ANTIGONE②

クレオン

.わしになぞをかけるのか、みえすいたやつめ!



番兵

どえらい死人がどえらいお友だちでもみつけられたんでがしょう。



クレオン

偉すぎて届かなければ、そいつのすねにでもくらいつくのだ!わかっておる、不満な輩はお前たちの所にもわしらの所にもおるからな、そういう奴らが、わしの勝利によろこびふるえているようにみせかけて実は不安にふるえながら月桂樹の冠をかぶせにくるのだ、そいつらをみつけだしてやる。



館に去る



番兵

何て腐った所だ、エライさんどうしがとっくみあいのけんかだ!で、おいらは、どうやら、無事のようだな、こいつは驚き!



去る



長老たち

世にすさまじきもの多かれど、げにすさまじきは人間か、冬に逆らい南風吹けば、うなりをあげて走る帆船で、海の闇にも漕ざ出でる、天の恵みの大地をば、不老不滅の大地をば、来る年来る年あきもせず、うまずたゆまず馬追いたてて、鋤きかえし堀りかえす、空飛ぶ鳥やけだものを、わなにかけたり狩りたてたり、潮におどる魚なら、たくみ編んだ網でとる、さかしきかな男たちよ、山をさすらう野獣なら、知恵とわざとでしめあげる、たてがみあらきあばれ馬、野をかけめぐる野牛など、くびきでうなじしめあげる、さらには言葉も学びとる、風のようなる自由な思想、国を治める法律も、いやな風ふくこの丘の、湿気や矢の雨避ける知恵、すべてを学べど何も学ばず、とまるところを知らぬその欲望、いたる所に知恵ひらく、その知も結局役立たず、そのいとなみの限りなき、だがただひとつ限りあり、その限りとは敵なくば、おのれの身をも敵にする、野牛のうなじまげたよう、仲間のうなじもねじまげる、仲間もまけずに反撃し、相手のはらわたえぐり出す、ぬきんでようと他人をふみつけ、一人では胃袋さえも満たせぬに、己れの財産には囲いをつける。その壁をとっぱらえ!屋根を雨にむかって開けるのだ!人間は人間らしさを全くちっとも大事にしない。かくして人間は我と我が身をすさまじくする。だがこれは神の試練ではなかろうか、あの娘と知りながらそうではないといえという。アンティゴネ、不幸な娘、不幸な父オイディプスの不幸な娘よ。どんな力がお前をひったてていくのか、国の掟に逆らったお前を一体どこへひったてていくのか?



番兵、アンティゴネをひきたてて登場



番兵

こいつです。こいつがやったんでがす。墓をつくってるところを私らがつかまえたんで。でもクレオン殿はどちらに?



長老たち

ほら、ちょうど館から出ておいでだ。



クレオン、館から登場



クレオン

何だってこの女をつれてきたのだ。どこでひっとらえたのだ。



番兵

こいつが墓をつくってたんであります。それで十分でがしょう。



クレオン

こんどははっきりものを言いおる。だが、お前はそれを自分でみたのか。



番兵

見ましたとも、御禁制の場所でこの女が墓をつくっているのを。運がよけりやすぐにはっきりするもんでさ。



クレオン

報告しろ。



番兵

事の次第はこうであります。私があなたにたんまり脅かされて帰りましてから私らは死体の上の砂をはらいのけ、荒野にそいつをさらし風をよけて高い丘の上に腰をおろしたのであります。何しろ死体からものすごい匂いがしますんで、はい。私らは、眠りそうになったらお互いにひじで横っぱらをつつきあおうと約束しました。と、その時です。私らは、はっと大きく眼をつっぱりました。にわかに地の底から生暖い風が霧をまきあげ、たつまきになって谷中を走りぬけ、森の木の葉をふきちぎり、あたり一面は木の葉でみちて、眼もあけていられぬほど。まさにその時その瞬間、眼をこすってこじあけ見渡しますと、いたのであります。この女が。つっ立っていたんであります。死体がむきだしにされているのをみて、巣に雛がおらんのに気づいて鳴きわめく親鳥のようにはげしくなきはじめるんであります。それから又、砂をあつめて、鉄のつぼから三度死体にふりかける。それっとおそいかかってとりおさえましたが、この女、ちっともうろたえる様子がない。この私めが、今度のことや、前のしわざのことを問いつめますと、何ひとつ、打ち消さないどころか、おだやかな、哀しげな様子で、私の前につったっていたんであります。



クレオン

お前は自分のしたことを認めるのか、それとも否定するのか?



アンティゴネ

したことを認めます、否定はしません。



クレオン

ではもうひとつ答えろ、だが手短かにだ。他ならぬこの死人に関して、国中にでているおふれを、お前は知っておるか?



アンティゴネ

知っていました。知らぬ筈がない。はっきりしたおふれでしたから。



クレオン

では承知の上でわしの掟を破ったのだな?



アンティゴネ

あなたの掟とは申せ、死すべき人問のつくった掟、さすれば死すべき人問が破ってもよい掟。私はあなたよりちょっとだけ冥土に近い。でも、たとえ寿命より早く死のうとも、そうなるはずだけど、その方が得とさえ申せましょう。私のように生きて災い多き人間は、死んだら少しはましなのではないかしら?それに、同じ母から生まれた兄弟のなきがらが、墓もなく、野ざらしにされていたら、私にはとても耐えられない。でも、もう私には、何の憂いもないのです。埋められもせず、食いちざられたなきがらをみたくないとおっしやる神々を恐れて、地上のあなたをこんなにも恐れない私が、あなたには愚かにみえようとも。さあ、この地上の愚か者よ、私を裁くなら裁くがいい。



長老たち

はげしい父の性をこの娘もそのままうけついでおる。不幸に自分から折れるという術を学ばなかったのだ。



クレオン

いいや、どんなにかたい鋼でも、どんなにしぶといがんこさでも、火に焼かれればくずれるものだ、毎日みておることではないか。だが、こいつは定められた掟をふみにじることをよろこびにしておる。無礼なのはそれだけではない。こやつは、自分のしたことを得意がり、ざまあみろと笑いとばしておる。罪をおかしてつかまったくせにそれを立派だなどとぬかす、俺はそれが憎いのだ。だが、こやつは血縁のわしを侮辱しおったが、わしは血縁なればこそ、すぐには罰せぬつもりだ。だから、お前に聞こう。お前は、ひそかに、人知れずやったのだが、ことは明るみにでてしまった。だから後悔していると一言言って、重い罪科をのがれるつもりはないか?



アンティゴネは黙っている



クレオン

さあ、言え、どうして意地をはるのだ。



アンティゴネ

あなたに、お手本を示すためです。



クレオン

つまりそれは、お前がわしの意のままだというお手本だな。



アンティゴネ

私をとらえたとて、殺す以上のことができますか?



クレオン

いやそれだけだ、だがそれはできる、それで十分だ。



アンティゴネ

じゃあ、何を待っているのです。あなたの言葉は、どれひとつとして私の気にはいらない。これからだってそうです。だからどのみち、この私もあなたには許しがたい存在。他の人たちには、私のしたことが気に入ってもらえようけれど。



クレオン

お前と同じ考えのものが、他にもいると思っておるのか。



アンティゴネ

この人たちも同じ考えです。だからやはりうろたえているのです。



クレオン

聞いてもみないで、勝手に解釈して、はずかしいと思わぬか。



アンティゴネ

でも、同じ血を分けた者をうやまうのは、人の道でしょう。



クレオン

同じ血を分けたものならもう一人、祖国のために身を捧げた者もおるぞ。



アンティゴネ

そう血を分けた、同じ一族の兄弟同仕。



クレオン

お前には、自分の生命を惜しんだ男も、もう一人の男と回じなのか?



アンティゴネ

その人は、あなたの下僕ではなかっただけのこと。それに何よりも、私にとっては兄なのです。



クレオン

なるほど、お前にとっては、不敬の徒も愛国の士も同じなのか。



アンティゴネ

祖国のために死ぬのとあなたのために死ぬのとは連うのでは?



クレオン

じゃあ、いまやっているのは、戦争ではないのか?





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