そふぉの彼方へ

そふぉの彼方へ

ELC



本当に学校は楽しい物でした。
学校へ行くだけで英語は伸びるのか?
と言う問題です。
大学へ行く為に勉強するならELCで勉強することは本当に良いと思う。
私が学びたかった英語は自分の絵のプレゼンの仕方と生活をする為の英語を重点に置いてしたかった。大学に行く予定が無い。。その違いかも。。
学校が悪いわけでも、先生が悪いわけでもない。
私の主旨と少し違っていたから。
1モジュールを受けた時に大学生気分(?)みたいな物は感じました。
そう、楽しいよね。で、次に自分が学ばなければならない事。
目的の為の英語をどうやって学ぶかを考えました。
それでも学校なんだから我慢して机に噛り付いていた方が良い。と言う人がいて、
その他の場所でも勉強したいと言う私がいて・・。
そこで意見が食い違う。
学校側に立って思うのと、大切な時間をどう最大限に自分の為に使いたいかの考え方の違いだと思う。
私は学校側としては考えられない、それは私が生徒だったから。

学校に行ってよかったこと・・
たくさんの友達が出来ました。
もちろん日本人だけじゃなくいろんな国の友達。
私が授業に出ていなかったこと。
自分ではそんなに出ていなかったと言う思いは無いです。
だって、とりあえず学校には行っていたから。。
午前は自分で勉強して午後の授業だけ出たり、それの逆も・・
まったく1日授業に出ていない日って数日だったかな?

学校よりも大切だと思った事にはそちらを優先していました。
観光にも出かけたり、SHINOさんに勉強教えてもらったりしていました。
金曜日のARTSHOOLにも行っていたし。
これは本当にいろんな意味で学びました。^^


そして、私が授業に出ていなかった事に対して、あまり好感を持たない人がいました。
なぜだろう?なにか迷惑をかけた??と思いました。
私は大学だけでなく、TASMANIAで英語を学んだ。
TERESAからやホームメイトや町や店や友達と・・


私がTASに行った一番の理由はTASに住みたかった。。
それで語学留学したのがそんなに変なのかな?

観光ビザで行って、観光して何がおかしいのだろう?
だったら学校にいくなってことなのかな?
ほんと、ほっておいてほしい。。
1モジュールで授業を受けてそれから追加をすればかったと今になって思うんだけどね。そしたら、変な誤解も無かったと思う。

1モジュールが終わってから町の英語学校でよかったのかも・・
週に何日かの英語教室。それならちゃんと出たと思う。
それをしないでエクスチェンジをしたり日本人に英語を教えてもらっていた。

そんなことを言いながらも、学校をめちゃくちゃ楽しんでしまっていた私^^
最後の終了証書の受け渡しのセレモニーで私は大泣きをしました。
私,一人が泣いていました。
先生の顔をみたら、「本当にこれが最後でお別れなんだ。もっともっと話したかった・・・」ってね。
後できいたところ、その時の会場の拍手が一番大きかった事。
「泣くなんて笑っちゃうよ」と男の子に言われてしまいましたが・・。
JUNは「あれで良いんだよ。泣きたいと思ったら素直に泣けば・・」
JUN君18歳なのに大人だと思った^-^;

先生方がとっても親切だった事。
私の為にARTSHOOLの教授とTELをしてくれ、通える様にしてくれた先生。
家族のことを話せと言われるたびに、思い出したくないことまで思いだしスネそうになる私を「ダーリンのことを聞かせて!」と機転をきかせてくれたこと。
ビスケットをみんなにくばり、楽しく授業をしよう!としてくれた先生。
ゲームをしながら、英語の勉強をしたこと。
先生の誕生日にみんなの母国語で「おたんじょうびおめでとう!」のバースディカードを書こうと言い出した私。
それを先生は「このクラスは人数が少ないけど、だからステキなんだ!」と言ってくれた笑顔。。
みんなのしたい事、夢やこれからの事を語り合った事。
英語以外の言葉を教え合ったこと。
サイドの白板に「I LOVE YOU」をいろんな国の言葉で書いておいたこと。
英語がなかなか通じなくてみんなでイライラもしたこと。

来年、南極に写真を撮りに行くクラスメイト。
オーストラリアをラウンドするクラスメイト。
ワーホリをするクラスメイト。
日本語が話せる韓国人や台湾人。
弁護士になるクラスメイト。
母国で英語を使っての仕事をするクラスメイト。
そして、海外で個展がしたい。という私・・

授業が楽しくない。。というよりそういうことが楽し過ぎた。
大学に行く理由で学校に通っているわけじゃないから・・
そんなクラスメイトといると人生は色々で身につく英語が学びたくなる。
だから、授業にでなくって自分で勉強をしていたのに。。


英語が出来なくってよかったとクラスのみんなで話したこと。
英語が出来てたらこんな楽しいクラスには入れなかったと大笑いしたこと。

でも、好きな授業があれば、気の合わない先生ももちろんいる。
発音が聞き取りにくい先生の授業はつらいです。
他の人も言っていた。どうも音楽の様にしか聞こえない。
日本人を好きな先生もいたら、そうでない先生もいる。。
日本が好きな「リンダ」って先生が居ました。彼女は日本へ留学していました。
「また、日本に行きたいけどもう私には家族がいるのでもういけないと思う・・」
と言っていました。
私のことを「りっえっこさぁ~ん」と呼んでくれます。
オプションのクラスでしか受け持ってもらっていなかったのに、いつも話しかけてくれました。私もリンダがだいすき^^

でもちょっと、韓国好きな先生は韓国の子しか発言させない・・。
メインティチャーでした。彼女も韓国へ旅行へ行って韓国がだいすきです。
ボキャの時間のとき良く英語を韓国語にして話していました。
私も負けずに知ってる韓国語を話していました。
「ケンチャナヨ」「メッチュ」「ジンロ」「パリパリ」「アニョハセヨ」「オムニ」「ケットンボルゲ」「オイキムチ」と結局最後には食べ物になる^0^;
「どうして知っているの?」とみんな不思議そうでした。
以前、テキサスに留学していた韓国人のお姉さんが日本に来て3ヶ月間その人と毎日英語と日本語とで話していたから^-^;
と言っても日本語を教えるばかりでしたが・・
その人のお友達が来た時に横で韓国語を聞いていたから・・。

そういうことあって勉強になりました。
そう・・・・・・。学校の授業の内容でなく・・。
その他の事、英語の文法などではなく、全てひっくるめて!
他の国の人の話とかって凄く私には興味があった。
英語だけでなくいろんな国の言葉に興味があった。

今まで学校が好きでなかった。それがダイスキになってまた通いたいと思えた事。

で。。私が学校の授業に出なかった事に対して、文句を言う人。
とても不思議です。
私が学校を楽しんだ事。わかる人にはわかって欲しいね^^
学校の楽しみ方はみんなそれぞれです。
日本人と全く接点を持とうとしないで勉強している人もいるし・・。
私みたいにいろんな人と友達になりたがる人。
いろんな国の人がいるのでどんな人か知りたくなる。

追伸:
韓国の子達3名(インキュン。SHIN.ウォンチー)が私のいたクラスから4段飛びで上に上がった。その次がアカデミックへ。
う~ん。凄い英語の伸びです。
帰国後3ヶ月後にその話しを聞きました。
彼らの英語の延びは陣嬢でなかったようです。
授業も最初は簡単な所からだんだん難しくなっていたのだけど、彼らはちゃんとついていっていた。私達のクラスでするような問題ではなかったくらい難しかった。
もちろんそれが先生にも喜びだったでしょう。
そのころは、どうして先生は韓国の子ばかり当てるのだろう?と思っていました。
今じゃ,その理由もわかります。
そして、最初は彼らより英語が出来た子に英語を教えるまでに成長している。
最初は私と同じレベルだったのに。。
凄い努力と勉強をしたんだよね。韓国パワーは凄いね。

*インキュンはいつもリンゴをかじっては、「僕は勉強していない。ぐーたらだよ。」って言っていたのに・・。
もう違うクラスになってあまり話す機会も少なくなって居た時に、図書館であった時は、本当にゆっくり二人で話しました。
彼は法学部だけど弁護士にはならないでインターナショナルの銀行に入りたいと教えてくれた。
私は「いつか海外で個展をしたいの。その為に英語を勉強しているの」と言うと凄くびっくりしていた。すごいね。と言ってくれた。
それから、「日本人の女の子は男性への配慮があるよね。」と言ってくれた。
私のことを本当に英語ができないと思っていたらしく(そうなんだけど・・)
すっぴんで一度学校へ行ったら「今日は寝坊したの?」と聞かれ「いいえ」と言うと「じゃあ何故化粧してないの?」と聞かれ私は「タスマニアは空気が良いので・・」と言ったとたん。「もういいわかったわかった」と言われた。
いやいや「空気が良いので化粧しない方が肌にいいかと・・」と言いたかったのに。。最後まで聞いて聞いてくれなかった^-^;質問を解ってないと思ったらしい・・・。で、その図書館で「君は英語が話せるじゃないか!」と言っていた。「少しだけね。貴方ほど話せないし勉強しても理解できていない・・」と


*ウォンチーは、日本語も話せる頭の良い女の子で日曜には教会で聖書を英語で勉強していた。私に「貴方は英語がわかっているんだから、もっと発言しなければ・・」と笑顔で言ってくれた。たまに日本語で話したりした。
SHINに日本語で「I LOVE YOU」はなんて言うのか?と聞かれ
「愛してる」と教えたら、ウォンチーが怒り出した。
そんな言葉を軽軽しく使ってはいけないって・・

*SHINはものすごく勉強熱心だったけど、友達思いの男の子でした。
最後のパーティの時に、私は彼の顔をみて泣いてしまった。
彼とはいつもパートナーだったのに彼の英語の出来はいつも良く、私だけが理解出来ていないと思い、良く彼に当たってしまったからです。
彼は「気にしてない」と言ってくれた。彼のやさしさに甘えてしまっていた。
「貴方に言わなければいけない事がある。本当にごめんね。」って・・・

彼らの親切とパワーはものすごいものでした。
今ふと思い出した。TASMANAへ行く前のLA旅行の帰りに隣に居合わせた初老の男性
「ワールドカップどう思う?韓国人ってやっぱり嫌いだ。」と・・・
私は見ず知らずのその男性に反撃していました。
「それは貴方達の時代の話です。私達の時代はそんなことはない。それを若い人に受け継ぐのはどうなんでしょう?」って・・
「君は若いからまだわかっていない」といわれた。不思議だった。

それから彼らと出会ったのだけど、本当に彼らは頭が良く、気遣いが出きる人達です。はじめは私と同じクラスだったのに、あっという間にアカデミック。。
3モジュール同じアカデミッククラスにいたERIKAが落ち込んでいた。
「私だけ成長していないのかな?」そんなことはない。ERIKAだってファンデーションに行けたのだからね^^

書き出すと止らないし、もっとクラスメイトの事を書きたくなりました。
きっとここだけでは書きとめられないと思う.
他の所にちゃんと作ろうかな?
私のクラスメイトだから。。。

PS、シドニーのところに(一番下)にシドニーの学生の事を書いています。
  そして、「学ぶ場所」も読んで下さいね。
留学ってなんだろう?するべき?他の学び方は?って思っている人は読んで下さい。海外には出ないで日本で勉強してる人にも良いかも^^


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