紅蓮’s日記

紅蓮’s日記

第九話




不気味な獣が荒野を駆け抜ける。

「猛火の矢(ブレイズアロー)!!」

舞火は獣に向かって矢を放った。
獣は背中に生えている羽で空へと飛び上がり矢を避けると、
そのまま舞火に襲い掛かった。
舞火は手に握っている弓で獣の爪と牙を受け止めた。
だが相手は立ち上がれば二メートルはある巨体である。
まだ中学三年の少女が力でかなうはずがない。
舞火はいとも簡単に押し倒されてしまった。

「こ、このっ!」

舞火は獣の腹部に足を入れると巴投げの要領で獣を投げ飛ばした。
宙に投げ出された獣は空中で体を反転させると四本の足で
しっかりと着地した。

「なかなかやるね。」

成人は獣の頭を撫でながら言った。
この獣は成人の精霊だ。
その容姿は頭が山羊、体はライオンにコウモリの羽、
サソリの尻尾を持っている。

「ぼくのキマイラの動きについてくるなんて凄いね。」

成人は笑った。

「わたし動体視力には自身があるの。」

舞火も笑って見せた。
だが内心笑える状態ではなかった。
舞火にとってキマイラの動きは目で追うのが精一杯だった。
さらに悪い事に成人は舞火にとって苦手な相手だった。
舞火の得意な戦闘スタイルは物影に隠れながら相手との距離をとり、
相手の死角から矢を放ち仕留めるという遠距離戦闘的な戦闘スタイルだ。
相手の攻撃範囲が自分より短く物が多い場所ならば
効果的な戦闘スタイルである。
しかし、成人の戦闘スタイルは精霊を武器化させるのではなく
精霊を実体化させて戦うものだ。
なので精霊自身が独立して攻撃するので攻撃範囲が広い。
そのうえここは荒野である。
周にあるのは乾いた砂やホコリと今にも枯れそうな短い雑草のみである。
隠れられる場所などどこにもない。舞火にとっては最も不利な状況だった。
ならばあの素早い獣を仕留めるには以前龍太との戦闘のように、
一本目の矢をオトリに使い相手の体制を崩したところで
二本目の矢を放ち仕留めるしかない。
ここまでの戦闘で多くの矢を放ち残りの霊力が厳しいところであるが
そんなことを言っている場合ではない。
舞火は弓を構え矢を放った。
キマイラは矢をひらりと飛んでかわした。
舞火はキマイラの着地を狙って二本目の矢を放った。

「なるほどね。
一本目の矢は誘導か。
しかもぼくのキマイラが矢を飛んでかわすように
ピンポイントで足を狙ったか。
そして、どんなに俊敏なものでも着地の瞬間は
自分の体重を支えなくてはならない為一瞬動きが止まる。
そこにキメの二本目の矢を放ったか。
上手いね。」

成人は感心したように言った。
だが成人はクスリと笑うと舞火に言った。

「でもその矢はぼくのキマイラには当らない………」

矢がキマイラの体を打ち抜こうとした瞬間、
キマイラは四つの淡く光る火の玉に姿を変えた。
矢は四つの火の玉の間を通り抜けていった。
矢が通り抜けると四つの火の玉はまたあの不気味な獣の姿へと戻った。

「そ、そんな………」

舞火は言葉を失った。

「キマイラ、漆黒の稲妻(ダークライトニング)だ!!」

成人の号令でキマイラの頭の二本の角から黒い稲妻が放たれ舞火を襲った。

「ああっ!」

舞火は全身を針で刺されたような痛みを感じた。
舞火は膝をついた。
そのスキを逃さずキマイラは舞火に飛び掛った。
舞火は瞬間的に矢を地面に向けて放った。
乾いた砂やホコリが矢の衝撃で舞い上がった。
その砂ボコリに紛れて舞火はキマイラの攻撃をかわした。

「今度こそ!」

舞火は砂ボコリの中でキマイラを影を狙って矢を構えた。
だが舞火が矢を放つよりも先にキマイラが舞火の喉に食らいついた。

「あ………あ………」

舞火の顔から血の気が引いていった。

「すぐに楽にしてあげる。
キミに恨みはないがぼくはこうするしかないんだ。
許してくれ。
ぼくは………ぼくたちはどんな手を使ってでも
生きていかなければならないんだ。
それが孤独という地獄からぼくを救ってくれた連鎖との約束なんだ。」

意識が朦朧としている中舞火の耳に成人の声が入ってきた。
舞火は全身の力が抜けていくのを感じた。
舞火の手から弓が落ちた。
 ふと舞火の頭に昔の記憶が浮かんできた。

「舞火ちゃん、わたしはその能力が恐いとは思わない。
むしろとっても羨ましいと思う。
だけどそう思ってくれる人は世の中にはほとんどいないと思う。
だってその能力はとっても恐ろしいものだから。
だからその能力のせいで辛いことが多く起こると思う。
でも例えどんなに辛く苦しいことがあってもその能力で
人を傷つけることはしないでね。
もし人を傷つけてしまったらあなたの居場所はなくなってしまうから。
あなたの能力は火。火は時に恐怖を生む。
でも火はぬくもりをわたしたちに与えてくれる大切で温かいものでもあるの。
あなたはもし傷ついて苦しんでいる人を見つけたら
その人の凍りついた心を暖めてあげる為にその能力を使うのよ。
わたしがあなたを助けた時のように。
そうすればその能力がすばらしいものだと認めてくれる人が
きっと現れるから。
そこにあなたの居場所ができるから。
ねぇ、舞火ちゃん。
そうやってあなたが堂々と胸を張って生きることができる世界を

作っていきましょうね。
ねっ………約束よ………」

 舞火の目から涙が流れた。
舞火の全身に力が戻った。
舞火は右手から火の矢を作り出した。
そして、それを握り締めると力一杯キマイラの首に突き刺した。

「ギャァァァァァァ!」

キマイラは不気味な叫び声を上げ舞火を解放した。

「ゴホッ!ゴホッ!」

舞火は新鮮な空気を力一杯吸い込んだ。

「わたしだって守らなければならない約束がある。
こんなところでやられるわけにはいかない。」

舞火は弓を構えた。右手にはいつもよりも赤い炎の矢が握られている。

「渦巻く猛火の矢(スパイラルブレイズアロー)!!」

舞火が放った矢は一直線にキマイラに向かっていった。

「何度やっても同じ事だ。」

キマイラはまたも四つの火の玉に姿を変えた。
そのとき、舞火の矢から細い四つの矢が枝分かれをしたかのように
伸びて渦を巻くように矢の周りを回った。
そしてその四本の枝分かれした細い矢はそれぞれ四つの火の玉を射貫いた。

「ビンゴっ!」

舞火は思わずガッツポーズを決めた。射貫かれた
四つの火の玉はそれぞれ正体を現わした。

「キマイラなんて精霊はいないのね。」

火の玉の正体を見た舞火は呟いた。
四つの火の玉の正体はそれぞれ山羊、ライオン、コウモリ、サソリだった。

「あなたはこの四匹の精霊を使ってキマイラという一つの精霊を作っていた。
山羊の頭の破壊力、ライオンの瞬発力、コウモリの飛行能力、
サソリの尾という武器。
砂ボコリの中わたしの位置を掴んだのはコウモリでしょうね。
超音波を使ったんでしょうね。
そしてわたしの矢を避ける時には体を分離させていたという訳ね。」

舞火の言葉を聞いた成人は愕然とした。
舞火のいうことはまさにそのとおりだった。
突然、成人は全身に重りをつけられたような疲労感に襲われた。
精霊自体を実体化させ使うと大きな力を得ると引き換えに
大量の霊力を消費するからだ。

「連鎖………ごめん………」

成人はそのまま意識を失いその場に倒れた。
舞火は成人の意識が完全に無いことを確認すると一言呟いた。

「あの約束、果たすにはまだまだ時間が掛かりそうね。」

舞火は涙をぬぐうと空を見上げた。


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