ポプリローズフィールド From 真名 耀子

ポプリローズフィールド From 真名 耀子

ありのままの私でいるために


「ありのままの私でいるために」



 一目ぼれするタイプではないが、恋に落ちやすい。

 私が恋に落ちるときは、周りがなにも見えなくなるのではなく、自分が見え

なくなってしまう。相手に染まりたがる自分がいる。

そして私は恋に落ちるたんびにこの恋は永遠だと信じて疑わない。ただし、い

くら信じたとしても永遠なんてものが私に存在したことなどない。


 1ヶ月前1歳にも満たない恋を終わらせたのは自分の方だった。

「一樹の前ではありのままの自分でいられないの」

 恋人の前で別れの理由を静かに述べた。

 なにか大きな別れの原因があるわけでも、大きな喧嘩をしたわけでも、浮気

をされたわけでも、したわけでもなく、別れは背後からともなくやってきて、

なんとなく私を包み込み「ありのままでいられない」と言わせた。

 私からの別れ話に一樹は少なからず驚きを覚えたようだが、一樹を驚かせた

のは、私が別れると決意したことよりも、私が述べた理由の方にあった。


「ありのままの自分って言うけど、菜々にとってどういうのがありのままの自

分なの?」

 その質問に私は少しうろたえた。

 一樹が別れたくないだとか、うまくいっているじゃないか、とか俺のどこが

いけないんだ、とかそんなことを言うでもなく、単純に疑問をぶつけてきたこ

とにうろたえたのか、それとも、ありのままの自分というものが、どんな自分

なのか説明する準備できていなかったことにうろたえたのかは分からない。た

だ一樹の質問に私は答えることができなかった。

 少しの沈黙が続いた。

「別に答えなくてもいいよ。何をもって、ありのままだと菜々は思ってるのか

なってちょっと知りたかっただけだから。俺は単純に菜々が好きだったけど、

俺と一緒にいた菜々はありのままじゃなかったと言われると、今まで楽しそう

に笑っていた菜々も、けんかして泣いた菜々も、なんだったんだろうって思う

よ。俺はいつも真剣に菜々に向き合ってきたと思うのに。俺の前ではありのま

まじゃいられないなんて・・・じゃ、今ここにいる菜々もありのままじゃなく

って、演技かなにかしている菜々だってわけだよね。なんかこういうのって

さ、しらけるよね。今までばかにしてたの?」

 最後の一言に私は、震えるほどうろたえた。

 そんなんじゃない。間違ってもばかになんかしていない。私だって、この恋

は永遠だと信じていた。それに偽りはない。だけど、私は一

樹に合わせて「そんなにおもしろいかな?」と思いながらも笑っていること

や、外食したときのオーダーも私の好みより一樹の好みを優先させていること

に一樹は気が付いていないことや、けんかしても自分の言いたいことを理解し

てくれないだろうと、半分も言わずにがまんして、泣き出してしまうことや、

つまり一樹の前にいる私すべてがありのままでいない自分の塊で、ありのまま

でいるにはどうしたものかと私なりに悩んだのだ。

 高飛車な気持ちで「ありのままでいられない」と言ったのではない。いつも

一樹に遠慮している自分に疲れたというのが本音で、その遠慮は一樹が望んだ

ものでもなんでもなく、私が勝手にしていたことだ。

 これを一樹に別れ際に説明するのも納得してもらえないだろうと踏んでいる

のも私の勝手な思い込みであるには間違いない。別の誰かだったら分かってく

れるんじゃないかと思ってしまう自分がいることは、否めなかった。


 一樹との恋が終わってから私の頭の中を占めていたのは「何がありのままの

自分なのか?」ということだった。

ショックなことに、一樹にはありのままの自分でいられないから別れると言っ

ておきながら、何をもってありのままの自分なのか問われると、説明のしよう

がない。

 そして私はありのままでいられたときの恋があったのかを、確かめようとし

た。

 別れた恋人とは連絡をとる性質ではないが、ありのままの自分探しをせずに

誰かと恋をすることなど再びやってこないんではないかという強迫観念に近い

ようなものがあった。

 高橋の携帯に電話をかける。高橋と別れてから一樹と付き合うまでに2年間

ブランクがあった。高橋との交際期間は、一番長く、といっても3年だが、そ

の間に私は1度妊娠をしている。付き合ってすぐの頃だ。

 私はまだ恋をし足りない気がしていたし、高橋の方も結婚するにはまだ早い

からおろして欲しいと言った。私はドラマのようにここで、劇的に結婚しよ

う!と熱意をもった目で言われるのかと思ったから少し驚いた。驚いたけど、

その方がいいとそのときは思って、反面ホっとした。

 病院でおろしたときも、そして数日家で休んでいたときも、高橋はずっとそ

ばにいてくれ「悪かった・・・」そう謝った。このことが、お互いの絆を強く

したんではないかと思うほど、その後の関係はうまくいったが、うまくいけば

いくほど、後悔するようになっていった。

 妊娠をきっかけに結婚していたら、今よりももっともっと幸せな毎日を過ご

していたんじゃないかと思い込むようになった。妊娠したことやおろしたこと

は暗黙の了解で話題にあげないようにしていたが、忘れることがあるはずもな

く、高橋といくらうまくいっていても、いつもこのことが頭を過ぎり、将来の

ことを夢をもって話すことなど出来ないようになっていた。私の過去を何も知

らない人と恋したい。そんな風にいつしか思うようになって、高橋との恋は自

然消滅した。

 その高橋に連絡を取るのは、相当勇気がいる。携帯にかけながら、番号が変

わって他人が出ればいいのに、と思わなくもなかった。

 呼び出し音が6回、7回、と鳴って電話を切ろうとしたとき、高橋の声がし

た。

「はい。高橋です。ただいま電話に出られませんのでメッセージを残してくだ

さい。こちらから折り返しいたします」

 高橋の声のあとに、プー、と発信音が鳴った。私は、慌てて電話を切ろうと

したが「あ、」と一言だけ発してしまった。

 一言にも満たない留守電のメッセージに気味悪く感じるかもしれないが、私

と同じく高橋も番号を登録したままだったら、着信で誰だか分かるだろう。別

れて2年以上たって何事かと思って折り返して電話して用件を聞いたら「あな

たの前で私ありのままだった? ありのままの私って、どんな私だった?」な

んて返されたら、呆れられるだろうな、と思う。

 ふーっ、と大きなため息をついて、携帯の電源を切って放り投げた。シャワ

ーを浴びようと洗面所に立ち、鏡に映った自分を見た。

「これが私か」

 分かったことは、ありのままの私は逃げてばかりということ。

 これがありのままの自分なんだと、鏡を見つめながら思う。

「ありのままでいたいの?」

 自分に問う。

 ありのままの気持ちを逃げずに言葉にしたいが、それは、今のありのままの

私ではない。

 どこに行き場を求めていいのか、不安定な顔が鏡に映っている。

何かを変えたい自分がいる。ふと、明日髪を切りに行こうと、思った。少し今

と違ったありのままの自分になるために。私は、髪を束ねたり、下ろしたりを

しながらどんな髪型にしようかと考える。

 今度いつ恋に落ちることがあるだろう。そのときは、今よりましなありのま

まになれているだろうか。私に永遠が訪れるのは、本当のありのままを見つけ

られたときなのだろう。




小さな町にある古いアパート


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