『運転士』



この物語の主人公は地下鉄の運転士である。
それでタイトルが運転士なのだ。
この主人公は明らかに潔癖症だ。
そして、この潔癖症の主人公を取り巻く環境に3つの仕掛けが施されている。
地下鉄の運転席、地下鉄の車庫に捨てられたコピー機、そしてカバンに入った下着姿の女性。

まず、主人公の日常空間として、地下鉄の運転席がある。
そこで主人公の日常が粛々とこなされていく。
ここでなぜ地下鉄かというと、例外がないからである。
地上の鉄道のように天候に左右されることもない。
ダイヤが決まってきて、ほぼ秒刻みでスケジュールが決まっている。
いや、それだけでなくやる作業自体も決まっている。
つまりそこには考えて何かをするような余地はない。
すべてが例外なく繰り返されていく。

次にコピー機であるが、これは常に同じ動作を繰り返す、忠実なしもべ(主人公としては友)である。
彼(彼女?)との間には、煩わしい干渉など全くない。
コピーのボタンを押すたびに、まったく同じ動作を繰り返すだけである。
そんなコピー機に主人公は共鳴し、こともあろうか、感情移入をしていく。

最後、カバンに入った下着姿の女性。
これは何を指しているのであろうか。
ぼくなりに解釈すれば、彼女は主人公にとって唯一の理解者であったのではないか。
いや、その逆で、彼が理解できたのは彼女だけだったのかもしれない。
いずれにせよ、彼女は彼にとって重要な心の拠り所である。
カバンの中に棲むという非現実性を考えるまでもなく、理解者と想定すると、彼女はあくまで想像上の人物だと思う。
(物語の中では具体的には説明されていない。)

このような特殊なパースペクティブを持つ主人公であるが、実はなにも特殊なことはないのかもしれない。
自分のことを他人は本当に理解できるのであろうか?
本当に?
おそらく無理だろう。
他人を信じることはできるが、理解はできない。
そう考えると主人公の行き方は、実はその真理に忠実な生き方と捕らえることもできる。
ジェネレーションや民族間で感じるギャップは実は親友との間にも存在する。
それがわかってしまったとき、人間は強烈な疎外感・孤独感を感じてしまうだろう。
そして不均衡になった精神を安定するために自分だけの世界が必要となるのだろう。


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