ドリンキングTODAY

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ドリンキング哲学

バーチャル幻想の死角

「死霊」(不幸のシンボルとする)が、人間の心や脳を支配し始めてから、未だかつてない勢いで人間の最も尊ぶべき「こころ」や「精神」を侵し続け、今や取り返しのつかない程の広がりとなってしまった。
 人間が人間を支配し、権力闘争に明け暮れ、覇者は覇権を維持するために権力をほしいままに人間を疎外し人権を蹂躙する。そのたびに教訓を基にしたさまざまな決め事をこしらえた。掟から規律へそして法へと現代に至るまでの社会契約上の共同体の形成は、一見整然とほぼ完成に近づいたかに見えるが、人間の「心や脳」にまで「囲い」(人の心に戸は立てられないとか)という枠を組み込むことはできない。
 現在の人間の肉体に残された「心と脳」は民主主義の名の下に、一人歩きを始め、社会や体制や制度にとらわれない自由で開放的な世界を形成していった。観念論・唯物論・合理主義や弁証法、生命論、現象学、構造主義などなど、人の心の趣くままにあらゆる可能性への挑戦と称して価値観は多様化して社会が本来求めていた目的観は薄れ節操のないメチャクチャな価値観さえ自由に受け入れられる時代となっている。
 そもそも主義とか哲学とかの価値観は人間の「幸福」とか「平和」とかに深くかかわり人間が理想とする社会および個人の目標・目的とする理想の人格形成のためにあったのではなかったか。そうするための人間行動の軸足と考えられる部分は軽視され、社会全体が自由気ままな人間を創造することに躍起になったせいか、個々における排他性と協調性のない人間をつくりあげ、方向性のない暗中模索する社会がそこに横たわっているというのが現実なのではなかろうか。
 人々の心は死霊によって弄ばされ唾を吐きかけられてズタズタにされ、癒えぬ肉体に備わる妄想者・浮遊病者のような命が、その開放を求めて、悪足掻きをしながら苦し紛れに暴れだし、その情況の延長線上に、今まさに多発する事件の根本的な原因が隠されているような気がする。


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