『スプートニクの恋人』



今いるぼくらのこの世界は、これだけで完結しているのであろうか。
村上ワールドの根幹をなす哲学として、『こちら側の世界とあちら側の世界』がある。
そう、ぼくらの今いる世界はこれだけで完結することはない。
別の世界が幾重にも折り重なって、その一部がまるで氷山の一角のように表出しているのが『こちらの世界』なのだ。
それを人工衛星をメタファとして表している。
スプートニクとは旧ソ連から打ち上げられた人工衛星。
ロシア語で「道連れ」と言う意味だ。
でも宇宙での道連れは偶然のもたらした一瞬のもの。
『こちら側の世界』での出逢いだって、同じようなもの。

ミュウは観覧車に閉じ込められ、そこからの自分の部屋の眺めの中に、『あちらの世界』の自分を見てしまう。
それからのミュウは軌道をかえた人工衛星のように、片方だけで宇宙を彷徨う。

『あちらの世界』のすみれは彼女の文章の中に存在する。
ミュウと、スプートニクの恋人と出会い、彼女はあちらの世界を見失う。
それでもミュウの別の世界を知り、自分のあちらの世界を取り戻す。
呪術的な洗礼により、あちらのとこちらの世界の境界線は実存のものとなり、すみれは『あちらの世界』へ潜入し、もう半分のミュウとともに『こちらの世界』へと戻ってくる。

主人公の『ぼく』は、すべてを素直に受け入れる。
この主人公の性格は、村上ワールドには必要不可欠なものとなっている。
とにかく拒絶しないで、受け入れつづける。

現実の世界でも、考古学のように結果からいろいろと仮説を立ててみると面白い。
村上ワールドはまさに考現学的仮説からなる世界観だ。
ありえないとひとことで片付けてもいいんだけど、そういう世界があってもいいって『ぼく』のように受け入れてみるのも悪くないかも。



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