SUZUKA☆SMILE

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エッセイ



                  マンガ家・エッセイスト 高野 優

「おくばのくろーばーってしってる?」
 お風呂場で身体を洗っていると、5歳の二女が嬉しそうに話しかけてきた。その正体が「四葉のクローバー」だとすぐに分かったものの、緑色の茎の先に「奥歯」がちょこんと乗っている絵柄が浮かんで、頭から離れない。
 湯船に入っている長女と吹きだしそうになるのをこらえながら、二女の話に耳を傾けていた。ことばが間違っているとはつゆ知らず、保育園でお散歩に出掛けた際に見つけたクローバーの話を、頬を赤く染めながら興奮気味にしゃべっている。なんだかいいなぁ・・・、こういうのって。
 こんなふうに何気ない日常から生まれる、ちょっとした出来事が愛しくてたまらない。伸ばした手の中に宝石がポロポロ降り注いでくるような、そんな気分。ただ、この宝石は母親の心にゆとりがないと見逃してしまうから要注意!
 今から4年前、二女がまだ1歳のころ、手足の筋力が弱いため、療育センターでリハビリを受けていた時期があった。
「お嬢さんは歩けないかもしれない」という理学療法士の先生の言葉は私の胸に重くのしかかり、娘の寝顔を見つめては泣く日々が続いた。
 一方、ハイハイで私のもとへやってきては、嬉しくて仕方がないという表情で微笑む二女。その姿を見て、ふと目が覚めるように気が付いた。私がいくら涙をこぼしたところで、娘の筋力はつかないし、ましてや歩けるようにはならない。厳しい現実から背を向けて逃げるよりも、涙を拭ってきちんと向き合わなくちゃ。なによりも大切なのは、娘の笑顔を守ること。「歩けないかもしれない」のなら「歩けるようになるかもしれない」。

理学療法士の先生の言葉を前向きに考えられるようになったのは、リハビリを始めてから3ヶ月が経ったころ。その後、リハビリの効果や、娘が本来持って力のおかげで筋力が付き、平均と比べると1年遅れで「初めの一歩」を踏み出した。家族にとっては、待ち望んでいた一歩。
 この出来事それまでだったら見過ごしていた小さな成長を、大切に受け止めて喜ぶようになった。これは私にとって最大の収穫。
 歩くことも、おしゃべりすることも、微笑むことも、成長の通過点で当たり前の光景だと思っていたけれど、実は違う。そのどれもが当たり前ではなくて、感謝すべき出来事だと知った。


 次女が心配で泣いてばかりいたあのころ・・・。私は心をギュッと閉じていて、長女にまで目が行き届かなかった。
 かたくなに閉じた心は、母親としての気持ちまでもをふさいでしまい、当時3歳だった長女のおしゃべりやしぐさなど、何一つ覚えていない。
 当時を無理やり思い出そうとして、頭の片隅にぼんやりと映る記憶は、小さな身体の二女が大きな歩行練習用の器具につかまって泣いている姿だけ。そこに長女の姿はない。
 おしゃべりな長女のことだから、きっといろんな話をして、歌い、踊っていたんだろう。もう二度と取り戻せない日々だからこそ、悔いが残る。



 それからは欠けた月日を少しずつ埋めていくように、娘たちの話す言葉に耳を傾けるようになった。口癖だったのに言わなくなった言葉が二つある。「あとでね」と「待っててね」。
 こどもにとっては、その一瞬こそがすべて。見逃して、昔の私のように後悔で頭を抱えたくない。
 一瞬を意識するようになってから、娘の言葉で口元が緩むことが増えた。心にゆとりがないと気がつかない、宝物のような言葉の数々。
 今度の週末、二女が公園で「おくばのクローバー」を摘んで来てくれるらしい。
 いつか娘が大きくなったとき、クローバーのエピソードを教えてあげよう。そのときあなたは笑うかな?それとも怒るかな?


 悩んでばかりのお母さん、そして、うつむいてばかりのお母さん、どうか顔をあげて。
 悩むことも、うつむくことも、決してマイナスではないけれど、今しかないお子さんの成長を胸に焼き付けておかないともったいないから。



     子育て応援総合情報誌「グープ」2004年9月創刊1周年記念号掲載


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