しろねこの足跡

しろねこの足跡

墓場の安息3,4


 公立の癖に自由を売りにしていて、制服もなく校則もなかった。なにもかもがんじがらめな自分から解き放たれたような感じだった。同じ中学から進学した者は少なく、かえって新しいスタートを切れそうだとほっとした部分もあった。
 部活は最初、楽しかった。私はフルートを選んだ。ただただ上手になっていくのが楽しくて、毎日毎日、日が暮れても練習していた。フルートのハーモニーが、やがて管楽器に重なり、弦楽器にかさなり、パーカッションが加わりハーモニーが完成していく。遥か数百年前に創られたハーモニーが、今この時間にも同じように再現される。
 心地よかった。完成されたハーモニーは、緻密で計算されつくしていて全てが心地よかった。だから間違えたくなかった。音楽が流れるように、自分も平凡な高校生活に流れていけば、みんなに合わせていけば間違いないと思っていた。
 私は楽器倉庫で昼食をとることにした。ひんやりとしていて、かすかに湿気を感じた。高校生レベルとはいっても、決して安くはない弦楽器や、自前の管楽器が所狭しと保管されている。大きなコントラバスを入れる棚は、まるで洋画にでてくるドラキュラの墓のようだった。

 鳴らない楽器たちの倉庫は、言葉を発せられなくなった人間の墓場と一緒みたい。
 そして私は、楽器の墓場で安息を取る人間になってしまったのだ。
 冷え切ったお弁当を開ける。ごはんがくっついて一口ずつに分けられない。やっと口にいれても、口の中は高ぶった神経のせいでカラカラに渇いていたから咀嚼できない。えづいてむせる。
 むせたふりをして、泣いてみた。
 別に親友なんて思っていなかった。なろうとも思っていなかった。でも必要だった。お昼とか体育とか休み時間、とか高校生活を送っていくのに「一緒にいる友達」とやらが必要だったのだ。

「墓場」には私のほかにも住人がいた。

 3年のクドー先輩。華奢な黒縁フレームの眼鏡をかけた物静かで穏やかな彼は、居場所を失った人間というよりは、自ら静かな場所を求めて墓場に辿り着いたバイオリン弾きだった。
 同じ2年のモトノ君。彼もバイオリン弾き。彼は学年でも有名な美形の人。180センチを超える長身に、モデルのように整った顔立ちをしていた。
 何で、モトノ君のような人が墓場にいるのか、謎だった。私なんて同じ部活なのに、ろくに話したこともない遠い存在だった。
 クドー先輩とモトノ君は、奥のスペースで、クラシックのCDを批評しあいながらごく普通にご飯を食べていた。
 この人たちにとっては、ここは墓場ではないのだろう。ただ、来たくて来ている。
 今の私には、ここしか居場所がない。
 もし、ここにもいられなくなったら、どこに行く?

 私は、弱いくせにつまらないプライドばかりが高い、嫌味な人間だった。大体において、思春期のオンナはそういうものだと思うのだが。どんな形で、そのいやらしさが出るかが、個性みたいなものになっていた。
 どうして、オンナってちまちまと自分の巣を作りたがるんだろう。仲良しグループとか、派閥とか。一人でトイレにもいけなかったり。
 きっとみんなうんざりしている。でも自分から抜ける気はない。「はずされる」まで。だって、日曜日の寝坊のように気持ちがいい。気持ちがいいことを敢えてやめる必要はどこにもなかった。

わたしは墓場に巣を作り始めていた


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