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先日ある認知症のwebで、70歳の知識量は20歳に勝るという記事を読んだ。 若い時から、中年や老年になったらどんな境地になるものか想像を超えていた。記憶量が勝ることや知識量だけで言えば10代後半から20代前半がピークと何となく思っていた。 実際自分が50代後半になっても、当たり前だけれども喜怒哀楽の感情もあり、好奇心もあり、知識欲もある。何かを学ぼうと意識することができれば一回聞いただけでも記憶に残る。 記憶力で優れてきたと思うのは、会話のそれだ。自分がどんなことを話し、それについて相手がどんなふうに応えたか。患者さんとの対話の一部始終と言っても良いほど、記憶に残るようになったのはここ数年のこと。若い時は、何となく概略の記憶はあるのだけれど、その時の相手の表情や自分の感情、言葉の一部始終について思いだせなかった。良く先輩が患者とのやりとりを生き生きと再現するのを聴いていてすごいと思ったものだが、この年になってそういう記憶力が自分にもついてきたことを知った。 経験を積むことによって、少しずつ自分が何が分からないかが鮮明になってくる。分からないことが明瞭になると何を補強すればよいか明確になる。中年を過ぎての記憶力はこういった自分に対する理解度や問題意識にも左右されるものと思う。 心情的に一番楽になれたのは、自己理解が一定安定してきたことによるものとおもうが、他者の評価や期待に対して自由になれたこと。自分の価値観が安定してきて、自己を認め他者を認められることで、自分は自分と思えること。 たった一人しかいない自分と、そして一人ひとりが価値ある存在としてこの世界に共存していること。そんな人間が気球誕生以来無数の人々がそれぞれの人生を全うして存在し続けてきたこと。 10代や20代のころは街を歩いていても、その瞬間瞬間を味わうより、他者の目が気になって気になって仕方なかったものだが、最近は全く他人の目を意識することなく、空や街を味わえるようになった。 こんなに楽なことは無い。 自分固有の関心や感覚で日々を味わえる。 自分を認め、他者を認められることがこんなにも楽であるとは。 しつけに厳しい両親のもとで育ち、両親の価値観と期待に沿えるように頑張ってきたものにとって、経験を重ねることがフィルターになって自分というものがはっきりしてくると、無限の価値観に縛られずに済むようになり、なんとも自由な心境なのである。 還暦までもう2週間ばかりとなったが、自分がこれから目指すものが明確になりバラバラだった価値観が統一されて古臭い言葉になったがやっと私にも自我の確立といった青年期の課題を乗り越えた感じがするのだ。
2015年06月30日
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自転車移動と立ち仕事で疲れる足と脚。 親指の腱鞘炎で整骨院に行った時、足首が痛くなることを話すと、手だけではなく脚も見てくれて大体の後ろ側は無ストリングスが硬く大腿四頭筋を楽にするために脚の裏側を伸ばすストレッチを勧められた。 テレビを見ながら脚を触ってみると、触らないと痛まない脚のあちらこちらが痛い。ストレッチをして手でマッサージしようとしても脚の筋肉は大きいので手が疲れてしまう。しかも腱鞘炎。 脚は足で足圧をしてみたらどうかと、伸ばした脚の反対側の足の踵でマッサージしてみると足の重みだけで十分な圧を掛けられる。脚の筋肉に沿ってゆっくりゆっくりマッサージと足圧。 こんなことを毎日毎日寝ながらやっていたら、なんとはなしにズボンが緩くなり、足首も20代のころのようにすっきりとしてきて、夕方の足のむくみもなくなってきた。 ちょっときつめだったサンダルも抵抗なく履けて、むくみが無くなるって凄いことなんだなぁって実感。 もうひとつ、安上がりの美容法?! リップクリームってあんなに小さいのに安くって100円くらいしてしまう。高いのは500円くらいはする。ある日の訪問看護の時、歯科の訪問診察と同行することになって、歯科衛生士さんが患者さんの家族に「リップなんて買わなくっていいんですよ、白色ワセリンをたっぷりつければそれで十分ですから」と。 白色ワセリンは、ドラッグストアで50gで300円くらい。朝起きて洗顔前に唇に白色ワセリンを塗って、帰宅後またワセリンをたっぷり塗って見ると日中に訪問終了ごとにせっせと塗る必要が無くなった。紫外線が強い時期は、朝白色ワセリンを塗って、仕事で屋外に出る前にUVのリップクリームを一回塗り、昼食後またUVリップを塗るだけで仕事の合間合間に一々リップを塗らなくっても全く平気になった。 高いリップを使う必要なんて全くないんだなぁ。 私の美容法っていったって、一日2回の洗顔ぐらいだから特別なものなんて何もないのだけれど、お高いものを使わなくっても大丈夫だってことは多いのかもしれない、ですね。
2015年06月23日
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電球をすべてLEDに変えて、待機電力は冷蔵庫以外はOFFにして、さらに冷蔵室の上部にアイスノン二つ。 冷蔵室の上部に保冷剤を入れておくと、冷蔵庫の消費電力を節電できると週刊誌で読んで、ここ一カ月朝出かける前に冷凍室のアイスノンを二つ冷蔵室に入れておくようにした。 さらに、冷蔵庫と壁の周囲を20cm離しておいたところ、今月の消費電力は昨年前月比15%減。 3.11以来、消費電力を少しでも減らそうと色々試して、ドンドン使用量が減ってきたが、冷蔵庫の消費電力が家電の中でエアコンの次に多いことを知って、保冷剤の使用でどの程度節電できるか試してみたが、これが意外に効果があることを確かめられた。 節電はちょっとした工夫で出来るもんです。
2015年06月20日
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今週は、上司の休みは土曜日だけのはずであったが、急遽月曜日、火曜日と休みとなり、火曜日の夜事務所に来て「声が出なくなったのでしばらく休みます、申し訳ありません」というメモだけ残して突然休む事になってしまた。 幹部の上司には何の連絡もせず、賃金資料に締めについても何もせず。 もうすぐ、7月になるのに勤務表をいつ作成するのか、作成するのは幹部上司に依頼しているのか、そういったことにも全く言及がない。しかも、7月になったら癌の末期の方が次々と退院してくるらしい。 火曜日の夕方、心配した同僚がメールをしても返事がなし。職場放棄、と思わざるを得ない。 急遽、休みのはずの同僚が出勤を申し出てくれ昨日の水曜日の業務は何とか乗り越えた。何の情報もない新規の患者さんの訪問も皆で分担して行うしかない。 同僚は皆優しいので、声を荒げて上司を批判はしないが、一挙に業務が増えてどう分担して利用者さんに迷惑をかけないようにどう役割分担していくか、夕方話し合いをした。 介護する家族がいたり、お子さんのPTAの行事や家事がある同僚は、普段以上の業務をするには負担が大きすぎる。そんなことは百も承知なはずなのに、突然の職場放棄は迷惑極まりない。 「眠れない」「突然パニックになる」など、心身のストレスがたまっていた様子だったので、同僚がメンタルクリニックや精神科の受診を勧めていたのだが、専門家に相談することには抵抗があるようで、受診はしていない。 この上司の言動については、随分前から幹部上司に話をしていたのに、どんな指導をしていたのか不明。 この上司の普段の言動も、気分の変化が著しいので、皆ちょっと引いて接してきたのだけど、「人間である以上いつ何時身体を壊したり、家族が病気になったりしてしまうので、皆で情報を共有するようにしましょう」と何度も提案してみたが、やはり自分の中で情報を止めておき公開しないので分からないことが多く、外部から色々な問い合わせがあっても平身低頭謝り謝りせざるを得ない。自分が所属する組織なので、謝ることに負担は無いが、事務所内で伝達が不十分であることは、相手からの信頼を損ねることになるので、やはり気が重い。 6月の中旬から、一人5.5日の夏休み取得が始まっているので、上司の欠員状態が続く中でどう運営できるのだろう。上司が休業をする理由やその必要な期間も不明なので、今後の対応もはっきりすることができない。再来週はもう7月で、その7月の勤務表の希望も出すようになっていないので、7月からの新規を受けることができるかどうかも依頼してくるケアマネージャーや主治医に返事が出来ないし。 とりあえず出来ることは、来週末までとにかく利用者さんに迷惑をかけないで業務に支障をきたさないようにすることだけ。 同僚のNさんは、家庭もPTAも忙しいので「私は、頑張れないわよ」と、本当にそうだよね。普段100%異常頑張っている人がそれ以上頑張れも、その人自身が体調を崩してしまうから。 たまたま、子供もいずフルに働けるような停年間近のSさんや私が、いつもよりちょっと頑張ってみるしかないかな。
2015年06月17日
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Qさんは股関節骨頭壊死、脊髄に腫瘍の転移があり、姿勢を保つためには本人しか分からない激痛を最小限にする姿勢が重要なようで、痛みのために歩けなくなったために外来受診ができなくなり、とうとう痛みのためにトイレにも行けなくなり、普段使っているキャスター付き椅子の上で失禁して動けなくなってしまった。 一般に自分の力で動けない場合は、電動ベッドを使うのが常識になっているが、この方にはこの電動ベッドを使うとこが、身体の状態から全く不適切で、電動ベッドを引き上げることをケアマネージャーに申し出たら、「我儘だ」「今度ベッドが必要になったときはもうそれはできない」などと、機嫌悪い口調で話をしたらしい。 訪問診察で、医療用麻薬が処方され、少しずつ痛みから解放された時、ベッドの上で全く動けなくなってしまい、ベッドの生活は無理と判断して、またキャスター付き椅子に戻った。このことがケアマネージャーの木に触ってしまったよう。 専門職が良かれと考えてケアを提供しても、それが利用者の不利益にしかならないのであれば、それは不適切であることは明白で、利用者さんにとってどういう生活をするために何が必要かまた考えて行くのがプロだと思うが、ご自分の提案を否定されたことだけで気分を害して利用者さんに当たり散らすケアマネージャー。 それは、専門職の傲慢としか言いようがない。 どんなことであれ、利用者さんの気持ちや考えをよく聞いたうえで、利用者さん主体で検討を続けるのが専門職というもの。 利用者さんの名前を呼び捨てたり、避難してしまっては、基本的な姿勢そのものがないと言っていい。 自分本位の専門職ほど、利用者さんにとって迷惑なことはない。
2015年06月17日
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今日は、月に一回のメンタルクリニックの受診日。 朝から、所長が急に休みになるとか、患者さんの状態が悪化して訪問時間を変更するとか、バタバタして一日が終わった。 午前の2件の訪問で、もうぐったりしてしまい、午後の2件の方も普段は所長しか担当していないのでどんな感じになるのか不安で仕方がなかった。 認知症でなじみのない看護師に対しては、ケアの拒否があるらしいと聞いていた方は息子さんが同席してくれたこともあって、穏やかで丁寧な物腰で無事に入浴介助を終えることができた。少し時間があったので、足の爪を切りファイルを掛けると、それだけで感激してくださって訪問終了の挨拶をすると「ありがとうね」と抱擁してくださった。92歳のご婦人なので、母親のような感じがする方なのだけれども、でも抱擁されたのは初めての経験。 2件目の方も、お一人暮らしで具合が悪くなったので、それまで行き来することが少なかった母親がそばで見守っていらっしゃって、「訪問看護はもういいから」とお断りをされそうになっていたのだけれども、痛みのために入浴ができなくなっていて足にむくみもあるので皮膚が硬くなって亀裂が起こりそうな様子。そのことをご本人に伝えると、黒く汚くなったのは軟膏のせいだと言い張る。 今日は騙されたかもしれないと思っていいので石鹸で足を洗わせてくださいと、伝えると「マァいいけど」と足を出してくださる。 今は使っていない尿取りパッドを何枚も敷いて、お湯を足にかけてから石鹸を泡立てて洗って行くと黒かった皮膚が少しずつばら色に。それをじっと見ていた本人は、「看護師さんてこんなこともしてくれるんだ。俺、感激しているんだよ」って。膝を上げるだけで痛む足なのに、ケア中は痛みをこらえながらじっとしていてくださった。 特別なケアではないけれど、看護ケアを喜んでいただけるのは正直嬉しいし、新人看護師時代の記憶が呼び戻ったよう。 こんな日だったのだけど、午後の2件の訪問で元気が戻ってきて、メンタルクリニックの定期診察をドタキャンしなくて済んだ。 先生に「この一カ月どうだった?」と聞かれたので、「きつかったけど、なんだか粘れるようになりました」って答えると、「そう良かったね、老健に勤めているんだっけ」とおとぼけ。 「訪問看護ステーションですよ」っていうと、「訪問看護なら大変だね。救急車を呼んだりするの?」 私「ターミナルの方には、状態の変化をその都度伝えるようにして、急変しても救急車を呼ばず往診医か訪問看護に連絡をするようにしています。ヘルパーさんはビックリして救急車を呼ぶことがあるので、訪問介護の事業所にもきっちり伝えるようにしているんですよ」とこたえると、「それは大変だね。家族もなくなる時は承知しているの?」って効くので、 私「主治医から病状変化について丁寧に説明するように話をしているのですけど、予期しない状態変化については受け入れることが難しくやっぱり救急車を呼ばれますよね」 先生「肉親についてはやっぱり生きていてほしいと思うからそれは自然だよね」って。 ひとしきり末期医療の話をして、最後に先生が処方箋を書き始めたので、ちょっと自慢話。 「先生、私今年はグリーンカーテンを育てているんですよ。朝顔が咲いてたので感激してしまいました」 先生「自分が育てた花は本当にかわいいよね。自慢したくなるけど、他人はあまり共感してくれないけどね」ですって。「そういうことができるようになったのは、元気になってきた証拠だね。来月までまた元気でいてね」で本日の診察は終了。 この時期の夕方は、気温もそう高くなく自転車で街を走っていると夕焼け空も見えて本当にすがすがしい。 バタバタした一日だったけど、すっきりとして一日を終えられそう。
2015年06月16日
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Xさんは80代後半の紳士。シベリア抑留経験があり、敗戦後帰国して借地や借家問題で困っている方々を目にして、そういう問題を解決できる法律家を目指して再度法学部を卒業。小学校、中学校の理科の教師を経た後教頭を勤めて停年退職。その後理系出身であったことで農林水産省に勤め樹木医の資格をとったり森林インストラクター研修の講師を務めたりと活発に活動をされた。教職だったこともあるのか、新人看護師や看護学生に対してとっても優しい目で見守ってくれて、娘さんも同じお気持ちで看護師の成長を喜んでくださるような方。私たち看護師は普段は処置を優先しがちで患者さんの本当の意味で人間的対話をしたいという希望にこたえ切れていない。でも看護学生や医学生、事務系の職員の研修のときは色々と若い方と話をしたいという本人のお気持ちにこたえるために契約時間を超過しまうけどお話の時間を持つことが暗黙の了解で、ちょっと自由な時間をこのXさんに持っていただいている。看護師は処置をしながら学生さんとの会話をそっとうかがいXさんのお人柄やどんな考えを持っているか、若者にどんな期待を寄せているか知る機会でもある。看護学生も医学生も残念ながら社会状況や歴史的に日本がどんな経緯で今に至っているかなど、マァ現代史の知識はほとんどなく「今の日本の状況をどう考えるか」と問われても答えられない。今日も午前中は二十歳を過ぎたばかりの男子学生。Xさんにいろいろ質問されても、こたえきれずにいた。二十歳を過ぎたのだから、選挙権を持っているのだからこの日本について熟慮する人間になってほしいと願っているらしい。午後は、医事課の3年目の職員が在宅医療についての実際を学びたいと研修にやってきた。介護保険の手続きとか医療保険と介護保険をどう使い分けるかも知識がなく、説明を受けても何やかにや全く見当がつかないといった様子。訪問に連れて行くと挨拶もきちんとできて、社会人だから当たり前だけど、患者さんや家族に対してお話を伺わせていただくという態度が青年らしく謙虚でしかも丁寧過ぎず何とも良い距離間で接していて、高齢のご夫婦が自宅で色々な在宅サービスを受けながら何が足りないのか、どんなことで困っているのか聞きだしている。この接し方を目にして、きっとXさんと色々お話ができるだろうと期待してXさんに紹介。Xさんは満州事変のことなど日本が第二次世界大戦にどのようにして突入して行ったかを、現代日本の歴史を踏まえて説明しながら、戦争がどれほど人権を踏みじるものか語ってくれた。この青年は、自分の考えを述べながら分からないことは素直に分からないと伝え、最後に「Xさんと今日こうしてお話をしていただけて非常に勉強になりました。満州事変など日本の歴史をしっかりまた勉強してまたXさんのお話を伺いたいです。僕に話していただいたことを、ぜひこれからも若い人たちに語っていただきたい」としめくくった。Xさんは真剣に若者の目を見つめて語り、青年もしっかり視線を合わせて真摯に答えていた。対話ってこういうことを言うのか、と感動してしまった。看護師として働き始めたころ、東京大空襲のこと、お金があって買えるものがなく不自由をしたこと、イモ電車と言われた東条線で着物と交換した野菜を警官に没収されたことなど、生々しい戦前戦後の体験を教えていただいた。大人は若者に向かって自分が体験したそのことを語らなければいけないと思う。戦争だけではなく、石油ショックのこと、皆保険前の医療の状況など。私のことで言えば、訪問看護が医療保険の報酬として認められなかったころの障害を持つ方々の健康管理のことなど。今の社会に目を向けることを無くしてしまったら、最後は自分も家族も社会もどんどん不幸になるしかない。今の日本だって理不尽なことは山ほどある。社会が一人ひとりの生活に責任を持つという考え方はドンドン後退して、自己責任論がまかり通ってしまっている。不自由な生活は皆本人の努力が足りないからだって、どうしてこんな考え方が当たり前になってしまったんだろう。住宅も教育も何世代を通じての財産の積み重ねがあって成り立つものであるし、貧困も同様にそれぞれの歴史があり、さらに自然災害や戦争などの人的災害の影響が深い。もっと極端な言い方をするとしたら、地球誕生からの何十億年という歴史の影響を受けているものだし、今に生きる個人の努力で何とも行かないことが山ほどあるし、自分の努力とは関係のない自然や社会の恩恵を受けているの過ぎないことだってある。自然や歴史、科学を学び深く考え行動する人間として成長していきたい。Xさんと事務職員との対話を聴いてそんなことを考えさせられた。
2015年06月15日
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先週から土日の研修が続き、携帯当番で夜間呼び出されることも続いていて、朝の目覚めが悪くつい三日ほど朝の野菜の観察を怠っていた。昨日の昼過ぎにベランダに出てみたら、東南方向のシュガープラムの一番上の枝から萎れてぐったりしていて、鉢のすぐ上の枝の葉っぱが黄色く萎れていた。 ミニトマトに水のやり過ぎは禁とはよく聞いていたが、ここまで萎れてしまったら生き返るかしらと急にこのトマトに残酷なことをしてしまったのかと心が痛み、夕方気温が低くなってから水やりを祈るような気持ちで行った。 菜っぱ類は、切り戻しも何もしていなかったので茎が長く一本すくっと伸びすぎて、花に実がつき枯れていた。人間だって一日何も口にしなければ元気が無くなり命を落とすことだってあるのに、自分で水を飲むことができないベランダーの植物を何日もほっておくなんて、ひどいことをしてしまった。 摘心とか切り戻しとか植物が元気に育てる心使いがあるのに、農家で育ったのに、そういう細かいことは何も知らず、種をまき、肥料と水が不足しなければどんどん育つものと誤解していた。父も母も野菜を育てるときに、子供たちに美味しい野菜を食べさせたいと色々と工夫していただろうに、虫取りとか、真夏の暑い日に水やりをさせられたことしか覚えがなく、毎日の細かいことを何も知らなかったんだなぁと反省。 今朝、見てみるとしっかり葉っぱが生気を取り戻していて、とにかくほっとした。 グリーンカーテンの朝顔はもう2輪咲いていて、でもお部屋の方に向いていなくって明るいベランダの外側に花がついていた。植物だって太陽の方向に向かって枝も花も伸びるのだ。五月からずっと真夏日の日が多かったせいか成長が著しく、ドンドン弦が何本も伸びている。プランター一つに幅100cmのカーテンを考えていたが、この勢いを見ているともっと枝が伸びやすいように幅を広くして、高さも2m位にしないととっても窮屈そう。 ブランたーの置く場所が一つ置くくらいのスペースがないのに、4株も欲張ったので、植えすぎなのだけど、枝くらいはのびのびとさせたいので、カーテンを仕立て直すしかない。 2mの支柱を4本買って、カーテンをしっかりとさせてなくっちゃ。まだプランターから50sm位で済んでいるので、もっと大きくなる前に作業のし直し。 ミニトマト アイコの一番下の実は赤く色づいてきたので、さっそく収穫して味をみた。すっぱみがあるけど甘い味。7月に収穫できればよいと思っていたけど、苗を植えてから一カ月もたたないのに、食べられるように育ってくれた。トマトさん、太陽、水、風、苗を作ってくれた方、ミニトマトの育て方を押してくれたお花屋さんのご主人やブログの先輩の方々、本当にありがとうございます。 大事に育てて行きます。
2015年06月15日
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ここ一カ月の間に、70代後半の男性と80代前半の女性がそれぞれ一泊入院の白内障の手術を受けて、お二方とも視力が驚くほど回復されて、それぞれ生活そのものが一気に改善している。 男性の方は40代の患者さんのお父上。たばこ、酒、仕事は板金の自営業をされて熟練工だったようで一つの注文の仕事を受けて仕上げると月に数百万の売り上げだったとか。食道がんの手術の後に息苦しさが酷くなって呼吸器内科の診察を受けたら間質性肺炎を指摘されステロイドのパルス療法を受けた後は呼吸困難が少しずつ回復され、日中に昼寝をしなくても良くなり食欲も出てきて体重も食道の手術の前に戻ってきた。 白内障の手術を受けた翌日、病室に迎えに行った妻に「オォ! 美人だったんだねぇ」とお声をかけたとのこと。 手術の後からは、滅法明るくなり、妻に当たり散らしたりすることが無くなって、すこぶる調子がよさそう。 80代の方は、10時間近くの大腸の手術を受けて早5年たって、大学病院の定期診察が終了となりもともとかかりつけだった内科の診察を2カ月に一回受ければいいことになった。敗戦の年に高校生で、余りにも世の中が変化し「これから自分はどう生きてよいか分からない」という理由で公立大学の経済学部を卒業したとのこと。親に言われるままに結婚して夫を支え5人の子供を育て上げ、夫の借財も働いて返却して、などなどスーパーウーマン。 一昨年に脳梗塞になり、右不全麻痺や言語障害があったがリハビリを必死に取り組み、今では微かな症状があるだけになった。視力が低下してきたとは聞いていたが、本人は眼鏡を作り替えるつもりで眼科受診をしたのだけれど、白内障の手術を勧められて先月左右の手術を受けた。 手術前は、想像力が逞しい方らしくあれやこれや心配の数々。挙句の果ては「私が手術をしたいといったわけではないのに、手術を受けなくってはいけないなんて」と嘆いていた。それが術後に訪問したら、「○●さんのブラウスの柄や色がはっきり見えるのよ。白衣姿の人が女性か男性かも見分けたつかなかったけど分かるのよ」と嬉しそうに話す。 TV画面の色がはっきり見えるし、薬瓶の内容の記載も読めるし、飲み物の賞味期限も分かるようになったし、シーツにこぼした味噌汁の後も見えちゃうし掃除をしたくってしたくってたまらない」という。 そんなに物が見えずら買ったのに、不便とか怖いとかなかったのかと尋ねると、エアコンのリモコンはどの順序で冷房とか暖房とかになるかとか全部記憶して生活していたとか。 どれだけ視力が回復したかとのお話をきいていると、今まで真夏に暖房をつけていたとか、湿度が高くても除湿にしていないとか、不思議と思っていたことの訳は、ただの視力低下だったんだって。 視力も聴力も、そのほかの感覚障害も治療して改善するものなら積極的に受けるものだとつくづく思う。 本人は少しずつ視力が低下していくので、なかなか自覚しにくいだろうが、廻りの物が生活の様子を見ながら視力障害や聴力障害を疑い、治療が可能かどうか診断を受けることが大事だと思う。
2015年06月04日
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このお部屋に引っ越してきたときに、物干しざおを3本も買っていて、そのうち2本はハンガーを掛けられるように穴がいくつもついていて、網をそのアマに固定してカーテンらし気雰囲気になった。まだプランターに植えかえてから数日なので、本葉は五枚以上ついているが、あと数日待って茎?を本葉を五枚残して切る予定。朝顔が一番伸びが良くもう30cm。葉っぱも大きい。ゴーヤは苗を自転車のかごに載せて持ち帰るときに茎が折れてしまったけど元気に伸びている。夕顔は葉も小さいが伸びも少しずつで、植物によって育ち方が違う。まだ、グリーンカーテンにはなっていないのだけど、カーテンのしつらいだけは出来たので、昨日仕立てたばかりだけれど、朝起きてその様子を眺めるだけで嬉しくなってしまう。ミニトマトにはまだアブラムシなどついていないのだけれど、別の鉢のボリジと言うハーブに黒い点々が一杯ついている。これってアブラムシ? とりあえずアブラムシにも効く薬をスプレーしてみたけれど、丁寧に手で取り除いたほうが良いのだろうか。まだ、この黒い点々をよく見ていないのだけど、黒いところを虫めがねで観察して動くかどうか確認したほうがいいのかもしれない。梅雨入り前のこの時期は、日中に30度近くなっても朝、夕は涼しく非常に過ごしやすい。朝は4時前にもう明るくなってくるし、本当にこの時期は気持ちよく過ごせる。患者さんに好きな季節は?と尋ねてみると、桜が咲き終わった後から梅雨入り前が好きだという方が多いが、その気持ちに私も同感。この時期は早起きしないともったいないくらい、朝が気持ちよい。野菜の鉢の様子を見るために、目が覚めたらベランダに出るので、すっきりと目が覚めていくし、ベランダ菜園って色々な効用がありますね。
2015年06月04日
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この夏は、グリーンカーテンを作ろうとゴウヤと朝顔、夕顔を深いプランターに植えてみた。ミニトマトの生育は順調で、人工授粉しなくても実がドンドンついている。 野菜の鉢を増やしたら、狭いベランダは鉢で一杯になり、緊急時の避難梯子のスペースを考えればもう鉢は増やせない。 五月の気温の高さは例年より増えていて、五月最終日の昨日は32度を超えた。 ゴーヤなどでグリーンカーテンをつくって、さらにミニトマトはどんどん成長してくれているので、ミニトマトが180cmを越えたらベランダの物干しざおに枝を横に伸ばしてミニトマトでグリーンカーテン。 鉢の温度を上げないために、ブロックと人工芝を鉢の下に敷いて、窓の外に寒冷紗でカーテンを吊るして、窓の中には3重カーテンで遮熱を図ろうと考えている。昨年の夏と違ってベランダの鉢が増えたので、20時前に帰宅するとベランダ側の室温は25.7度、北側の窓の少ない今は27.9度。この2度の気温差は、何が影響しているのだろう。 とりあえずは、本日の最高気温より今の気温が高くなっていないから、玄関の遮熱カーテンなども多少は室温の低下によい影響を与えてくてているのかもしれない。 小学生ではないけど、夏休みの自由研究の趣。 この夏もエアコンを使わずに過ごせるだろうか。 まだ、シャープの3Dサーキュレーターが販売しているようだったら、これも買ってみて、何とか乗り切ってみたいものだ。
2015年06月01日
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