時の旅人

時の旅人

その21


 今回は『ウィークエンドフリーきっぷ』という得々きっぷを使用した。一日早く上京して再び三島を訪れた。直前まで迷ったが、せっかく熱海まで利用可能な切符なので三島を見たいという気持ちが優った。三島には別に自分の居場所はないということは分かっていたはずだが、『あの旅の続きを』という想いの強さに勝てなかったのだ。電車の中で、あの夏の人は違って蝉の声は聞かれなかったが、車窓からは一面に広がるみかん畑の鮮やかな橙色を見ることが出来た。
 三島に降り立って、前回と同じく一人歩きながら思い出の場所を確かめた。その日は良く晴れて彼方に聳える富士山の姿をはっきりと確認できた。富士山はこの街をジッと見下ろしている。残界の旅とは違う順路を辿ったが、秋田とは比較にならないほど温暖で汗が滲み出し、途中で羽織っていたブルゾンを脱いで左手に抱えた。朝、秋田を出発する時は、歯の根が合わぬ程寒かったのだが。息も少々弾んでいる。秋田新幹線『こまち』で、仙台から隣の席に座ったおばさんからウイスキーのスポーツドリンク割を付き合わされてしまったせいもあるかも知れない。何しろ僕は普段ほとんど酒を飲まないものだから、たまに飲むとたちどころに酔いが回ってしまう。以前地方スクーリングに出かけ、夕食時にビールを注文して一瓶空けたところ、夜行バスと列車、普段の疲れもあっただろうが泥酔状態になってしまい、ふらつく足でやっとホテルに戻ったものだ。
それに話好きなおばさんの相手をするのにも少々疲れた。僕が以前住んでいた静岡県に行くというと、よかったらご一緒したいと言い出し、あくまでも一人旅が基本の僕はまずい展開になったという想いでいっぱいになり、東京が近くなりおばさんがお手洗いに向かったその間にそそくさと荷物をまとめて、席を立ち始めた人達の中に紛れ、到着と同時に連絡列車の待つホームに駆け出したのだった。


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