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私のお母さんは元気で明るくて世話好きで働き者です。動物が大好きで、とても優しい人です。 今は体中の痛みや苦しさや強い薬のせいで寝ているか、苦しんでいるか、泣いているかという状態で普通の会話らしい会話は出来なくなってしまいました。憎まれ口をきいたり、わがままを言って家族や看護師さんたちを困らせたり、泣き喚いたり大声を出して周りの人に迷惑をかけたりするので、私はどうしたら良いのか分からなくなってしまうこともあります。ほんの数ヶ月前までの母とは別人のようになってしまって まるでわがままで小さな子供のようになってしまった母ですがそれでも愛おしく思います。たった一人の私のお母さんだからです。 以前の、本来の母ではもうないけれど、きっとその頃の母に戻れることはもうないのだと思うけれどそう思うと、本当にとても悲しいけれどそれでも母はまだ私が病院に行けば私が来たことが分かるし、訳の分からないことでも私に話してくれたり、私の言うことがきちんと分かることもあるし「ありがとう」や「気をつけて帰ってね」などと言ってくれたりもします。 ただ最近は、死にたいということと、もう痛いのは嫌だということばかりを言っていて、夜、ナースコールのボタンのコードを首に巻きつけたり口を拭くために枕元に置いていたガーゼの小さなハンカチを口で裂いて首に巻きつけたりしたこともあったそうです。コードの長さも足りず、母の力では思い切り絞めることはできないし、ハンカチも薄くて小さいので、実際にどうにかなることはなかったのですがそんなことをしたと聞くと、胸が痛くなります。薬がどんどん強くなっても、それ以上に痛みもどんどん激しくなっていつも痛みに苦しんでいる姿を見ているとお母さんをもう楽にしてあげたいと思ったりもします。 でも、そう思いながらも、私はまだ母と別れたくはないのです。その覚悟ができずにいます。 昨日も病院に行きました。母は痛い痛いと泣いていましたが、それでも合間に少し会話もしたし、 夕方になると少し落ち着いて、眠ってしまいました。最近の様子と変わらない感じでした。昨日から、更にまた皮膚から吸収される張り薬が一枚増えて看護師さんが背中に貼ってくれていました。先生が様子を見に来てくれたときに、「足も痛いし、胸も背中も体中が痛い。」と母が言うと12月に入院したときからだと張り薬の量ももう倍以上になっていて、今日からまた1枚増やしましたからそれで様子をまた見ましょうと先生から言われました。 昨日もいつもと同じで、兄が仕事帰りに来てくれるまで傍にいました。帰って来るとき、眠っている母に声をかけました。母は眠そうだったけれど、目を開けてくれました。 昨日は最近の母の様子と変わりない感じだったので 今日は、くるみのトリミングもあったので病院を休ませてもらい兄たちが病院に行ってくれることになっていました。午前中は下の兄が病院に行ってくれてとても痛がっていて、かなりつらそうだったけど、やっと眠ったから帰って来たというメールをくれました。 夜、上の兄からもメールが来ました。夕方から面会時間が終わるまで2時間半くらい傍にいたけれど、一度も目を覚まさなかった。今までそんなことはなかったし、確かに痛みで苦しんでいるのを見るより良いけれどもしかして、このまま目を覚まさないんじゃないかと思うと寂しくなってしまったという内容でした。 もしも、このまま最期まで母が目を覚まさなかったら・・そうしたら、どうしよう。今日だって、無理をすれば病院に行けたのに・・ だって、私は昨日、母と何を話しただろう。帰るとき、私が声をかけて母は何か言ったかな・・私はなんて声をかけたんだろう・・昨日のことなのに、考えても何だかきちんと思い出せなくて、もしかしたらもう母の声を聞けないのかも、最後の会話だったのかもと思うと悲しくてたまらなくなってしまいました。 12月17日に余命1ヶ月と宣告されてその1ヶ月が過ぎてからもう12日経つのだから本当にもうどんな状況になったとしてもおかしくないのかもしれないけれど ・・それは頭ではわかっているのだけれど・・・ 明日、病院に行ったら、母は目を覚ましていてくれないかな、私が行ったら、お母さんて声をかけたら、目を覚まして、また何か話してくれるんじゃないかな。私はそう願ってしまうのです。 痛みに苦しんでいる母の姿を見ているとお母さんを楽にしてあげたい、もう頑張らなくていいよ、もう痛いのを我慢しなくていいんだよと言ってあげたい気持ちも本当にあるけれど、どんなにわがままを言われても本来の母でなくなってしまってもそれでも私は母に会いたくて、母と話したくて、母と別れたくなくて・・どれも本当で、本当の気持ちで。 お母さんだから。わたしのお母さんだから。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++応援してくれたらうれしいです。にほんブログ村
Jan 28, 2012
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今日は母の余命宣告を受けてからちょうど1ヶ月目だった。 先生から言われていたように12月の末に母は何を食べても吐いてしまうようになり、口から物を食べることが出来なくなってしまった。それからは食事の代わりに点滴で栄養を入れることになったけれどもともと細かった体が更にどんどん痩せ、人間てここまで細くなってしまうのかと思うほど骨と皮のようになってしまった。薬はどんどん強いものになり、幻覚を見て脅えたり泣き喚いたりおかしな行動をしたりするようになった。夜中にハサミで自分のパジャマやタオルを切り刻んでしまったり何度も何度もナースコールを押して看護師さんを困らせてしまったり・・ お正月休み中は可能な限り、兄たちと交代で24時間誰かが母の傍にいるようにしていた。私も3日間ほど母の病室に泊まった。母と一緒に年を越した。 それでも日に日に母の体の調子はどんどん悪くなるし精神状態もおかしくなっていってしまうので一人にするのが不安な状態になってしまっった。お正月休みが過ぎたら、誰かがいつも傍にいるということは無理なので母が入院する病院に看護師として働いている姪の勧めもあり母のような状態の場合、個室より大部屋の方が看護師さんたちの目が届きやすいし良いと言われ、他の人への迷惑などの不安があったのだが年が明けてから母は大部屋に移ることになった。 その日によって穏やかに寝ている日もあれば痛みのせいで大声で泣き叫んでいるときもあり、幻覚を見て脅えて泣いているときもある。 昨日は本当にここ数日の間ではめずらしいくらいに穏やかにすやすやとよく眠っていた。 そして今日は先生の「あと1ヶ月くらいでしょう」と言われたあの宣告の日からちょうど1ヶ月目だった。母は私が病室に行ったときから「痛いよ~痛いよ~」と泣き喚いていた。痛みどめの座薬も入れてもらったけれど、それでも治まらずずっと大声で泣いているので 母の手を握ったり、母の背中を擦ったりしてどうにか宥めようとしたら「お前に痛いのなんて分からないでしょ痛いのは私なんだよ、この痛いのが分かるわけない」と母から言われた。今まで私は母の前で泣かないようにしてきた。でもそう言われたとき、涙がこらえきれなくなった。その通りだ。痛みがどれだけすごいものかその痛みに毎日ずっと耐えている母のつらさは私に分かるはずないのだ。 「もう終わりにして、もう死なせてちょうだい。もう注射で殺してって先生に頼んで。家に帰りたい。家で死にたい。もう嫌だよ・・お願いだから、もう終わりにしてもう頑張ったでしょ、もういいでしょ」母は泣きながら何度も何度もそう言っていた。私はこらえられず母の前で泣いてしまった。 母がガンだと言われたとき、足の切断を勧められたとき、一度は消えた肺のガンが再発したと知らされたとき、母の余命宣告のとき、母との思い出を振り返るときそのほかにも何度も何度も悲しくてたまらないときがあった。悲しみは心の中に蓄積して毎日チクチク痛んだ。そのときそのとき、こんな悲しいことがなぜ起こるのかと思うほど悲しかったし、つらかった。 でも、今日が1番きつかった。 今日がそのなかでも一番つらかった。 母の願いはとても悲しすぎるけれど、でも母の身になって考えれば、分かるのだ。母はもうじゅうぶん頑張ったし、もう痛みから解放されたい、楽になりたいと思う気持ちはすごく分かるから・・。 でも私にはどうしてあげることもできないのだ。 ごめんね、お母さん。ごめんね。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 応援していただけたら有難いです。にほんブログ村
Jan 17, 2012
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