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2025年12月01日
商品解説詩013「灰皿の煙」
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一、灰皿
親分の執務室は、
薄暗い築五十年を経た日本家屋の奥座敷だった。
天井板には煤が深く染みつき、唯一の光源である裸電球は、
六十ワットの埃を抱き込んだ黄色い光を投げかけ、
部屋の暗さを逆に強調している。
畳は古く、縁は擦り切れて毛羽立っている。
所々に広がる黒褐色の染み。
それは長年の血や嘔吐物や、
この部屋で処理された人間の過去の痕跡だ。
裏切り者——名を田村という三十代半ばの男が、
その染みの上に、崩れる寸前の体で正座している。
背広は一週間着続けたかのように皺だらけで、
まるで濡れた新聞紙を丸めて乾かしたような質感を帯びている
ワイシャツの襟には、
彼の焦燥を物語る汗の黄ばみと、
脂のテカリが不潔に張り付いている。
彼の目の前には、
表面が溶けたように光を吸い込む黒釉の陶器製灰皿。
直径は二十センチ。
その中には、三十本を優に超えるセブンスターの吸い殻が、
山脈のように押し込まれていた。
吸い殻のフィルターは全て深紅のルージュのように焼け焦げ、
不揃いな長さの灰が虚ろに佇んでいる。
親分——久保田は六十を過ぎ、肌は黄土色、
深い皺は彫刻刀で刻まれたように顔を横断している。
白髪交じりの七三分けは、完璧に固められ、一切乱れがなく、
それは武士の兜のように整然としていた。
彼は四時間、一度も背筋を崩さず、ただ煙草を吸い続けた。
煙草はフィルターまで吸いきられ、
火種が消えた瞬間に灰皿に押し付けられている。
久保田の無駄のない動作、その精密さがかえって恐ろしい。
煙は熱を持ちすぎた空気の中で、
渦を巻くことなく、垂直に天井へと昇る。
部屋に響くのは、壁に掛けられた振り子時計の鈍い音のみ。
カチ・・・・・・カチ・・・・・・カチ・・・・・・。
それは田村の心臓の鼓動と同期し、
彼の死へのカウントダウンを刻んでいる。
田村の額には、大粒の汗が滲み、
顎のラインを伝ってワイシャツに吸い込まれていく。
膝の上に揃えた手の指先は、小刻みな痙攣を繰り返している。
「言い訳は?」
弓なりの唇が放つ見えない矢吹。
久保田の声は低音でありながら、驚くほど静かだった。
まるで氷の層の下を流れる地下水のように、
その冷たさが振動となって部屋を満たす。
田村は「あ・・・・・」と咽喉を鳴らしたが、極度の乾燥で声が出ない。
彼はゴクリと唾を飲み込み、
震える唇を開こうとした——その瞬間。
猛禽類が獲物を掴む瞬間のような、
計算され尽くした、無駄のない動作で、
久保田の右手が、殺気を帯びた電光石火の速さで灰皿を掴む。
ドスッ。
鈍く重い衝撃音。陶器の質量と、久保田の全力が凝縮された一撃。
田村の顔面に、灰皿の底がめり込む。
メキッ。
という、乾いた小枝が折れるような音が、
衝撃音の残響を切り裂く。田村の鼻骨が砕けた音だ。
灰皿は割れ、その破片は畳の上に散弾のように飛び散る。
三十本以上の吸い殻と灰の塊が、
岩石が落下して破片が飛び散ったかのように迸り、
血潮と共に田村の顔に貼り付く。
ザボンの皮を剥いたように額だけが青白い。
鼻から噴き出した朱色の液体が、黒い灰と混ざり合い、
粘度の高い泥となって彼の顔面を汚す。
田村は体勢を崩し、呻き声と共に畳に倒れ伏す。
顔を畳に押し付けた彼の鼻からは、
呼吸音と共にゴボゴボという血の音が響いた。
久保田は懐から金のライターを取り出し、
新しいセブンスターに火を灯す。吸いかけの煙を、
田村の倒れている方向へと静かに吐き出す。
「次は、左の眼窩だ」
田村は、涙と鼻血と灰でドロドロになった顔を、
震えながら畳から持ち上げた。
彼の眼は、久保田の靴先を捉え、恐怖で白く光っている。
*
二、車列
深夜二時。港湾倉庫街。
街灯はほとんど点いておらず、
薄い皮肉な冷笑のような月明かりが、
鉛色の地面を照らしている。
黒塗りのクラウンが五台、等間隔で並んでいる。
街灯の殆どが壊れたまま放置されており、闇は濃い。
海から吹き付ける塩気を含んだ風が、錆の匂いを運んでくる。
黒塗りの最新型のトヨタ・クラウン最新型が五台、
正確な等間隔を保って岸壁に並び、
天地の溜息の如き静かな微風がそこへ流れた。
まるで葬列のように。
五台とも、ナンバープレートは乾燥した泥で厚く塗りつぶされ、
車両登録を拒絶している。
エンジンは停止しており、絶対的な静寂が支配していた。
一台目の後部座席から、久保田が降りる。
黒い三つ揃えのスーツ、結び目が硬く締まった黒のネクタイ、
そして鏡面のように磨かれた黒い革靴。
月光に照らされた彼の顔は、古代の石像のように無表情で、
感情の動きを一切読み取れない。
二台目、三台目からは、若頭の藤井を筆頭に、
組の幹部達が降りてくる。
全員、久保田と同じく黒一色の装い。
打ち付ける釘さながらの彼等の足音さえも、
この暗闇に吸い込まれていくように静かだった。
四台目、五台目。
組員が無言でトランクを開ける。
中には厚手の麻布でできた粗い袋が三つずつ、合計六つ。
一つ一つが人間一人分の大人の形を保っている。
袋の粗い麻の繊維が、微かに漂う潮風と血の匂いを吸い込んでいる。
そして、その麻袋が、微かに、しかし確実に動いている。
袋の中から、セロファンを何重にも通したような、
くぐもった、そして必死の嘆願の声が漏れ出る。
「たす・・・・・・けて・・・・・・」
「やめ・・・・・・てく・・・・・・れ・・・・・・」
しかし、その声は海の波音と静寂に呑み込まれ、
誰の耳にも届かない。
それは『人間』ではなく、ただの『荷物』の呻きだ。
若頭の藤井——四十代。
彼の顔には、この場の任務を遂行する冷酷な意志が張り付いている。
彼は腰に挿していたサバイバルナイフを抜く。
刃渡り二十センチ。専門の研ぎ師に依頼したかのような、
完璧に研ぎ澄まされた刃が、月光を鋭利に反射した。
「処分しろ」
久保田の声。短い。低い。命令に感情は含まれない。
藤井は無言で頷き、部下である六人の若い組員に、
顎で合図を送る。組員達が袋に近付く。
ビリッ、ビリッ。
ナイフが麻袋の繊維を裂く音。
中から、猿轡をされ、手足を結束バンドで締め上げられた、
男達が転がり出る。
蟾蜍がつくばったような彼等は敵対組織の下っ端達。
彼等は必死に地面を這い、抵抗しようとするが、
身体は縛られ、口は塞がれている。
それは、まるで陸に上がった魚が跳ねるかのようだった。
一人の組員が、地面に転がる男の頭を靴で踏みつける。
そして、研ぎ澄まされたナイフの切っ先が、
男の喉元の頚動脈に触れる。
舌が見えたなら蛇のように見えたかも知れない。
シャッ。
一瞬の動作で、刃が咽喉を深く横断する。
黒の枠に赤が奔放に染め出し、
思考する猶予もない。
一人、二人、三人・・・・・・。
静寂を破る、血が噴き出す音と、
肉が切断される不快な音。
濃密な朱色の血が、錆びたコンクリートの地面に広がる。
血の海は月明かりを吸い込み、黒い液体の塊となっていく。
六つの命が、五分も経たずに消えた。
ドアが閉まる。 一斉にエンジンがかかる。
五台の車は、一切のブレーキランプも点けず、音もなく、
来た時と同じ完璧な隊列を組んで発進する。
残されたのは、六つの死体と、風に煽られて黒光りする血の海。
そして、海の波音だけが、
瞬くうちに跡形もなく永劫の中に溶け込んでしまって、
ただ、すべてを洗い流そうとしているかのように、
延々と響き続けていた。
*
三、一言
組長室。和室の奥座敷。
床の間には禅僧の筆による掛け軸があり、
『不動心」と書かれている。
若頭の藤井が、その組長の前で、
正座ではなく土下座に近い姿勢で、
蘚苔類のように膝をついている。
彼の顔色は昨夜の月光よりも蒼白で、額の汗は、
彼の内部の恐怖を外に滲ませている。
久保田は、備前焼の湯呑みで緑茶を啜っている。
湯呑みには、高温の茶を啜った跡が、微かに光沢を残している。
「あの失態の責任、どう取る?」
久保田の声は静かだが、その裏には、
溶解寸前の核のような熱と圧力が隠されていた。
藤井は震える手で、懐から真新しい白い布を取り出す。
彼はその布の上に、覚悟の証である左手の小指を差し出そうとする。
久保田は、緑茶を飲み干し、湯呑みを畳に置いた。
そして、ゆっくりと、しかし明確に首を横に振る。
「それじゃ、この局面は収まらない」
藤井の顔が、瞬時に石膏のように凍りつく。
彼は久保田が何を求めているのか、
彼の脳裏で既に描かれている清算のプロットを完全に理解した。
それは彼自身の血ではなく、彼が最も信頼し、
愛着を持った者の血でなければならない。
一瞥、熾烈な碧流を遡る。
久保田は、湯呑みの残滓を見つめながら、たった一言。
「やれ」
その一言が、藤井の五臓六腑を駆け巡り硬直させた。
彼の全身の筋肉が震え、立つことさえ困難に見える。
彼は、自己の尊厳、忠誠心、そして人間の感情のすべてを、
久保田という絶対権力の前に差し出し、
殺人者として再生することを強要されたのだ。
しかし、それは命令でも、叱責でも、処刑告知でもない。
反抗の芽、動揺、疑念、憐れみ。
藤井には即座に理解できた。
藤井は立ち上がり、外側から見れば冷静な動作で部屋を出る。
襖が、空気を吸い込むように静かに閉まる音。
それは、まるで棺桶の蓋が閉まる音のようだった。
三時間後——。
港の外れ、二号倉庫。 藤井は自分の舎弟である木村を呼び出す。
二十代の木村は、藤井を絶対的に慕い、
彼の指示であれば火の中にでも飛び込む忠実な犬だった。
「若頭、どうしたんですか? なんか顔色悪いっすよ?」
木村は無垢な笑顔で近付く。
藤井は、内側で自らを押し殺しながら、
それでもなお奔流しつつ、飛躍しつつ、擾乱しつつ、
懐からバタフライナイフを取り出す。
「すまん」
藤井の声は、内臓が震えるほどの震えを伴っていた。
木村の笑顔が、まるで時間が停止したかのように、凍りついて消える。
ナイフの刃が、木村の頸動脈に、迷いなく、深く突き立てられ、
咽喉仏がごくりと跳ね上がる。
ドバッ。
血が噴水のように噴き出し、倉庫の壁と地面を染める。
木村は、断末魔の叫びを上げることさえできず、
藤井の顔を、裏切りと理解の混じった、悲痛な眼差しで見上げる。
彼の瞳からは、大粒の涙が溢れた。
意識が濡れた紙のようになり、
少し気が遠くなるような静けさが積乱雲のように覆いかぶさってくる。
藤井は血まみれのナイフを握りしめたまま、その場に立ち尽くす。
傀儡と化した彼の心は、
主君への絶対的な忠誠と、舎弟への人間的な情愛という、
二つの暴力的な感情によって、完全に引き裂かれていた。
*
四、銃声
高級料亭『花月』の個室は、完璧に設えられていた。
床の間には、生け花の師範が活けた季節の花、
壁には墨の濃淡が美しい水墨画。
久保田組と、敵対組織である柳川組の幹部たちが向かい合って座る。
動かすのは指先と視線だけ。
緩みを見せれば負け、
という暗黙の空気が室内の温度を一段下げている。
テーブルには、銀座の一流店から運ばせた豪華な料理が並ぶ。
芸術的な盛り付けの刺身、黄金色に揚がった天麩羅、
そして日本酒は最高級の『獺祭 磨き二割三分』
それは、まるで美術館に展示された芸術品のように、
完璧で、美しかった。
柳川組の組長、五十代の柳川誠が、漆塗りの杯を掲げる。
顔には、この手打ちで勝利を得た者の、傲慢な笑みが浮かんでいる。
「今日で手打ちだ。この杯で、すべてを水に流す。乾杯」
久保田も無表情に杯を掲げる。
二人の杯が触れ合う。 カチン、という、
場違いなほど軽い、乾いた音。
それはこの場の緊張を逆撫でするように響いた。
その瞬間——。
個室の襖が、爆薬でも仕込まれたような勢いで破裂した。
木片が四散し、空気が悲鳴のように吹き込む。
黒いスキーマスク、
全身にロシア製プレートキャリアを着込んだ三人の男が、
部屋に飛び込む。
彼等の手には、イスラエル製のUZIサブマシンガンが握られていた。
引き金が引かれる。
ダダダダダダダダダ。
絶えざる余震のような銃声が、
個室の静寂と和の雰囲気を、引き裂く。
眼の先が見えない吹雪のような一糸乱れぬ連射音は耳を聾し、
部屋の空気は瞬時に硝煙の臭いで満たされる。
テーブルは中央から真っ二つに裂ける。
皿は砕け散り、大トロの刺身が、光沢を失って宙を舞う。
高級な『獺祭』は、畳の上に広がり、
柳川組幹部達の噴き出す血と混ざり合い、石竹色の液体となっていく。
柳川組の幹部達は、混乱の中で逃げる間もなく、
次々と銃弾を受ける。
胸、腹、頭部——銃弾が肉体を貫通する際の、
水風船が弾けるような不快な音。
次第に濃淡を見せて骨を積み上げたように見えてくる、
五秒で七人が倒れた。
柳川誠は、酒の入った杯を握りしめたまま立ち上がろうとするが、
背中から十発以上の弾丸の衝撃を受け、前のめりに倒れ込む。
虚ろなほど寂かな空気の中を鮮やかな一つのピークのように、
杯が獣の爪のように転がる。
彼の顔は、最後の瞬間に裏切りの痛みに歪んでいた。
久保田だけは、護衛の組員に瞬時に壁際に押し込まれ、無傷だった。
彼は立ち上がり、硝煙が立ち込める部屋を見渡す。
彼の表情に、一瞬の動揺もない。
「掃除しろ」
彼の声は、氷のように冷たく、この凄惨な光景が、
彼の日常の一駒であり、予定調和であることを示していた。
*
五、食卓
久保田組の幹部会議。
組長室の隣、十畳ほどの和室。
テーブルには、組の支配力を示すかのように、
最高級の食材が惜しみなく使われた高級寿司が並ぶ。
寿司職人は、この場で握らせるために拘束されている。
大トロは芸術的なサシが入り、ウニは艶やかなオレンジ色、
イクラは真珠のように輝く。
幹部たちは、無言で座り、箸を手に取る。
若頭の藤井だけは、その箸を持つ手が、
絶え間ない震えを止めることができないでいる。
昨日の手打ちの実行、
そして舎弟の木村を殺した血の記憶が、彼の肉体を侵している。
久保田は、彼を射抜くような鋭利な視線を藤井に投げつける。
「食えよ。藤井。今日のトロは特別だ」
藤井は、深穏の態を帯びた久保田の視線から逃れることができない。
彼は、震える手で箸を取り、最も肉厚な大トロの寿司を掴む。
とりとめのない幻像ばかりが心に浮かんではふと消えてゆく。
彼はそれを口に運ぶ。噛む。
ゆっくりと、儀式のように。
その瞬間——。
パリッ。
という、異質な、極めて薄い硝子のような音。
藤井の目が、恐怖と激痛で大きく見開かれる。
暗い袋小路のような口の中に、電気的な激痛が走る。
彼は反射的に口を押さえる。
指の間から、赤黒い血が粘度高く溢れ出す。
寿司に巧妙に仕込まれていたのは、
安全剃刀から取り外された、剃刀の刃だった。
藤井は床に倒れ込み、口から噴水のように血を吐き出す。
口の中は鋭利な刃物によって裂け、
舌は半分以上が切り刻まれていた。
彼は、咽喉から平仮名とも、獣のような呻吟をあげるが、
言葉は既に焔のようなわななきの前で発せない。
血まみれの手で、畳を掻きむしる。
久保田は、冷たい、快楽すら感じさせない笑みを浮かべる。
それが嚇怒であることをそこにいる者は、
座右の銘のように、取扱説明書のように、覚える。
「裏切り者の口は、二度と開かない」
他の幹部達は、
一切動じず、黙々と寿司を食べ続ける。
彼等の目線は、目の前の寿司か、
久保田の無表情な顔に向いている。
彗星のように後に白い泡の尾を残した暴力。
誰も、藤井を助けない。
それが緋となり、褪紅となり、薄紫色になる。
誰も、視線すら合わせない。
藤井は、血の海の中で、孤独な断罪を受け続けている。
*
六、畳
事務所の奥座敷。八畳の和室。
壁には、鑑賞用ではなく、実戦を想定した日本刀が飾られている。
男——名を佐藤という三十代の組員が、
畳の上に土下座している。
彼の額は畳に押し付けられ、
身体が小刻みに痙攣する様子は、電気が流れているかのようだ。
「許してください、親分・・・・・・。
もう二度としません・・・・・・」
久保田は、佐藤の懇願を無視し、黙って立ち上がる。
彼は壁から日本刀を取る。
刀身は、毎日手入れされたかのように完璧に磨き上げられ、
刃紋が幽玄に浮かび上がっている。
銘は『兼元』——戦国時代、人を斬るために作られた名刀だ。
久保田は、鞘から刀を抜く。
シュッ。
という、空気を切り裂くような静かな音が、
経帷子のように拡がってゆく。
刀身が蛍光灯の光を反射し、部屋全体が一瞬、
白く、暴力的な光で満たされる。
「手を出せ」
佐藤は泣きながら、震えと恐怖で硬直した左手を、
畳の上に差し出す。指が、久保田の足元に広がる。
久保田は刀を、儀式的な遅さで、頭上高くに振り上げる。
一閃。
ズシャッ——という、肉と骨を断ち切る、
湿った音と同時に、
佐藤の指が残酷な無機物の集合のように三本、畳の上に転がる。
最高度の重要性を持って開口部を広げる。
薬指、中指、人差し指。
墨で跳ねたように揺れる。
切断面は、正視に堪えない鮮やかな赤色を呈していた。
佐藤は、即座に地獄の底から響くような悲鳴を上げる。
断末魔の、吐き気をもよおすような、醜怪な物すごい形相。
「ぎゃあああああああああ!」
彼は切断された左手を右腕で抱きしめ、
指の間から噴き出す血が、畳の細かな目に沿って、
不気味な赤い川となって広がっていく。
畳は古く、血を素早く吸い込むため、赤い線は急速に広がり、
その色を濃いワイン色へと変えていく。
抑えることのできない凶暴の血が焼け爛れたように渦をまく、
威丈高に地獄の呵責のような、声。
「次は、手首だ」
久保田の声は、ただの事実を告げるように冷たい。
佐藤は泣きながら、何度も何度も額を畳に打ちつけ、
血の混じった唾液と涙を流す。
「許して・・・・・・お許しください・・・・・・」
しかし、久保田は既に興味を失っていた。
彼は、刀身を白い布で丁寧に拭き、鞘に収める。
そして、部屋を出る。
畳には、三本の指と、血の広がり続ける染みだけが残された。
*
七、路地裏
深夜二時。
歌舞伎町の裏路地は、ネオン街の赤、青、緑の光が、
地面に溜まった汚水に三つ巴となって反射し、毒々しい色彩を放って、
新世界の迷宮にいる昆虫のような印象を与える。
路地の最奥で、久保田組の若い組員・山田(二十代)と、
敵対組織の男・鈴木(三十代)による、
屏風の薄れた絵のような取引が行われていた。
万華鏡の中にいるかのような、
眩暈がするほど混沌とした光景だ。
空調の排気口から漏れる熱風が、
路地の入り口にこもった煙草の白煙をゆっくり撫で、
その煙の向こう側に、
ここだけ切り取られた別の都市のような光と影の迷路が続いている。
山田は、厚みのある白い封筒を差し出す。
中には現金五百万円。
鈴木は、アルミ製の小さなアタッシュケースを差し出す。
中には、純度九十パーセント以上の、結晶化した覚醒剤。
白く乾いた光の粉末がびっしりと詰まっている。
わずかな風で舞い上がりそうなほど軽い粒子が、
正気と狂気の境界を淡く照らす。
封筒とケースが、暗闇の中で交換される。
その瞬間——。
路地の影から、漆黒のジャンパーとマスクを纏った三人の男が、
野良犬のように飛び出す。
悲劇の波が巻き起こる古代劇の仮面。
彼等の手には、研ぎ澄まされたナイフ。
夜は夜の中をくっきりと照らすように、
一人が、挨拶代わりに鈴木の腹部にナイフを突き刺す。
ズブリ、という、肉に刃が入る感触。
無人境に聞く口笛。
鈴木は息を詰まらせる間もなく、
二度、三度と、容赦なく刺される。
骨の髄まで凍らせ、心臓を凍らせる。
血が噴き出し、路地のコンクリートに広がる。
山田はアタッシュケースを奪われ、顔面に鉄の塊のような拳を喰らう。
彼は、脳が揺さぶられる感覚と共に、地面に倒れ込み、意識を失う。
三人の男は、奪ったケースを抱え、足音さえ立てずに闇の中に消える。
路地には、二つの、倒れた体。
そして、ネオンの毒々しい光に照らされる、
隠れたところにあるその孤立、その静寂。
そして、変わり映えもしない血の海だけが残されている。
*
八、親分
組長室。
久保田が座布団に座り、書類に目を通している。
組員である二十代の田中が、恐怖で膝を震わせながら部屋に入り、
土下座の姿勢で頭を下げる。
「親分、昨夜の取引、奪われました。
私の失態です」
久保田は、書類から視線を上げる。
彼の目は、北極の氷のように冷たく、田中の魂を貫く。
田中の額からは、冷たい汗が噴き出し、
ワイシャツの背中が濡れていく。
久保田は何も言わない。ただ、睨む。
その沈黙の圧力は、どんな暴力よりも田中の精神を破壊する。
真空の中に放り込まれたかのような、
息苦しく、恐ろしい感覚。
久保田はゆっくりと立ち上がり、田中の肩に手を置く。
その手の重さは、過不及なく均整の取れたものではなく、
田中の全人生の重みを意味していた。
その苛辣な鞭撻の前で、駑馬も打擲もないまま、
田中の身体が地盤沈下したように沈み込む。
「お前の家族は、何人いる?」
田中の顔は、血の気が失せ、
死人のように蒼白になる。
「さ・・・・・・三人です。妻と、娘が二人・・・・・・」
「そうか」
久保田は笑わない。ただ、部屋を出る。
翌日——。
田中は、血まみれの小指を白い布に包み、
久保田の前に差し出す。
彼は、家族を守るため、自ら指詰めという最後の儀式を選んだ。
久保田は指を見つめ、満足したように頷く。
「家族は無事だ」
田中は、その言葉を聞き、安堵と自己嫌悪で、声もなく泣き崩れる。
敬服の意を表するに躊躇しない、
あたかも宗教的なる渇仰の情を漲らせながら、
彼は、自分の身体の一部を差し出すことで、
人間的な関係を維持する権利を、
久保田という絶対的な権力に買い取ってもらったのだ。
久保田は家族を『暴力』の対象ではなく、
忠誠心を縛る『鎖』として利用する。
*
九、港の倉庫——リンチと拷問
港の外れ、廃棄された倉庫。
屋根のトタンは錆びて腐食し、窓硝子は割れたまま。
床には、血と油とコンクリートの破片が散らばっている。
倉庫の中央に、一脚の椅子。
椅子に縛られているのは、敵対組織の幹部・石井(四十代)
彼の顔は、腫れ上がり、左目は完全に潰れ、眼窩が崩壊している。
鼻は折れ、顔全体が凝固した血で覆われている。
彼のシャツは引き裂かれ、胸と腹には無数のシガレットによる火傷の跡と、
鉄パイプによる痣がアートのように刻まれていた。
若頭の藤井と、五人の組員が、彼を冷酷に囲んでいる。
藤井の手には、先端が僅かに湾曲した金属バット。
バットには、乾燥した血が付着している。
「言え。柳川組の金庫は、何処だ?」
石井は、朦朧とした意識の中で、首を横に振る。
彼の口からは、血と粘液が混ざり合った泡が垂れている。
それでいてなお、侮蔑を極めた表情を二つの眼に集めて見返す。
「知らねえ・・・・・・」
藤井はバットを振り上げ、石井の右膝の皿に、精密に叩きつける。
ゴキッ——という、乾いた、骨が砕ける音。
「ぎゃあああああああああ!」
石井の悲鳴が、倉庫の天井で反響し、彼の絶望を増幅させる。
藤井はバットを捨て、錆びたペンチを取り出す。
「指を一本ずつ、関節から捩じ切ってやる」
ペンチが、石井の右手の人差し指を掴む。
藤井は、まるで機械の部品を扱うように、冷徹に力を込める。
氷河が軋みつつ動き出したような音がする。
メキメキメキ——。
骨が砕かれ、関節が破壊される、生々しい音。
石井は泣き叫び、懇願する。
「やめ・・・・・・てくれ! 頼む!」
しかし、彼は最後まで口を割らない。
藤井は、石井のそのプロフェッショナルな意地に、舌打ちをする。
藤井は組員に合図。
組員は消防法違反のドラム缶入りガソリンを持ってくる。
「これが最後のチャンスだ。言え」
人生の上にふと影を落とす、
鳥の影のような言葉を聞きながら、
石井は眼を閉じる。
その一瞬、満天の星座と波の音と虫の声々とに闌けてゆく、
子供時代が懐かしく思い出された。
つと来ては、ふっと消え去る。
フロントガラスやサイドウインドウを流れていく景色だけが、
いま車のスピードがどんどん上がっているんだと教えてくれるみたいに、
彼は、生きたまま焼き殺されるという、究極の拷問を選んだ。
人間が徐々に殺されてゆく経過をこの眼で見るなどは、
千載一遇の機会。
「なんて野郎だ、本当」
藤井は、オイルライターを取り出し、
その金属の蓋を開ける——。
*
十、ゴミ焼却場——変わり果てた部下
翌朝。市の外れにあるゴミ焼却場。
久保田組の若い組員・山田は、
昨日の取引失敗で顔面を殴られ、まだ腫れが引いていない。
彼は清掃員に賄賂を渡し、高温で煤けた焼却炉の中を見せてもらう。
焼却炉の中央には、黒焦げの、炭化した死体が一つ。
顔は約一倍半も膨脹し、醜く歪み、焦げた乱髪。
ひどく陰惨な、地獄絵巻。
山田は、その光景を見て、嘔吐を催し、その場にしゃがみ込む。
それは、若頭・藤井に殺され、
この焼却炉に持ち込まれた舎弟の木村の変わり果てた姿だった。
死体は、熱で原型を留めていない。しかし、右手の炭化した指骨に、
蜘蛛の巣に捕らえられた蛾のように、
溶けかかった銀の指輪がへばりついている。
それは、木村が彼女からもらった大切な指輪だった。
山田は、涙が止まらない。
「木村・・・・・・」
彼は、久保田組の掟と暴力の連鎖の前に、
ただの傍観者として、何もできない。
その一瞬、苦しむ神、悩む神、
人間の苦しみをおのれに背負う神の観念を見出すことができるだろうか。
焼却炉の黒い煙が、汚れた空へと昇っていく。
*
十一、敵対組織の集会——襲撃
夜十時。
柳川組の事務所——五階建てのビルの三階。
大広間には柳川組の組員が三十人以上集まり、
抗争終結の祝宴を開いていた。
彼等は笑い、酒を飲み、彼らの勝利に酔い痴れていた。
それは感興を起こさしむるような物語で、
小さな物語で、しかも憐れの深い物語。
その時——。
ビルの外に、黒いSUVが五台、
タイヤの摩擦音一つ立てずに到着し、
荒馬の眼のような前照燈が消える。
車から降りるのは、久保田組の殲滅部隊。
全員が黒いスーツ、黒い目出し帽、そしてロシア製AK-47、
ポンプアクション式ショットガン、自動拳銃で武装していた。
若頭の藤井が先頭に立つ。
彼の手に握られているのは、オーストリア製グロック17。
「行くぞ」
藤井の合図で、十五人の組員がビルに突入する。
三階の扉が、ショットガンの一撃で木っ端微塵に砕かれる。
ガシャンーー。
武装集団が、笑い声と酒の匂いが充満する大広間に突入する。
柳川組の組員達は、一瞬、彼等の存在を理解できない。
下俗な覆面の残虐と私情の悪罵。
彼等の顔は、驚愕で硬直する。
藤井が、血の渇望を込めた声で叫ぶ。
「撃て!」
ダダダダダダダダダーー。
AK-47の連射音が、祝宴の音を完全に消し去る。
混雑と叫喚と餓鬼語による燐光。
凸レンズのように透き盛り上がった柳川組の組員達は、
瞬時に肉塊へと変えられる。
胸、腹、頭——血と肉片が、壁に油絵のように飛び散る。
テーブルは引っくり返り、高級な酒瓶が砕ける。
悲鳴は、銃声のノイズに掻き消された。
燃え尽きた打ち上げ花火さながら消え失せた、
五分後、大広間は血の粘土に覆われた。
三十以上の死体が、無残な形で転がっている。
藤井は、硝煙で咳き込みながら、冷徹な目で確認する。
「引き上げる」
武装集団は、任務を終えた機械のように静かにビルを去る。
黒塗りの車に乗り込み、音もなく去っていく。
大広間には三十以上の死体と、血と硝煙だけが残されている。
*
十二、クライマックス——主要人物たちの死
抗争は、血の雪崩となって激化した。
柳川組の生き残りの幹部である五十代の岡田は、
二十人の組員を率いて、久保田組の事務所を襲撃する。
三階建てのビルは、瞬時に血塗られた要塞と化す。
銃撃戦、乱闘、そしてナイフによる接近戦。
暴力の濃度は、沸点に達していた。
氷の如く冷ややかに鏡の如く透明に沈静した一瞬は、
共同墓地のようだ。
三階の組長室。若頭の藤井が、
グロック17を構えて階段を見つめる。
岡田が、最後に残った組員として、階段を上がってくる。
重い足音が、断頭台の鐘のように近づいてくる。
二人は、階段の踊り場で対峙する。
同時に、引き金を引く。
パン! パン!
藤井の肩に弾丸が当たる。
彼は蹌踉めき、壁に血痕を残すが、倒れない。
岡田の腹に弾丸が命中。彼は階段を転がり落ちる。
藤井は、痛みを無視し、岡田に近づく。
血だまりの中で横たわる岡田は、
もう片方の手を懐へ伸ばそうとしていた。
反撃ではない。
ただ、死ぬ前に何かを掴むような無意識の動作。
「久保田・・・・・・殺せ・・・・・・」
吐息のような声。
どす黒い泡が混ざっている。
藤井の口元に、
致命的に薄い笑みが浮かぶ。
「無理だな」
パンーー。
銃声が、岡田の頭を砕く。
藤井は、久保田のいる組長室に戻る。
久保田は、日本刀を膝に置き、静寂そのものだ。
「まだです。柳川組の本部を叩きます」
翌日。柳川組の本部。高級マンションの最上階。
藤井は、最後の精鋭十人を率いて突入する。
柳川組の組長・柳川誠は、部屋の奥で、
拳銃を構えて待ち構えている。
「終わりだ、柳川」
「終わるのは、お前だ」
二人は、死の舞踏のように、同時に引き金を引く。
藤井の胸に弾丸が当たる。
彼は、生への執着を失ったように、ゆっくりと膝をつく。
柳川の咽喉に弾丸が当たる。
彼は、清冽な呼吸の権利を失い、血の音と共に倒れる。
藤井は、最後の力で柳川に近づく。
「お前も・・・・・・道連れだ・・・・・・」
柳川は、最後の反逆の意志を込めて、
懐から手榴弾を取り出す。
ピンが抜かれる、金属が擦れる音。
藤井の瞳が、諦めと怒りで大きく見開かれる。
「くそっ——」
ドォォォンーー。
爆発。 最上階は、炎と煙の地獄へと変わる。
藤井、柳川、すべての組員が、暴力の連鎖の終着点として、
爆炎に巻き込まれる。
久保田組の事務所。
組員から報告を受ける久保田。
「若頭が・・・・・・死にました」
久保田は、感情の介入を許さない顔で、
静かに煙草に火を点け、煙を吐き出す。
「そうか」
彼の顔には、喪失も、勝利もない。
ただ、絶対的な権力者としての無関心があるだけだ。
久保田は立ち上がり、積み木で遊んだような、
窓の外の夜景を見つめる。
無数の街の灯りが、狡い蛇の眼のような姦策を連想させ、
その下にある巨大で愚昧なる暴力のシステムを照らしている。
「終わった」
彼は呟く。 彼の背後に残るのは、
純粋な暴力が全てを焼き尽くした後の、静かな余白だけ。
煙草の煙が、ゆっくりと、天井へと昇っていく。
その軌跡はまっすぐで、
世界の残酷さを何ひとつ乱していない。
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最終更新日 2025年12月01日 23時39分05秒
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