ANTIGONE④

イスメネ

お姉さま、誰もが大それたことができるほど強くはないのです。けど、そんな女でも死ぬことぐらいはできましょう。



アンティゴネ

わけもないのに死ぬことはない。手も汚さないで、自分のことにしないで!死ぬのは私だけでたくさん。



イスメネ

お姉さんは厳しすぎます。私は、あなたを愛しているのです。お姉さんがいなくなったら私は何を愛したらいいの。



アンティゴネ

クレオンを愛したらいい。この男のために残りなさい。私はあなた方とはお別れです。



イスメネ

私をからかうのがお姉さまには楽しいのね。



アンティゴネ

それはおそらく苦しみでもある、自分で自分の苦しみのグラスを満たしたがっているのかもしれない。



イスメネ

私の言ったこともその苦しみの中に入るのね。



アンティゴネ

でもうれしかったわ、だけどね。私はもうきめたのです。



イスメネ

私があの時従わなかったから、今、相手にしてくれないのね、そうね



アンティゴネ

勇気をおだしなさい、生きるのです。私の魂はもう死んでいるの、だから死んだ人にだけお仕えするの、わかって。

クレオン

聞いたか?この女ども、一人はとっくの昔からばかだが、もう一人も今、又、ばかになるという。

イスメネ

私は、この人なしでは生きてはいけないのです。

クレオン

こいつのことはもうおわったのだ。死んだも同然だ。

イスメネ


でも、あなたの息子の許婚でもあるのですよ。その人を殺すのですか?

クレオン

耕す畠はいくらでもあるさ。さあ、死を迎える準備をしろ。死刑の時刻を教えてやろうか。テーバイがバッカスの舞いをまい、酔いしれて、俺の所にくるときだ。この女どもをつれていけ。

番兵がアンティゴネとイスメネを館の中へつれていく、クレオンは護衛の者に剣をわたすように命じる

長老の一人 (剣を受けとりながら)

勝利の舞いに加わられても、やたらと緑の大地はけとばしなさるな、だが、あなたを怒らせた奴らにも、あなたのカをみせしめてやりましょう。

別の長老 (バッカスの杖をクレオンにわたしながら

しかしそいつらも姿を見矢なうほど、余りに深くまでは投げ落しなさいますな、地の底までもなげとばされると、裸にされた人間たちは、なぐさめを見出して横たわることになりましょうぞ。恥はすっかり忘れはて、驚きにめざめ、恐ろしい姿であなたに反抗しましょうぞ。人間であることを奪われた者は、かっての姿を思いだし、新しい人間として、又、立ちあがってくるものです。

長老たち

燃えつきた家の中に、ラケミスの兄弟たちはじっと耐えて坐っていた、かびはえた姿でコケを生命の糧として冬になると冷たい氷雨がふりそそぐ、その妻たちは、夜は敵の手の中にゆだねられ、高貴な衣裳をまとったままでこっそり昼の間だけあらわれた、彼らの頭上には常に断崖が重くのしかかっていた、だが、ペレアスがやってきて、杖で彼らを払いのけた時、ほんの軽くさわっただけなのに、二人は立ち上って敵をすべてたたきのめしてしまったのだ

二人にはそれが一番許せないことだったからだ、不幸のしめくくりは、しばしば、ごくささいなことでけりがついてしまう、うちのめされた者が、時なき世界に横たわるような、苦痛のさなかの暗黒の眠りにも終りがあるもの、時には早く時には遅く、月は満ち欠けていく、その間にも災いの種は育っていき、ついにオイディブス家の星のめぐりがその一族の最後の者に災いの光をむけたのだが

偉大なものは自ら滅びることはない、だがいろいろな目にあってたおされるもの、海を渡るトラキアの荒ぶる風のもと、海の闇が館をふきとばすように、ざわめく暗い岸辺を、館はもんどりうってころげまわる、そして岸辺も岬きをあげてどよめきわたるのだ

あなたの末の息子、ハイモン殿がみえられた。許婚のアンティゴネが死刑だと聞いて嘆いておられる。間近であった婚礼もだめになりひどいやつれようじゃ。

ハイモン登場

クレオン

噂を聞いてきたのだな、せがれよ、お前が、支配者たるわしの所に来たのではなく、あの女のために、父たるわしの所にきたのならむだというものだな。多くの者の血の犠牲のおかげでうまくいっていた戦さから帰ってみると、ただ一人、俺に逆らう女がいた。我が一族の勝利にけちをつけ、ひたすら自分のことしか考えぬ、しかもよからぬことをたくらんでおる。

ハイモン

それでもあえてその件で私はやって来ました。父上、あなたが生んだ息子の心からの言葉を、どうか悪意におとり下さいませぬよう、たとえそれが支配者たるあなたに、悪い噂を伝えるものであっても。

クレオン

恥知らずの子供をもったら、我が身には災難、敵には物笑いの種。辛いものを食べたら口がただれるぞ。口をただれさせようとでも思っておるのか?

ハイモン

あなたは多くの者を治めるお方、もしあなたが、いつもよろこんで、人のいうことをおききになれば、むだな苦労はしないですみます。舵をとるのをやめた船乗りのように帆をたたんで、進むにまかせるがいい!あなたの名は国民に恐れられております。それ故、たとえ大変なことがおこっても、あなたのお耳に入る時には、せいぜい小さなことばかり。でも血が繋がっているというのは有難いもの、損得なんぞ考えないからです。多少の罪も見逃してもらえる。一時は腹を立ててもそのうち和んでしまう。だから往々にして、血筋のものから真実を聞くことができるのです。言うまでもなく、兄のメガレウスはそれをあなたにいうことはできない、アルゴスで闘って、帰ってきてはいないのですから。しかも、彼は恐れを知らぬ人。だから、私が申し上げなくてはならない。聞いて下さい、口には出しませんが、国中には不満がみちみちています。

クレオン

お前こそ、聞くがいい、身内の乱れは敵を養うにひとしい。ふらふら腰で、身のほど知らず、自分というものをも持たぬ者、あるいはてんでんばらばらに、税が重いとか、兵役がいやだとか不平をぬかす輩、そんな奴らは俺がひっとらえて槍で引き裂いてやる。だが、支配者一族のどこかにすきまができて、支配が乱れ、よろめき、ぐらつきだしたら最後、小さな小石も大きくなって、ついにはわが身を見捨てたこの家全体を押しつぶすのだ、さあ、言ってみろ。わしが生んで、わが軍が誇る槍隊の隊長にしてやった、そのわが息子のいうことなら聞こうじゃないか。

ハイモン

何事にもそれなりの真実はあるものです。でも舌は、かたい鉄敷でかたく鍛えよと言うではないですか。あの女は兄のなきがらをむごたらしい犬どもの餌食にしたくなかったのです。だから国中の者もあの男の罪は責めても、その点に関しては彼女の味方なのです。

クレオン

そんないい方をしても俺は動じんぞ、それこそ弱気というものだ。腐ったものは切り捨てるだけでなく街なかにさらさなくてはならん。他の腐った者どもが、腐った者は切りすてられるということを忘れぬようにな。わしの手は確実だということを見せてやるのだ。だが事情にうといお前は、何も知らずに忠告しおる。不安にかられて周りを見まわし、他人の考えをきいて、そいつらのいう通りに。もし統治者が、ちっぽけな臆病な耳でしかなかったら、たくさんの国民どもを、ひとつにまとめあげて、むつかしい仕事に赴かせることができるとでも本気で思っているのか?

長老たち

だが怖ろしい罰を考えだすのも、むだな力を食うものです。

クレオン

地面を耕すには鋤をふるうだけの力がいるものだ。

長老たち

でもおだやかな政治体制は争わずとも大きな収獲をあげるもの。

クレオン

政治体制にはいろいろある。だが、治めるのはだれだ?

ハイモン

たとえ私があなたの息子でないとしても、あなたですと答えましょう。

クレオン

わしが支配者だというのなら、わしのやり方でやらねばならぬ。

ハイモン

.あなたのやり方でおやりなさい、だが正しいやり方でやって下さい。

クレオン

未熟者のお前に何が正しいかわかるのか。だが、たとえわしが何をしようとお前はわしの味方なのだろうな?

ハイモン

私があなたの味方になれるように振舞ってほしいのです。しかし自分だけが正しいなどとおっしやらないでほしい。自分が、他人とは別の考え、別の言葉、別の心をもっていると思っている人間は中味はからっぽなものです。賢い人に出会ったら、その人から多くのことを学んでやりすぎないようにすることは、決して恥ではありません、大雨のあとの濁流に洗われる木は流れにまかせて若い技を守ります。だがあえて流れにさからえば、すぐ、根こそぎにされます。荷物を山ほど積んだ船は帆を精一杯はって、がむしゃらにつき進めば、舳の方からひっくり返って、ついには難破してしまいます。

長老たち

道理がある時にはそれに従って、考えをお変え下され。我らが人間としてためらう時は、その気持をくみとって下され。そして、我らと共にためらい下され

クレオン

馭者を馬に導かせろというのか、お前はわしにそうしろと言うのかね。

ハイモン

屠殺場から腐肉のにおいが流れてくれば、どこへつれていかれるかと馬だってためらいます。それを無理に鞭打てぱ棒だちになるやもしれません。馬車、馭者もろとも断崖にとびこんでしまうでしょう。お聞きなさい。この国は、平和になったらいま以上にどんな脅迫をうけるかと疑惑におぼれ、戦さのさなかにもう狂っているのです。

クレオン

この国にはもう戦争はないのだ。御忠告はありがたいが。

ハイモン

そう、あなたはみんなで祝う勝利の祝いをととのえながら一方ではこの館の、あなたの怒りにふれた者は残らず残酷に片づけようとしておられる、そんな疑念をしばしば私はうちあけられたのです。

クレオン

誰からだ、教えてやればほうびをやろう。疑わしげな俺への疑念とや…



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