瑠璃の石話・つれづれ

「自分を生きる」とは

■「自分を生きる」とは


私たちは幼い頃から両親に、生きていく上での規範となる様々な価値観を教わります。
しても良いこと、いけないことといった基準やルール、更には好き嫌い、良い悪いという個人的な好みや判断基準を教わります。
幼い頃、親の躾が厳しかった人であるほど、この「締め付け」は強いものになる傾向があるようです。

そういう中で私たちにとって行動や思考を決める際の大切な要素に「認められるかどうか」という概念が生じます。

つまり、幼い頃は「親が自分を認めるかどうか」が大きな課題であり、それをそのまま大人になった現在まで持ち越す人が大変多いわけです。

すると、私たちが判断をしたり物事を決めたりする時に、「親に認められることか」「友人に認められることか」「先生に認められることか」「上司に認められることか」「夫に認められることか」ということが大きく意味を持つことになります。

そうして生きている私たちというのは、「他の誰かのために生きている」状態となっていると言えます。

この自分の中に存在するルールが、実は自分自身を窮屈にしている第一の要因となっているのです。

私たちの中には、誰かに認められるかどうか以前に「魂の衝動」とも言える想いが存在しています。

そして表層意識で決められているルールが、他ならぬ自分の「こうしたい、こう在りたい」という想いを抑え込み、抑え込まれた想いはやがてその存在を伝えようと様々な状況を作り出すのです。

次はそこから生じる様々な状況について、そしてその解決策についてお話をします。




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