紅蓮’s日記

紅蓮’s日記

第二十五話



「そうなの。ならわたし龍峰くん狙っちゃおうかな?」

舞火の頭の中で緑のこの言葉がずっと響いてる。
あの言葉を聞いたとき、舞火は一瞬心が真っ白になった。
自分でもどうしてそうなったのかがわからない。
それどころか今は自分の考えていることがわからないのだ。

「舞火ちゃん、舞火ちゃん。」

「っ!?あ、なに?」

光の呼びかけで舞火は我に返った。

「ほら、舞火ちゃんの番だよ。」

光はそう言うと舞火の目の前に三枚のトランプを広げた。
今の時刻は午後八時。
日も落ちホテルの窓からは灯台の光を受け細かく光る海が見える。
日が落ちるまで海で遊んだ龍太たちはその後、林と緑の執事、
仕井松 執(しいまつ しゅう)さんの作った豪勢な夕食を終え、
旅行では定番の夜のリクリエーション大会を開いていた。

「う………」

光のトランプを引いた舞火は低い声を思わず上げてしまった。

「げっ!さては舞火、お前ババを引いたな?」

龍太が顔をしかめる。

「………それはどうかな?」

舞火はできるだけ表情を崩さないようにしながら
龍太の前に自分のトランプを広げた。
龍太は舞火の顔をじっと睨みながら慎重に引くトランプを選んでいる。

「だって龍峰くん容姿もいいし、勉強できるし、
運動神経いいし、最高じゃない。
あの中学校占拠事件の時にわたしたち助けようと
必死に頑張ってたじゃない。あの姿見たら惚れちゃった。」

龍太の顔を見た舞火の頭の中に不意に昼間の緑の言葉が蘇った。
そう言われてみれば確かに龍太はかっこいいほうだと思う。
そして舞火の目から見ても勉強(英語を除く)もでき、そして運動もできる。
今思えば龍太に彼女がいないほうがおかしい。
今まで彼女がいなかったのは、
やはり龍太の持つグリマーの能力が他の人に恐れられていたからだろう。
しかしここ最近、龍太は周りからの信頼を取り戻しつつあった。
よくよく考えれば最近、特に有然中学占拠事件以来、
しかも特に女子からのアプローチが多いような気がする。

「おい、お前いつまでそうしているつもりだ?オレもう引いたぞ。」

再び自分の考えの中にのめり込んでいた舞火は龍太の声で
現実へと意識を引き戻された。

「今度はわたしの番ね。」

今度は龍太のトランプを引くのは緑である。
緑は昼の発言以来、龍太にべったりとくっ付いたままである。
なぜだろうか………そんな緑の姿を見ていると無性に腹が立ってくる。
舞火は空いている拳を強く握り締めた。
数十分後、このババ抜きは舞火の敗退という形で幕を閉じた。

「ねえねえ、そろそろこの辺で暴露話でも始めない?」

暗が満面の笑みを浮かべながらみんなに問い掛けた。

「いいじゃない。」

旅行というものは皆の好奇心をくすぐるのだろうか。
満場一致で賛成が決まった。
まぁ、これも旅行の定番の中の定番だ。珍しくも何ともない。

「まずは今、一番の謎!さぁ、大地!
あなたがこんな可愛い彼女を作るなんてありえない!
どんな姑息な手段を使ったのかこの場で洗いざらい吐いてもらいましょうか!」

暗は片足を立てると大地を指差した。

「お、おい。いきなりそれかよ!」

「え………あ、あの………」

大地と扇は見ていて面白いほどわかりやすく、
そして素直な態度で動揺し始めた。

「………ちょっと抜けるわ。先お風呂はいってくる。」

舞火は盛り上がっている場を静かに抜けると自分の部屋へと去っていった。
今、舞火にとってこの恋バナはあまり心良く感じられなかった。


「ね、朱雀。わたしどうしちゃたんだろう………」

シャワーを浴びながら舞火はバスタブに止まる朱雀に尋ねた。
朱雀は黙って首をかしげるだけだ。

「………」

舞火はバスルームから出ると白いTシャツに黒い短パン姿に着替え、
タオルを肩に掛け、髪も濡れたまま外へと出た。
風呂に入ったのにちっともさっぱりしない。
そんなことを考えながら舞火はエレベーターに乗ると
十二階のボタンを押した。
このホテルの十二階は展望レストランとなっている。
そのため食べ物、飲み物はこのフロアに集中している。
舞火は風呂上りのドリンクを買おうというのだ。
指定された階に到着しましたとばかりによくあるベル音が鳴ると、
エレベーターの扉が開いた。
するとエレベーターを降りてすぐの自動販売機の前に
龍太が大量の缶を抱えて立っていた。

「お、もう風呂上がったのか?」

龍太は舞火に気が付くと自動販売機から缶を取り出し、
その缶を舞火に投げた。

「今みんなの買出し頼まれててな。
お前がいつも飲むやつそれだろ。
ついでに買っておいた。
あとで持ってってやろうと思ってたからちょうどよかった。」

龍太はそう言うと笑ってみせた。

「あ、ありがとう。」

龍太が自分のことを気に掛けていてくれたと思うと
舞火は少し嬉しく感じられた。

「手伝うよ。」

舞火は龍太の腕から缶を数本抜き取り自分の腕で抱えた。

「さんきゅ!」

龍太はそう言うとエレベーターのボタンを押した。
エレベーターは仕井松さんでも使ったのだろうか一階まで降りていた。

「今日なんかお前機嫌悪くないか?」

龍太は舞火に尋ねた。

「べ、別にそんなことないよ。」

「そうか。さすがにもうお前がオレの家来てから三ヶ月だぜ。
見ればわかるぞ。なんか今日お前殺気だった目してんぞ。
なんか………今にも誰か殺しそうな勢いの………」

「あ、ああ………それは………」

緑が龍太にくっ付いているから………なんて口が裂けても言えない。
舞火は一人で勝手に赤面している。
そんなやり取りをしているうちにエレベーターがやってきた。
二人はエレベーターに乗り込んだ。
この三ヶ月間で龍太と過ごした時間が最も多いのは自分だろうと
その時舞火は感じた。
そのため龍太と自分との間にはいつのまにか三ヶ月という月日の中で
見えない信頼関係が生まれているのだ。
舞火はそう思うとなんだか心の中の靄が晴れるような気がした。


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