そふぉの彼方へ

そふぉの彼方へ

TERESAの家


私は最初にTERESAの家に行った時の夜。彼女に家の維持費や税金の話しをされました。
私は訳が解りませんでした。なんで私にこんな話しをするのだろう?
きっと、私が支払うお金を家の為に使うので儲けてとかではないのよ。といいたかったのだろうか?と思っていました。
いつか、マイクも結婚したら、私はメルボルンの娘のところに行くと、孫も居るし。。
と話していたのは覚えています。
でも、それがそんなに早く来るとは思っていませんでした。
AnthonyがMailで知らせてくれたのです。
後2~3ヶ月だと。。
彼はいつTASMANIAへ戻ってくる?と聞いてきます。
私は、すぐには戻れない。としか返事が書けませんでした。

あの家は私にとってどれほどの安らぎと暖かさを教えてくれたことか。。
家族が(国も血も違うけど)一緒に毎晩食事をするなんて私は今まで経験した事がなかった。
家に帰ると食事の用意がしてあることがある。
その事だけで、「なんか食事の用意がしてくれていると涙が出そうになるね・・」と瞳をうるうるさせながら話したもんです。

ピンク色の木で出来た家。裏庭の大きな、そして庭から見えるホバートの町と海。
ラッキーがいつも走りまわっていて、TERESAが花を植えて、咲いてる薔薇の木から一本大きな薔薇を食卓へ飾る。
いつも当たり前に思っていたこと。
今でもその光景はかわらないと思う。
その家が無くなってしまう。
凄くショックです。
いつでも帰れる。そう思っていたのに。。。
いつにしようか?と思っていたのに。。

TERESAに会えなくなる。
あの家へ戻る事が出来なくなる。。
家の写真をたくさん撮ってきてもらう事にしました。
あんなに素敵な家が無くなるなんて。。

Allyが無口で食事をあまりとらないで沈黙した食卓をTERESAが話しかけてくれて、みんなで話したりした事。
Aanthonyが凄い量の食事をするので、私も一緒にお腹一杯食べたこと。
食事の後の毎日の勉強会。文章を読んだり、ゲームをしたこと。。

私が使っていた部屋はとても理想的で、ベットの寝心地がとても良かった。
私が学生として最後に使った部屋になる。

TERESAがTASMANIAから離れる。そしてあの家が無くなる.
すごく、寂しいことです。

TERESAがそれを決める事。決めた事。
また、TERESAのやさしさが身にしみる。

家であった事はみんなTERESAがいる。
仮想パーティでドレスアップした私に寒いだろうからと言ってジャンバーを貸してくれたけど、マイクが「それは似合わないよ。」と言ってくれた事。
夜、遅く帰ってきたら、「10代なら大変なことだけど、貴方は大人だから好きにしていいのよ。」と笑顔で言ってくれた事。私は泣いてしまいました。
迷惑になるのなら家を出ようかと思いましたが、TERESAが好き、みんなが好き、家が好き。そう思っていました。

何かゆっくりしたくなると、裏庭でラッキーといろんな話しをしました。
二人で並んでホバートの町をみながら、「天気が良いね~。」とか「私のことよくわかってるね~」とかって。。
ラッキーにも会えないの??
彼は野良犬とか捨て犬の集まるところからマイクが連れて帰ってきたのです。
なので名前はラッキーだそうです。

もう、日常の生活の中でのたくさんの想い出があります。
一つ一つかけないくらい。。
そんな家がなくなる。。

私が育った家はいい思いではない。
いい思い出になる事も無い。。いつか。いつかなる日が来るのはもっと私が年を取ってから。。。
でもTERESAの家は私の大切な思い出ばかり。。
それが無くなるなんて。。なんて寂しいのだろう?

庭から見える風景です。
いつもこの風景を観ながらいろんなことを考えていました。
庭から見える風景


2003 12月
テレサからE-mailが来ました。
今いる家はとても広くて大きくって娘も孫もいるので幸せです。。って

私は思った。
テレサが幸せなら、それが一番良いことです。
私の中にあの家とTERESAの想い出はたくさんある。
そして、いつでも手紙やE-mailで連絡がとれること。
それが、私にとっての一番の幸せなんだと・・・。


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