時の旅人

時の旅人

その4


 父親は、後年戸籍謄本を詳細にみて分かったのだが、母親との離婚後、あまり日を置かずに再婚して所帯を持っていた。そして、後妻さんとの間に女児も誕生していたのだ。
 父親も秋田の祖母も、僕の前ではそれを隠していたのだ。
 後妻さんと対面することになる。何となく複雑な気持ちだった。うまく言い表せない。
 泊まりに行ったりもしたが、通学のため祖母のアパートに寝泊まりしていたが、そのまま祖母のアパートに僕は居付いた。
 また、これまで知らなかった祖母の嫌な面も知ることになる。なくて七癖、幼少時に見せた顔が祖母の本当の顔と言うわけでもなかったのだ。

 さて、一年半ほどで三島に呼び戻すと取り決めたはずの母親は、僕が秋田に来て数か月ほどで家を引き払い、何と再婚した。祖母のアパートに、母の入籍事項が記載された戸籍謄本が郵送されており、僕も目にすることになった。
ただし、一年足らずで失敗したようだが。

 離婚後、三島に頻繁に訪れ優しい面を強調していた父親も実は理想とは程遠く、定職に就くこともなく、後妻さんとも結局離婚し、祖母のアパートに転がり込んできた。
 父親に手を上げられたことも実はあるし、言葉で攻め立てられて苦痛を与えられたこともある。
 その父親も「東京で働く」との言葉を残して秋田から姿を消し、その後の音信もなく、祖母との二人暮らしとなった。
 祖母は外面的には孫の面倒を見る健気な姿を演じていたから、実は陰で僕が疎まれていたことを知る人も少ないだろう。 
 僕は自分自身の将来像が見えなかった。
何か希望を言っても、「そんなお金のかかることは無理」「小企業で構わないから堅実な会社に入ればいい」との祖母の言葉に、いつしか流されてしまいそうになった。別に責任転嫁するつもりはないが、僕はある種の呪縛に囚われてしまっていたのだろう。

 三島に居た頃の楽しかったことだけがいつも思い出された。
 中学生の頃、高台にある校舎の窓から遠くを見つめて錯覚にとらわれた。川が見えた。良く晴れた日で陽光に輝くその景色は、三島の家の近くで見た河川敷の風景にそっくりだった。三島があんな近くにあったのか。いや、そんなはずがあるわけがない。当時、約1日掛かりで秋田に来たのだから。
 夢も見た。全力で自転車をこいでいると坂道に差し掛かる。その坂道を下ると見慣れた鮮やかな緑一色の田園地帯が広がる。次の瞬間に目が覚めて、空しさだけが残った。
 心の中ではいつも隣り合わせの街も現実は遥か彼方にあるのだ。


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