しろねこの足跡

しろねこの足跡

本能



これはおじょうさんの最初のココロの叫びだったのです。
「助けて、おかあさん、助けて、おとうさん」

でも、おかあさんはおじょうさんのココロの叫びではなく目の前の散らかった髪の毛を見て、ひどく怒りました。

「おなたはとても強い子だから、いじめだって乗り越えられるわよ。おとうさんにもそう伝えて大丈夫だからっていっといたから心配ないわよ」

おじょうさんは思ったのです。ずっと自分は強い子だと思っていた、でもそれは本当は違う。おかあさんに強い子であるように振舞わされていたことに。
だって、おかあさんはことあるごとにいってたんですもの。

「体が弱いから、せめてココロは弱くならないようにしたいと思っていた」

でも、もうしっかりした強い子を物心ついたときから振舞ってきたおじょうさんには、いまさら他の自分は表現できないのでした。

今の自分は本当の自分ではない。でも本当の自分がわからない。
そう、誰もがとおる思春期の悩みをいじめと家族の葛藤によってきづかされたおじょうさんには、だれにも相談できる相手がいないのでした。

もう、しろはおじょうさんの動揺にはついていけなくなっていました。
だって、ネコはそんなことで悩むことはなかったからです。

しろの悩みは、北国にはなればなれになったシマのことぐらいでした。でもきっとネコの遺伝プログラムによって都会に素敵なオスネコが現れたら、しろはきっとシマのことを忘れてしまいます。
悲しいけど、ネコは人間ほど強くない。自分の仔猫を残すためにしくまれた、合理的で残酷な本能に従うしかないのです。

しろは本能で動けない、人間を、おじょうさんをかわいそうとも思いました。



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