September 18, 2007
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カテゴリ: そのほか
僕がブログを書くと何故か内容が重くなってしまう。
でも、ま~、しゃ~ないかっ、、。


素直に書きます。

父の死を久しぶりに納骨を機に考えた、、。

父は自ら死んだ。
そうとしか思えない。
広義の自殺である。
しかし、世間一般にいわれる「自殺」では全く無い。

機が熟せば人は自ら死を選べる。

あちら側と話をつけて、、「じゃぁ、逝きます。」
そう言ったとしか感じられない。

自分が死期を望み、
向こうがそれを認め許した。
そういう死であった様に思う。

この事から思い至った、、。

意志、意識、自分で認識出来るものと出来ないものがある。

心の底で本当は自分はそうしたいのに、
表面上の意識はその行動から生じる恐怖を察知し、
決断と行動から逃げ続けている。

が、その事に気がつかない。

そう位置づけてしまう。

しかし、いずれは来る。
そして気がつく、、。
これは昔から、ずっと自分がやりたかった事じゃないか、、!
出来なかった、、では無い、やっていなかった、、。そうなのだ、、。


無意識に自分で追い込んでいただろう、、。
やっと気がつく。

人のせいでは無い。

自分が自分を追い込まなかったら、
一体誰が追い込んでくれる?!

先日の秋のバロックコンサートの生徒の様子を見て、、
痛切に感じた。
自分をどこまで追い込めるか、、
追いつめられるか、、
それが「プロ」瀬戸際でがんじがらめで舞台に上り、、
歌う事が唯一、自分の解放!!

その瞬間にしか、そこでしか手に入れられないものは確かにある。
それこそ、積み重ねだけではどうしようもないもの、、
しかし、積み重ね無くしてはえられないもの、、

それを得た者がプロ。

いや、それを得た者にしか得られない音楽が確かにある。



死にたいと思ったら死んだらええやん、、。

正に、、その通り。

しかし、今ではなくても良い、、
その僅かの光が、実は僅かでは無い事を本当の自分は一番良く知っている。

自分以外のものに原因がある。
そう考えているときは実はまだ余裕が有り溢れている。
財産が満ちあふれていて、実は大富豪なんである。

全ては自分の身ひとつ。
全ては自分の念いひとつ。
自分に求めなければ、何も得るものは無い。

自分の本当の意志、、
その望みを得るために通らねばならない事に怖じ気づき、
恐れ、怯み、知らないふりをする。

自分の真の望みから人は決して逃れられない。

本当に死にたい、、そう思った時、人は死ねる。
死なせてくれる。

死よりも恐ろしい、人生最大の恐怖、、
自分の真の意志を受け入れる事。

ではないかと思う。

今がそのとき。

気付かせてくれた人、出来事に感謝すべきだ、、





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Last updated  September 19, 2007 12:51:40 AM
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大丈夫ですか?  
LAPHLOAIG10 さん
人は「本当にその人の死を死ぬ」ことでその人生を全うするのでしょうね。死期も死に方も他ならぬその人に与えられたもの。人の生死や仕事(使命・召命)の中で深い処に触れること、深みに沈んでみる経験は人間に奥行・陰影を与え表現者を豊かにすると思う。あくまで意識の表面に戻って来られる(往来できる)場合ですが。普段は閉じている無意識の自我との境の蓋が思わぬときに開いてしまって淵を覗き、足を捕られそうになることがあります。恐ろしいけれどそのような淵を持っているという自覚に耐えて、高みと低みの緊張の中で強く深く生き抜きたいものですね。 (September 21, 2007 11:23:05 PM)

Re:大丈夫ですか?(09/18)  
doublejig  さん
LAPHLOAIG10さん
はからいです。意識の表面だけで取りはからった事は「謀(はかりごと)」の様に思います。今こそはからいに身を委ねようと思います。その結果で漸く自分が現れる様に思います。恐れ、戦き、怯え、これらを如何に耐えるか、、でしょうね。開いてしまった淵を覗いている、、、沢登りで滑落の危機に出会った事があります。雪の岩稜も歩いた事は何度かあります。オリブ山のキリスト、、何てものでは無いでしょうが、、、。いずれにせよ「我」で判断する事は避けたい!!そう思っています。結果はどうであれこれも至福だと、、そう思います。
木が生え、日が昇り、沈む、、風は吹き、星はきらめく、岩はそこに在り、水は流れる、、、同じ事ですね、、。
ただ僕は「強い事」を良しとはしていません。そうすれば母の全存在を否定する事になってしまうからです。ただ、もし、生き抜く事、それ自体を強い、としないのであれば、その強さは受け入れられます。
ご心配いただいて本当にありがとうございます。 (September 22, 2007 01:23:34 AM)

むずかしすぎて(@,@)/  
LAPHROAIG10 さん
doublejigさんを知る方がブログをを読んで心配しておられ、読込の足らぬ、よく知らない者には自殺念慮とさえ読めなくもない言葉遣いに多少心配になっての書込でした。「強さ」に抵抗されるであろうことは想像していました。私はしかし、弱さを知りつつ可能な限り強く生きたいと心から願う者です。
ブログという生身でなく限定された表現手段からは切り取られ表層に現れる文字が全てで書き手の様子はわからない。何でもない話や実名の会話から心の闇までだだ漏れという調子まで同じ表面に無表情に並びます。生身の世界での交わりを伴う者は距離を測り、戸惑うときには黙っているべきなのかもしれません。
(September 22, 2007 10:12:25 AM)

Re:むずかしすぎて(@,@)/(09/18)  
doublejig  さん
LAPHROAIG10さん
お恥ずかしい限りです。
「生身の世界での交わりを伴う者は距離を測り、戸惑うときには黙っているべきなのかもしれません。」その通りだと思います。まず「誰に」が殆ど限定される事のないブログという表現手段は本当に恐ろしいものであると思います。コンピュータ上の文字、も直筆には表情や勢いがこもるのに対し、使うコンピュータによってフォントも変わる、、
隙が増幅されやすいメディアであることを心しなければなりませんね。ありがとうございます。 (September 22, 2007 11:38:01 PM)

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