ふと家に帰りたくなくなったある日。
駅の近くの通り。 すでにシャッターを閉めた店の前に丁度いい高さ
の段差があったので、 腰を下ろして走る車を見ていた。 流れていく
ヘッドライトの光。 手には文庫本。 とりあえず鞄から出したものの、
気が集中できず3行読んだだけ。 ちなみに内容は頭に残っていない
。
そんなとき街頭の下に立ち止まったのは、 小奇麗な格好をした青
年だった。
「 何してるの 」
少し低い声が少女の耳まで届く。
少女は男の顔を見て、 視線を元に戻した。
「 もうすぐ終電だけど、 いいの? 」
少女は駅を、 見なかった。 先程と同じように男を見た。
男はその視線を受け、 すたすたと少女の前に来てしゃがんだ。 目
線を合わせる。
少女は視線を逸らす。 時間も経って、 ヘッドライトの光は少ない。
けれど助けを求めるためにそちらを見たわけではなかったので、 とく
にどう、 ということもない。 近づいてきて目の前に座るもんだから ―
―実際はしゃがんでいるだけだが――、 なんだか今の自分を責めら
れている気がして、 怒られる気がしたのだ。 だから、 つい、 視線を
外す。
少女の目の高さに合わせた男は、 目を逸らした少女の顔を見てい
る。
「 猫だったら拾って帰るんだけど 」
言って、 少女の視線の方向へ顔をまわす。
不意に現れたので、 少女は男の顔に焦点を合わせてしまった。
目と眼が合う。
「 おいで。 よかったら 」
言葉が、控えめだったからかもしれない。
言われて、 手を取られ、 立ち上がらされて、 足が一歩出た。 一
歩出るとつられて二歩三歩と出た。 それは無意識に繰り返されて。
頭では何も思わなかった。
視線を上げると男の後頭部。 男が言った。
「 牛乳がまだあったと思うんだけど…… 」
つぶやいた感じだったので、 独り言だったのかもしれない。
緩く握られた手は冷たくはなく、 特に暖かくもなかった。
男の家で出てきたのは牛乳ではなくカップラーメンだった。
その夜少女は夢を見た。 カップラーメンを食べたら、 すぐに睡魔はやってきた。 次に起きた
ら朝だった。 長い夢から覚めたようだった。 朝日がとても明るくて、
目が冴えたようだった。 夢は、少しも覚えていなかったけれど。
見も知らない男は紳士だった。 トーストにコーヒーだったけれど、
手作りの朝食は美味しかった。
こうして、少女は拾われた。