紅蓮’s日記

紅蓮’s日記

第四十三話




「まったく………切菜、あんた自分の武器の特性を考えなさいよ。」

今より二週間ほど前、切菜と光は剣児の家、二刃の道場に足を運んでいた。

「っ!わかってるよ。」

光の厳しい指摘に切菜は言い返すこともできず口をへの字に結んでしまった。二人はこの道場内で模擬戦を行っていた。
理由はもちろん、
二度と隣人の死という深い悲しみを経験しないように力をつけるためだ。

「三節棍は内部にそれぞれの節を繋ぐ鎖を仕込んでいるから
他の武器に比べて密度が少なく強度がないんだから、
あんたみたいに力任せに振り回したら
いずれ大事なときにダメになっちゃうわよ。
もっとその武器の長所ともいえるトリッキーな動きで
相手を翻弄して素早く打ち込まないと………って、聞いてるの?」

切菜はふてくされてそっぽを向いている。
光は召雷槍(しょうらいそう)を肩に担ぐと大きなため息をついた。

「………」

まだ切菜は黙り込んでいる。
今道場の中には光と切菜の二人しかいない。
静かな道場内は残暑の熱気で溢れている。
また、時折あけた戸口から吹き込む心地よい風が
道場内の汗と木の混ざった独特の臭いを運んでくる。

「切菜!」

「………」

「返事くらいしなさいよ!」

「………………」

「もうっ!」

光は再び大きなため息をつくと
道場の隅に放り投げた自分の白いスポーツバックの下に歩み寄った。

「わたしこの後用事あるから帰るよ。」

「………………………」

やはり切菜からの返事は返ってこない。
光は三度目のため息をついた。
そしてスポーツバックを左肩に掛け、
キレイに紺色の布で包んだ召雷槍(しょうらいそう)を右手に掴むと、
スポーツバックから取り出した
清潔感溢れる純白のタオルで流した汗を拭きながら道場を跡にした。

「おいおい、女に言い負かされてだらしねぇな。」

三節棍黒丸(こくまる)から切菜の精霊大黒の声が響いた。

「うるせぇ。」

切菜はだだっ広い道場の床に大の字に寝転んだ。
木の臭いが一層強くなった気がした。
一人になった道場は空しいくらいに静かだった。

「わかってはいるんだけどな………」

切菜は小さく呟いた。

「どうも小技っつうのはちとオレには性に合わなくってな………
やっぱり男なら大きい一撃をこうドカンと………な。
力の方は自信があるんだが………オレ頭悪いから………さ。」

切菜は途切れ途切れに言葉を紡いだ。

「だったら話は簡単だろ。」

突然大黒が黒丸(こくまる)の中から姿を現し、切菜を見下ろした。

「こうすりゃいいのさ………」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

切菜の雄叫びが校庭中に木霊する。
目に見えるほどの膨大な霊力が渦を巻きながら切菜の右腕に集っていく。
そして膨大な霊力は三節棍黒丸(こくまる)へと流れていく。

「来たぜ、来たぜ!力が湧いてきたぜ!!」

大黒が姿を現した。
そして、大黒は自分の両拳を胸の前で打ちつけた。
大黒は体を青白い光に姿を変え、
膨大な霊力同様に黒丸(こくまる)の周りを渦巻き始めた。

「!?何を………」

パペティアは切菜の不審な行動に恐怖を感じ、
手に持つ二丁の霊力砲を切菜に向かって放った。

「せい、せい、せい、せい!」

切菜の横に立つドーレンも霊力砲を放ち、
切菜を狙う霊力砲を片っ端から相殺する。
そのスキに剣児がPMOWの触手の中へと飛び込む。
射程内に敵を感知したPMOWは剣児に向かってありったけの触手を伸ばす。

「舞い散れ!舞桜乱(ぶおうらん)!!」

剣児の周りに桜吹雪が舞い上がる。
同時に数多の触手がバラバラに切り裂かれる。
だが、数え切れないほどの触手を一度に全て断ち切ることは不可能。
切り裂ききれない触手が剣児の体を鞭打つ。

「ぐっ!!」

剣児の体に強烈な電流が流れる。
だが、
「侵略に来た他国が恐れるほどの日本の武士の力!それは武士の白兵戦力!!
日本の武士は動けなくなるまで、
死ぬまで引くことなく一人でも多くの敵を斬る!!」

剣児は引くことなく刀を振り続けた。
時間が経てばすぐに触手は再生してしまう。
触手が再生を始める時間までそう長くはない。

「引いてたまるか!武士魂見したるで!!」

剣児の体から霊力が溢れ出る。そして桜吹雪が激しく乱れ舞う。

「桜閃のガキ、手貸したる!!」

ドーレンが霊力砲を乱射する。数多の青白い閃光が剣児を支援する。
そして………

「くっ、っつ!!」

剣児の両手から日本の刀がこぼれ落ちる。
PMOWの攻撃を受け続けた剣児は両腕にひどい重傷を負った。
剣児の両腕から真っ赤な鮮血が滴り落ちる。
強烈な電流により体の筋肉が言うことを聞かない。
剣児は地に膝をついた………

「切菜!道は切り開いた!デカい一撃を打ち込んでやれ!
失敗したら承知しねぇからな!!」

剣児が吼えた。同時にPMOWの触手の最後の一本が音を立てて崩れた。
ここに勝利への道が開かれた。

「よっしゃぁ!!」

切菜が動き出した。

「させるか!」

パペティアが切菜に霊力砲の雨を叩き込む。

「坊主、突き進め!!」

ドーレンの声が切菜の耳に突き刺さる。
切菜は霊力砲の雨の中に飛び込んでいった。

「おらおらおらおら!」

ドーレンが霊力砲の引き金を引く。引く。引く。引きまくる。
青白い閃光が正面からぶつかり合い、爆発し、次々に相殺され消えていく。
切菜はPMOWの真下へ到着した。

「せや!」

切菜は飛び上がった。
切菜の黒丸(こくまる)の周りを渦巻いていた膨大な霊力が
黒丸(こくまる)を包み込み、徐々に形を象っていく。
そして、切菜の右手には巨大な黒い刃が収まった。
刀とは到底言えない。柄も柄もない。峰すらない。まさに両刃の刃だ。
切菜が握っている中心部と先端部の一部を除いて刃が全体を覆っている。
長さも三メートルはあると思われる。
もち手である刃のついていない部分にはこれまた長い鎖がついており、
風の摩擦で震え、重苦しい音を立てている。
切菜は渾身の力を溜めてPMOWの底部に突き刺した。
同時にPMOWは発光し霊力壁が切菜の刃の前に展開される。
そして切菜の刃とPMOWの霊力壁がぶつかった。
激しい閃光と共に火花が散り、大きな衝撃があたりを震わす。

「ぐぅっ!!」

切菜の刃が押し戻される。
さらに再生を始めた触手の一部が切菜の体を鞭打ち始めた。

「大黒!ふんばれ!!」

切菜はふんばった。
ありったけの力を込めてふんばった。
その時、かすかな軽い音が切菜の耳に届いた。
見ると霊力壁に小さな亀裂が走っている。切菜は笑みを浮かべた。

「でえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇりゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

切菜は大量の霊力を刃に注ぎ込んだ。
刃は青白い閃光に包まれた。そして………砕けた。
PMOWの霊力壁が砕けた。

「な、なに………」

パペティアは驚愕のあまり言葉を失った。

「今だ!伸びろ!!」

切菜の雄叫びが校庭中の空気を震わす。
鈍い音を立てて切菜の刃が分離した。
やはり、三つに。分離した刃の節を太い鎖が繋いでいる。
切菜はこの異型の刃を勢いよく振り回し始めた。
巨大な刃が校庭中の空気を絡め取る。
そして巨大な渦を、竜巻を起こした。

「飛刃(ひじん).大旋風(だいせんぷう)!!」

竜巻はPMOWとパペティアを巻き込み、空高く吹き飛ばした。
切菜の刃から無数の霊力の刃が放たれ、竜巻に乗って乱れ飛ぶ。
そして、霊力の刃は空中のPMOWをバラバラに引き裂いた。
そして、剥き出しになったPMOWの核を打ち砕いた。
打ち砕かれた巨大な吸霊石から膨大な霊力が溢れ出す。
そして、大爆発を起こした。

「ぐぅぅぅぅぅぅぅあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

パペティアはこの巨大な爆発に巻き込まれ、姿を消した。

 切菜が取った決断。
膨大な霊力で黒丸(こくまる)を包み込み、巨大で超高密度の刃を形成する。
切れ味よりも頑丈さを重視した刃。
それは自分の短所を補うのではなく、長所を伸ばす形となった。
切菜はこの一ヵ月半を新たなこの力の制御に専念した。
そして、今ここにその新たな力は完成体となった。

「これが………これがオレの………三節大黒刀(さんせつだいこくとう).大黒丸(だいこくまる)だ!!」

切菜は大黒丸(だいこくまる)を振り下ろし、地面に突き立てた。
同時に衝撃で地面が波打つ。
この武器が超高密度でありえないほどの質量を持っていることが覗える。
三節大黒刀(さんせつだいこくとう).大黒丸(だいこくまる)は
太陽の光を浴び、威圧感を誇る黒光りを放っていた。


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