紅蓮’s日記

紅蓮’s日記

第三十八話




日の影となり薄暗い体育館裏で斬と翼の二人はお互いの武器を構え、
微動だにせず睨み合っていた。
表で大きな爆発音が響いた。
この爆発音が斬と翼の戦いの開始を告げるゴングとなった。
次の瞬間、斬は一瞬で翼との間合いを詰めた。
腰の刀に手を当てた。
この構えは斬の十八番技、
太刀筋さえ目にすることが難しいほどの速度で放たれる抜刀術、
瞬抜両断(しゅんばつりょうだん)だ。

「これが十倍もの重力を受けている者の動き!?
くっ、重力減少地帯(グラビテイショナル・フィールド・レドゥ-ス)!!」

翼は重力波を放った。
翼の重力波は斬の愛刀瞬斬(しゅんざん)に纏わりついた。

「瞬抜両断(しゅんばつりょうだん)!!」

斬の腰の鞘から長刀が振りぬかれた。
翼は斬の瞬斬(しゅんざん)を
重力を操る一角(グラビティ・マニューバ)で受け止めた。
翼の華奢な体に重い一撃がのしかかる。

「く………うう………」

翼はその細い腕に全力を注いだ。
翼はなんとか斬の瞬抜両断(しゅんばつりょうだん)を受け止めた。
だが剣圧まで完全に受け止めることはできず、
翼の体は後方へと押し飛ばされた。
地面には翼の足の踏ん張りの跡が線のように延びている。

「っ!な、なんて重い一撃なの………」

翼の両腕はあまりの衝撃で痺れていた。
翼はもしあの時重力波で斬の長刀にかかる重力を押さえていなかったら
と考えると背筋が凍りつくようだった。
重力波を使っていなければ翼は今頃一撃でダウンしていただろう。
抜刀術は刀を鞘から抜く際の摩擦力を利用し、
その攻撃の加速と威力を上げる。
つまり刀を抜くスピードが抜刀術においての威力を決める。
斬の抜刀時の速度は風牙のスピードさえ上回る。
そのスピードで繰り出される斬の抜刀術の威力はケタ違いだ。
重力波で体に負荷をかけて尚この威力である。
翼は最初の一撃で斬の抜刀の恐ろしさを実感した。
そのため翼はまともに斬の抜刀を受け止めるのは不可能に近いと判断した。
そこで翼は重力波を放ち、
斬の長刀の質量を限界まで落とし抜刀の威力を下げ受け止めた。

「がっ!!」

一方の斬は胸を抑えその場に膝を付いた。
斬の肋骨が音を立てて軋む。
翼は斬の攻撃を受けた際に重力を込めた
重力を操る一角(グラビティ・マニューバ)の強力な一撃を与えていた。

「あなた………本気であたしを倒す気あるの?」

翼は尋ねた。

「あなたほどの腕なら………最初の一撃であたしを倒せたはず………」

翼の脇腹にはくっきりと斬の刀の跡が残っている。
が、傷ではなく跡が残っているということは
斬の攻撃は峰打ちだったことがはっきりとわかる。

「オレに止めを刺す時に目を逸らすような戦いに迷いがある奴を
本気で相手できるか。
それに………お前はオレと同じ臭いがする。
オレにはどうもお前が悪い奴に思えなくてな………」

斬は真っ赤な唾をはき捨てるとニヤリと笑って見せた。

「な………何、こいつ!?」

翼の中の気持ちに灯った灯火は次第に大きくなっていった。


翼に父親はいない。亡くなったのではなく最初からいなかった。
翼の母は大企業の秘書を務めており、プライドのとても高い人物だった。

「世間に恥じないように………」

これが翼の母の口癖だった。
幼い翼にとってこの言葉は大きなプレッシャーとなり、
大きな悩みを与えた。
内気で人付き合いの得意でない翼は
学校に悩みを打ち明けられるような友達がいなかった。
そのため翼はこの大きな悩みを一人ですべて抱え込んでしまった。
悩みは次第にストレスとなり、徐々に翼の体を蝕んでいった。
そのストレスは次第に翼の精神までも侵し始めた。
肉体的にも精神的にもボロボロになってしまった翼は
重度の人間不信に陥ってしまった。
どうしてあたしだけこんなに辛いの………
どうして世界はあたしだけを孤立させるの………
翼はどんどんとこの苦しみを一人で抱え込んでいった。


「どんなに自分以外の人間を………
いや、自分以外の世界を憎むからといってそれを壊そうと考えちゃいけねぇ!」

斬は立ち上がった。

「い、いきなりなによ………」

「お前は………助けを求めてただもがいているだけだ………」

「あ、あなた何言ってるの………」

「お前は………過去のオレと同じだ………
幼いころ両親が離婚し………
一人になっちまったオレと同じだって言ってんだよ。」

幼い頃両親が離婚した斬にも翼と似たような経験があった。
仕事で親が家に帰らないとき、一人家の中で苦しんだ日々。
どうして自分だけ不幸なのか………
世界は理不尽だ………どうして誰も助けてくれないんだと嘆いた日々。

「お前はただ自分から逃げているだけだ!」

斬は腰の鞘に刀を収め、再び翼へと向かって行った。

「お前に何がわかる!」

翼は重力増加地帯(グラビテイショナル・フィールド・ウェイル)を放った。

「ぐっ!」

斬の体に強力な負荷が掛かる。
手や足が震える。折れた肋骨が肺に食い込む。
口一杯に鉄の香りが広がる。だが斬は足を止めなかった。

「瞬抜両断(しゅんばつりょうだん)!!」

斬は渾身の一撃を翼に向かって放った。

「重力減少地帯(グラビテイショナル・フィールド・レドゥ-ス)!!」

翼は前回同様に重力波で斬の攻撃から威力を奪うと
斬の攻撃を杖で受け止めた。
斬の長刀と翼の杖が交わると大きな衝撃が波紋のように広がり、
辺りの木々や体育館の壁を震わした。

「自分から逃げるな!逃げていても何も変わらない………
何かを変えたければまずは自分を変えるべきだ!」

「うるさい!」

翼の杖に重力が集る。斬の長刀が弾かれた。

「他人を傷つけるのは闇への無限連鎖を呼ぶだけだ!」

斬は体を反転させ素早く刀を鞘に戻した。
そして、一撃目の攻撃の反動を利用して体を回転させ刀を鞘から引き抜いた。

「瞬抜三絶斬(しゅんばつさんぜつざん)!!」

斬の刹那の一振りが翼に振り下ろされた。
翼は再び重力波を込めた杖で斬の攻撃を受け止めた。

「きゃっ!」

斬の長刀と翼の杖が交わった瞬間、
今までとは比べられないほどの衝撃が翼の体に走った。
衝撃は翼の体を伝わり、地面へと抜け、
さらに地面を伝い木々や建物を震えさせた。

「お………重い………」

斬の攻撃は瞬抜両断(しゅんばつりょうだん)同様瞬速の一振りだった。
だがその威力は瞬抜両断(しゅんばつりょうだん)の三倍、
つまり刀三本分に匹敵するものだった。
刀一本分の威力を防ぐのが今の翼ではやっとのことだ。
当然翼がこの攻撃を受けきれるわけがない。翼の杖に亀裂が走る。

「でえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

斬は刀を振りぬいた。
同時に翼の杖は音を立てて崩れた。
斬の凄まじい剣圧は華奢な翼の体を木の葉の如く吹き飛ばし、
体育館の壁に叩きつけた。
翼の背後の壁に猛虎の爪跡のごとき三本の太刀傷が刻まれた。

 「おいおい、ウソだろ!?」

そこへ現れたのは片足を引きずっり、右半身に火傷を負った木だった。

「おい、翼!貴様何をやっている!
今回のお前の役目はこの騒動で一点に集められたこの町の奴らを
お前の重力波で押しつぶし、一網打尽にすることだろ。
作戦がなかなか発動されないからと見に来てみればなんだこの様は!?」

木はこの惨状を見て翼を怒鳴り散らした。

「くそ。お前の能力を見込んで殺しもできない役立たずのお前に
手をかけてやったというのに………この恩知らずが!」

翼はもう動ける状態ではなかった。
斬の一撃を受けた翼は致命傷こそないものの、
全身の激痛により体の自由が利かず、かろうじて右腕が動かせる程度だった。

「ち、この役立たずが!もうお前など必要ない!残念だよ。」

木の足元から槍の如く鋭い樹の根が伸び、一直線に翼へと伸びていった。

「………っ!」

樹の根が真っ赤な鮮血に染まった。しかしそれは翼の血ではなかった。

「おい………てめぇ………こいつ殺そうとするとはどういうことだ………
仲間じゃなかったのか………」

斬の左腹部に木の樹の根が深く突き刺さる。
斬は翼を庇うべく翼と木との間に飛び込んだのだ。

「ひゃぁっはっはっはっはっはっはっはっは!お前バカか!?
そんな奴が仲間だと!?オレはこいつを利用しただけだよ!」

目の前がかすむ中、木の高らかな笑い声が頭に響いてく。
どうやらこの傷はあまり浅くはないようだ。斬の四肢から力が抜けていく。

「さて、邪魔者はとっととしま………ぐう………」

突然、斬の目の前で木が苦しみだした。
木は地面に手を付き、蹲るような体制で地面に倒れこんだ。

「重馬 翼………なんの真似だ………」

斬の背後に翼の姿があった。
杖にしがみつき、なんとか立っている状態だった。
だが、翼の目には明らかに木に対する闘志が宿っていた。

「………つ………ばさ………」

木の体の節々の骨が奏でる鈍い音が辺りに響き渡った。
木は四肢を潰されその場で気を失ってしまった。

「………これは………さっきかばってくれたお礼………だから………」

翼は傷ついた体でゆっくりと斬へと歩み寄った。

「………どうして………あたしをかばったの………?」

翼は倒れかけた斬を支えてあげると小さな声で尋ねた。

「………なんでだろうな?」

「………あなた………あたしと似ているって………いったよね………
なのにあなたは………あたしとは違う………ねぇ………
あなたあたしに
『自分から逃げるな!逃げていても何も変わらない………
何かを変えたければまずは自分を変えるべきだ!』
って言ったわよね………こんなあたしでも………
自分を変えること………できる?」

翼は顔を赤面させながら蚊の鳴くほど小さな声で呟いた。

「ああ、なれるさ。」

斬はどうしていいかわからなかったが、
とりあえず今できる最高の笑顔を送ってあげた。
それを見た翼は、うん、と言って首を小さく縦に振った。
どうやら翼は本当の意味での敵ではなかったようだ。
翼は心の闇に飲み込まれ、自分を見失っていただけだったのだ。
斬が翼に向けた思い………翼にとって
初めて他人から向けられた思いが刃となり、
翼の心の闇を振り払ったのだ。
その証拠に今の翼の顔にはこぼれるほどの笑みが溢れていた。
翼の中で小さな灯火が灯った気持ち………
それは他人に対する生まれて初めての信頼と好意だった。


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