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最近とんと騒がれなくなりましたが,「昭和天皇メモ騒動」はまだまだ記憶に新しいことでしょう。
以前,富田氏のメモの利用の仕方について批判をしましたが,今日は別の観点から富田氏に欠けていたものを指摘してみたいと思います。
同内容の指摘は既に各所でなされていると思いますが,何度指摘しても指摘しすぎるということはないでしょうし(それだけ責任が重い),ちょっとこれに関連して面白い記事を見つけたのでそれを紹介する意味も込めて,屋上屋を重ねる愚を犯す危険を顧みず書いている次第です。
さて,富田氏に欠けていたものを指摘するにあたり,次の記事をご紹介します。シラク大統領の報道官を9年間勤めたカトリーヌ・コロナ氏の話です。
彼女はフランス大統領選において,シラク氏の対抗馬であるジョスパン氏に投票するなど,個人的にはシラク大統領と考え方に相違がありました。実際彼女自身も「ハートはどちらかといえば左」と述べています。
そのコロナ氏が報道官を辞めたときどうしたのか,以下がそのエピソードです。
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報道官時代のメモはすべて破棄 。「 私が仕えたのは国家 。それを個人的な目的に使うのは正しくない」と述べ,回想録の類を書くつもりもないそうだ。
以上,「エリゼ宮物語」61 産経新聞 平成18年8月23日(水) 13面(執筆は同紙パリ市局長,山崎昌子氏)。
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実に立派な職業意識ではないでしょうか。意見の相違にもかかわらずシラク大統領が重用しただけのことはあります。シラク氏には人を見る目があったというべきかもしれません。
翻って,我が国の宮内庁長官の富田氏はどうでしょうか。
天皇の発言はそれが大変な重みを持っているということは富田氏のようなエリートならば当然理解できたはず。その天皇に近い職業にいたものとしては,天皇の発言(内容の如何に関わらず)が外に出ることは望ましいことではないと容易に判断できたでしょう。
そうであるならば,自分が宮内庁長官を辞めたときにコロナ氏がしたように彼はメモを燃やすべきではなかったのではないでしょうか。仮にやめるときは回顧録を書くつもりであったので残しておいた,というのならば,少なくとも回顧録を書くのを断念した時点,あるいはもう先が長くはなく,回顧録を書くことが物理的に不可能になった時点で焼却すべきではなかったでしょうか。それが宮内庁に勤めたものとしての職業倫理というものでしょう。
富田氏は遺言で彼のメモは死後すべて焼却するようにと指示していたということですが,必ずしも遺族が故人の遺志に従うとは限らない以上,富田氏には少なくとも職業人として重大な過失があったといわざるを得ないと思います。
何もコロナ氏のような国家に仕えたという意識までもてとはいいません。どうせ一部から「不健全なナショナリズム」だのなんだのとお決まりのセリフを聞く羽目になるでしょうから。
しかしコロナ氏がもっていたよりもはるかに少ない程度の職業倫理さえ富田氏に備わっておれば,今回の騒動のようにメモが外に出て一騒動起きる,ということはなかったはずです。
そう考えてくると,メモが流出した当時,関係者が各紙にいっていたとおり,富田氏が人柄では一流だったとしても,職業人としては三流であったといわざるを得ないと思います。
お久しぶりです。近況報告 2007年04月08日 コメント(7)
おかげさまで77777アクセス突破 2007年03月25日 コメント(7)