†World of Azure†

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都市伝説




「そういえば、チギ先輩が言ってたんですけど、遺体の血が少なすぎるらしいですよ。血も乾ききっていて、現場にもあまり血痕がなかったらしいので、殺害して、一部を切り取ってからわざと人目に付く場所に捨てたんじゃないか、という見解みたいです」
昼下がり、相変わらず客のいない店内で紅茶を飲みながら遊烏は静かに口を開いた。
「コウイのヤツ…俺には情報寄越さないくせに遊烏には色々教えるんだな…」
「龍生に教えるとすぐにあちこちに売られてしまうからね」
腕を組んだ龍生が少女の唇に視線を遣りながら呟くと、入口の方から笑みを含んだ声が聞こえた。その声に三人の視線は店の入口に向く。
「先輩…どうしたんですか?」
「うん、仕事も一段落したから此処でお昼を戴こうと思ってね」
立ち上がった遊烏が男に駆け寄りながら尋ねる。優しい笑みを浮かべた男は少女と視線を合わせながらそう答えた。
「お昼まだだったんですか?じゃあ、すぐに用意するので座っていて下さい」
翡翠色の瞳を見上げながら遊烏は言って、店の奥に入っていく。男三人がその背中に視線を遣っていると、
「こんにちは。遊烏さんいらっしゃいますか?」
静かに扉が開き、新が顔を覗かせた。三人が顔を見合わせ、頷くと、青年は店の中に入ってきて、窓際の席に原稿を置いた。
「どうしたんだ?」
「いぇ…実は、お願いがあって来たんです」
龍生が視線を遣って首を傾げると、新はテーブルに寄りかかりながら顎に長い指を添え、少し考え込んだ後に微かに目を細め、静かに言った。
「先輩、お待たせしました。お口に合えば良いんですが…」
「遊烏ちゃんの作る物は何でもおいしいよ」
一同の視線が新に集まる中、奥から盆を持ってきた遊烏が男の座っているテーブル席に皿を置く。自信なさげなその言葉に青銅色の髪の男は優しく微笑みながらさり気なく少女の手を握る。
「っ!」
「そっ…そんなコトないですよ。…いらっしゃいませ、冬宮さん。ご注文は?」
それを見た龍生が息を呑むと、遊烏は頬を紅潮させながら新に視線を遣った。
「とりあえず珈琲をお願いします」
椅子に腰掛けながら新が答えると遊烏は頷いて、カウンターの中に入っていく。
「で、楸に頼みたい事って何なんだ?」
白いカップに珈琲を注ぐ少女の手元を見ながら頬杖をついた神威が本題に戻す。
「頼みたい事、ですか?」
「はい…」
盆にカップを乗せ、テーブル席に運びながら遊烏が首を傾げると、漆黒の髪の青年はテーブルの上で手を組み、翠玉色の瞳を少女に向けた。
「…こんな都市伝説を知っていますか?“帝都には失われた国の技術を持つ退魔師が居る。彼の者、陰陽師より強力な禍払いの力を持ち、人ならざるモノが起こす事件をたちどころに解決する”…通称、『神落屋-カラヤ-』という怪異専門の探偵の噂なのですが」
空になった盆を胸の前で抱いた少女を真っ直ぐに見据えて、新は話を切り出す。客の殆ど居ない店内は静まり返っていて、全員の視線が青年に集まる。
「あぁ…あくまでも都市伝説だろ?」
「そうだね。患者からはたまにそういう話を聞くけど、実際見た事ないしね」
新の話に龍生が肩を竦めて言うと、食事をしていた青銅色の髪の男が静かに頷いた。
「…貴方は?」
「あぁ…この方は此処の隣の建物一階で診療所を開いている地祇紅威さんです。先輩、こちらは欅新聞社の冬宮新さんです」
『黎明の空』のいつものメンバーにさり気なく溶け込んでいる男を見て、新が首を傾げ、遊烏は視線を奥のテーブル席に移す。食事をしている男の代わりに少女は青年の質問に答え、続けて青年を男に紹介する。
「よろしく」
「ちぎ…こういさん…。貴方が検死をしているお医者さんでしたか。こちらこそよろしく」
軽く顔を上げて男は微笑み、新はそれに会釈で返す。
「都市伝説か。それが楸に頼みたい事と何の関係があるんだ?」
「皆さんはこの都市伝説に続きがある事を知ってますか?」
盆を抱いたまま立っている遊烏の背中に視線を遣りながら神威が続きを促す。頷いてから新は話を再開し、一同を見回した。
「…うちの新聞の特集で都市伝説を扱った時に聞いたんですが、その『神落屋』の仲介をしているのがこの街にある喫茶店だと言うんですよ。それで、何か情報を持っていたら教えていただきたいと思って」
「なるほど、同業者なら何か知っているかもしれないってワケか」
肩を竦めた一同を見て新が話を続けると、それを聞いた龍生が軽く肩を竦め、紅威は一瞬視線を交わした神威と遊烏に翡翠色の瞳を向けてから食事を再開する。
「…都市伝説…ですか」
「…にしても、何で今都市伝説なんだ?書く事は色々あるだろう?」
龍生と視線を交わしてから考え込んだ遊烏が呟くと、少女の顔を見つめていた神威が目を細めて新に視線を遣った。
「…ある方がその『神落屋』に依頼したい事があるとかで、以前、都市伝説を扱ったコトのあるうちの社に来たらしく…上司命令で情報収集をしていると言うワケなんです」
「なるほど…会社勤めは大変だな」
「そうだね」
苦笑しながら答える新を見ながら肩を竦めた龍生が遊烏に視線を遣る。漆黒の髪の青年の話を真剣な顔で聞いていた少女はその言葉に相好を崩して頷いた。
「…ご馳走様。その『ある方』は『神落屋』に何を依頼したいんだろうね?」
黙って会話に耳を傾けていた紅威が食事を終え、徐に口を開く。客が全く入ってこない店内にその静かな声はよく響き、投げ掛けられた疑問に龍生と神威、遊烏は顔を見合わせる。
「一つあるだろう?物の怪が絡んでそうな事件が」
神威は窓の外に視線を遣りながら目を細めた。黄金色の髪の異人の言葉に龍生と遊烏は目を細め、顔を見合わせてから微かに頷き合い、紅威は食後の珈琲を優雅に飲みながら翡翠色の瞳を二人に向けた。
「今、帝都を騒がせている事件。戸締まりもしっかりし、外出禁止令も敷かれていたにも拘わらず、被害者は自宅から忽然と姿を消した。どう考えても神出鬼没な化け物が絡んでいるとしか思えないだろう?」
「殺し方も素人のやり方ではないし、犯人は一般人ではないと考えた方が良いだろうね」
遊烏の背中に視線を遣りながら神威が言葉を続けると、カップを置きながら紅威は頷き、少女に席を勧めた。
「確かに人間業じゃないな」
「危ないから首突っ込まないでね…お兄ちゃん」
紅威の言葉に頷いた龍生が頬杖をつきながら呟くと、彼の隣に腰掛けた遊烏は青玉色の瞳を向ける。
「あぁ。遊烏に心配掛けるようなコトはしない。約束する」
「うん。『神落屋』の事は私が調べて、何か分かったら冬宮さんに連絡します」
心配そうな少女の表情を見て、龍生は優しく微笑みながら遊烏に瑪瑙色の瞳を向ける。
幼い頃からずっと一緒に居て、いつも後をついてきた可愛い妹。心配だけは掛けさせたくない、と隣に座る遊烏の頭を撫でれば、一転、少女は笑顔になって、新に視線を遣った。
「すみませんがお願いします。それでは、仕事がまだ残ってますので失礼します。お代、ここに置いておきますね」
「ありがとうございました」
遊烏の言葉に新は頷き、そう言ってからテーブルの上に金を置いて、店を出ていく。その背中を見送りながら少女が微笑むと、
「さてと…午後の仕事があるから俺もそろそろ失礼するよ。幾らだい?」
「あ、良いですよ。食事代も家賃に含まれてますから」
「え…?そんなに沢山払ってない気がするんだけど…」
苦笑した紅威が立ち上がり、遊烏に問う。彼の翡翠色の瞳を見上げながら少女が微笑むと、穏やかな笑みを湛えたまま青銅色の髪の男は首を傾げた。
「そうですか?」
向けられる視線に遊烏は笑顔でそう返してから肩を竦めてみせる。
「まぁ…好意に甘えとけば良いんじゃねぇの?」
困ったような顔をする紅威に神威がニヤリと笑いながら言うと、少女は微笑みながら頷いた。
「済まないね…それじゃあ、お言葉に甘えて。おいしかったよ、遊烏ちゃん」
「ありがとうございます。お仕事頑張って下さいね」
頬を掻きながら紅威は礼を言い、遊烏の頭を撫でてから店を出ていく。その背中に声を掛けてから少女は食器の片付けをし、カウンターの席に腰掛けた。
「…」
頬杖をつきながら遊烏は何事かを呟く。あまりに小さな声で聞き取れなかったが、青玉色の瞳は虚ろに中空を見つめ、何かを考え込んでいるようである。
「龍生、欅新聞社の都市伝説の特集記事は手に入るか?」
「あ?…あぁっ!それくらいだったら簡単だ。すぐに行ってくる」
そんな横顔を見ながら神威が視線を向けると、紅威が出ていった扉を睨み付けるように見ていた龍生は我に返ったように黄金色の髪の男に視線を遣り、立ち上がった。
「遊烏?お兄ちゃんが居ない時に一人で深追いしちゃ駄目だぞ?」
「お兄ちゃんもね」
頬杖をついたまま顔を上げて神威を見た遊烏の頭を撫でてから龍生が言うと、白銀の髪の少女はにっこりと笑って頷く。それを見て、安心したように笑ってから鉄色の髪の男は店を出ていった。


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