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嫁様は魔女
硝子窓(狐狸舌戦)
さっき診察して処方してもらった薬を貰いに行き
ナースステーションに挨拶にも行く。
なんでアタシがこんな事しなきゃいけないんだろ。
おとうさんはぼーっとしてお金だすだけって・・ズルくない?
ちょっとくらい何かしてよね。
そうそう。
ナースステーションに「心付け」持ってったら
やっぱり規則ですからって受け取ってもらえなかった。
今時そんな事する人いないっつーの。逆に恥かいたわよ。
おとうさんもお兄ちゃんも、全部アタシに押し付けて。
この貸し、安くはすまさないからね。
「いやぁ、理恵さんですよねぇー。
ご無沙汰してますぅー。」
3階に戻るとおかあさんの病室の前でいきなり声をかけられた。
「キレイにならはってぇ。見違えましたわ。」
何?この人。
まさか病院でセールス?・・・・嫌だ。
葬儀社の人とか病棟でセールスしてるって言うけどマジだったんだぁ。
「あのっ、どちら様ですか?」
「奈良の高城の、由香子の母でございます。」
「あ!・・・すいません。」
って!!何で?
由香子ママっ!?
なんでそんな人がここにいんの!?
まさか来るなんて思ってないから全然ダレだかわかんなかった。
てか!オバサン!
2回か3回くらいしか会った事ないのに何でアタシの事覚えてるのよ!?
「お母様のお具合いかがですか?
今日退院されるらしいとは聞いてるんですけど。」
「はぁ、あの・・・退院です。」
なんて返事すんだっつーの!
えー!!
ちょっと何でこの人この病院とか知ってんの!?
なんでこんな時におとうさん、いないワケ?
お兄ちゃんは何してんのよ?
おかあさんが入院したってのにお兄ちゃんは顔出すどころか
電話もしてこないのに・・・・で、これ?
由香子さんのおかあさん来させるってどう言うつもり!?
モメるに決まってんじゃん。
コレ・・・絶対、絶対おかあさん怒るわ。
「あの・・・今おかあさんのお友達がお見舞いに来てて。」
だから帰って!すぐ帰ってぇー。
お願いだから帰ってっ!!
目で訴えてみる。
招かれざる客って言ってんのよぉ、おばさん!!
「あらぁ、そうなんですか。
じゃあお見舞いさせてもらっても大丈夫ですねぇ。」
「いえ!あのっ!!実は・・・・えっと。」
「あーぁ!あの事ねぇ。
すいませんねぇ、理恵さんにまでご心配おかけして。
何も文句言いに来たんやないんです。
むしろお詫びさしてもらお、と思うて、ね。」
そう言いながら、由香子さんのおかあさんは
有無を言わせずって感じで病室に入って行ってしまった。
なんでこの人こんなにオシ強いのっ?
ドン引きーぃ!!
もう絶対おかあさんキレるから!
どうなっても知らないからね。
病室は・・・・全然入院患者の部屋って感じじゃなかった。
おかあさん、おかあさんの友達グループ6人勢ぞろい、と
もともと入院していた榊原っておばあちゃんも一緒になって一箇所に集まってる。
退院の用意はすっかり終わってるから
お菓子囲んで、オシャベリが盛り上がってるところだった。
そう。
トーゼン、由香子さんの話題。
そこに・・・・ああ。入って行っちゃった・・・オバサン・・・。
関西人って怖い。
「こんにちはぁ、失礼します。
まぁ、おにぎやかで。もうお具合の方はよろしんですか。」
ニコニコ笑って大きな早口でまくし立てるオバサンに皆はキョトンとしてる。
ただ。
おかあさんだけはその中で一人。
ぎょっとした顔をしていた。
「どちら様?」とおかあさんの友達のおばちゃんが聞いた。
病室でも間違えたのかと思ったみたい。
「あらまぁー、申し遅れましてっ。
貴信さんの妻の由香子の母で高城と申します。
貴信さんのお母様が倒れられたって聞きましてね。
いても立ってもいられなくって飛んできたんですわぁ。」
・・・シーツ握った手がブルブルしてるよ。おかあさん。
「コレ、お見舞いですぅ。
お菓子やらお花やったら退院されるのにお荷物になる思いまして。
もう不細工なんですけども。
元気にならはったらコレで美味しいもんでも食べてください。」
「結構です!」
ピシャっとおかあさんがお見舞いの袋を付き返した。
「わざわざ来ていただいて有難うございます。
ですけど、こう言うもの頂くほどの病気でもございませんので
どうぞ、お持ち帰り下さい。」
「そないおっしゃらんと。」
「頂く筋合いはない、と申し上げてるんですが?」
「はぁー、そないおっしゃられてもしょうがありませんわねぇ。
お怒りはごもっともです。
もうウチの由香子が、この度はほんまにえらい事しでかしまして。
それでお詫びかたがた寄せてもろたんですぅ。
今、話さしてもろてええんでしょうか?」
「何かおっしゃる事でもあるって言うんですか?」
ちょっとすいません、とかナントカいいながら由香子ママは
丸い椅子を引っ張ってきてベッドの横に割り込んで座った。
関西のオバサンは電車でバッグ投げて席を確保するらしいけど、この人もそのクチ?
ウジウジ由香子の親と思えないほどの図々しさよね。
「奥様にはえらいご心配をおかけしてしもうて・・・。
誤解とは言え、ぽーんと飛び出して帰ってくるやなんて
ホントに由香子はいつまでも子供言うか、大人げない言うか。
これも私の不行き届き言うもんです。」
「はっ?」
あのおかあさんがあっけに取られて口を挟む間もなく、
由香子ママは立て続けにまくしたてる。
まわりのオバサンたちもボーゼンってカンジ。
「奥様から離婚や言われた言うんですけどね。
あのおかあさんがいきなりそんな理不尽な事言うはずないやないのって言いましてんよ?
自分の感情にまかしてモノ言うような了見の狭い人やないですもん。
ねぇー!?
おかあさんがそない言いはるからには、何かお考えがあるんやって。
離婚言うてびっくりさして、なんかをアンタに考えさせたかったんやって
そない私、思いましてん。
普通やないですやんね、やり方に従わんなら離婚なんて言う人。
そんなおかしな話ありませんわ。
それも考えんと、離婚のヒトコトでかぁっとなって家飛び出してくるやなんて、
もう、言われたまんま真に受けるやなんて。
由香子は単純言うか考えが浅い言うか、お恥ずかしい限りです。」
今の今まで、由香子さんの悪口で盛り上がっていたオバサン連中は
あまりの勢いと話しの流れに目を白黒させてる。
だっておかあさんがしてた話と全然違う。
2人のおかあさんの言う事、
どっちも事実からぶっとんでるん知ってんのって
アタシだけなのよねー、今。
なーんかフクザツ。
おかあさんは「何言ってるの?この人。」って様子でアタシの顔見てるけど
・・・うーん。
アタシ、何にも言えませーん。
「清水のおかあさんみたいなちゃあんとした人が
まさか嫁イビリみたいな真似したり、
人様の悪口言うたりするはずないやないの。
あんたの思い違いやって話しときましたから。」
「ええ・・・まぁ。嫁としてねキチンとして欲しいと言うか。」
すごーっ、おかあさん負けてんじゃんー!!
「そう!そうなんですよねぇ。
もう、そやのに由香子は。
なんぼ産後やら慣れん育児で参ってるとは言えねぇ
おかあさんのおっしゃる事の真意もわからんやなんて。
ホンマに・・・コチラの躾が至りませんで、
いつまでもお子様で、みっともない事ですわ。
やっぱり私に息子やら息子嫁がおらんから片手落ちな躾になるんですかねぇ。
その点、理恵さんはしっかりされてるでしょうから羨ましいですわ。」
「そんな事はありませんけど。」
「いえいえ、理恵さんならこんな事にはならんかったでしょ。
お姑さんの気に染まんようなスカタンしはるはずありませんもん。」
ねぇー、とばかりにアタシの顔を見る・・・・やめて。
「とにかく、由香子がどんなドンくさい事しでかして
奥様のご不興買うたんかわかりませんけど、
離婚やなんや言うんは、誤解やと納得させましたんで
そんで収めてもらえませんでしょうか?」
「あの。由香子さんからどう聞いてらっしゃるか知りませんけど
別に冗談で離婚って言ったわけじゃないですから。」
「ええ、ええ。わかってますって。
そのくらいの覚悟がないと結婚生活はやっていけないって事ですわよねぇ。」
「そうじゃなくて!」
このオバサンには日本語通じないの?
空気読めないの?
おかあさん、思いっきり怒ってるんだけど。
「まさかホンマに離婚さして奏人を山梨で、やなんて考えてはりませんでしょう?
貴信さんの仕事も大阪で脂が乗って来てる言うのに。
なんや、もうすぐ課長言う話も出てるみたいですよ。
さすがですわねぇー。」
そこでおかあさんがぐっと言葉を飲み込んだ。
「課長?すごいじゃない。」
「まだ若いのに、さすがねえー。」
「やっぱり貴信クンはうちのとは違うわぁ。」
オバサン連中は他人の息子の話なのにわぁわぁさわぎだす。
何がウレシイの?
すっげーおかあさん、マジ怒ってるんだけど!?
「やっぱり大手やし老舗やからねぇ・・・体裁悪いんちゃいます?
ましてやあの子ら社内結婚やし。
離婚なんか冗談とは言わんけど、言葉のアヤでしょ?」
「え・・・。」
「それを・・・アホですわねぇ。ウチの娘は。
本気で間に受けて、飛び出してきて・・・お腹立ちはごもっともです。
けど今回だけは、由香子の若さやと思うて収めてもらえませんやろか?
この通り、私の顔を立てると思うてください。」
そう言って由香子ママはおかあさんに頭を下げた。
オバサン連中、興味津々で2人を見てる。
「もういいですっ・・・頭上げて下さい。わかりましたから。」
「いやっ、そうですかぁ。
ほんまにありがとうございます。
帰ったらもう一回、よう言うときますわね。
おかあさん、何も本気で言うてたんちゃうよって。
ウチも安心しましたわ。
ほんならぼちぼちお暇さしてもらいます。
もう、しょおもない話でみなさんのお邪魔してしもて。
とんだお耳汚しですやんねぇ。
嫁姑でもめてるみたいで、ほんまにみっともないわぁ、ほほほ。
ほな失礼いたしますぅ。」
ちゃっちゃと椅子を片付けて、さっさと高城のおかあさんは出て行った。
「今の・・・なんだったの?」
「すごいわねぇ、いかにも大阪のおばちゃんって感じ。」
「やだ、奈良じゃないの、ねぇ。清水さん。」
「奈良も大阪も一緒よっ!なんなの!?あの人。
いぃーっ!!イライラするっ!!塩撒いてやりたいわっ。」
「なんだかわかんないけど、喋るだけ喋って帰っていったわね、台風みたいな人だわ。」
「・・・なんなの!なんなのよ!!あの言い草。ムカつくったらもうっ!!
大体、なんであの人が奈良くんだりから出てくるわけ!?
理恵っ、あなたがこの病院教えたのっ!?」
「アタシ知らないわよ。お兄ちゃんでしょ?」
「貴信なんか・・・もういいわよ!
あんな薄情な嫁にすっかり洗脳されちゃって、顔は見せないし
代わりにあの女狐の親玉みたいなの寄越すなんてっ!」
「いやぁだー。
今の人、女狐ってより狸じゃないのぉ。よく肥えてたわよ。」
「性根の話よ!狸なんてかわいいもんじゃないわ。ああー腹が立つ。」
「そんなに怒らなくても。
由香子さんの不始末を親として詫びに来たんでしょう?」
「詫びってねぇ!!」
と、そこ今まで黙って聞いてた榊原のおばあちゃんが口を開いた。
「今の人。いっぺんもスミマセンやゴメンナサイとは言わなかったわねぇ。」
「そう、そうでしょ!?」
「言われて見れば・・・・。」
オバサンたちは顔を見合わせる。
「ずいぶん話の達者な人だったねぇ。
あぁ言うの『褒め殺し』って言うんだろ?」
榊原さんはすごーく冷静。
「清水さんにつけいる隙を与えないし。
反論したら清水さんの立場が悪くなるようにもって行く辺り
相当なやり手だわねぇ。」
「そうよ、言い返せなかったわ!!
なんて陰険なの!娘が娘なら親も親ねっ!!
だからあんな生意気な嫁になるんだわ。」
「確かにねー。あんなオバサンに育てられちゃあいい性格になるわよぉ。」
「大変よね、清水さんも貴信君も。」
「もうすぐ課長なのに離婚はみっともないなんて、アレ、脅迫よね?」
「そうよぉ、脅迫だわ、ひどい親子ねぇ。」
そのまま、高城母子がいかに陰湿で性根が曲がっていて
底意地が悪くて、おかあさんがいかに苦労をしているかって話になってきた。
・・・どうでもいいや。
ちょっとおかあさん、都合よく妄想入ってるしね。
どこからとばっちりが来るかわかんないから
退院の手続きしてくる、と言って病室をでた。
*
理恵が退院の手続きを済ませてくれたって言うのに
全く、あの人のお陰で胃の痛いのがぶり返してきたわ。
だけどお父さんを一人で置いておくのもそろそろ限界だろうし
病院の生活なんて、ロクなもんじゃないし。
もうあの榊原さんのお家の事情とやらを聞くのもこりごり。
よくもまぁ、あんなに家族の文句ばっかり言えるものね。
聞いてるほうがイヤな気持ちになるくらいだもの。
そりゃあ誰もお見舞いなんてこないわよ。
どうせ2日だし、と思って気の毒だからお相手したけど・・・
いやぁね、ああはなりたくないものだわ。
お見舞いに来てくれていた友達はランチに行こうと誘ってくれたけれど
とても食べられそうにないと、今日は遠慮しておいた。
持つべきものは友。
だけどその友達の前でよくも恥をかかせてくれたわね、あのババぁ。
仲がよくったって聞かれたくないこともあるのに。
あのふてぶてしいあの態度!ホントに腹が立つったら!!
口から生まれたってあの人のことよ。
言いたい事言いたいだけまくし立てて。
何がお見舞いよっ!!
バカにするにも程があるわ。
取ってつけたような笑顔があの嫁とそっくり!
何も知らない善意の第三者みたいな顔してるけど
由香子から何も聞いてないはずないじゃない。
見事に逆手に取ってくれて。
まさにほめ殺しよ。
言い返したらコッチが立場が悪くなるように持って行くあの狡猾さ。
汚いわ。
腹黒いったらありゃしない。
あの時とっとと離婚って由香子の口から言わせればよかった。
そしたらあのオバサンがなんと言おうが本人の希望って押し切ってやったのに。
貴信がボンヤリしてるから。
ああ、いやだいやだ。
なんだってそんなにお人よしなのよ。
オマケになーにがもうすぐ課長よ!!
キッチリ圧力かけて行ってくれたわね。
『誰の実家の力で課長になれると思ってるの?』って言いにきたのね、つまり!
はぁー!!
ちょっとそんなこと忘れていたけど。
夫婦の事にそんな材料持ち出して脅迫するなんて
ほんっとに本当に汚いったら。
みんながいるから私が反論できないのもわかってて持ち出したのよ、
あのメス狸!!
私の話なんて一切聞くつもりはございませーんって
交換条件だけつきつけて、はいサヨウナラ?
娘が娘なら母親も母親、なんであんなのと結婚させちゃったのかしら。
許せない、あんな卑劣な親子。
絶対に思い知らせてやる。
タクシーに乗っている間、ずっと考えていたせいで
ウチに車が着いてもすぐには反応が出来なかった。
「おかあさん、財布持ってる?」
「え?小銭入れしか持ってきてくれてないじゃない。」
「あー・・・・そっかぁ。じゃあ立て替えとくね。」と言って
理恵は運転手に千円札を渡した。
立て替えって。
それくらい出してくれたって罰は当たらないでしょうに。
だけど、入院のつきそいやら手続き、家のこともやってくれてる理恵に
千円くらいの事で言うのも悪いかと思い直して流しておいた。
「お父さん、ただいま戻りました。」
声をかけて家に入った私は愕然としてしまった・・・。
「こ、これ!これは何なのっ!!」
リビングに部屋干し用のハンガーと物干しがズラリと並んでいる。
「ちゃんと外に干して乾いてから入れてるし、大丈夫よ?」
「大丈夫って・・・。」
見覚えがある、あれは2日前の衣類。
貴信の着ていたものまでぶら下がっている。
「どうして片付けていないの?」
「だってー、ココから取って着ればいいじゃない。合理的でしょ?」
頭がクラクラとした。
いえ、怒ってはダメ。
理恵は病院と家との両立で大変だったんだもの。
と、ゴミ箱を見ると
無造作に菓子パンの袋や、コンビニのお弁当の容器が捨ててある。
「毎日あんなの食べてたの?」
「えー、お味噌汁とか作ったよ。
それにお父さんも別に朝ごはんはパンでいいって言ったしぃ。」
「それにしたって生ゴミをこんな所に入れっぱなしなんて。」
「文句ばっかり言う、フツウ?
アタシ一人で家の事やって病院にも行ってんのに
なんでありがとうも言ってもらえないの?
お兄ちゃんなんて、自分達のせいなのに知らん顔なんだよ?」
また思い出してカチンときた。
なにも貴信が悪いわけじゃないのに。
「貴信はしょうがないでしょ、あんな嫁なんだから。
あの子だってガマンしてるわよ。」
「じゃあアタシは何もガマンしてないって訳?」
「そうは言ってないでしょ?
ちゃんとありがとう、ご苦労様って思ってるわよ。
ちょっとね、・・・・ちょっと驚いただけ。」
この部屋の有様に・・・・。
あぁ、掃除もしていないわね、ホコリが積っている。
お父さんにはハナからなにも期待していないけど
理恵は今は仕事もしていないし、もう少しなんとか・・・って。
そんな風に思うなんて、若い理恵に対して期待しすぎなのかしら?
きっとあの榊原さんの影響ね。
そうだわ、ずっと話し相手になってたんだもの。
家族のやることなすこと悪いほうにばっかり取ってケナしてばかりじゃ
うまくなんて行きっこない。
そう、できる事はしてくれたんだもの。
私はちゃんと認めるわ。
「ごめんなさいね、理恵。
ちょっとおかあさん、イライラしてたみたい。」
「・・・はーぁ、わかってくれたらイイケドぉ?」
「そうそう、コレあなたにあげるわ。」と、高城のお見舞いの袋を理恵に渡した。
「ラッキー、でもいいの?3万も入ってるよ?」
「いいのよ。私はそんなもの受け取りたくもないんだから。」
「ふーん、お金に罪はないのにねー。どんなお金もお金はありがたーいものよ。」
「高城の奥さん、見えたのか?」とそこで初めてお父さんが口を開いた。
「ええ、どうして入院したこと知ってるのかしら?病室まで知ってたみたいなのよ?」
「そうなのか・・・・で、何か話したのかな?」
「話も何も!もう思い出しただけで憤死しそう、腹の立つぅ!!
自分の言いたい事だけ言って、ケラケラ笑って帰って行ったのよ。」
「とりなしに来られたんじゃないのかい。」
「とりなしですってぇ!あんなの脅迫よ。もうひどいんですっ。
貴信の仕事の事まで持ち出して。
病人に向かって思いやりの欠片もない言い草だったわ。」
「そんなにキツイ事言うような人じゃないだろう?」
「それがイヤらしいーい言い方でね、ほめ殺しって言うんですか?
こっちから何も言えないように持って行くんです。」
「そうか・・・。」
「そうかってそれだけですか!!」
「いや。志ぃさんもね、あんまり怒るとまた体に負担になるから。
今回の事は、一応向こうの親御さんも来てくれたんだし、水に流さんか?」
「水に流せって!
どうしてあんなワガママで底意地の悪い性悪親子を許せるって言うんですか?」
「いや。あのな・・・・ちょっとは志ぃさんもキツすぎたんじゃないかって。
由香子さんなりに頑張ってるんだから大目に見るとこは見てやらんと。
なんでも志ぃさんみたいに完璧にできる人はなかなかいないよ?」
「本人なりに頑張ったらそれでいいですって?
結果が出なければ同じです。」
「ほら、器用不器用って言うのもあるしな。」
「 あの人のは頑張ってるフリなのよ。
しおらしぶって男性の同情を引くのが手なんです。」
「・・・そうでもないと思うけどなぁ。」
「誰の味方なんですかっ!?」
「いや。あの家族で誰の味方も何も・・・・。」
「あなたがそんなに優柔不断だから貴信もあの嫁の言いなりなんです、
しっかりしてくださいな!」
とんだトラブルメーカーよ、由香子って女は!!
それに振り回されていいように利用されている男どもが心底馬鹿に見えてきた。
*
おかあちゃんが、あのお義母さんとこへお見舞いに行ってる。
心配で心配でゆっくり待ってられんかったウチは
奏人を連れて奈良の実家で待つことにした。
貴信は、夕べは休むって言うてたくせに
朝になったらやっぱり行くとか言い出して、結局会社。
お陰で気ぃ使わんとこっちに居れるから、ええ言うたらええねんけど。
・・・話しようって言うたんどうなってんねんやろ?
なし崩しかなぁ・・・アテにならへんよなぁ。
優しいと思うて結婚したけど、優しいんじゃなくって
実は自分の意見言うんがめんどくさくって
みんなに合わしてるんちゃうか、って最近思う。
なんでか神野君と吉田君の顔を思い出した。
最近会った、若い男の人ってあの子らくらいやから?
あの子らもええ子やったけど、結婚したらみんな一緒なんかなー。
陽菜ちゃんも会社に行ってるし、おとうちゃんは仕事場にこもってる。
奏は手間はかかるけど話の相手にはならん。
待ってる間がものすごい長い。
・・・なんかぱぁっと気の晴れることないかなぁ。
最近、お義母さんのことばっかり考えててめっちゃブルーや。
気分転換しやんと。
陽菜ちゃんのノーパソ開けて、通販サイトの売れ筋とか芸能人のオススメお取寄せなんかを眺める。
グルメはどうでもいいなー。
ベビー用品!女の子のってかわいー!!
こう言う白いうさぎさんみたいなロンパースとかフリフリリボンとかって
女の子ならではよねぇー、いいなぁ。
この雪の精みたいなふわふわマント、着せたいーっ!
奏ちゃん女の子だったらよかったのにー。
今なら小さいから着せてもいいか・・・、大きくなったら写真見て怒るかな?
それとも妙な趣味に目覚めたらあかんし。
でも男の子のって・・・イマイチ可愛くないんよねー。
特にこのキャラクターモノ、イヤやなぁ。
ナントカレンジャーってみんな一緒やん。
あ、今は黄色はカレー好きなコデブとちゃうねんや。
ネットをうろうろしてるうちにいろんな発見。
あー、黄色は女の子ってのもあるしー。
こっちは青が女の子だ。
って言うか、何コレ?かっこいい、この子。
カレー好きコデブも地味でちょっと年上の縁の下の力持ちもいない。
ミドリのくせにかっこいーやん、おっかしいー。
『最近の戦隊モノはすごいねんでー!』と言ってたセンパイママの言葉を思い出す。
確かに・・・あらすじも、すごいわぁ。
子供にわかるんかって思うとこもあるけど、はーあ・・・・、おもしろい。
そのままBlog覗いたり、ニュース検索したりしてるうちに午後になった。
「由香子ぉー、おかあちゃん帰ってくるて電話あったぞ。」
お父ちゃんが仕事場から降りてきた。
「奏は?」
「寝た。」
「なんや、いっつも寝とるのぉ。
ほんでな、3時すぎに迎えに来い言うとるねん、お前どないする?」
「行く行くっ。」
「ほなどっかで昼めし食うて行こか、ちょうどええ時間なるやろ。」
「あー。ご飯かぁ・・・奏人のおっぱいの時間かかるなぁ。」
どうしよ?
でも早くおかあちゃんの話聞きたいし、待ってられへん。
「ええわ、用意するからちょお待っとって。」
「ゆっくりでかまへんど。」
あのおかあちゃんやから大丈夫とは思うけど、相手が相手やし。
こっちの想像もつかん事になってるかも知れん。
そう思うとのんびりする気にはなれんわ。
「行こっ。」
「まだ早いがな。」
「ええやん、なぁ、早よ行こ。」
「わし、クルクルの寿司でも行きたいなぁ。お前何食いたい?」
当然、ウチにはそんなことどうでもよかった。
*
「奏ちゃーん、ただいまぁ。いやぁ笑うてんのっ、オリコウさん。
ばぁばがわかるんやんなぁ。
はい、これな。東京バナナで、これ奏ちゃんのガラガラさん。
かいらしやろー?
えらいいっぱい新しいのんできとってなぁ、迷うたわぁー。
政治家サンの顔描いたまんじゅうとかもあってんけど、
お腹ワルなりそうやから、買うたれへんかってん。」
おかあちゃんはクラウンに乗り込むなり・・・って言うより
まだ体が車に入ってない状態から喋りだした。
デフォルトがこれやからすごいわ。
「なぁ、それよりどうやったん?あっちのお義母さん。」
「おぅ、おとなしゅう寝とったか、あのバァさん。」
「そんっなん!元気元気。
あの人が寝てるはずないやないの。
おんなじ様なオバチャン連中と、入院中のオバアチャンまで引っ張りこんで
お菓子食べて喋りまくってたわ、何が胃潰瘍やねん、なぁ。」
「なぁ、言われても。」
「ちょっと位病人らしゅう寝込んでたらええねん。
せっかく見に行ったったのにおもしろないわぁ。」
「・・・ほんで、何言うてた?お義母さん。」
「ん、あんたの悪口。」
「・・・っ!!もう!そんなんわかってるわ、ちゃうやん!!
何の話してきたんって聞いてるねん。
・・・・なんか無茶苦茶言われたりせんかった?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。
ちゃんと穏便に話して、わかってもろたから。」
・・・・あのお義母さんが?
「めっちゃ謝ったりとかしたん?」
「ううん、目を見てな、心を込めて誠心誠意話をしてん。」
「はぁ・・・?」
「共栄共存は大事やんねーって。ちょっと思い出してもろたんやわぁ。」
「ぶはっ!」運転中のお父ちゃんが噴出した。
「きゅきゅーっと絞めたか?」
「いやいや、そんなんしませんて。穏便にね。真心こめて話しましてんで?
ほんならお母さんオメメぱちーっと開けてな、手ぇふるふるさしてジーっとマジメに聞いてくれはってん。
テレビのなんか言う犬みたいで、割とかいらし顔してはんなぁ。」
「それ、怒って震えてんのんちゃうん?」
「いやっ!!そうなんかなぁー気ィつかへんかったわぁーっ。
とりあえず由香子、アンタはエエから。
あの人もひょっとしたら怒ってるかもしれへんけど、一応離婚言うんはカンベンしてくれはったしな。
しばらくはおとなしくしてくれはるやろ。」
「ひょっとしたらって・・・・大丈夫なん?」
「さぁ?」
「さぁって。」
「そらいつ何を言うて来はるかは、わからんわ。
なにせあの人は、アンタの事が嫌いで嫌いでたまらんのやから。
箸の上げ下ろしから、空気を吸うてることまで
アンタのすることはぜーんぶ気にいらへんのんよ、どないしても。」
「ウチがなんでそこまで嫌われやなあかんのんよ?
そら今回は言い過ぎたかも知れんけど、
今まで言うとおりしてきたし、気に入らんとこは直そと思て頑張ったし。
そんな嫌われる原因になるようなことしてへんと思うねんけど!」
「おかあちゃんに文句言うたかて、しゃあないがな。
嫁さんがアンタでもアンタやのうても一緒。
どんだけ非の打ち所のない人でも、『貴信さんの嫁』言うだけで腹立つの。
自分と家族のなかに割り込んできたヨソモンや。
ヨソモンに大事な大事な貴信さん取られてんねん。」
「なにそれっ!!あほちゃう?
取ったとか取られたとか、そんなに大事やったら結婚なんかさせんと
家の床の間にでも飾っといたらええやんか。」
「息子とおんなじくらい世間体言うんも大事やからなぁ。
ええ年の息子が結婚でけへんって他人さんに見られるんもプライドが許さんのやろ。
どっちにしたかて気にイラン言うとこやわなぁ。」
「体裁のタメに結婚さして、でも結婚相手は自分の生活に目障りやから
嫁イビリするって事?」
「そのとーり、かしこいわぁ由香子。」
「なんでそんなしょーもないことで嫌われなあかんのんな。
貴信かてもう立派な大人やねんで?
自分の意思とかあるっちゅうねん。
ウチがなんかした言うんやったら納得するけど。
やっぱりあのお義母さんどっかおかしいわ。」
「そうか?みんな一緒やで。
態度に出すか出さんか、そんだけの違いや。」
「あんなキョウレツな姑いてへんわ。」
「そうでもないで?
まだあの人直球勝負なだけ単純でかわいらしいやないの。
外堀から埋めるようにしてイビる人もおるし。
気がついたら家族の中で孤立させられてました、言うのも珍しい話ちゃうでー。
なぁ、お父ちゃん。」
「わしに聞かれても知るかいな。」
「おかあちゃんでも息子おって結婚しよったら、嫁によっては
苦い新婚生活送らせたるけどなぁー、あはははっ!」
「冗談でもやめてよ。」
「アンタかって、奏ちゃん大きなったらわかるわ。」
「わかれへんっ!ウチはそんなんと違う。」
「まぁ、そない思うててもええけど。」
「せやけど結局、和解とか言う感じやないねんなぁ?」
「ほっときほっとき。」
「ほっとくって・・・・。」
「しばらくは何も言うてけーへんて。
その間にほとぼりが冷めるか・・・。
もっと時間かかるかわからんけどなぁ。
どうせアンタが何かしたかて、清水のお母さんの気持ちは変われへんて。
変わるとしたら、理恵さんが結婚して旦那さんの親で苦労するん見るとか、
孫でもできるとか。
周りの環境でも変わらんと、人に言われて変わる人ちゃうやん。」
「孫できて環境良くなるんやったら奏人かておるやん。」
「あっほやなぁー。
何ぼ言うても奏ちゃんは『ドコの馬の骨かわからん泥棒猫』の産んだ子。
自分の娘の産んだ孫とは比べモンになれへんわ。」
「それひどいっ!奏人がかわいそうやん。」
「別に奏ちゃんが可愛くない言うんちゃうで?
半分は貴信さんの子やしな、あちらさんにしたら世取りになるんやし。
そら大事やしかわいいやろ。
アンタほり出して、奏ちゃんは引き取る言うくらいやからなぁ。
そんでも自分の娘が産んだ子供言うんはまた別格なんよ。」
「ほんなら理恵さんが子供でも産んだら、
そっちに気ぃ行ってウチらに構ってる暇なくなる言うこと?」
「それもあるし。
どっか頭のネジでも緩んだら、アンタにもちょっとは優しぃなるかも知れん?」
「そんなアテにならん話・・・・。」
「せやけどその位、気ィ長ぉもたんとなぁ、由香子は真正面から考えすぎ。
理解しあおうなんて考えは捨て。
そのうち寝たきりにでもなったら、イヤでも頭下げてきはるやろ、ふふ。」
「いらんわ、そんなん!絶対介護なんかせえへんからね!
そんなに娘がかわいいんやったら理恵さんにしてもろたらええやん。」
「何言うてんの、ダンナさんの親の介護をせーへんやなんて。
もったいない!」
「・・・・えー・・・やっぱりおかあちゃんもそう言う事言うんやぁ。」
「当たり前やないの。よう考えや。
今までアンタの事を散々かわいがってくれたあの人が寝たきりになんねんで?
ふふ・・・・ふふふ。」
笑うトコ?
「毎日な。お見舞いやらお世話に行くねん。
ほんで枕元で、あの人の好物これ見よがしに食べたんのよ。
悔しいやろなぁー、ふふふ。
あの頑固さやったら『ちょうだい』ってよう言わんでぇー。
そんでもな。
病院のまずーいご飯に飽きてきてどうしようもなくなって
気も弱くなってきたら『私にも』って言うかもね。
んふふ、ふふふふ。
そしたらな、由香子な『お義母さま、ワンて言えますか?』って言うんよー、あははははははははっ!!」
「はぁあ!!なんちゅうオソロシイおばはんや!!」
「何言うてますのん?
ワンって言わなきゃあげへん、やなんてイケズ言いませんー。
ワンって言えますかぁってただの世間話やないの。ねぇ?」
・・・・お、おかあちゃん。
黒いの通り越してなんか禍々しいよ!!
こう言う人やって知ってたけどこわいー!!
「ボケはじめるやろー。
ほんならな、毎日お散歩連れ出したげるねん。
大きい交差点なんかええでぇ、右からも左からもぎょうさん車来るん見てたら
ええ刺激になるんちゃうかなぁ。
せやけどボケが進んで徘徊が始まったとき、
うっかりクセでその交差点に一人で行かへんとええなぁー。」
「お。おかあちゃんて。笑いながらそう言うドス黒い話せんとってよぉ。
本気で怖いわ。」
「なんでぇな、痴呆が進まんようにと心をこめた嫁のご奉仕言うやつやんかぁ。ケナゲやわぁー。」
「怖い怖い、ワシも先に倒れたらやられるわ。
はよポックリ逝の。」
「冗談はおいといて。」
「冗談かいな!?」
「アンタの親にはせんかったで。」
「当たり前じゃ。あほぉ。」
「ともかくなぁ、何言うたって生きてるモンの勝ちや。
あの人がどない頑張って睨み利かしたかて、若いアンタには勝てんのよ。
老い先短い年寄りが棺おけに片足突っ込んでなんや言うてるわって聞き流しといたらええねん。
そない長い事続くもんやあれへん。
そう思うてスキにさしとき。いちいちまともに反応するから喜ぶんや。
アンタが考えやなアカンのは奏ちゃんを元気に育てる事と
貴信さんの事、ちゃんと支えてやる事やろ?
余計な事に悩んでる間はないはずちゃうの?なぁ?」
「そらそうやけど・・・。」
「せやけどああ言うオバハンは長生きしよんどー。」
「その時のためにイロイロ考えとくんはええけどなぁ、んっふっふ。
そうや、出かけるときには『お迎えがきましたよー』って耳元で囁くんもええかもねぇ。」
「むりー!ウチには無理やわ。」
「ほなノートこしらえたるわ。
ってホンマ、あほな話は置いといて。
この話はこんで終わり、もう忘れてしまい。
わかったね!?」
忘れるんは無理やろー、と思ったけどおかあちゃんの言いたい事はわかったし
素直にはい、と頷いておいた。
ウチの人生で敵にしたくないナンバーワンはこのおかあちゃんやわ、間違いなく。
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