紅蓮’s日記

紅蓮’s日記

第二十話



「お疲れ様です。」

夕方六時、斬はバイト先の飲食店を出た。
バイトといっても斬はまだ中学三年である。
当然学校側が許すはずが無い。
しかしここは斬の叔父が経営する店である。
斬は今叔父のお手伝いという形をとってこの店で簡単な仕事をしているのである。
何故中学三年である斬がバイトをしなければならないのか。
その背景には斬の家庭事情が絡んでいた。
斬の家は去年の冬、両親が離婚。
それ以来父親と住むようになったが、斬の父親は今無職である。
離婚のショックも重なり今では酒に溺れる始末。
そんな訳で今三剣家には生活していく金さえもう無い状態だった。
それを見かねた斬は叔父と相談。
斬が叔父の店で働くことを条件に三剣家に少ないながらも
お金を入れてもらうことになったのだ。
斬が帰宅するため有然町の東部の大通りにでた。
有然町の東部はここ数年で飛躍的な発展を遂げていた。
今も尚新しいビルの建設が進み、
小さなビル群(スパイクヒルズ)を形成しつつあった。
斬は途中、夕飯を買いにコンビニに立ち寄った。
そしていつもの一番安い海苔弁当を買ってコンビニを出た時だった。
かすかな何かがきしむような音が斬の耳に入った。

「斬、上だ!!」

斬の肩に下がっている竹刀入れの中の愛刀
瞬斬(しゅんざん)の中から一閃の声が響いた。
斬が上を見上げると、コンビニの隣の建設中のビルの上から
無数の鉄骨が落下してきた。
どうやら鉄骨を支えていたワイヤーが劣化し切れたようだ。
周囲の人々は悲鳴を上げながら逃げ惑った。
斬はその中を素早い動きで落下してくる鉄骨の間を縫うように身をかわした。
すると再び先ほどの何かがきしむような音が斬の耳に入った。
さらに上に吊るされていた鉄骨のワイヤーが音を立てて引きちぎれた。
と同時に鉄骨の第二波が落下してきた。
そしてその落下地点にはさきほどの第一波の騒ぎの時に
親とはぐれたのか一人の少年が泣きながら立ちすくんでいた。

「っ!?危ない!!」

斬は少年のもとに急いだ。
しかしここからでは鉄骨の落下までには間に合わない………
次の瞬間、斬の横を一人のメガネをかけた黒髪のショートヘアーの少女が
刹那の如く横切った。
少女は一直線に少年へと向かって行った。

「お、おい!お前!もう………」

少女は斬の呼びかけに答えることなく少年のもとへと駆けつけると
少年を抱きかかえた。
しかし鉄骨はもうすぐそこまで迫っている。
斬は最悪の事態を想定した。
そして………けたたましい衝撃音とともに鉄骨が地面に………落ちなかった。
一瞬、ほんの一瞬だけまるで時でも止まったかのように
鉄骨は宙へ浮いたまま制止していた。
少女はそのスキに少年と共に鉄骨の落下地点から脱出した。
そして少女が脱出した瞬間、鉄骨は自由を取り戻し、地面へと落下した。
少女は腕に傷を負ったものの、少女少年共に無事だった。
その瞬間、あたりは歓声に包まれた。
少年は少年の母親と思われる女性に引き渡され、
女性は少女に何度もお礼を言うとその場を去っていった。

「おい、お前大丈夫か?」

斬は歓声の中、少女に近づき少女の肩を掴んだ。

「っ!?」

少女はあわてて斬の手を振り払った。

「あたしに関わらないで。あたしに関わると不幸になる………」

少女はそう言うと観衆の中を抜け、細い路地の中へと姿を消した。

「一閃、あの時………」

「うむ、確かに鉄骨が一瞬宙を浮いた。拙者も確かに見た。」

「それにあの霊力………あいつもグリマーか。」

斬は少女の姿を見送ると自分も観衆の中から姿を消した。

「目立つ行動は少し控えてもらおうか。」

一人の声が細い路地を進む少女を呼び止めた。

「木か。いちいちあたしの行動に口を出すな。」

少女は足を止めることのなく言い放った。

「おお、怖い、怖い。しかし、あの中にはターゲットの一人がいたんだぞ。」

「………」

「まあいい。引き続きお前はお前の仕事をこなすがいい。我が同胞、重馬 翼。」

「………」

少女は無言のまま、闇の中へと姿を消した。

「さて、オレはこれからまた一仕事に向かうか。」



「かぁ~!今日はよく騒いだ!」

勲は満足そうに歩いている。

「まぁアレだけ騒げばな………」

その後ろをヨロヨロと龍太と極が歩く。
龍太は携帯の時計を見た。時間はもう九時を回っている。
あれから三人はカラオケに行き、そしてゲームセンターへとハシゴをしていた。

「次どこ行くか?」

勲は笑顔で振り返った。

「う、まだどこか行くのか………」

二人は顔をしかめた。

「おいおい、まだまだこれからだぞ!」

勲はテンションを下げることなく再び歩き出した。

「何がこれからだ。何時だと思っている!」

突然目の前に心助が現れた。どうやら学校での仕事を終え、帰宅途中のようだ。

「げ………鞘坂先生………」

「『げ』じゃないだろ。中学生がうろつく時間じゃないだろ!
祭情も諸岡も龍峰もとっとと家に帰れ。」

心助は背負っていた竹刀入れで三人の頭を軽く叩いた。

「しかたねぇ、んじゃ今日はお開きだな。」

勲の言葉に龍太と極は内心助かったと胸をなでおろした。
その時だった。龍太は強力な霊力を感じた。
その霊力を感じた龍太の五匹の龍も牙を剥き出し
警戒するようにあたりを飛び回った。
距離は………遠くない。龍太はあたりの様子に全神経を注いだ。

「おい、龍峰。どうしたんだ?」

極が龍太の異変に気が付き、龍太の肩に手を触れようとした時だった。
硬いアスファルトを破って地面から植物が伸び、
蛇のように龍太の体を縛り上げた。

「ちっ、下か!炎り………」

龍太は反射的に炎龍を呼ぼうとしたがあわてて口をふさいだ。
今この場には勲、極、心助がいる。
三人の前で能力を使うわけにはいかない。

「おやおや、『五龍の龍太』とも言われる者がこんないとも簡単捕らえられるとは。
蜘蛛の奴は何をしていたんだか………」

声の主の姿は龍太たちの目の前の電柱の上にあった。
白いワイシャツに黒いズボン。
肩ほどまである茶髪をもった若い男だった。
男は電柱から飛び降りると軽い足取りで龍太たちの目の前に着地した。

「おい、龍峰!」

勲、極、心助は龍太の体に巻きつく植物を引き剥がそうとした。
が、木は硬く三人の力では引き剥がすことなど不可能に近かった。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

それどころか植物はさらに龍太の体を締め上げた。

「無駄だ。さて、キミたちも少しおとなしくしててもらおう。邪魔だ。」

男は右手を大きく振り上げた。

「巻きつく植物(トワインプラント)!」

男の声と共にさらに三つの植物が地面から伸び、勲、極、心助の体に巻きついた。

「どうも。オレの名は『木(もく)』、レジストグリマーズの者だ。」

男は龍太の目の前まで歩いてくると自分の名を名乗り、一礼をした。

「そして、キミと同じ龍を持つものだ。」

木の後ろに彼の精霊と思われしものが姿を現した。
容姿は龍太の岩龍によく似ている。
しかし岩龍ほど大きくない。
体には植物のツタのようなものがまとわりついている。

「龍だと………」

龍太は巻きついた植物を振りほどこうと必死にもがきながら
木の後ろの精霊を見つめた。
男から吹き出る強力な霊力。
そしてあの精霊の容姿。
どうやら本物のようだ。
こいつは今までの奴とは違う。

「ぐ………ああ………」

後ろからうめき声が響く。

「く、祭情!諸岡!鞘坂先生!」

龍太はなんとか首を後ろに向けた。
三人も龍太と同様植物に自由を奪われ体を締め付けられていた。
だが三人はグリマーの能力を持たない常人である。
グリマーである龍太よりも体は脆い。
三人はすぐにもがく力さえ尽きてしまった。
こうなってはもう長くはない。

「心配しなくてもキミもすぐ後を追わせて上げるよ。」

植物がさらに強く四人の体を締め上げる。
後ろの三人はもう声を上げる余力さえ残っていなかった。

「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

龍太は全身にありったけの力を込めた。
かすかに龍太の体を締め上げる植物が緩んだ。
今この状況を打開するには方法はただ一つ。
しかしその方法は龍太にとって最大の精神的外傷、つまりトラウマだ。

「風龍!」

しかし龍太は力強い声で風龍の名を叫んだ。
龍太の周囲に竜巻が起こった。
竜巻は龍太の体に巻きつく植物を断ち切った。

「む!?」

木の目つきが変わった。

「瞬風龍斧(しゅんぷうりゅうふ)!!」

龍太は武器化した風龍を手にすると、三人に絡みつく植物を切り裂いた。
三人の体に自由が戻った。

「さすがは風の龍。たいしたスピードだ。
しかし、まさかこの状況でキミが力を使うとは………
しかもこのオレにまで攻撃を………おもしろい!」

木は鮮血の流れる自分の右腕を眺めた。

「た、龍峰………それは………」

龍太の姿、そして龍太の手に握られた武器、
そして龍太の背後に現れた実体化した四匹の龍、
さらに自分たちを助けたときの龍太の動き。
それらを目の当たりにした三人は言葉を失った。
今三人の目に映る龍太の姿は自分たちの理解の範囲を超えたもの、
まさに化け物だった。
龍太はこのとき初めて常人の目の前でグリマーとしての能力を
自分の意志で使ったのだった。

「はぁ、はぁ、はぁ………」

龍太は無意識に呼吸が早くなっていくのを感じた。
心臓の拍動もどんどん加速する。三人の視線を感じる。
龍太は恐る恐る三人の方を見ると、三人の歪んだ顔が龍太の目に映った。
龍太はこの時、半年前も自分のこんな顔で自分を見ていたのだろうと想像した。
とたんに胸が苦しくなる。
だが、これは自分で決めたことだ。
例え半年前のように、自分の存在が犠牲になろうとも他人を守る。
今龍太の体を動かしているのはこの思いただ一つ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

龍太は木へと向かって行った。


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