の一つ。未熟な者が使えば、命の危険さえ伴う荒業なのだぞっ!?」

確かに、そうだと思う。
自分の全身の全ての棘を抜き去り、放ち、再生し、また放つ。
それを幾度となく一瞬の内に繰り返すのだから、当然だとも思う。
だけど、この技しかなかった。
最後の一撃。
この一撃で決めるには、彼が使って見せた、あの強力な技しかなかったんだ。
だから、躊躇する事もなく、ボクは全身全霊の魂魄を込めたこの一撃に、全てを賭けた。

「サボタァァーーーーーーーーーーーッ!!!!」

「クッ、さぼぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

必殺必滅の大技だった。
全身から棘が散弾銃の弾丸のように飛散する度、凄まじい虚脱感に襲われる。
だけど、退く事は出来ない。
サボタもまた同じ気持ちで、その最後の一撃を迎え撃つ覚悟で立っていた。

「くぅぉおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーっ!!!!」

襲い来る千本の鋭い矢。
だが、その千本を凌げば、勝機はある!
オレは無尽蔵に吐き出される矢の全てを叩き落す勢いで、一心不乱にライトセイバーを振り払い続けた。
百…二百…三百…。
そうして九百九十九本を全て叩き落とし、これで最後と渾身の力で目の前の矢を叩き落とす。
…だが、

「な…なんだとっ!?」

とっくに千本を超えていた。
だが、それでも、さぼの放つ矢の数は衰えるどころか増しているようにさえ思えた。
そんな馬鹿な!?
これでは、まるで…!

「針万本っ!?」

それは、我等一族の長ジャボテンダー様と、その血族のみが継承する事を許されるというサボテン族最大にして最強の奥義。
何故、こんな落ちこぼれのサボテン族の小僧に、この技がっ!?
許されない。
認められん!
こんな事を、認める訳にはいかんのだっ!!

「うおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

「はぁあああああああああああああーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

一瞬でも気を抜けば、サボタの反撃に合う。
神経を最大限に鋭く研ぎ澄まし、ボクは力の限り棘の雨を放ち続ける。

一本でも見逃せば、その瞬間に畳み掛けられる。
オレは精神をライトセイバーの切っ先に集中し、一分の隙も無く、全ての矢を迎え撃つ。

うぅっ!
段々意識が遠くなってきた…。
もう、とっくに体力なんて尽き果ててる。
だけど、ボクの精神は、そんな肉体の限界までも凌駕して、命が果てるその瞬間まで矢を放ち続けようとしていた。
ボクの大切な人を奪ったこの人を、絶対に許しちゃいけないんだ!!

クッ!
一本見逃した!?
激痛がオレの左肩を襲う。…しかし、まだ負けてはいない。
諦める訳にはいかない!
立て続けに全身を襲う無数の棘。
しかし、その痛みをも超えて、オレは抗い続けた。

そして、互いの意識は同時に断たれたのである…。

目の前が、真っ白だった。
一ミリだって、身体を動かす事が出来ない。
まるで、自分の身体じゃないみたいに、酷く重くて…。
一秒?
一分?
ううん、もう何時間も、そこで眠っていたような気さえする。
だけど、そんな中、微かな意識の向こうで、誰かが小さく呟いた。

「…人間…か。この男は、自ら傷付くと解っていながら、それでも、お前を助けようとしたんだな…」

サボタの…声?
そうか。ボクは負けたのか…。
でも、そう思ったボクの耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。

「…負けたよ。悔しいが、オレの完敗だ…」

その言葉が信じられなくて、ボクは回復した僅かな力の全てで、自身の瞼を抉じ開ける。

「……」

ボクの目に、微かに写るサボタの姿。
満身創痍…とでも言えばいいんだろうか。
彼の全身には、自身の物ではない棘が、無数に突き刺さっていた。
自分の腕で身体を抱え、肩幅に開いた足でやっとの思いで立っている感じ。
だけど、何故か彼は、晴々とした表情で微笑んでいた。

「…こんな人間なら、信じてみるのも悪くない…かもな」

その言葉を最後に、ボクはまた意識を失ってしまった。
そして、目覚めた時…。
そこはもう、廃棄された建設現場じゃなくなっていた。

「っ!」

あれ…?
身体が、何処も痛くない。
それに、どうしてボクは、何時もの鉢植えの中に居るの?
そこは、ボクのお気に入りの場所。
窓際の、一番暖かで、日の当たりが良い場所。
ここは、ご主人様の家だ。
でも、どうして…?

「…?…」

だけど、そう思って気付いてしまった。
目の前のベッドには、何時もオハヨウって一番に挨拶してくれる大切な人の姿が無い事に。

「ご主人様っ!」

そう叫び、鉢植えから飛び出そうとした時だった。

「す、すみませんっ!!」

え…?
唐突に、ドアで仕切られた隣の部屋から聞こえて来たご主人様の声。
聞き間違いなんかじゃない。
ご主人様は、生きてる?
だけど、何だか切羽詰った感じ。
どうしたんだろう?

「いや…、あの…、ハイ…。ホント、すみません…」

誰かと電話してるみたい。
それに、凄く弱腰で平謝りしてる…どうして?
そう思っていると、電話を終えたご主人様が、部屋のドアを開けて帰ってきた。

「はぁ~…。まさか、寝坊しちまうなんてなぁ…」

寝坊?
っていう事は、今のはガッコウからの電話?

「まったく、お前のせいだぞぉ?さぼぉ」

ボクのせい…?
ボク、ご主人様が寝坊する理由になる事なんて、した記憶がないよ?

「けど、変な夢だったよ…。さぼ、お前が言葉を話してるんだ」

「っ!」

驚きの声を噛み殺すので精一杯だった。
でも、ビクッて身体が反応してしまった事に、ご主人様は気付いてなくて…。

「サボテン同士で戦ってたんだぞ?格好良かったなぁ~お前」

嬉しそうに、そうやって夢の話しをしてくれるご主人様。
でも、きっとそれは、夢じゃない。
ボクだって、同じ夢を見ていたんだから。

「っと、マズイッ」

ご主人様は、表情を一転。
慌てるような感じでカバンの紐を掴むと、凄い勢いで部屋を飛び出していった。
でも、直ぐに一度戻ってきて…

「さぼ、いってきます!」

何時もみたいに、お出掛けの挨拶。
また、ボクの知ってるたいくつだけど、楽しい毎日が始まった。
だけど、どうしてボクもご主人様も…?
夢だったとは思えない。
だって。ご主人様と、同じ夢をボクも見ていたんだから。
じゃあ、なんで…?
そんな風に思っていると、鉢植えの中に、小さな小さな紙切れが土を被らされて隠れてる事に気付いた。
まさかって思えたんだ。
だから、慌ててその紙切れを掘り起こし、中身を確認した。

『…一族秘伝の薬草をくれてやった。感謝しろ。…サボタ…』

やっぱり!
サボタが助けてくれたんだ!
だけど、どうして…?
サボタは、サボテン狩り。
抜けサボテンを狩るのが、彼の役目。
なのに…ん、まだ続きが書いてある?

『追伸・お前は、もう死んでいる。二度と、オレの前に姿を現すなよ、サボ』

何だろう。
なんでか分からないけど、とても嬉しい気分。
誰かにこの気持ちを打ち明けたいって、そう思えるくらい。
だけど、これは、さぼとサボタの秘密。
ご主人様も知らない、ボク達だけの秘密。

「…♪」

日の光が暖かい。
だから、ボクはまた、無口なサボテンになる。
そして、新しい毎日を一生ご主人様と過ごすんだ。

ボクは「さぼ」。
無口なサボテン。
ご主人様のクライトさんは、とても優しい良い人。
何時も、ボクに声をかけて、二滴の水をくれる人。
ボクは、そんなご主人様の事が太陽の暖かさよりも大好きなんだ…。


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