《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

うさぎとかめ



視線の先には、ウサギがいる。

ウサギは草を食み、ときおり飛び跳ね、また草を食べた。

その様子を、もう長い時間カメは無表情に見続けている。

そして、ある瞬間が来たとき、にんまりと不適に口元が緩むのが見て取れた。


翌日の同じ頃、昨日とは打って変わってニコニコとぎこちない笑顔のカメがウサギに近づいて行った。

「やあ、今日はいい天気ですねえ」

急に声をかけられたウサギは、一瞬ぎくりとしたが、カメを確認すると安堵の表情に変わった。

「そうだね。いい天気だ。気分がいいね」

ウサギは気さくだった。

「ウサギさん、実は、今日は頼みごとがあって来たんですけど」

ウサギの表情が一瞬硬くなった。

「いやいや、そんなたいしたことじゃないんです。もしよければ、食事が済んだあとで、私と駆け比べをしてほしいんです」

「君と?駆け比べ?…君って走れるの?」

きょとんとした顔でウサギは尋ねた。

「…そりゃあウサギさんのようには走れませんけど…こう見えても私は趣味がランニングでして、結構自信はあるんです。

実は、私、昔からウサギさんの走りに憧れていまして、ずうっと見させていただいてました。

自分もいつかはあんなふうに軽やかに美しく走りたいもんだと、そりゃもううっとり見ていました。

でもそれは所詮無理な話で、同じように美しくはあきらめました。

それで、せめて、もし願いが叶うなら、憧れのウサギさんと一緒に走ってみたい。

できれば、ただ走るんじゃなくて、競走したい、勝負してみたい…。

そんなことを、夢見るようになっちゃったんですよ。

もちろん勝てるわけないですけど…憧れですから…夢ですから…」

話の展開にあっけにとられている風のウサギだったが、聞き終わるとあっさり答えた。

「いいよ。君の気が済むなら」

カメは満面の笑みをたたえ、

「えー!。ありがとうございます。わー。うれしいなあ」

と喜んだ。

喜んでいながら、口元には昨日の不適な笑みがあった。

「ありがとうございます。それじゃあゴールを決めていいですか。すいません、勝手ですけど、できれば、あそこ―」

カメは丘の上に一本聳え立つ大きな木を指差した。

「―あの木のふもとまでってことで…」

ウサギはカメの指差す丘を見上げた。

「ずいぶん遠くまでだね」

「はい、できれば、なるべく長く一緒に走りたいんで」

「一緒に?…競走だよね」

「そうです、競走です。ちゃんと走ってもらわなければ困ります」

「う~ん。なんか違う気もするけど、君がそうしたいならいいよ」

「ありがとうございます。これで息子に自慢できます」

「息子?」

「あっ、いえ、ウサギさんと競走したって言えば、息子に自慢できるんですよ」

「へ~、そうなんだ。そりゃいいね」

息子に自慢したいというのはカメの本心だった。

学校で“のろまのカメ”といじめられて、息子が泣いて帰ってきた。

親としてこのままにしておくことはできない。

たとえのろまでも、頭を使って努力をすれば、あのウサギにだって勝てるんだぞ、というところを見せたかった。

だから、一緒に走るだけではだめなのだ。

どうしても勝たねばならない。

カメはその日からウサギに勝つための秘策を練った。

そして観察をした。

ウサギの習性を。

そしてついにある作戦が完成した。

「ウサギさん、お食事が終わってからでいいですよ」

「ああ、もういいよ。結構たらふく食べたからね。食後の運動にちょうどいいかもしれない」

それじゃあ、いいですね、よーい、スタート!と言って、カメは走り出した。

いや、歩き出した。

それを見て、クスリと笑いながら、ウサギもゆっくりスタートした。

いかにゆっくり走っても、あっというまにカメを抜いてしまう。

少し先へ行って振り返り、やれやれと言う顔で立っていると、

「まじめに走って!!」

とカメは怒鳴った。

「あなたもアスリートなら、手を抜かずに、真剣に走って!!」

お遊びで付き合ってやっているのに、そんな言い方をされるなんて…。

ウサギはちょっとむっとして一気に飛ばした。

ゴールになる丘の上の木までのちょうど真ん中あたりまで来て、ウサギは立ち止まった。

振り返ると、カメの姿ははるかかなたで何も見えない。

何であんな言葉に乗ってしまったんだろう…。

ウサギとカメが駆け比べだなんて…。

ウサギは自分のしていることにちょっと後悔しはじめていた。


はるかかなたに走り去ったウサギを見て、カメは自分に言い聞かせた。

あせってはいけない。

自分のペースを守るのだ。

あの丘の上の木までたどり着けるスタミナは証明済みだ。

ペースを守れば大丈夫。

ウサギはゴールにたどり着けない。

なぜなら奴には大きな欠点がある。

それは、食事の後、必ず昼寝をするからだ。

カメがデータを取り出してから、100%の確率だった。

間違いない。

この作戦では、ちょうど真ん中あたりでウサギは眠くなり、そしてぐっすりお眠りになるはずだ。

カメがぎりぎり走れる距離で、ウサギがゴールしてからゆっくり寝ようとは思えない距離、この距離こそがこの作戦のポイントだった。


カメがようやく真ん中ほどまで来ると、思ったとおりウサギはすでに寝ていた。

このあたりで飽きてきて、ちょっと眠くなり、カメを少し待ってやろうかなどと考え出し、いつの間にか待ちくたびれて寝てしまう。

カメが脇を通り抜けても、まったく目覚める気配もなく、ウサギは深く寝入っていた。

想像通り、いやそれ以上の展開にカメの心は舞い上がった。

距離もちょうどいい。

カメがこのペースで走っていけば、ウサギが目覚める前にゴールできる。

ゴールには息子がすでに待っているはずだ。

目の前で、ウサギに勝利するわが父親の、偉大な姿を見て、誇りとしこれからの人生の宝になるに違いない。

カメ自身にとっても、困難に挑戦し、勝利することは、人生最大の喜びになるはずだ。

カメは、掴みかけた勝利の手綱をぐいと手繰り寄せた。


カメの息はだいぶ上がってきたが、まだ余力があるのは実感できた。

そして、丘の上の木が視界にはっきりと収まったとき、勝利の確信がふつふつと沸いてきた。

その時、木の陰から、大きな声が響き渡った。

「とうさ~ん。がんばれ~」

息子の声だ。

いかん、ゴールするまで声を上げてはいけないと、あれほど言っておいたのに。

自分の父親がウサギに挑戦して、今リードしていると言う現実に興奮して、つい叫んでしまったのだろう。

しかし、それは重大な危険を伴う行為だった。

その声は中腹で寝ていたウサギの耳まで届き、彼を起こすに充分な大きさだった。

はっと目覚めたウサギは、ゴールに向かうカメを見てすべてを悟った。

そして、猛然と追撃を始めた。

カメは事態の急変を肌で感じた。

振り向かなくとも、すごい勢いで追いかけてくるウサギの気配は伝わった。

まずい、このままでは追いつかれる。

思わずカメはペースを上げた。

一か八かだけどしょうがない。

たどり着いて勝つか、力尽きて敗れるか、二つに一つ。

カメの必死の決断だったが、ウサギの勢いはそれ以上のものだった。

ゴールまでもう少しと言うところで、あっと思った間に並びかけ、一瞬で抜き去った。

あ~、だめか。

ゴールを間近にして、カメの前には敗北の旗がちらついた。

ところが、カメの目に映ったのはゴールしたウサギではなく、ゴール前で振り向いている彼だった。

「すごいよ、すごいよ」

ウサギは興奮している。

「カメさん、すごいよ。驚きだよ」

ウサギはカメの謀略を見破り、余裕で皮肉を言っているのかと思った。

でも、そうではないらしい。

「もう少しだ。がんばれ、がんばれ!あきらめちゃだめだ、がんばれ!」

ゴールを前にして倒れ掛かっているカメを、本気で応援している。

「父さん、もうすこしだ。がんばれ~」

ウサギの隣で息子も応援している。

なんということだ。

勝負はついているんじゃないか。

私は負けたのに、なぜ応援を続けるんだ。

カメは予定外のハイペースをしたために、エネルギーが切れていた。

本当なら、もう一歩も進めない状態だった。

だけど、ウサギと息子の絶え間ない応援に、朦朧とした意識の中で、必死に答えようとするパワーが生まれてくるのを感じた。

一歩、一歩、また一歩…

のろまのカメが、さらにのろまになって歩いている…

そして、ついに、たどり着いた。

ゴールの幹にその手が触れた瞬間、大きな歓声が上がった。

歓声の主はもちろんウサギと息子だ。

二人は手を取り合ってカメを抱きしめた。

「よく最後までがんばったねカメさん。僕は感動したよ」

「父さんありがとう。僕もう泣かないよ。父さん最高だよ」

丘の上の木の下で、抱き合う三人に、やさしい風が吹きそよいでいた。



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