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お久しぶりです。楽天優勝セール、皆様何をゲットされましたでしょうか?私は、山陰境港のセコ蟹(去年も頼んだけど内子と外子、ミソがたまらない!)、アウトレット干物詰め合わせ(ヒルナンデスで紹介されてた)、天使の絵、来年のヴィクトリア朝のカレンダー、ヴィクトリア朝のバターナイフ....と、なんともまとまりのない買い物をしていますが、人間はいいですよね、こうやって買い物の楽しみがあるからなんて思いながらメールボックスを見てたら、なんと、愛犬用のお楽しみボックスなんていうのがあった!その名もWanboxワンちゃんのワクワクが一箱に....というなんとも夢のある宅配便ファッション、アクセサリー、おもちゃ、生活必需品など、ワンコやそのオーナーさんが喜びそうなものが毎月1回送られてくるというもの。すやすやと眠りをむさぼるこぶ丸くん。「君だったらどんなものが送られてきたらうれしい?」と聞くと、「1も2もなくスナギモジャーキーだわな」と、言ったとか言わないとか....。果たしてそんなものが送られてくるのかは定かではないけど、月2980円で、世界各国200社以上のメーカーから選ばれたものが送られてくるというのだから、これは犬というより、ヒトのほうがテンションあがりそうだなぁサイズは大・中・小あって選べ、初回無料のキャンペーン中。こちらクリック
2013.11.06
こちらの楽天ブログは、ヒトだけの旅行をUPしているサイトですが、管理人が犬と旅行している記事をココログのほうに載せましので、よろしかったらご覧になってねこちらクリックでココログに飛びますっ毎日暑いけど、軽井沢はやっぱり涼しくて気持良かったです。うちのこぶ丸とさらもそれぞれ9歳6歳となりました。
2011.08.12
同じ海辺の観光地でも伊豆の「さぁ!いらっしゃい」的雰囲気に比べると、こちらは本当に素朴。手ぐすねひいて待ってられる伊豆気分に慣れてる人にしてみれば、観光スポット少な過ぎ、またはほっとかれてる気分…だろうか。でも私はむしろそこが気に入っている。手付かずの自然がここにはある。ゆったりとした時の流れ、洗練されてないホテル。親切な人たち。なんとくつろぐことか…!これでいいじゃないか。こんなゆっくりで。特急にしてもどうだろう。朝10:18のしおさい8号、続いて11:58のしおさい10号の次は、なんと14:16のしおさい12号までは東京行きの特急はないのだ。まったく観光客の便利というものを考える気はないみたい…。さて、初日の出を拝んだ私はそれからまたグッスリと眠り、次に携帯アラームが鳴ったのは7時半。これからまた温泉だ。昨夜のうちに男女が入れ替わってるはずだから、初めての所だ。しかしきのうはあんなに混んでいた大浴場に誰一人いないではないか。脱衣所に入ってフト露天のほうをみると、黒い長靴を履いたおじいさんが軽石のようなもので、一生懸命露天風呂のお掃除をしている。『えっ!?今って入っていい時間だよね』と焦り、もう一度表に出て「女」の赤の暖簾を確認する。まぁ、おじいさんだし、見られたって別にいいんだけど、ちょっとおじいさんと浴衣を着てるうちに話をすることに。「あの、今って入っていい時間ですよね」すると、おじいさんはなんだか歯がないのか、よくわからないけどハッキリと聞き取れない言葉でどうやら「9時まで入っていいの」と大きな声で教えてくれる。そして、外に出て行った。あぁよかった。内心ホッとして一番楽しみにしてたこのホテルの「売り」の写真に使われてた一番の露天に入る。↓ ホテルHPの写真(入ってるのはペンギンにあらず)全国で6位に入った露天、しかも貸切だ!旅気分高揚チェックポイント3でベスト1だ!少々のスリルはあったにせよ…(大汗だいぶゆっくりつかり、夕べの食事場所とはまた違う大広間に朝食に行く。年配のおばさんたちがキビキビと挨拶していて、とても気分が良かった。夕べのご馳走がまだ胃に残っていてご飯は断ったけど、「少しどうぞ」と持ってきてくださる。「少しどうぞ」と一膳分持ってきてくださったので、残すのが嫌な私はそれをまた食べる。ところで、一人旅の人は全員、海を眺められる窓側の席を用意してくれている。あぁ、このホテル好きだ。絶対にまた来たい。実は今回の「東」を取るにあたって、最初は実はニューヨークに行く予定だった。もう最後にNYに行ったのはいつだったろう。しばらくご無沙汰していたので、ガイドブックまで購入し、じっくり読み込んでいた。しかし、『よし、これでいこう!このプランで!』とクリックしようとしても、なぜか自分がクリックしない。なぜだろう、年とったんだろうかと思ったら、その後、10年パスポートがきれていたことに気づいた。もう更新している時間はなかった。そうか、去年のハワイで切れたんだ。それを自分のハイアーセルフは気づいていた。で、クリックしなかったのだろう。同じ吉方でもニューヨークと千葉ではえらい違いなんだけど、ここ犬吠崎は国内で自宅から来られる一番の東。今回はこんなほのぼのしたホテルで太平洋の荒波の音を聞きながら眠れて、なんというか、拾い物をしたような気分。犬吠崎、これを読んで下さってる方でまだ行ってない方がいらしたら、是非一度足を運んでみると、もれなくレトロでノスタルジックな旅ができますよ!銚子電鉄の写真もいっぱい撮ったよ。帰りの特急はE257系で5両編成。1,3,4,5車が自由席、車内販売あり。しかし、夕べの食べ過ぎがたたってか、なぜかお腹がまったく減らず、楽しみの駅弁は次回の旅の楽しみに~♪
2010.05.30
部屋に戻ると携帯にペンギン夫からのメールが。いつも旅行の時は少なくない食費を置いてきてるので大分機嫌がいい様子。どうやらその食費は使わず家にあったものをご飯の上に乗せて「適当どんぶり」を食べた模様だ。そして「元気でちよ」と、添付ファイルには愛犬二頭が写っている。部屋の大型TVでドラマを見て、きょう犬吠崎の駅舎内で買った銚子電鉄のお土産の品評会をした。テーブルに並べて眺めた。この頃、お土産はあまり買わないのに、今回は「頑張れ!銚子電鉄」ということもあり、けっこう買う気ありだ。まず手始めにこんなとこ。サバカレーに濡れせんべい、飴。このほかに銚子電鉄限定のキューピーちゃん、いわしの佃煮、木の葉パン(次の日)なども買ってしまった。ペンギンの手ぬぐいは、旅行のたびに持って出る、お気に入りの旅のおとも。寝る前にもう一度温泉に入る。コピーして机に置いてあったTV表をみると、「明日の初日の出は4時24分です」とある。携帯アラームを4時20分にセットし、眠りについた。早起きは苦手だけど、せっかく方位を取りにこんな東の突端まで来て初日の出を見逃す手もないだろう。太平洋の波、こんなに荒いのか。床に入るとドドドドーーーン、バシャーーーンという波のうちよせる音が大きく、自分が波にさらわれてしまうような気分。これは本当にギャッハハと笑いたいほどドキドキと楽しかった。なんという非日常空間なのだ…。今回の旅気分高揚ポイントチェック2だ。ちなみにチェック1はホテルまでの道のりで感じ取った磯の香り。早く起きなきゃと緊張したのか、目が覚めたのは3時半ごろ。窓をあけて下を覗き込むと、もうすでにほかの人が初日の出に向けてスタンバイしていて驚いてしまった(それは次の朝、大きなスピーカーだったことに気づくのだが…。エヘヘ目が悪いもので)。窓の外が薄明るくなってきて、カメラを構えていると、だんだん水平線が赤くなってきた。そして4時23分、こんな感じ。
2010.05.30
さて今回私がお世話になったのは「犬吠崎観光ホテル」という、「じゃらん海の見える露天風呂ランキング」全国で6位になった宿。犬吠崎の駅から歩くこと10分くらい。海岸に沿った歩道を歩いていると、磯の香りが漂い、思わず旅気分が高揚してくるのを感じた。ちょっと小雨の日だったけど、そのホテルは見事なまでに波打ち際に佇んでいた。犬吠埼潮の湯温泉 犬吠埼観光ホテル犬吠崎あたりのホテルはまだまだ競争が激化していないとみえて、チェックアウトもどこも揃って10時(11時だとずいぶんリラックス度が違うので必死で探したけど)だし、ここのホテルも気取ったところがなく親しみやすく、制服を着た職員がマニュアルどおりの接待をするというのではなく、近所のおばさんたちがパートで来てるの?っていうかんじの人もいた。みな感じがよく親切で、ロビー脇のカフェなんかにもソフトクリームやかき氷、ラーメンなんかを食べる所があったりと(しかも価格が親切設定)、お楽しみがここかしこに点在してる。昭和の懐かしき宿といった趣。海の見えるフロント横のソファでお茶をいただきながらのチェックイン、そして通された部屋にびっくり!普段は「犬連れ」や「一人旅」というと冷遇されることが多い中、この部屋はなんだろう!?3F「舟木」。広々していて、大型地デジTVに天井型エアコン、隣の部屋にはマッサージチェア、そしてクロゼットのある着替えの部屋まであった。もちろんバス・トイレ付き。そして何より感動したのがカーテンを閉める必要がないくらいのこの窓からの景色。オーシャンビューというよりオーシャンフロント、素っ裸で部屋にいても外から見られることはない。何しろこちらからは正面には海、海、海の波しか見えない!左には犬吠崎灯台。夕食前に1Fの温泉に降りてゆく。素晴らしい眺めだ!やっぱり靴のベコベコにも泣かずに頑張って来ただけのことはある。夜の11時を目安に女性・男性が入れ替わるそうなので、女性用の内風呂と露天をたっぷりと楽しんだ。平日なのに満室のせいか、人が結構大勢いた。夕食は1Fの「きらきらラウンジ」でいただく。最初にお膳に乗っていたのがこの量で、このほかにお酒を別注(確か三種の果実酒の呑み比べ-ライチ、梅、ブルーベリーだったかな?)。それから握りずしも来たりして、ご飯を残すのが大嫌いなこの私なのだが、もう最後のほうは残念なことに入らなくなり、残してしまった。ごはん、味噌汁も手付かず。おいしかっただけにすっごい心残り。こうして日記を書いてる今も、トラウマとして残ってしまっている…(涙雨が強く降ってきた。満腹すぎてまっすぐ立てるかも危ういほどだったけど、どうにかこうにかエレベーターに向かって歩き出すと、係りのお姉さんが「あ!只今フルーツをお持ちするところだったので、しばらくお待ちになってください」…ということ。息も絶え絶えに、もうどうにもこうにも入らないと告げると、「ではお部屋にお持ちになってください」とお皿に乗ったスイカにサランラップをかけてくださった。きらきらラウンジの前にはあの美川さんがTVロケで来館した時に買い物したという「2000円の洋服コーナー」があった。あぁ、ここのホテル、なんだか楽しい。お腹がこなれたら、また後で見に来ようっと!スイカを手に部屋に戻った。
2010.05.30
時間キッカリに銚子駅に到着。ホームに佇むしおさい号。なんだか愛おしい。少しの時間があったので駅の外に出てみる。こんなかわいい子もいましたよん。さて、これから銚子電鉄に乗る。事前の調べによると、どうやら往復割引があるらしいからそれを買おうと改札の駅員に聞くと、「ここにはないから車内で買ってください」ということ。電車に乗り込み、マスクをした車掌さん風の男性に聞くと、「あのね、ないの。降りてから買ってみて?」と言われてしまった。ホエ?「買ってみて」って…うーむ、なんだかいいなぁこういうの。それに言い方が志村けんに似てた。あのマスクの下の素顔を拝見したいくらい銚子電鉄にぴったりな車掌さん。…と思ったら、電車が発車する時間になったらその志村けんはトボトボと運転席のほうへ歩き出し、今度はナント!運転手さんに早変わりだ!ワンマンバスのような電車。実にホノボ~ノ、中でも私が心惹かれたのはこの車内の中吊り広告だ。あくまでローカル、地元に拘り、ひたすら地元で固めてあるところがイタイケでそしてせつない。レトロな広告が実に良い味を出してた。ヤケにツボ入ってしまい、撮りまくってしまった。
2010.05.30
私みたいなのを何鉄というのだろう?食い鉄(主に駅弁)、乗り鉄、押し鉄(スタンプらしい)、撮り鉄(写真ね)…。世の中には色々な鉄道好きがいて、今回もそんな中で撮り鉄と思われる男性が熱心に電車の中で撮影してるのを見たけど、私は乗り物全般が好き。仕事の時も「今回のツアーはちょっと体調がよくないなぁ、どうしよう」と思っても、飛行機に乗り、バスに乗り、列車に乗り、しているうちにうれしくて体調が知らぬ間に良くなって来ることは何回もあった。来世は男に生まれジャンボジェットのパイロットになりたいと思ってるくらいで、本当に乗り物が好きなのだ。「方位取り」とかこつけて、本当は乗り物に乗りたいだけなのでは?と自分にツッコミを入れるほど。鉄道の何が好きなのだろう。「何」ってハッキリ言えないんだけど、自分の乗る鉄道がホームに入線してきた時、あの瞬間は一番ワクワクするし、夏の車内の冷房の音や新幹線の車内アナウンスのメロディー、こう…何ていうか…好きなものがバラバラに散らばってる感じだ。今回は東京駅から「しおさい」号に乗ってみる。東京発13:40の「しおさい」7号。255系の9両編成で自由席は1,2,3,6,7,8,9号車、グリーン車は4号車だ。車内販売はあり。指定席は必要ない(ガラガラなので)。銚子到着予定は15:29で、そこからはお楽しみの銚子電気鉄道で犬吠崎だ。あぁ、楽しみ~♪*****鉄道といえば、「RAILWAYS」5月29日公開になりましたね。あの映画にちなんだ「バタデン弁当」、さっそく試食してみました!管理人のもうひとつのサイトに写真UPしてあります!
2010.05.30
方位を少しでもかじったことのある方にとって、先日5月の27日は家にいるわけにはいかない日だったというのはもうお分かりのこととは思うけど、何も知らない方のためにちょっとだけ簡単に説明すると…。今年は八白の年なのだ。それで5月にも八白が回ってきてる。そして27日は八白の日、ということで、八白が大中宮した日。個人の生まれ星によってその人だけの、「是非行きたい方角」というのがある。これを割り出す→そこに出かける。たったこれだけの話なんだけど、人間は死に向かって歩いているというのが自然なこと。だから自然のままに生きていると、自然と悪い方角へ行動するようにできているらしい。死に向かうのが自然な人間なのに、人間の知恵で良い方角へ行こうとすると、何かしらの妨害が入るというのもまた事実らしい。そういえば、私も以前から何度も方位取りには出かけているけど、この方位を意識したお出かけの前には決まってスンナリとは出かけられない状況になるということが多い。ある時にはそれが愛犬の下痢であったり、家族の急病、また個人的にショックなことが起きて心穏やかな旅にはならなくなったりと…。さて、今回はどんな妨害が?と心の準備をして待っていた。4月5月は私の大殺界でもあるし、何が起きても不思議はない。さぁ来い!でも何も起きなかったので、安心して出発の朝(昼か…犬の散歩をしてからでないと出かけられないので)鞄を持って意気揚々と駅までの道を歩いていると、なんだか靴に何かがついてしまっていて、ベッコンベッコンという変な音が…。ガムでも踏んだか?いや、それにしてはちょっと音が大きいなぁ…と思って見てみると、なんと愛用の黒のブーティーの底が大きくはがれ、これはどう贔屓目にみても、旅行はおろか、駅までも辿り着くのはムリという感じ…。そうか、そうきたか。でも慌てないよ私。わかってたよ、どうりで今回はスムーズすぎると思ってたんだよ。と思い冷静に時計を見ると、もはや自駅からのロマンスカーの時間に猶予はないところまで迫っていた。事前にパソコンで東京駅からの特急に合わせて組んだ行程なので、これをはずせば、現地到着が大幅に狂う。もうすぐで駅に着くところまで来てたのに、自宅マンションまで猛烈な勢いでベコベコいわせながらダッシュだ。頭の中を色々なことが駆け巡った。先日友達と食事をしている時に、その友達が「靴が壊れてサ、はだしで靴を持って靴屋さんを探したんだよ」と言ったとき、あごがはずれそうなまで笑ってしまった自分を強烈に悔いた。因果応報とはこういうことか。さらにはせっかくさっき、キューキュー言う犬に別れを告げて鍵を閉めてきたのに、またあのドアを開けるのか、その心重さとか、この靴がダメとなると、きょうの服装に合う靴はどれが候補だろう…。もう選んでる暇はない。汗だくになりながら靴箱をガン!と開けて適当な黒の靴を選んでかかとを踏んで再度駅に向けて猛烈に走り出した。こんなところをご近所の方に見られたら何と思われるだろう?いやもうそんなことはどうでもいい。走った走った。まだ私にもこんなパワーが残されてたんだ…!というくらい…。しかし、地獄はこれが最後だった。今回の行き先?私を待っていたのは、完璧に心癒される素朴な房総半島だった。日本一早く初日の出が拝める場所。今回は吉方の中でも「東」を取ることに。東の突端「犬吠崎」だ!大中宮はこのあと、6月の5日にもやってくるけど、皆がみんな「東」が良いというのではなく、個人個人によって違うので、間違えて真似しないようにね。
2010.05.30
現地に着いて最初の買い物で必ず買うものの一つはこのマウイチップス。そして、右、これもお約束の白いドーナツ。この二つとマカダミアナッツチョコは必ず部屋のテーブルに置いておく。マラサダとかパンケーキとか、いろいろあるけどこんなところは案外変わらない、昔からの基本形。そして買い物で歩き疲れてヨロヨロたどり着いたフードコートで食べるものは、この店のコレ!日本にいる時はあれほど神経質になっていたアメリカ牛なんだけど、おいしくてもうそんなことは言ってられないのあまりお腹のへってないときは時にはこんなものも。ヒエヒエのパイナップルジュースと一緒に…!
2009.06.06
2009.04.22
久々のハワイ。フライトもお任せ便にしておいたら、本来ならば追加料金で指定するJALウェイズがきた。旅行会社の担当の人は「ペンギンさん!これはラッキーですよ!」なんて言ってた。そうだなぁ、マイレージも溜まるし4月5月は自分の天中殺中なので旅行はどうしようかと思ったけど、つかみはOK!っていうか、幸先いいなぁ!とちょっとワクワクしてきた。きょう書くのはこの往きのJL72便の中で繰り広げられたびっくり機内食手違い物語。この日記を書く前に説明しておかなければならないのは私の体質のこと。普段から牛乳を飲むとお腹がゴロゴロしてしまう体質で、日本人には多い(それと、犬はこの体質の仔が多いので、犬用牛乳なんてのがありますね)乳糖不耐症という、牛乳の乳成分を分解する酵素を持っていない体質なのだ(困。こんな厄介な体質のために今までどれだけ悔しい思いをしたか、大好物のアイスクリームなどだって、すぐにでも自宅に帰れる状況の時以外はググッと我慢の子なのだ。…で、機内食の話だけど、念のため往復分を検索してみると出ました!いきなり往きの便にきているのが「トマトクリームドリア」。うーむ。普段は「これはどうか?」と迷う時は適当に残しておくとか、少なめに食べるとかにしているけど、いきなりメインにトマト「クリーム」ドリアが来ているっていうのは…。メインにだ、メインにっ…。成田到着の前にっていうのならまだしも、これからホノルル入り、しかも離陸して間もなく出される食事だからして、この食事で胃腸のトラブルとなれば、残るフライト時間6時間弱は相当ゲンナリするものになることは間違いない。迷った挙句、今回は前もってSPミールを注文しておくことに。あぁメンドウなこの体質…。JALに電話をし、乳糖不耐食(NO DAIRYといいます)をオーダーした。私は復路の71便については、キーマカレーORチキンのオイスター煮込みということであったので、「OK!ウェルカム!」のつもりだったけど、電話の係のお姉さまが「いえ、もしものことがありますと、お客様には大変なご迷惑をおかけしてしまうことになりますので、帰りの便もSPミールでご準備させていただきます」と明るくおっしゃるものだからして、とても「あっ!帰りのカレーはいただきますよ」とは言えなくなってしまい、「ああぁぁ、は、はい」と半端な答え方をしてお姉さまの言う通りになったのだった。し、しかーし。この「大変なご迷惑」ではなく「大変なご空腹修行フライト」になろうとは、この時は知る由もなかったのであ~る。さて、その日が来た。私の席をみつけると、CAが「ペンギン様、本日のご搭乗ありがとうございます。ペンギン様には特別食でご準備させていただいております」と言って椅子の肩のところにペタンコとシールを貼っていった。この時の特別食というのが前後の人に聞こえたらしくバッと注目を浴びてしまったが、何のことはないハラピーの特別食なんだ。私がそんなに偉かったら今頃こんな狭いエコノミーなんかには乗ってないからね~、とあえて「普通ですよ」っぽくふるまっているところへ早速その特別食がきた。そして、ニッコリ笑って「ごゆっくりお召し上がりください」『ン?』そのミールを見て、『ヘェ~しばらく食事の出るような長距離のフライトはご無沙汰していたらこんな事情になったのかぁ…。前は仕事での搭乗の時は、度々高コレステロール対処食を頼んだことはあったけど、その時はほかの人がロースステーキなところをヒレだったり、そんな違いだけだった。今回は、乳成分が入ってないだけでいいのに、こんなフルーツばかり?』色々な盛り方を工夫したフルーツばかりの大小のお皿が4つ。種類はぶどう、オレンジ、キウイ、りんご、メロン、パインなど、考えられる限りのありとあらゆる果物が…!そして、フルーツ以外のものは何一つない。そして、デザートに(こうなってくると、何がデザートなのかどうかは定かではないけど)バナナ1本まで。『チンパンジーじゃあるまいし、こんなフルーツばかりかぁ…。まぁでも、でもでも見て!このメロンこんな結婚式でしか食べないような大きくて立派なメロン!』メロンの大きさに魂を奪われたのと、お昼以来何も食べていなかったペンギンはあっという間に、バナナ1本を残すだけで、そのSPミールをたいらげた。ところがそこへ、さきほどのCAさんが血相を変えて歩み寄ってくると「ペンギン様!!大変申し上げにくいのですが、そのミールは別の方の物でした!!」と泣きそうな顔で言うではありませんかっ!「実はこの機内にもう一人SPミールのお客様がご搭乗されてまして、その方は完全なベジタリアンの方で、今ペンギン様にお出ししたのはその方用の【ベジミール】だったのです。その方は果物しかお召し上がりになれません」と言うのです。「えぇっ!!!!!たったたたったった食べちゃったんですけど、全部!!!!!」私は愕然とバナナ1本だけの残る自分のミールのトレイをみつめると、CAさんは急いでギャレイに戻って行った。しばらく呆然としていたけど、果物しか召し上がれないというそのベジタリアンの人のことがニワカに気になりだし、CAさんをコールボタンで呼び、その方の食事はどうするのか、自分用の乳糖不耐食のベジタブルの要素とこの残りのバナナでなんとかできないか、と提案してみたけど、「そこは何とかいたします」と早足で去って行った。私の隣には天皇皇后両陛下みたいな高貴な雰囲気の熟年ご夫婦が座っていらして、さっきから事の一部始終を心配そうにみつめていた。せっかくの旅路をお騒がせしたのが申し訳なく、アフォウな私はペ「バナナでもいかがですか」と勧めてみたら皇后「遠慮なく」と言ってバナナを無言で召し上がっている。陛下「しかしあれですよ。あなたは悪くない。召し上がれと言われたのをただ食べただけなんだから…」ペ「えぇ。でも果物だけで少し変かなとは思ったんです。あの時もっと注意深く確認しとけばこんなことには…」機内の様子からなんとか騒動は収まったようだった。収まったやいなやCAさんは到着前に配るライトミールの「SPバージョン」を今度はまちがえないようにからなのか、人のより早く私のところに配りにきた。座席の前のモニターで映画を観ていると、皆とは別の制服を着たどうやら偉いパーサー級の人が私のところまでわざわざ謝罪に来てくださった。「ペンギン様、この度は誠に失礼いたしました。お腹のほうは大丈夫でしょうか?」私は自分の早とちりを謝り「えぇ、もともとお腹はあまり減っていなかったので、大丈夫です!」と答えたけど、本当はお腹ペコペコであと機内で5時間強過ごすのかと思うと、これは修行だ。私にとっては一番の天中殺だ…(泣…と、よっぽどこう聞こうかと思った。「それで、本来の私の食事はどこへ?」
2009.04.17
旅の想い出は道具と共にいつまでも残る。そして新入りのスーツケースはTSAロック搭載だ。
2009.03.30
順序が狂いましたが、きのうの日記にいただいたけんけんさんのコメントを読んでハッと思い出しました。本当はきのうの日記に組み入れるはずの写真でした。函館駅が私が以前に行った時よりもうんとデラックスに生まれ変わっていたのです。建物の中ももちろん、しゃれたSHOPなどもできていました。さて宿にチェックインをします。ロビーの椅子に腰掛けてのチェックイン、たくさんあるメニューから好きな飲み物もサービスしてもらえます。ワインもありましたが、泳ぐ予定なので、緑茶にしておきました。ANA楽パックのシングル洋室での設定がホテル側のご好意で同料金でツイン(街側)にグレードUPになったということでした。たまに空いていると、このようなラッキーな事態になることはありますが、ここでは追加料金を払って海側の客室露天のついたお部屋にしてもらいました。ANA楽パックではシングル洋室設定(露天なし)しかできなかったのですが、現地でこの裏技で和室露天付きをGETです。さっそく水着を持って温水プールに向かうと、ガラス越しにカップルがすごく良い雰囲気でプール貸切状態でした。今ここに私が「ドッポーーン!」と入っていくことは、このカップルの素敵な思い出に著しい傷を付け、且つ、激しく迷惑だろうと思い、パッと気持ちを切り替えて今度は大浴場に向かいました。豊富なお湯がコンコンと湧き出てすごく気持ちが良かったです。今まで温泉と言うと、食事、宿泊施設、お風呂...と雰囲気で楽しい感じだったのですが、温泉のお湯自体がこんなに有難いと感じるなんて、自分がすごく年をとったのかな、と変に感じ入りました。売店でりんごジュースやチーズケーキなどを色々と買い込み、今度はお部屋へ戻ります。お部屋付きの露天風呂の写真は私のもう一つの日記(ココログ)に写真がありますので、よろしかったらご覧になってね。お部屋は10Fの角部屋で、西側の窓からは函館山も見えました。(液晶画面の方、上下してみて綺麗に写るところでご覧になってみてね!夕日が濃く写るところです)露天の左のプレートを拡大すると、こんなです。いつもの日本地図を逆さから見た図です。時間によっては本当に青森が見えてしみじみと感慨深く、チェックアウトまで大体ほとんどこのお湯につかっていました。バイキングの夕食は1Fのレストランで、人前料理としては天麩羅、ステーキ、海鮮鉄板焼き、生ハム、握り寿司です。ほかに様々な和洋中のお料理とデザートがありましたが、写真はありません。(今回食べ物の写真が不思議とまったくありません)もうこれ以上は食べられないというほどエゲツナイ食べ方をしてしまいました。特にデザートはすべてを試し、部屋に帰るとしばらく動けなく、TVをみて過ごすしかありませんでした。翌朝も起きてすぐに部屋の露天。バイキングの朝食以外は11時のチェックアウトまでずっと露天です。あまりに気持ちがよくて歌でも歌いたくなるのですが、ここはお隣もいることだし、やめておきます。TAXIで空港へ向かい、ANAFESTAでシャリ~ンシャリ~ンとたくさん買い物をしてしまいました。往きも帰りも同機種で、ボーイング777-200(772、トリプルセブン)です。帰りの日は雲がなく、上空からの景色があまりによく見えるので水平飛行に入ってからはずっとカメラを持って窓にへばりつくようにしていたのであまりリラックスはしていません。パノラマ地図のようにそれはそれはよく見えるので本当におもしろかったですよ。機内誌の後ろのほうに地図が載ってますよね、あれを逆さに抱えて、一つ一つ確認をしていきました。八甲田山や、恐山ではないかと思われるものも見えました。キャプテンが機内アナウンスで教えてくれますが十和田湖です。湖の右側2本の陸地が突き出ていますが、手前の方の根元に「乙女の像」が建っている筈ですが、さすがそこまでは見えません...!雪が積もっていて、きれいでした。田沢湖です。おかしくなるくらい、地図の形そのまんま...!(←当たり前か)でも、感動です!このあと猪苗代湖も通過するのですが、残念ながら席がAで左側の為見えませんでした。日中のフライトでほとんどがビジネスマンだった為、定時運航どころか10分も前に到着しました。そして、新しくできたターミナルか何かでしょうか?到着ロビーまで延々と動く歩道で移動しました。長編にお付き合い、ありがとうございました。次の目的地を考えると、ワクワクしてきます!こちらはお馴染み、マルセイのバターサンド函館五島軒のきのことポークのカレー北海道の生クリームたっぷりのプリンです
2007.02.28
気がつけば、今年最初の更新です。随分とご無沙汰してしまいました。「あけましておめでとうございます」なんて言ってみても、なんだかちょっと...。きのう一泊で方位取りに行き、函館の写真なんかをボチボチと撮ってきましたので、よろしかったらどうぞご覧になって下さい。函館は以前にも行っていて、その時は市電と市バスのフリーパスを使って観光名所をまわりました。立待岬というところにまで行ってみました。そして、ロープウェイで函館山からの夜景を見に行ったのですが、そのあまりの美しさに感動し、次の晩もまたロープウェイに乗り同じ山の頂上まで行ってしまいました。今回は1泊ということもあり観光はあまりしないで、初日に空港からバスで函館の駅に出、そこから徒歩で函館朝市、赤レンガ倉庫までお散歩しました。(今回の予約は楽天トラベルのANA楽パックです)朝市はお昼まででおしまいなのですが、お店はまだちょっと開いていて、「お姉さん、ほっけはよかったかな?」とか、「お姉さん、雲丹はよかったかな?」「お姉さん、蟹はよかったかな?」なんて次々によかったか、よかったか?と声をかけられます。あまりに声をかけられるので、『本当によかったか?』と自問してみるのですが、今回はあまり贅沢もしませんので、よかったことにして通り過ぎます。店先で、たこの八郎さんが露天風呂に入っていました!時間は1時を回っていて、お鮨とラーメンどちらが食べたいか考えてみるとラーメンだったので、朝市のお兄さんにどこかおいしい所はないかと教えてもらったのが、函館ラーメン『かもめ』でした。『かもめ』はおじさん一人で営業している、すべてカウンター席の年季の入ったお店でした。お昼も過ぎていたせいか、店はガランとしていておじさんはTVを立ち見していました。一番シンプルな函館塩ラーメンを注文して、おじさんとお話しながらいただいていると、盛岡からわざわざこの店を探して来たのだ、という中年の方々の5人グループが入ってきて、蟹や雲丹、イカなどがてんこ盛りの一番豪華なラーメンを次々に注文しだして、店はいっぺんに忙しくなり、おじさんとの会話も中断...。壁をみると、「TOKIO」のサイン色紙が...!そうか、やっぱり有名なお店なのかな。わかめやおいしいチャーシューが乗っていました。フゥ~、おいしかった、もの凄い満足です。おじさんは忙しそうなので600円をそっとカウンターに置き、20円のおつりは忙しそうなので今度来たときでいいや、なんて言って赤レンガのほうへ向かってブラブラと歩きました。かもめのおじさんは、今年はあったかいよなんて話していたけど、十分に寒いではないですか。10分くらい歩くと、金森赤レンガ倉庫に到着です。あまりに寒いのでお店に入るとホッとしました。海産物や、ガラス製品のお店、喫茶店などのほかにも、たくさんのSHOPがあります。しばらくお店を散策して再び外に出ると、チラホラときれいな雪が降っていました。頬に当たる風がとっても冷たい...。本当はホットチョコレートなどを買って港を眺めながらノンビリとしたかったのですが、早々にホテルにチェックインして、温水プールで泳ぎたくなってきました。TAXIをひろい、今晩のお宿『湯の川プリンスホテル渚亭』へと向かいます。続きます。『じゃらん』プロデュース、函館ま昆布の湯『かもめ』ラーメンはなかったけど、函館ラーメン食べてみて!
2007.02.27
でんでんむし号を県庁前で下車、無事人生初じゃじゃ麺をクリアしたペンギンは、店を出ると傘をさして岩手公園の方角へ歩き出した。...のは良いのだけど、前回の日記で、空腹に耐え切れず、又、あまりにも皆さんに早くじゃじゃ麺を紹介したいと、体がやや前傾姿勢でつんのめってしまい、このじゃじゃ麺の前に重要な必見ポイントに立ち寄ったことを書くのを忘れていた。すみません。このじゃじゃ麺の前に盛岡バスセンター(中三前)で下車、アーケード街をブラブラしながら「もりおか啄木・賢治青春館」にたどり着いたのだった。ここは、盛岡出身の建築家横浜勉の設計で明治43年に竣工した旧第九十銀行の建物を保存活用している。入館料は無料。でんでんむし号でまわれるところは、そのほとんどが見学料など取らないので、このでんでんむし号の一日フリーパス代300円だけで、楽しめてしまう。一歩足を踏み入れると、喫茶コーナーで淹れているおいしいコーヒーの香りが館内いっぱいにたちこめていた。もりおか駅の壁に書かれているメインのロゴ「もりおか」というのは、石川啄木の筆跡によるものだそうだ。だけど、啄木の残り香は、盛岡よりもむしろ函館を旅した時の方が強いな。ここに来るまで記念館や童話村で賢治に親しみ、彼の自然を愛する気持ちや深い洞察力などに、まるで旧知の友のような気持ちさえ抱いてしまった私だが、そこへもってきて最愛の妹トシが病死した時の「永訣の朝」に関する展示に触れた時には、知らずに涙が次から次へとこぼれてきてしまった。さて、岩手公園もせっかくなのでゆっくり見たいと足を運んだが、私の苦手な大きな岩が眼前に立ちはだかっていて、とても上のほうへ行くことはできなかった。石畳に舞い降りた落ち葉が、雨に濡れて張り付いていた。菜園川得まで歩くと、「カワトク」というデパートがあったので少し見た。ガイドブックにある必見ポイントは一応まわったので、もうあとは16:54発のはやて26号に乗るだけだ。本当はもっと寄りたい喫茶店などがあったのに、雨のせいでフットワークが芳しくない。それに、ホテル森の風鶯宿の武蔵さんがぜひお勧めと言って下さった遠野にも行きたかった。でもまぁ私としては(特に二日目、新幹線の時間通り動けたことだし)上出来だったのではないか。今年行った一人旅の中では一番おもしろかったかもしれない。そうそう、前の記事にいただいたコメントに「西村京太郎さんとかの時刻表を使ったミステリの犯人ってすごいなーーと思うのでした」というのがあったのだけど、私の今回の二日目にいたっては、本当にそんなノリだった。シャトルバスから新幹線(盛岡~新花巻)、現地でのバスに連絡し、見学、食事を終えてTAXIをひろい、再びまんまと新幹線に飛び乗り盛岡へ戻り、別のホテルのシャトルバスに乗り継ぎ、チェックインがまだ始まったばかりのホテルに降り、サクッとすましてお風呂に入っている計画だった。でも、この完璧なミステリー計画には、ひとつだけ失敗があった。それは、13:53分に新幹線で盛岡に戻ってきた時、14時発のシャトルバスが出発するまでの7分間に、預けた荷物をコインロッカーから引き出す際にトイレに行きたくなり、泣く泣くシャトルバスを逃したことだ。トイレの時間は計算に入れていなかった...!往きの新幹線ではあまりにもすこやか過ぎてすぐに空腹になった「すこやか弁当」だった。帰りは、新幹線ホームにて、一番ヘビーにみえたお弁当を買ってみる。suicaで買おうと思ったが、盛岡ではsuicaが機能しないらしい。前沢牛の「牛めし」。ごぼうが大きく切ってあって味が染みていてとてもおいしかった。指定席、ガラガラ...なのに、私の前にだけ人が...。マナーのある人ならば「少し倒してもいいですか?」と聞いてくるけど、そうでない人はたまに、いきなりガバーーン!!なんて倒してきて驚かされる。このおじさんはどちら?と思っていると「少し倒させてもらっていいですか?」なんてニコッと笑って断わってくる、おじさんと呼ぶにはいささか気がひけるジェントルマンであった!おうちでヌクヌク、岩手の酒蔵巡り
2006.12.14
とりあえず空いていたカウンター席へと進む。多分、ほとんどが常連さんなのだろうなぁ、と思わせるほど手馴れているし、お店の方とも気安い感じでおしゃべりしたりしている。カウンター席の一番左に座ると、目の前にこんな但し書きが。これを写真に撮っても、ブログに載せてもいいですか?とお聞きすると、優しそうな50前後の店員さんがうんうん、と頷く。そして小声で「初めて?」と聞かれた。店内は4~5席のテーブル席(いづれも4人がけ)とカウンター席が10席あるか、ないかくらいで決して広くはないが、麺を茹で上げる大きなお釜はフル稼働。じゃじゃ麺の小を注文した。とてもお腹が減っていたが、万一口に合わなかった場合、一人旅なので、残りを食べてくれる人もいないし、この先また歩いているうちに、おいしそうなものが登場した際のお腹を少し取っておくためだ。 注文したものが来るのを待っていると、右の人が食べ終わり、調理している店の方の真ん前の席が空いたので、そこへすばやく移動した。私のすぐ右にサラリーマンの人がいたので、この人をお手本にしようと思った。カウンターテーブルの上には大き目の生卵(赤玉)と殻入れの丼、酢、ラー油、にんにくの入った器などが置いてある。来ました来ました!人生初「白龍のじゃじゃ麺」が。じゃじゃ麺とは、中国のジャージャー麺をルーツにしているという味噌からめうどんである、なんて能書きを言ってる場合じゃないよ。早く食べて隣の人と同じ作法で初じゃじゃ麺を無事クリアするのだ。平べったいおうどんの上にきゅうり、ネギ、その上に肉味噌。これで「小」だ。「大」を注文している人のをチラっと見ると、お皿の上に山盛りかき氷のような量だ。全部をグチャグチャと混ぜて、ちょっとだけお酢をかけた。いただきます。うーむ。なかなか肉味噌が香ばしい。「おいしくて仕方がない」というふうな強いインパクトはないが、これにハマっている人が大勢いることは十分に理解できる。やっぱりこの肉味噌だろうな、人気の秘訣は...。などと思いながら食べていると、お隣のお手本サラリーマンが食べ終わり、「あ、そんなに入れなくていいよ」なんて言いながら、お皿にゆで汁を注いでもらっている。お店の人が「薬味たすの?」というと、「ネギいらない」だって。完食して、ちーたんたん(鶏卵湯)の部に入る。これは追加料金がかかるオプションだけど、ほとんどの人がお願いしてた。カウンターに置いてあった生卵をお皿に割りほぐして、さきほどのお店のおばさんに「お願いします」と渡した。ところが、おうどんや肉味噌をあまり全部きれいに食べない方が良かったのか、とお皿を渡してから気付く。あぁ、しまったなぁなんて思っていると、おばさんがお味噌とおネギを足して下さった!入れてもらったお味噌をおはしでくるくると溶いて、レンゲでいただき、終了。食べ終わったお皿にお湯を入れてもらったりのやりとりのせいか、店全体がなんだかホッとするような暖かい雰囲気。盛岡に来た時は確実にまたここに戻ってきそうな予感がした。新幹線の時間まであと3時間あまり。もう少し歩きます。白龍のじゃじゃ麺がお取り寄せで楽しめます!
2006.12.08
表参道に鎮座した雪だるま、みんなの人気者でした。この頃の青山って観光地化されてしまってますね~。きょうも旗に付き従う団体さんが...!同行者に、恥ずかしいからカメラは止めるように言われましたが、かわいらしいのでつい撮ってしまいました。
2006.12.06
私の中の「岩手県」のイメージ。ドーンとした山、こせこせしていない。岩手県、大好きになってしまった!今朝チェックアウトした鶯宿温泉の名は、その昔ウグイスが湯で傷を癒したということからきているらしく、切り傷ややけどに効能が高いとのこと。さて、せっかく盛岡に来ているので、生憎のお天気だけど、温泉ばかり入っていないで盛岡市内も散策してみよう。これには「でんでんむし号」が便利だ。盛岡都心循環バスのことで、右回り、左回りとあり、所要時間は両方向とも35分。一回乗車はどこから乗ってもどこで降りても同じ料金で100円。乗り降り自由の一日フリー乗車券は300円だ。10分から15分間隔で出ているので、スポットスポットで下車して見学し、また降りたバス停に戻ればそう待たずして次のバスが来るので、苦労なく盛岡の見所や啄木・賢治の残像を見て回れる。もしお天気だったら、盛岡城址や紺屋町なんかももっとブラブラできたら楽しいだろうけど、今回は「必見!」とガイドブックに記載のある場所に絞り見てみることにした。さっそくフリー乗車券で駅前から乗車し、最初は「材木町南口」で降りてみる。ここらへんのことは、イーハトーブアヴェニューというらしいなぁ。賢治も遊びに来ていたらしく、光原社もあり、通りには賢治のモニュメントがいっぱい!光原社というのは、賢治の後輩の会社で、賢治が生前唯一発行した童話集『注文の多い料理店』の出版社だ。現在は素敵な石畳の庭園に雑貨店とカフェ(可否館-こーひーかん)が佇む。ちょっとした賢治の資料を展示してある部屋もあった。傘をたたみ、ドアを開け、木の長椅子に腰掛けて、置いてあったプリントなどを読んでみる。 光原社メンバー3人は28歳の若さだったそうだ。後輩2人の賢治に対する絶対的な信頼感、イーハトーブに象徴される夢とだけで、原稿にもろくに目を通さないまま、社名も畳に寝そべって賢治が考えた五つほどの候補の中から決めたそうだ。大正時代だからこそできたロマンだなぁ...!『注文の多い料理店』という本は当時は料理本と間違えられて、書店でも料理のコーナーに並んでみたりで、作者は無名、出版社に確たる販路もなく、書価も高いと売れない、と三拍子が見事に揃って、「注文の少ない料理店」という結末を迎えたとやら...ヤレヤレ...。でも今はこうしてモニュメントなんかもあって、良かったネェ賢治さん、なんて思う。先ほどの停留所に戻ると全く待たずに次のバスが来る。次の停留所の「啄木新婚の家口」でブザーを押して降りる。ちょっと小路を入った所にそれはあった。ここは、石川啄木が処女詩集「あこがれ」を出版した明治38(1905)年に、新妻の節子と3週間を過ごした家。3枚目の写真が啄木と節子の部屋で、四畳半。西向きの古い格子窓に、一日中庭の青葉の影が映っていたらしい。朝日がささないことを幸いに、啄木は朝10時に起き、朝食と昼食を合わせて取ることもあったそうだ。寝床の中で新聞を。5、6行読んでは天井を眺め、また読んでは眺め、夢うつつのひとときを楽しむこともあったらしい。あぁ、それにしてもなんだかお腹が減って小雨もそぼ降る中、早くも「腹が減っては戦はできぬ」境地になってきた。盛岡の三大麺といったら、盛岡冷麺、わんこそば、じゃじゃ麺だけど、今回はこのじゃじゃ麺が大きなお楽しみの一つだった。お目当てのじゃじゃ麺の「白龍」はどこなのか、本気を入れて地図を探し出した。ナヌ~?なんだか、じゃじゃ麺といってもいっぱいあるでないの。私の探しているのは「白龍」だけど、それさえもカワトクとかいうデパートの中にもあるみたいだし...今回は岩手公園の北側にある白龍(ぱいろん)本店におじゃまする。事前の調べで多少の行列も覚悟して行ったが、お昼時から少し遅かったせいか、並んではいない。ラッキー!ガラガラと扉を開けて中に入ると、一人女性やサラリーマンでごったがえしていた。次回はいよいよ、じゃじゃ麺を食べてみます。冷麺のセットモチモチの米っこロール大人気!トロイカのチーズケーキ
2006.12.05
さて、山猫軒でのランチを終えたペンギンは、記念館の前に停まっていたTAXIに乗る。もう往きの坂を、いくら下りとはいえ歩く気はさらさらなかった。これで一気に新花巻へ、13:42分の新幹線に飛び乗って盛岡へ戻り(13:53着)、コインロッカーからかばんを引き出し、14時発のホテルのシャトルバスに乗る予定だった。盛岡駅からバスで40分だから、これに乗れば15時のチェックイン時間からまるまるチェックアウトまで温泉を楽しめそう!ところが盛岡駅に着くと、お茶の飲みすぎか、トイレに行っている間にシャトルバスを逃し、泣く泣く15時のバスまで盛岡駅ビルフェザンで時間を潰すことになった。お土産やさんがたくさん入っている。このおせんべいやさんの店頭においてあったベンチの座布団、おせんべいみたいだ。さて、きょうチェックインのホテルはやはり楽天トラベルでギリギリに予約しておいた鶯宿(おうしゅく)温泉の「森の風」。こちらもやはりビジネスプランで10000円しない。部屋は洋室のツインルームだ。夜ご飯は2Fのお祭り広場の「まつり鮨」さんでいただく。それまではお風呂だ。両方とも2Fだ。お湯の温度は40.2度で、私にはちょうど良かった。台湾の団体さんが来ているらしく、売店で家族で買い物をしているところや、お風呂の脱衣場で、とか思わぬところで写真を撮っていて少々焦る...!祭り鮨に行ってみると、普通のいつもの旅館らしい和膳ではないご馳走が一杯並べられていた。メニューは、前沢牛の陶板焼きや握りずし五貫(中トロもありました。いや、大トロか?)蒸し物、和え物、様々なものがたくさん。鰤(ぶり)になる前のナントカ(失念!)という魚のお味噌仕立てのアラ汁がとてもおいしかった。カウンターでいただいたので、板さんとはたくさんおしゃべりをした。「写真を撮っても良いですか?ブログに載ってもいいですか?」と聞くと「おぅ、大丈夫よ」と快くOKしてくれた。武蔵さんとおっしゃるベテラン板さんだ。養護施設を訪問してお鮨を握ったりして、カメラには慣れっこみたいなのだ。とっても面白い方で、前沢牛がとても柔らかくておいしいと言うと、「やっぱりせっかく生きているのだから、おいしいものを食べなきゃ。肉だってチューインガムみたいなのばかり食べてたって仕方ないでしょ」なんて言う。吉祥寺のお鮨屋さんでずっと働いていらしたそうで、こんな場所で、吉祥寺のミートショップサトウの松坂牛のメンチの話題で盛り上がろうなんて想像もしていなかった。それから、ここのHTLは犬もOKなのだということも教えてくれた。(ただし犬は専用棟)「今度来る時は犬と旦那さんとおいで!前沢牛の握りをご馳走するよ!」と言ってくださった。武蔵さんとの楽しいおしゃべりやご馳走、カシスソーダでほろ酔い加減となりご馳走さまを言うと、射的のコーナーで300円で3回挑戦した。5等を倒し、ディズニーのトランプをゲットした。一旦部屋に戻り、再びお祭り広場へと出る。射的のコーナーほか、ラムネや焼き鳥、おそばやさんなどもある賑やかな広場だった。ここで、8時半からここのホテルの社員の方々による和太鼓の披露、踊り、餅つきがあった。お時間の許す方、動画をご覧になってね!寝る前にもう二回、朝食前にもう一回、大浴場へ足を運んだ。特に朝の露天風呂は気持ちが良くて、露天の看板に書いてある、この方向に見えるのは~山、あの方向は小岩井牧場...というのを露天から乗り出していちいち確認した。でもフト見ると、こんなに乗り出すと廊下のお客さんから見える角度かも...!と思い、ほどほどにしておいた。今度はチェックアウトも10時にスムーズにすませ、10時発の盛岡行きシャトルバスに乗り込んだ。今度は盛岡の市内を一日フリーパス『でんでんむし号』(バス)に乗って見物してみます。イーハトーブのお水盛岡製品詰め合わせお楽しみ!
2006.12.04
賢治の学校の展示をみな見終わったので一旦屋外へと出て、傘をさして賢治の教室へと移動。ここは全7棟のログハウスで、賢治童話に登場する「植物」「動物」「星」「鳥」「石」について、学ぶことができる。一つ見終わって次の扉を開けて中に入るたびに、先ほどのテーマとはまた違ったものが楽しい空間で遊んでいた。このお教室の中で私が一番心を惹かれたのが「星」のお教室だった。賢治の作品「銀河鉄道の夜」などで幻想的な美しさを演出する「星」の世界。これを大きく見たい方はこちらです。7つあるうちの最後のログハウスは「森の店っこや」というギフトショップになっていて、ここで少ししおりを買う。賢治のヒトガタをしたのは絵はがきで、120円切手を貼れば郵送もできる。次は賢治の記念館だ。これがまたここからはちょっと離れていて、急な上り坂を歩かねばならない。15分くらいかかるそうだ。途中で雨に加えて風が激しくなってきて私の旅行用の500円の軽い傘が何度裏返ったことか...!『雨ニモ負ケズ』『傘ノウラガヘルニモ負ケズ』『息ノクルシクナルニモ負ケズ』呼吸が苦しくなってきて、何故バス亭を山の上まで延長しないのか、不思議に思った。何度か止まりながらもヤットコサ頂上にたどり着いた。もう私の生涯でこの坂を登ることは二度となしにしたい。晴れていればまた違ったのか?賢治の作品は、残念ながら昭和20年8月10日の花巻の大空襲で焼けてしまったものも多く、ここでは、賢治の限られた作品や資料を手がかりに、視聴覚的に賢治の全体像に近づこうと試みている。スライドも含めてじっくりとじっくりと見てゆくうちに、先ほどの童話村と合わせて賢治の感性が痛いほど胸に染みてきた。あしたは盛岡市内を散歩する予定なので、その時に改めて「もりおか啄木・賢治青春館」も見学してみよう。さぁ!お楽しみのランチの予定はレストラン『山猫軒』にて。こちらは皆様ご存知の賢治の童話「注文の多い料理店」にちなんだレストラン。記念館に隣接して立っていた。傘をさして近づいていく。「どなたもどうかお入りください 決して遠慮はありません」なんてものが、霧の中にボーーっと見えてきた。「ことに肥ったお方や若いお方は大歓迎いたします。」だって!?ガーーーン!!そりゃ、演出だとはわかっていますよ。わかってはいるけど、レストランのドアを開けるのがものすごく怖くなってきた。ドアを開けた途端に大きなどら猫がナイフとフォークを持って待ち構えているような気がして...。こんな言葉と共に...!「あやや?若くはないけどあんたみたいな肥えた人は大歓迎だ!さぁさ、胸のパワーストーンとやらのネックレスもここでは不要さ。そんなものはさっさとはずして、ほこりをはたいて。きれいにシャワーを浴びてきておくれ。そのあとバターを全身に塗りこむからね、そのつもりで」ドッキン、ドッキン、ドッキン...............!恐る恐るドアを開けると、中は普通のレストランだった!メニューを見ると、「山猫がゆ」630円、「イーハトーブ定食」1450円、などなどたくさんおいしそうなものがある。猫ではない、普通の女の人がオーダーを取りに来た。(でも、私が経営者だったら、ここまできたら猫の着ぐるみくらいは着るかも)お腹が減っていればイーハトーブ定食がなかなかの内容充実ぶりだった。私は自分が食べられてしまうのでは?という緊張感から(?)あまり食欲はなかったので、すいとんセットというのを頼んだ。店内のお客は私のほかに老夫婦一組。フト壁を見ると、まだまだこんな注意書きが!あぁ、びっくりするな、もう...。しばらくすると、注文した「すいとんセット」が運ばれてきた。山盛りのサラダと大きな焼きむすびにはお味噌が塗られていて香ばしく、すいとんの温かくおいしいお汁が冷えた体にありがたかった。でも、これって「すいとん」っていうけれど、平べったい形状といい、岩手名物の「ひっつみ汁」ではないのかなぁ。売店があったので、キーホルダーやポストカードなどの買い物をした。下の写真の山猫軒のお菓子は中にオレンジの輪切りがトッピングしてあるマドレーヌ型ケーキが5個入っていた。ここの売店の方とお話してわかったこと。それは賢治は猫をこよなく愛したが、どうやら犬は苦手だったらしい。これを聞いてへーー!と意外だった。こんな動物好きな賢治が、犬にがて?小さい頃に犬に追いかけられて、トラウマになったそうなのだ。続きます山猫軒のお菓子「注文の多い料理店」
2006.12.03
11月27日、部屋のカーテンを開けてみると雨。やっぱり小岩井農場は諦めざるを得ないのだと、まだ納得できない自分に言い聞かせる。仕方がない。雨の場合は新幹線で新花巻に移動。早めのチェックアウトで一番のシャトルバスに乗り(8時半HTL発)、盛岡発9:57発のやまびこ50号に乗ることに決めていた。新花巻に停車する上り新幹線はこれを逃すとあとは11:09盛岡発になる。きょう宿泊予定の(これも楽天で予約しておいた)ホテルもお風呂が素晴らしいので、できれば早めにチェックインしてまったりしたい。しかもきょうのHTLは盛岡からシャトルバスで40分かかり、その便も1時間に1本しか出ていない。かといって、せっかくの賢治記念館をそそくさと見学するのも嫌だ。山猫軒(レストラン)で食事もしたい。そして現地での連絡バスの時間もあるし、帰りの盛岡行き新幹線も1時間に1本なのだ。それらを全部計算に入れて逆算していくと、どうしてもこの時間の新幹線だ。私にしては珍しく理性的にしっかりと計算どおりに動く。まず朝食だ。和洋のバイキング。会場は非常にごったがえしていた。食べたいものがあっても並ぶのが嫌だったので、すいている所の物にしようと見ていると、白粥があるではないか!ありがたくいただいた。朝のお粥って本当においしい。それとオレンジジュースを飲んでいると先ほどの喧騒がウソのようにサーっと人が引いたのでまた見に行くと(おかゆだけで止めとけばいいのにって?追加を見に行く所が私よ)おいしそうな卵焼きや、例によっていっぱい並んでいたので、和風のおかず、ひじきだとか鮭、煮物などとヨーグルトをいただいた。フロントにチェックアウトをお願いし、デマンドを見てみると、あらま、夕べ散々売店で楽しんだちゃぐちゃぐ馬コやゆべし、雅な柄の足袋等のお買い物や、夕食時の黒すぐりサワーなどがチャージされていないでないの...。それを申し出ると、にわかにフロントがバタバタしだし、売店と連絡をとったりしてかわいそうなくらいオタオタしだした。全部まとまってカードで精算をお願いすると、今度はカード受付がなにやら手間取っているようだ。フロントにいたほかの社員が「すみません、すみません、今シャトルバスを止めてきます!」なんて真っ赤になってバスのほうへと走っていった。「あー!いいですよー。ギリギリにチェックアウトしようとしたこちらが悪いんだから!」と止めてみたけど、社員の方は一生懸命だ。ここはキャッシュで払うことにして、おつりもろくに確かめず礼を言ってバスに走る。先ほどの社員は「バ、バスは止めました!!」なんていってまたこちらに走ってくる。それを見ていたほかの団体のお客さんがなにやらおかしそうに皆でゲラゲラ笑っている。ここのバスは行きも時間ピッタリで正確だったのを知っている。なのに、もうすでに5分以上遅らせてしまった。バスの中ではきっと新幹線の時間などを気にしてイライラと待っている人が大勢いるだろう。現役時代は「皆さん、出発当日の朝は、個人会計のある方は特に込み合いますから早めにチェックアウトをお願いします」なんて威張りくさっていたくせに、当の本人はこれだわ...!おかゆだけにしておけば、さらにはもっと早起きしておけば...と、頭グルグル状態で「皆さん、すみません!!すみませんでした!!」と言ってバスに乗り込むと「大丈夫大丈夫ー!」なんて言って下さる。運転手さんは「ゆっくりでいいです」なんておっとりした東北弁で言って下さり、私は『あぁ、なんと慈悲深いお方達であることよ』なんて、息も絶え絶えでバスの真ん中あたりの座席にへたり込んだ。良い旅館だったな、是非また来たい。しかし、本当の『息も絶え絶え』は雨風の中、賢治記念館へのあの厳しい坂道であることを、この時まだ私は知らなかった。新幹線は13分で新花巻に着く。そこからバスで童話村へは5分。銀河ステーション広場を抜けてのっぽになるゲートを歩き賢治の学校へと向かう。そして賢治童話村と記念館の共通券を550円で買う。私が巨像恐怖症であることは前にも書いたと思うけど、この入り口に向かうだけでもなんだかものすごく怖かった。人はあまりいないしドーーンとした広場にこれまた大きなドーンとしたものが立っていてバランス感覚がことごとく狂うのだった。この写真はファンタジックホールの中の展示物です(撮影自由)。異次元の世界のようで、身がすくむほど怖かった。でもこのあと「宇宙の部屋」を通らなければ先へは行けない。この真っ暗な「宇宙の部屋」が本当に怖くて、2~3歩行った所で今度こそは絶対に歩けなくなってしまったので、もうやめようと思ったところで若いカップルが来たのでドサクサにまぎれて付いていった。「天空の部屋」「大地の部屋」「水の部屋」を抜けて、やっと現世らしい展示物のある普通の場所にたどり着いた。ここの展示物は大きく見ていただきたいので、こちら別会場へどうぞ。(山猫軒まで書けるかと思いましたが、続きは次回にしますね)「銀河鉄道」への旅
2006.12.02
方位取りで東北へ出かけたはよいものの、旅の間中降り続く雨に、一番楽しみにしていた、宮沢賢治が愛し通ったという小岩井農場行きをあきらめたのはとても残念だった。お天気が良ければ牧場の芝生に寝転がり、賢治と同じ気分になれるかなと思っていたのだ。人間が設備投資をして作り上げた箱物を見るより、どちらかというと、その土地の山を見、空気を吸って「自然を体感したい」派なのだけど、今回は予定変更も余儀なくされ、宮沢賢治記念館を中心として、合わせて石川啄木の足跡を辿る旅となった。でもそれら箱物を見て回り、資料を読むことは、ハード面から宮沢賢治の感性を窺い知る為の重要なヒントとなり、たまにはこんな旅も良いものだと思った。当日は東京発の新幹線はやて17号11:56分に乗るために10:47発の小田原発こだま566号に乗る。東京駅到着は11:23。ホームに本格的なガッチリした安全柵が設置されていない為、小田原に停車しない新幹線が通り過ぎるたびにものすごいスリルだった!『新幹線ってすごいスピードなんだなぁ!』と、改めて体感した。 お楽しみの駅弁は「すこやか弁当~秋」449カロリー800円。東京駅乗り換え時間に、新幹線ホームで調達しておいた。このお弁当がどうすこやかなのかというと『JR東京総合病院の内分泌代謝科のドクターと管理栄養士のご支援のもとNREのシェフが贈る一品です。五穀豊穣米/もち粟、はと麦、赤米等を十穀使用、お米は有機認証米「秋田小町」使用』ということなのだけど、どうもすこやか過ぎて、食後30分もしないうちにもうお腹が減ってきた。なので、せっかく棚に上げたかばんからエンゼルパイを探してお茶と一緒に楽しみ、ちっともすこやかではないランチになった。車内は8割くらいの乗車率。新幹線は14:22盛岡に着いた。きょうの宿泊は、楽天トラベルで予約しておいたつなぎ温泉の「愛真館」。盛岡市の西郊外にある静かな温泉で、前九年の役のさなか八幡太郎義家が馬をつないで湯に入り、ひとときの平和を楽しんだ千年の由緒あるアルカリ温泉だということだ。この盛岡駅からホテルの無料のシャトルバスで30分。シティホテルなら簡単だけど、一人旅で温泉宿のお得なプランを探しあてるのはなかなか難しいところもある中、8400円で温泉のあるビジネスプランを探し当てた時はパソコンの前で小躍りをしたものだ!安かろう悪かろうでは困るので、以前の宿泊客の口コミも参照すると、なかなか評判が良いのでここに決めた。出発直前に空き情報を確認すると、私が泊まったこの日はもう、このプランの部屋は満室になっていた。十二種類のお湯に全部入るという目的だけで、部屋や食事に期待することなく淡々とチェックインしたけど、きれいな大きな旅館でうれしくなった。お部屋も清潔で使いやすく、バスなしトイレ付き、ドアを開けると、左に清潔で広い洗面コーナー。ふすまを開けると畳の上にベッドが置いてあるのだけど、白光りしたベッドカバーは格調高く、何か皇室のデザインのような感じさえした。障子を開けると冷蔵庫とテーブルと椅子が2つ。床の間にお茶セットとTV。すべてに無駄がなく、そしてこれ以上のものは必要なかった。ホテルの部屋だとよくあるユニットバス、時には狭苦しいこともあってスリッパを履いたりわずらわしいのに、これだとスリッパを履くのはトイレに入る時だけ。洗面は部屋続きでスペースもたっぷりとってあり、気分が良い。お部屋には若い女性社員の方が案内して下さったけど、うやうやしくお茶をいれたり、お布団を敷きに来たりというようなこともないし、シティホテルに泊まる干渉されない気安さと和室の和み。これはいいわ!出張のおじさんたちも、みんな駅からシャトルバスに乗ってここに来ればいいのに!と声高に宣伝したくなった。食事は何時からにいたしましょうかと聞かれたので昼のすこやか弁当のせいでお腹がペコリンだったので、6時からにお願いし、部屋にかばんを置きお茶で一服、お茶請けに置いてあったゆべしをいただいて早速お風呂のはしごに出かけた。サウナを除き、大浴槽、露天、檜風呂、打たせ湯、泡風呂...とすべてを堪能した。このほかに新しくできた庭園縄文露天風呂もあり、そこに行けばまた何種類かのお湯が楽しめるのだけど、もう限界だったのでそれは食後にすることにした。部屋に戻ると急に眠くなり少し眠った。そのあとTVを観ていると食事の時間になった。このプランの人は、夜はクラブになる場所で食事をするようだ。ほかにも同じ時間帯の2人が食事をしていた。これもビジネスプランだからあまり期待はしていなかったものの、色々なものが並び満腹になった。・ハッキントンのしゃぶしゃぶ(お豆腐、おうどん、青菜が添えられ)・甘エビ、サーモン、帆立のお刺身・釜飯(きのこや鶏肉や色々)・おつゆ代わりの日本蕎麦・赤鯛の焼き物・茶碗蒸し・その他小鉢が2~3品・海老団子のあんかけ蒸しもの・デザートにババロアみたいなもの最初に「ハッキントンのしゃぶしゃぶでございます」と言われたとき、『ハッキントン!?』と、漢字を聞きそびれたのだけど、次の日賢治記念館に向かう坂を歩いている時に、目の前を「八金豚」と書かれたトラックが通り過ぎたので、『あぁ!これに違いない!』と妙にうれしくなった。食後は売店で、ゆべしやチャグチャグ馬コを買い、少し食休みをしてから庭園縄文風呂に出かけた。明日は新幹線で新花巻に向かい、宮沢賢治記念館を見学し、賢治の作品にちなんだ「山猫軒」というレストランにも行ってみることにします。新花巻だから、帰りの日に行けばいいと思ったのですが、往復割引で買った新幹線のチケットなので、途中下車はできなかったのです。小岩井製品の詰め合わせ南部鉄のティーポット
2006.11.30
毎日辛抱強く読みにきて下さった皆様、ありがとうございました。忘れないうちに書いておこうと、続けてUPしてしまいましたが、きょうは完結編になります。鶴との面会を果たし、TAXIを呼んで空港まで戻ったのですが、このときの運転手さんがまたおもしろい方でした。風貌はまるで「笑うセールスマン」のようで、声も大きくて、話し方もすごくおもしろいのです。たった5分やそこらだったのですが、笑った笑った...!まず、熊について質問した時も「あぁ、熊ですか。熊ね、そんなの実際は出ませんよ」「え?でも鈴をつけなさいとか、散策道の入り口に書いてあったらしいんですよ」「いやぁ、出ないよねー、普通」「そんなぁ...。それだったら散策したかったですけどねぇ...」とこんな調子で、いっぱいおしゃべりをしたのですが、何を聞いてもシャァシャァとしていて妙におもしろいのです。TAXI料金は、5分足らずで950円でした。空港の中の売店で買い物をしたかったのですが、先にお昼を食べることにします。ターミナルビル内のラーメン「はまなす」というお店の一席に座ります。北海道に来ると、最後は空港内でラーメンを食べるクセがあるのです。今までで一番おいしかったのは函館の「塩ラーメン」かな。同じカウンターの少し離れた所に座っている男の人が餃子とラーメンをおいしそうに食べていたので、この組み合わせにしようかとも思ったのですが、メニューの「餃子ラーメン」というのが目に入ったので、これを味噌でつくってもらうことに...。スープはおいしかったのですが、なんだか袋麺のような麺でした。餃子も皮の香ばしさは当然の事ながらスープに浸っていたのでなかったし、やっぱり餃子とラーメンにしておけば良かったか...。そんなことを考えながら無人の滑走路を眺めながらボーッと食べます。そういえば、往きの羽田でANAのEdyカード『シャリ~ン♪』に1万円チャージしていたのに、それは使えませんでした。釧路の全日空のホテルでおみやげを買おうと思っていたのに、全日空のホテルまで出かけてみると、売店らしきものが見当たらないので、従業員の人に尋ねると、やはり売店はないとのことでした。それで、ターミナル内のANAフェスタで使おうと思っていたのに、品揃えが少なく、欲しいものはすべてほかのなんでもないお店に集中していたのでした。ちなみに、以前一世風靡した『じゃがポックル』は特設コーナーに山のように積んでありましたとさ。今回そういえば、ウニをあまり食べてない!プリンスビュッフェでの勝手丼のコーナーにも、いくらはあったけどウニはなかったかも?!あまりどころか、全く口にしていないのでは?ということに気付き、『あぁ、でももうあとは飛行機に乗るだけよ』と実に残念な気持ちになり、売店の瓶詰めのウニをションボリンと買いました。2種類あったのですが、若い女性の店員さんが「こちらの方ならクールでなくても持って帰れますよ。それに秘密だけど、こっちのほうは、私、家でも食べてますけどおいしいですよ」なんて教えてくれました。ところで、いつも思うことですが、国内の交通費がもうちょっと安くなると、もっと動きやすいのに、と。場所によっては海外に行った方が安い場合もあるのですから。さよなら釧路!釧路は、若い女性にはちょっと退屈かもしれない。だけど、苦い恋の一つや二つ、三つや四つも経験した人ならば、また馴染む場所なのかも。私がどうなのかっていうのは別として...。写真右の『旅に出たくなる地図』-日本、帝国書院から出ています。見ているだけでも楽しいですよ!観光スポットをイラストとワンポイント解説で紹介した拡大図や、迫力のある鳥瞰図が全部で36図掲載されています。旅を楽しむテーマ別(城、ミュージアム、祭り、山、寺、鉄道)の資料も充実しています。さぁ、次はどこへ行こうかな?日本バージョン世界バージョン
2006.10.29
この日も天気には恵まれたようです。プリンスホテル17F「Top of KUSHIRO」でのバイキングの朝食。きのうの朝は、どちらかというと洋食中心の品揃えだったのですが、きょうは和食がメインのようです。どれも好物ばかりですが、特においしかったのが「さんまの糠漬け」の焼いたもの。また窓側の良い席があいていたので座り、港を眺めます。いつも思うけれど、旅先の朝食って、どうしてこんなにおいしいのでしょう。いくらでも入ってしまうのが不思議です。りんごジュースやコーヒーもいただき、ゆっくりと10時半にチェックアウトしたペンギンは港に向かって、かばんをゴロゴロ引いて歩きました。とうとう幣舞橋の向こう側には行かずじまいだったな。どうしても行きたければ、きょう早起きしてでも行けばよかったのですが、あまり興味がないのです。MOOでもう一度、空港へのシャトルバスの時刻を確認し、港の朝の風景、幣舞橋の光景などを遠くに眺め、カメラにおさめました。写真真ん中、置くのほうに見えるのが幣舞橋です。そして空港へのバスに乗り、到着したのは12時を少し過ぎた頃。きょうのJALは15時15分の便だというのに、自動チェックイン機にチケットを入れると、もうすでに真ん中の席しか空いていなかったので、カウンターに持っていくと「窓側をお取りしました」ということ。まぁ、「本当に旅馴れた人は、窓側になんて座らない」なんて声をたまに聞きますが、やっぱり窓側が好きなので仕方ありません。大きな荷物を預け、空港からのシャトルバスに乗り、10分もしないうちに『釧路市丹頂鶴自然公園』に到着です。ここは、天然記念物の丹頂鶴の保護と増殖の為に作られた施設で、昭和33年に5羽保護したことに始まり、昭和45年には、世界初の人口孵化にも成功したそうです。今は20羽ほどが放し飼いにされていて、金網越しに観察できます。私の行ったこの日は、11羽の鶴が迎えてくれました。丹頂鶴はアイヌの人々から「サルルンカムイ」-湿原の神様とよばれて、大切にされてきた鳥です。ちなみに、私のトラウマとなった「塘路」駅の「塘路」の語源はアイヌ語のトオロコタン(湖の所にある村)がそのまま地名になったものだそうです。金網越しの鶴なんて寂しいけど、全く見られないまま帰るよりはいいと思ってやって来ました。写真撮影用に、金網に「カメラアイ」の仕掛けが施してありました。この「カメラアイ」と書いてあるところをクルリンと回すと、そこだけが開いているようになっています。園内へは入場料310円を払って入ります。入り口入って室内、左が展示室になっていて、出口を出て屋外左に行くと、バーンと柵が延びていて鶴さんがいます。右側の小高い丘のようになっている所には望遠鏡などがあって、少し遠くにいる鶴さんも良く見ることができました。どんどん先に進んでも景色が広がっていて、本当に気持ちの良い場所だったな。大きな画像はこちらに飛んでご覧下さい。満足するまで丹頂鶴を眺め、空港までの足は、携帯でTAXIを呼んで来てもらいました。今から考えれば、塘路でもTAXIを呼べばよかったのでは?もう、過ぎたことは仕方ないけど...過ぎたことは...ウジウジ...。次は最終回です。お菓子、丹頂鶴の卵きんき特大*****いつもご愛読いただきまして、ありがとうございます。写真の並べ方などがまずく、お見苦しくて申し訳ありません。本当は回り込んで文字を入れたいところですが...。きのうなどはUPしようと思った直前に記事を全部消去してしまいました。胃が痛くなります。楽天日記、むずかしいです~\(´ー`|||)/
2006.10.28
『それにしても...』ペンギンはバスに揺られながらこの2日間に出会った人たちのことを思い出していました。初日の屋台のおばちゃん、我が家のチワワの「さら」に性格も顔も似ているのです。そのほかにも道行く人、ホテルの従業員、お店の人、みんななんだかキリットしたお顔立ち。寒い所で暮らしていると、ノペーーッとはしていられないのかも。それに親切なというか、ホットな人が多いのです。一回など、「駅はどちらになりますか?」とちょっと質問しただけで、15分以上ある駅まで付いてきてくれようとした人も...。本当は駅が知りたいのではなく、ANAホテルまで行きたかったので、目安として「駅の方角」を聞いただけなのだと、わかってもらうのに一苦労したくらいだった。十勝ぜんざいで元気を出したペンギンはあれから阿寒バスの営業所へ行き、釧路市湿原展望台までの切符を買ったのです。ここまでいけば、とりあえず湿原を望む展望は得られるはずなので。営業所のおじさんはバスの時刻表の印刷してある紙にブルーのラインマーカーでサッサッと線をひき、「ここからバスに乗ってね、戻ってくる時はこのバスが最終だから」と丁寧に教えてくれた。駅前には釧路バスの『石川啄木』バスもいました。どれくらい揺られただろうか、予定より長くかかり、50分くらい。釧路市湿原展望台は、湿原の南西の一角に『谷地坊主』をイメージして建てられた展望台で、3階と屋上が湿原の展望台。2階は湿原の地形、地質、遺跡、動植物などの展示コーナーになっています。少しでも明るいうちにと、バスが到着すると、360円の入場料を払い、エレベーターで屋上に上がりました。大きな湿原の展望が開けていました。大きな写真はこちらに飛んで見てね!屋外には2.5キロの遊歩木道もあるのですが、往きのバスで一緒だったサラリーマン風の人が行ってみたら、一人の方は危険なのでおやめ下さいとのこと。それに、鈴を付けてくださいなどと書いてあり、怖くなってやめたと言っていました。 ひとしきりの時間を過ごすと、2Fへ下り、湿原に暮らす色々な動物達のことを展示してあるコーナーをじっくり見ました。その中でも、私は丹頂鶴にひときわ心をひかれてしまったのです。大平原で大きな羽を広げて求愛のダンスをしたり、誰が教えたわけでもないのに、夫婦で交代で子育てをする姿など、その美しい姿はもちろんですが、懸命に生きてゆくその健気な姿になんだか、せつなくさえなってしまったのでした。さて、一応湿原を見渡すこともでき、少しは安心し、夕食は宿泊者割引のあるプリンスホテルのビュッフェディナーに行くことにしました。ANAホテルのバイキングも考えたのですが、こちらは少し安かったので何故なのか調べたら(この調査意欲をなぜ塘路に生かさなかった...)どうやらプリンスの方はスイーツも込みになっているのに、ANAのほうは、1000円で別のスイーツだけのプランを組んでいる所を見ると、プリンスの方がスイーツ充実かもしれない、との結論になったわけです。17Fのレストランへ行くことにします。釧路のラーメン、ステーキをはじめとする洋食一通りのほか、勝手丼(自分で好きなお刺身を好きなだけご飯に乗せてつくる丼)のコーナーもあり、ケーキやフルーツなど、お腹いっぱいに食べました。明日は東京に帰ります。15:15分のJAL1146便、満席とのこと。少し早めに行った方がいいかもしれないなぁ。往きは団体にやられ、希望の席に座れなかったのです。夕食後の散歩で私は鶴のことが忘れられないでいました。本当は明日は幣舞橋の向こう側を歩き、最後にフィッシャーマンズワーフでおみやげを見て回るつもりでいましたが、そんなことはもうどうでもよくなりました。帰宅してからペギ夫が「あれ?いつもより、おみやげが少なくない?」と言っていたのもこのためだったのです。せっかく釧路に来たのだから、この目で鶴を見たい!!なんとか、方法はないものだろうか。ありました!空港から5分くらいの所に『鶴公園』があるのです。本当は金網の中の鶴なんてかわいそうなのですが、もうこうなったら致し方ありません。空港へのシャトルバスを2~3本早めのに乗って、早めにチェックインし、荷物を預けて、そこへ行こう!今回、同時期に道東を旅された「けんけん1958さん」の写真をご覧下さい。大自然の素晴らしい臨場感溢れる作品に心が洗われます!続きます...。
2006.10.27
さて、お名残惜しいのですが、ノロッコ号は塘路駅に到着。今思えば、このノロッコにもっと乗っていればきょうの失敗はなかったのかもしれません。ノロッコはこの時期一日に一本しか運行されておらず、一回降りればもうそこまで、ということになります。そこへもってきて、そもそもなぜ下車駅に「塘路」を選んだかといえば、主な見所二箇所をカバーできるという点(遠矢~釧路湿原と細岡~塘路)でした。手前の細岡で降りようかとも考えたのですが、そうすればU字蛇行はみられないし、カヌーで遊ぶ人にはいいだろうけど、なぜか塘路のほうがうまみがあると、誤った判断をしたのでした。いえいえ、「誤った」というと語弊があります。団体さんやバスで移動する方、レンタカーの方にはそれは素晴らしい所だったのでしょう。道東に車なしでフラフラと訪ねていき、足だけでまわり良い写真を撮ろうなんていうのは、北海道を甘くみていました。ノロッコを下車した私は塘路からさらに先、摩周湖のほうへ行く在来線の時刻表を見て、その時間が約2時間半後であることを確認し、さきほどノロッコレディが「~~~などのきれいな景色が望めます。お時間のある方は是非散策されてみてはいかがでしょうか...」というアナウンスに『時間?あるある!散策?オッケー!』とルンルン気分で言われたとおりに駅舎を背にして左方向にズンズン歩き出したのでした。ズンズン....ズンズン...ズンズン...ズンズン...ズンズン...ズンズン... テクテク...テクテク...テクテク...テクテク...テクテク...テクテク.... ズンズン...ズンズン...ズンズン...もひとつおまけにズンズン...ズンズン... 言われた通りに歩けばそのうち標識でも出てきて、きれいな所に出るのだろうと、あまり深く考えずにいたのですが、歩いても歩いても歩いても...ただただ道が続くだけ。なんだか、私よりも先に行った人たちが文句ありげなブーーーーっとした顔で駅の方角に戻っているではありませんか...。...ちょっと不安になってきたところで、標識が見えてきました。『よしよし、これでいいのよ、これで』と標識と握手したい気持ちになったのですが、この標識を左折したところで、これからさらにまた果てしなくこの道が続くことに呆然とさせられました。なんだか、空模様も私の心中を察してか同じようなどんよりした色に...。そこにカヌー教室の親切な女性ドライバーが停まり「どこへ行くの?この先、歩くと大変よ!乗せてってあげるよ」と声をかけて下さったのですが、乗せてもらったとしても、帰りは多分果てしないこの道を、時間を気にしながらまた歩くハメになるのだろう、と思い、ご親切には感謝しながらも丁重にお断りし、もう駅に戻ろうと思いました。『ノロッコレディーよ。さっき君は言わなかったかい?お時間があったら散策されてはいかがですか、と。徒歩では無理ですよなんて言ったかい?え?そこんとこ、どうなの?それに2冊読んだガイドブックにも、ビューポイントにすぐに着けるようなことは書いてなかったかい?』なんて恨んでみても仕方がないので、ひたすら歩きましたが、くやしいので道端のコスモスの写真を撮りました。ボケてました...。塘路駅に着くと、併設の喫茶店で地元産の飲むヨーグルトやアイスクリームなどを楽しんでいる人たちでいっぱいでした。そこへタイミング良く汽車が...。手前のホームということは多分釧路に戻るのでしょう。もう摩周湖に行くエネルギーなんて、どこを叩いても出てきやしません。あとは市内でもブラブラしてりゃいいや、なんて、その釧路行きに乗り込んだのです。釧路に戻ると、1時をまわっていました。お昼を食べていないことに気付き、構内のおそばやさんでかしわ南蛮を食べました。おいしかったけど、おつゆが濃いなぁ。今度は何か甘いものがほしくなったゾ。そこで、やはり駅構内の本屋さんで本を買って構内のミスドかサテンでゆっくりしよう。ところが、行ってびっくり!駅を通るたびに視界に入っていた本屋さんはなんと、漫画の古本屋さんだったのでした~orz...持参した本はホテルの部屋。まぁ、いいや、と手ぶらでサテン『豆地蔵』に入り、おぜんざいを注文しました。かなり待たされて、出てきたおぜんざいを、きょうの失敗にうちひしがれながらいただきました。メニューを良く見ると、十勝のぜんざいなどと書いてあります。『釧路で十勝のぜんざいか、まぁいいや...』とヘロヘロのペンギンは思ったのでしたが、しばらくすると、かしわ南蛮とおぜんざいが効いたのか、モリモリと元気が復活してきました。『まだ2時だ。敗者復活には十分な時間がある。街歩きなんて明日でいいさ』ムックリと立ち上がり、豆地蔵の会計を済ませ、阿寒バスの事務所に向かって歩き出しました。続く。きょうは干物だよ!いかが?
2006.10.26
目覚ましは8時15分に仕掛けておきました。本当は、きょうは犬の世話もないのだし、ゆっくり自由に寝ていられるのですが、万一汽車の時間に遅れたら大変ですからね。夕べはとても良く眠れました。朝食は、このホテル17F「Top of KUSHIRO」でバイキングです。窓側の港の見える良い席は、そのほとんどが一人旅らしい人に占められていました。もともと窓側の席は三角形で窓を取り囲むようになっていて、最大2人までしか座れないのです。ペンギンは洋食中心でプレートをまとめ、最後にミニクロワッサンと丸いかわいいチーズパン、コーヒー、ヨーグルト、フルーツを持ってきて、窓側の港の見える良い席に着席。良いお天気のようです。窓の外に見える港はキラキラと光って、漁船らしきものも見えます。道路標識までクッキリと見渡せて、真っ直ぐ行くと十勝なのか、なんて思いながらきれいな水平線を眺めました。自分の小さなデジカメ、それが壊れたら困るので借りてきたペギ夫の少し大きめなデジカメ、念のためジャケット、ペット茶、ガイドブック、お菓子、メモ帳...となんでも詰め込んだバッグを抱えて、釧路駅まで歩きます。お楽しみの『ノロッコ号』は11時08分に釧路を出発します。 『ノロッコ号』とは、釧路湿原東側に敷かれた日本一のろい列車。湿原を蛇行する釧路川に合わせるようにゆっくりと走るからとても臨場感があります。ビューポイントでは時速30キロにまで落としてくれます。機関車の後ろから1号車(自由席)、2号車(自由席・展望車)3~5号車は展望車で、すべて指定席になっています。きょうは、あらかじめ塘路駅までの展望指定席を取ってあります。 駅にはあまりにも早く着いてしまい、駅員さんに聞けば、ノロッコは出発の15分くらい前にはホームに現れるとのことなので30分くらい前にはホームに移りました。ノロッコが入ってきます。進行方向左の景色が良いということなので、座席指定した場所は5号車15A。ここは3人3人の向かい合わせの席で、ガラガラのはずだったのに、ほぼ満席。進行方向右側のベンチ様式の席はすべて空いていました。3人家族がテーブルに、あたりめを広げていて、5号車全体が、猛烈にあたりめ臭いですが、めげずに出発です!ガイドブックには『沿線から手を振る人たちに手を振り返すのも、また一つの楽しみです』なんて書いてあったけど、本当にたくさんの幼稚園児がこちらに手を振ってくれます。3号車に、ノロッコ号のオリジナルグッズを売っているそうなのでさっそく偵察に向かうと、ノロッコレディ(車内のガイドさん)もそこでアナウンスをしていました。ボールペンと絵はがきを買います。釧路(11:08)→東釧路→遠矢→釧路湿原→細岡→塘路(11:52着)ですが、一番目の見所は釧路湿原に向かう途中。新旧二つの岩保木水門が見えるのです。昭和6年に釧路川の洪水を防ぐ為に設けられた岩保木水門なのですが、昭和8年以降一度も開かれていない為「開かずの水門」なんて呼ばれているそう。手前には平成2年になって新しく作られたコンクリート製の新岩保木水門があります。次の見所は、動画で撮ってきましたので、よろしかったらこちらクリックしてご覧下さい。細岡~塘路間です。屈斜路湖を水源とする全長154キロの釧路川ですが、釧路湿原を大きく蛇行しながら縦断し、太平洋に注ぎます。U字にターンしている様子がおわかりいただけるかなぁ...。電線がちょっと邪魔だったけど。これを過ぎれば、もうあっという間に塘路駅。駅舎は小さいのですが、ちょっとした喫茶コーナーが設けられていました。駅舎の脇にかわいい鹿さんがいました。続く...。(このあと、ひどい目に会う)いくらの次はなぜか釧路湿原ジンギスカン。
2006.10.25
考えてみると、今年も3月以来一人旅に出ていないことに気付き、出かけてきました。場所の選定は、今年の年と月の吉方がダブった北東方面、方位取りも兼ねます。北海道も札幌(複数回)、定山渓、函館、小樽はまわったので、まだ訪れたことのないところに行ってみたかったのです。情報によると、釧路はこれといった観光ポイントもない、ということはわかっていましたが、お魚の好きな人にとっては行く価値ありです。加えて今回は、釧路湿原を走るノロッコ号も予約しました。出発日JL1143便は、通路側だったので、ゲートで待つ大勢の行列が大方機内に納まってから乗り込みました。機種はAB-6、エアバスです。ジャンボに比べると、小さめだし、何よりJALは久しぶり。先日の、添乗員の友達の「いや、むしろJAL」という言葉が頭から離れず、たまにはJALにも乗ってみようかと決めたのでしたが、この日は気流の悪い所が多く、よく揺れました。が、無事釧路空港に到着。時間はまだ2時40分なので、ここから阿寒バスで阿寒湖の方へ行ってみようと、阿寒バスのカウンターの女性にバスの時間を尋ねると、「えっ!?これから?!釧路に帰ってきたら、もう真っ暗だわ....きょうはもう...」ととても虚しそうな顔をするので、地元の人の言うことは聞いておこうと思い、素直に釧路駅行きのシャトルバスに乗りました。釧路駅まではバスで50分、910円なので、アクセス環境はまずまずといえます。バスの車窓から、なんだか時代が寅さんの頃から止まってしまったような印象を受けました。ホテルまで歩いていると、ウミネコの鳴き声。うーん、なかなか渋い所だ...。和商市場にも寄ってみます。今回は釧路プリンスホテルに二泊します。本当は和商市場で勝手丼を食べるのもおもしろそうだったのですが、一回ホテルにバッグを置いてしまったら、もう先ほどの所に戻る気がしなかったので、今度はフイッシャーマンズワーフMOOに歩き、館内の『港の屋台』で、海鮮丼を食べることにしました。おばちゃん二人がお袋の味をいろいろと食べさせてくれる所です。ここの海鮮丼、よく考えると、雲丹こそ乗ってなかったもののくじらのお刺身なんて乗ってたりして、味噌汁、香の物付きで980円は安いなぁ。このほかに、わかさぎの唐揚げ、鶏軟骨等をつまみました。こちらで、拡大海鮮丼が見られます。釧路は、一人旅の女性が目立つ所でした。この屋台にも途中から一人旅の女性が加わって、4人でおしゃべり。一人旅の彼女とは、同じホテルの同フロアでした。良かったらレンタカーを借りているので明日一緒にまわらないかと誘われたのですが、明日はノロッコ号の列車を予約してあったので、あれだけ食べたのに、ホテル売店で二人ともケーキを買ってお別れしました。さぁ、明日はいよいよ待望の『ノロッコ号』に乗ってみます。いくら、たまらんネェ~(´ー,`)
2006.10.24
クルーズも無事に終わり、円形劇場、お買い物、コリント運河とツアーはスムーズに動いていると思った矢先、ガイドのKさんが、今晩は都合で来られないと言う。自由参加のリカベットスの丘が残っていたが、今晩は昼間のドライバーさんとはまた違う方が来るそう。日本語はもちろん、英語も話せないらしい。唯一ギリシャ語が話せるだけ。大いに焦った私は「あ、ちょっとKさん、やっぱり不安ですよ」と訴えるけれど、「ダイジョブダイジョブ。まず会ったら私は添乗員ですって言えばいいよ」私は添乗員です...「イ メ アルヒゴス」あ、その前にこんにちはだな。こんにちははね...「ヤス」でいいよ。と、いとも簡単にペラペラペラペラ...余裕のない私は「あ、あ!ちょっとちょっと待ってください、ノートに書きます。えーとすみません、こんにちはは何でしたっけ。あ、そうじゃない、夜だからこんばんはですよ、Kさん」なんてたじろいでいると、Kさん「こんばんはもヤスでいいよ」えーーっとこれだけ?困ったなぁ。「もう二言、三言、何かないでしょうかね」とお願いすると、「あ、そうだ。バスを出して欲しい時は『パメ!』って言えばバスを動かすよ」なんて言うのでした。『パメって言ったって、なんか...馬じゃないんだからね』とすっかり困惑したペンギンは、お客様の集まっている所に行き、今晩は自由参加ですが、リカベットスの丘はどうしますか、と控えめに聞いてみた。すると、ありがたいことに、皆さん口をそろえて、昼間、陽に当たりすぎてもはやクタクタなので、おいしいものを食べてホテルでゆっくりしたいとのこと。あぁ~!助かったよ。肝試しじゃあるまいし、もうやってられないよ~、と安心してロブスターのおいしいレストラン『PSAROPOULA』へ。メニューはロブスター、シーフードフライ、スープ、サラダで、デザートにスイカが!昼も夜もシーフードフライで普通ならクレームがつきそうだけど、皆さんご満悦。本当にシーフードのおいしいギリシャでありました。さてやっと帰国のこのツアーの帰国日のスケジュールは...6:45 モーニングコール7:30 バゲージダウン8:20 ホテル出発8:45~8:55 国会議事堂にてスナップタイム9:00~9:15 フィロパポスの丘にのぼりスナップタイム~10:40 アクロポリスの丘10:50~11:30 買い物 空港チェックイン。フランクフルト系由で成田へ東京での打ち合わせで知ったのですが、本来ならばギリシャ発16:45のOA163便でフランクフルト着19:45の予定が、13:55のルフトハンザ1083便に変更、FRA着が15:50となり、成田への乗り継ぎ便である日本航空408便の出発時間21:40までの乗り継ぎ時間が6時間もあいてしまうことになるのです。会社からは一人15ドルの予算で、フランクフルトの空港内レストランで17人分の食事を手配するように言われていましたので、フランクフルトに到着するや、再集合時間と場所を皆さんにご案内して、即、適当なレストランを探しにかかりました。予算一人15ドルですから、あまり高級でもいけない。かといってカフェでもいけない。そして、17人がいっぺんに入れそうな所...。やっとみつけ、相談を持ちかけると、これまた英語のできない責任者の方がいらして、ドイツ語のみ。私のドイツ語レベルは簡単な挨拶のみ。メニューにはないけれども、この予算で簡単にドイツらしいものを食べさせて欲しいのだというこちら側の要求を筆談で(絵などを使って)伝えて、ソーセージ、ザワークラフトを入れたとても良いメニューを考えて提示してきて下さったのです。(ソーセージ、ザワークラフト、トマトスープ、ドイツパン、フルーツサラダのアイスクリーム添え)予定になかったこのドイツでの食事はいうまでもなく、お客様は大変喜んでいました。あとは、広いフランクフルトの空港内を皆さん、見学されていました。こうして翌日の日本時間16時に成田に到着し、波乱万丈ツアーは幕を閉じましたが、なんとも待ち時間の多いツアーではありました。本場ドイツビールドイツパンドイツ製ソーセージ
2006.10.10
きょうはエーゲ海クルーズのことを書きますね。この日のモーニングコールは6:15分です。ホテルピックアップは7:308時から当社専用の○○○○2世号にてエーゲ海クルーズ!この船の名前を書いてしまうと、ご存知の方にはもれなく、すぐに会社名がばれる仕組みになっているので書きませんが、小さくても良い船です。小さくても、といっても、3階建てです。収容人数は約100名。1Fにはメインダイニングがあり、40人くらいは同時にお食事できます。人数が少ない時にはここでお食事をとります。トイレもあります。が、使用済みの紙を流すことはできません。階段下にはギフトショップまであり、Tシャツやガイドブック、切手つきハガキ、フィルムなどが買えます。2Fには中央のバーを挟んで部屋があり、通常は船長さん以下、16人のギリシャ人スタッフ(ちなみに、ハチャメチャ明るいし、フレンドリー)日本人ガイドさん1名、あと、ギリシャ人のL/G(ローカルガイド)さんがいます。希望者は操舵室で船長さんと記念写真を撮ることもできます。その他、甲板デッキで椅子は後方に40、前方サロンに35です。3Fはデッキになっていて、椅子が25あります。天候や波の高さによって寄港地や時間をアレンジしますが、通常は下記のスケジュールです。10:45~12:15 イドラ島12:15~ ランチ(船上にてビュッフェスタイル) メニューは、オリーブオイルたっぷりギリシャサラダ、グリークピクルス、タラモサラダ、シーフードピラフ、スズカキヤ(ミートボールのトマトソース煮)、イドラスペシャル(白身の魚の、ワインと生クリーム煮)、オーブン焼きポテト、シーフードいろいろのフライ(←これが超最高においしいのです)(←皆さん、相当感激していました)、チーズ色々、アイスクリーム、珈琲or紅茶14:40~16:40 エギナ島(希望者はアフェア神殿へ)18:15 アテネ着...と、ざっとこんな具合です。私達は、前日にお客様の希望でアンギストリ島で水泳をする予定でいたのですが、前の日に人身事故があったとかで、中止にしました。その分エギナ島で時間を若干多めにとりました。4人の方がTAXIでアフェア神殿へ。その他の方はおいしいたこのお店にご案内しました。エギナ島、旅ペンギン作の見取り図はこんな感じ。ただし、これは大昔の話ですから、これから行かれる方はどうぞ参考にされませんように!きたなくてごめんなさい。図の真ん中あたりに、農協があるの、おわかりいただけますか?ここは、ピスタチオナッツを買いに、皆立ち寄る場所でした。小袋で、当時150Drm(ドラクマ)でした。これは大袋を買えばお得ということはなく、大きくても律儀に小袋×何袋分、となっていました。添乗員仲間にこれを沢山頼まれるので、ギリシャ帰りは荷物がナッツでパンパンでしたよ!でも、そんな重い思いをしても、やっぱりここのナッツはおいしいのです。すごーーくおいしい!道路沿いにおみやげやさんがたくさん並んでいるのですが、ここには、なんでもありました。絵はがき、革ベルト、ハンドバッグ、リンネンという布でできたスカート、ブラウス、麦わら帽子、サングラス...なんでも。私もここで買った、白いネグリジェ今でも愛用していますよ。たこやさんの、たこを食べさせてくれるテーブルなんですけどね。たこやさん、魚やさんにいっぱいテーブルがあって、どこがどこのかわからないんだけど、皆幸せそうに入り乱れて、たこを食べてた。焼きたこより、ゆでたこのほうがおいしいです。レモンをチュッと絞った、アツアツのたこ、ちょっとおいしさを文字で説明するのは無理ですね。なんだか、お天気も良く、幸せなエギナ島なのでした。この旅は、あと少し続きます。立体のフォトフレームピスタチオアイスリトグラフ
2006.09.22
エーゲ海に行く前にちょっと休憩です。夏のお祭り騒ぎも過ぎ、これからは秋のしっとりとした旅を楽しむ季節になってきましたね。行き先重視派の方もいらっしゃるでしょうけど、歩き回ってクタクタになって戻る、ホテルの自分の部屋。快適なものであるにこしたことはありません。見所があまりにも多い土地だと、ホテルの部屋なんてちょっと寝に入っただけで、あんな良い部屋を取ってなんだかもったいなかったなぁ、なんてこともままあるのですが...。今まで泊まってみた部屋で、地理などは度外視して、こういうところが便利だったとか、ここは使いづらいなどというの、普段はあまり意識しないのですが、いざまた宿泊してみると「あーまた、これはちょっと不便なのよ」なんて思うことがあります。まず、女性の観点から見てみると、部屋においてあるアメニティグッズが充実しているところはありがたいです。綿棒まで入っていてコットンも入っていると、マニキュアを塗りなおしたりする時、非常に便利ですね。禁煙ルームもありがたい。それからバスローブはもちろんあったほうがいい。いくらお風呂でいい気持ちになっても、汗をかいた直後に来たパジャマをそのまま着て寝るのはちょっと厳しいですから。あっ!それからバスタオルは1枚でなく、一泊に付き2枚はほしいです。ハンドタオルも大体足りなくなりますね。そういえば、シャワーのヘッドが海外に行くと、固定式なことが多くないですか?私の泊まった所が古いところが多いのかな?蜂の巣みたいなのがドーンと壁の高い所に固定されていて、なんだか、自由自在に動かせる自宅のシャワーに比べると、すごく不自由な感じ...。ベッドは、一人で↑これくらいのサイズが好ましい。マットレスは固すぎず柔らかすぎず。枕も、クローゼットに予備の物がほしいものです。ベッドが独り占めできる時はもう一つの枕を重ねるからいいのですが、そうでない時は大体枕が低すぎる...!枕が合わないって結構辛いです。備え付けのお茶ですが、カフェインの入っていないものもほしい。日本の場合も、緑茶や紅茶のティーバッグだけだと、夜が困ってしまいます。スリッパはマイスリッパ派が多いでしょうが、そうでない場合も、お持ち帰りOKのタオル地タイプ等が置いてあると気分いいですね。日本の旅館は、せっかくチェックアウトを延長しても、冷蔵庫がオート精算でない古い旅館等は係りの方がちょくちょくお部屋に入ってきて、落ち着かない場合もあります。大きいホテルの好きな人、こじんまりとした個性的な宿を好む人、色々だと思いますが、まぁ、清潔でオバケがでなければあまり文句は言いたくないです。最近、国内の北の方にやけに惹かれるのです。...が、国内添乗をしていた頃、バスガイドさんから聞いた、怖い怖い本当にあったお話のほとんどが東北方面に集中しているので、どうも二の足を踏んでしまうペンギンでした。この写真は仕事でよく使わせていただいたメルボルンのハイアット・オン・コリンズの部屋です。シャワーブースとバスタブが別になっていてとても使いやすかった。部屋の明暗がスイッチ一つで微妙にコントロールできるところも気に入っています。あまり明るすぎるのもリラックスできませんね。 ホテルの部屋でもこんなカップで楽しみたいけど。着るだけでセレブ?姿勢を補正してくれる枕ホテル仕様の羽根まくら
2006.09.07
パークホテルフィッツナウはあまりに素晴らしく、お客様から次々に電話がかかりその部屋を見て欲しいと言われ、これまでのハンディを一気に挽回したかのような盛り上がりを見せたのでした。おみやげも買ってしまいました。このエッグスタンドはペンギン家で愛用中のものです。スイスではいつも、家庭用の雑貨、特にキッチンに置くかわいいものを買ったりします。さてしかし、ツアーも6日目。勘弁してくれと言いたいところですが、きょうはこれから、またまた新たなヒヤリ!に見舞われることになるのです。なにも起こらない時は何も起こらないのに、続く時は続くものです...!きょうの予定は、ホテルから53キロの道程をチューリッヒの空港に向かい、13:30分発のOA132便(オリンピック航空)でアテネに向かいます。到着予定時刻は17:00ちょうど。そのままバスの車窓から観光し、宿泊はアテネのグランドブルターニュ。このホテルはシンダグマ広場の前にあり、古い造りなのですが、130年の歴史を誇る良いホテルなのです。そしてこのホテル内のレストランで夕食という、移動のみの日程。さぁ、きょうは何事もないように!スムーズにいきますように!頼むよ!頼む!チューリッヒのグループチェックインはスムーズに進み、エスカレーターで下に下りるとお土産屋さんがあります。ゲート前にも売店、お酒やチョコがこれでもか、と並んでいます。シートアサインはしませんでした。もともとOA側からシートアサインの表をもらわなかったので。たまに自由席のことがあるので、そうなのかと聞いてみるとやっぱり自由席でした。搭乗のアナウンスがあり、機内に入ります。赤いシートがノースモーキングで、緑のシートがスモーキングシートです。皆走ることもなく、淡々と着席します。機内はもうすでにギリシャでした。明るい音楽が流れ、それもいかにも異国情緒を刺激するような...。スチュワーデスの女性の方は、マニュアルモードの接客ではなく、満面の笑みでスナックの入った籠を肩の上に高らかに上げて腰を振って歩いたり、パフォーマンスで機内は大笑いでした。想像してもみて下さい!JALの、あるいはANAのキャビンアテンダントがこんなことをするなんて考えられますか?場合によっては『機内で調子に乗り、我が航空会社の品格を下げた』なんて始末書かもしれません。こんな時、あぁ、ギリシャへ行くのだな。こんな遠いところまで来たんだな。と感慨深いものがあるのでした。パリ、ロンドンあたりまでは、なるほどそうかそうか、という感じなのですが、イタリー、ギリシャ辺りに来ると、本当に異国にやってきたな、といつも思います。OA132便は定刻の30分遅れでTAKE-OFF。機内食はおいしいチキン、サラダ。デザートはタルトです。と、そこまでは良かったのです。ん?今なんか、聞き捨てならないアナウンスが入りませんでしたか?信じられないのですが、アテネへのダイレクト便だったはずのこの飛行機、これからベルギーに向かうというのです。まさか、そんなぁ...!な、なんでなの?焦りで喉がカラカラになり、頭には血が上り、さっそく先ほどの愛嬌たっぷりのスチュワーデスさんに理由を尋ねると、彼女はすっかり真面目モードに入っていて、緊張した声で「今は言えない」と言うではありませんか。スワッ!ま、まさか、ハイジャック?ハネムーンのお客様も、早々に英語によるアナウンスに反応し、「ペンギンさん、なんで!!??」と救いを求めてきます。平和だったのはおばさま3人組だけ。「どうしたの、みんな」なんてキョトンとした顔をしています。私のミスではないはずです。ちゃんとアテネ行きの便に乗ったはずだし。ベルギーったって、着いた後、またどうしろっていうのでしょう?話は逸れますが、ペンギン添乗員の史上最大のミスは、中国にて、行き先の違う飛行機にお客様を乗せたことです。たまたま席の配置も同じでスムーズに座り、離陸前のアナウンスを聞いていたら、西安に向かうはずなのに、しきりに機内アナウンスが「チンタウ、チンタウ(青島のこと)」と繰り返すのです。中国語はわからなかったのですが、さすがの私も変だなと気付くと、もう一つのアメリカ人のツアーの男性添乗員が血相を変えて自分の所のお客さんに「降りろ!降りろ!」と叫んでいました。もちろん、うちも降りました。当時の(18年くらい昔でしょうか)中国には搭乗案内の空港アナウンスなんてものはなく、地上係員の女性の方が小さな黒板に白墨で搭乗案内をサササッと書いて、あっと言う間に黒板消しでパッと消してしまう、というような、そんな信じられない方法だったのです。なので、中国の飛行機に搭乗する時は、通常、ギリギリまでセンディングの中国人ガイドさんが来てくれていて、二人で慎重に確認していました。ガイドさんとは搭乗口でお別れ。それで、乗るほうの私達も場合によっては、ほかの飛行機のプロペラが、ま近でブンブンまわっているようなそんな所を、自分で安全に気をつけながら目的の飛行機まで歩いていく...みたいなそんな世界だったのです。なんて、言い訳じみているけれど、この話は本当です。さて、私達の乗ったOA便が、まったくの想定外のベルギーに到着し、全員機内から出されました。そしてベルギーで停機すること1時間。空港職員に何回も理由を尋ねたのですが、ラチがあきません。また、他ツアーの添乗員が自然と一箇所に集まってきました。「一体、どうなっているんですか」皆でヒマにまかせて身の上話を始めると、偶然かどうか、どの添乗員も「まったく、今回のツアーは散々なんですよ」というような話をしていました。再び機内に乗るように、とのアナウンスで戻りました。すると、機内アナウンスで「労働時間の関係だ」というような説明がありました。労働時間の関係で違う国に行く?そんなのアリなのですか?この騒動のおかげでアテネの空港着が夜の10:30でした。そして、ホテルグランドブルターニュのレストランで、全員で深夜のディナーにビーフストロガノフと、デザートに舌がひん曲がりそうに甘い、お砂糖がザリザリと残るケーキをいただいたのでした。 さぁ、明日はまた早起きでエーゲ海クルーズです。
2006.08.24
飛行機のエンジントラブルの為にモスクワで機内一泊を強いられ、パリでの詰め込み観光、はたまたリヨン駅ではお弁当やさんの手配抜けで、このツアーはもう天から見放されたのかと、ちぐはぐな幕の内弁当を食べながらペンギン添乗員はため息をつくともなくつき、車窓からぼんやり外を眺めていました。特に、ハネムーナー6組に対しては本当に幸先が良くないことになってしまって、彼らの今後を考えると、なにやらシュンとしてしまうのでした。ところがこの時、このメンバーの中に、今向かっているスイスで思わぬ大ラッキーを掴むカップルがいたなんて、誰が想像したでしょう?TGV923をジュネーブで降り、入国審査を済ませ、スイスを共に旅するバスのドライバーのジョゼさんと初対面。スイスでは、出国するまで今回ガイドさんは誰も来て下さいませんので、彼との息が合うかどうかが、楽しい旅にできるかどうかの意外に大切なポイントになります。フランス人です。英語のレベルは私と同程度。ネイティブの英語ではないので、私にとってはかえってわかりやすいのです。つっかえながらも通じないもの同士、なにも、政治経済について論じるわけではないので二人のコミュニケーションで十分です。ウマが合うというのでしょうか、ガイドさんなしの時はやけにウマの合うドライバーと縁があります。楽しかった!一行はバスで253キロの道程、一路グリンデルワルドへと向かいました。ここは、明日のユングフラウ観光に大変便利な拠点です。途中、英国公園花時計、ベルンなどを自由に散策してもらいます。スイスでの1泊目はグリンデルワルドにて、サンスターホテルです。翌日のユングフラウヨッホ観光についての注意点をいくつかご案内し、夕食はミートフォンデュ!油がはねることもあるので、あまり上等の服は着ないようにお願いしておきます。ユングフラウヨッホ観光については、過去の日記に別ツアーの記述が少しあります。(写真はインターラーケンで買った温度計です)さて、そのラッキーというのはこのユングフラウ観光をすませ、向かった先のフィッツナウのパークホテルフィッツナウで起こったのです。1903年創業の歴史を誇る、フィアヴァルトシュテッテ湖(ルツェルン湖)のほとりに佇むベルエポック様式の、それはそれは素敵な、お城のようなホテル。インテリアは白く明るく統一されていて、部屋に入った途端に、今迄の浮世の憂さを忘れてしまいそうなそんなムード!ここでいつものチェックイン作業をすると、なんと、フロントスタッフに低めの小声で囁かれたのです。「部屋割りの都合でどうしても1部屋ハネムーンスウィートが混ざってしまった」と...!room number『733』で、天蓋付きのベッド(よく、白雪姫なんかがお休みになっているあれですね)だということです。にわかにペンギンの心臓の鼓動が激しくなってきました。ど、どうしろというのかっ!ただでさえ、このホテルに泊まるのは素晴らしいことなのに、ス、スウィートルームがこのルーミングリストの中に混ざっているとは...!誰に、このキーを渡せば良いの...?まず、申し訳ないけど、かしましいおばさんの3人組は速攻ハズレだろう。おばさん3人が天蓋付きベッドでお休みに...なんて、あまり絵にならない。一人参加の女性?申し訳ないけど、これはハネムーンスウィートなので、今回はすみません。やはり、どうしたってこれは、ハネムーン6組の中から選ぶことになるのだ!激しく1分くらい葛藤した結果、このような場合の鉄則を思い出しました。前にもちょっと書いたと思いますが、「あまり、他のグループと交流が密でないような大人しめの方!」そうです。何も悩むことはない...!パリのレストランでエスカルゴと静かに格闘していたあの素直なカップル!決定しました。ホテルの外線、内線電話のかけ方、プールの時間、タオルを部屋から持っていって下さいなどの、長くなるご案内は最初に話し、最後に何事もなかったような顔をして、皆さんにキーをお配りし、その中でも『733』は一番最後にお渡しし、皆が解散した後に超ラッキーカップルの袖をちょっと捕まえて事情をお話し、あまり言いふらさないようにお願いします。私も部屋に入ると、全員湖側の部屋にアサインされた為か、次々に皆さんから部屋に「ちょっとペンギンさん!部屋があまりにも素晴らしいので見に来てください!」と電話が入ったのでした。スイスを訪れた際には是非泊まってみたいホテルですね!一件落着!このツアーはこのあと、アテネへ向かいます。『スワッ!ハイジャック騒動?』に続く...。 リンツアーモンドチョコレートハイジのアイスデザートスイスみやげあれこれフロランティー
2006.08.14
さて、予期していなかったエンジントラブルのお陰で、モスクワにて機内で一泊し、這う這うの体で、なんとかパリのシャルル・ド・ゴール空港に到着した我々をまさか、次の困難が待ち受けていたなんて...!バリの空港ではポーターのストライキをやっていたのでした。従って、満足に寝ていないのに、各自自分のスーツケースを無言でバスまで運ぶ羽目に...。多分このメンバーの中に日ごろ、余程の行いの悪い人がいるに違いありません。誰だろう?まだツアーも成田を出発して以来、2日目ということでメンバーのことは把握していませんでしたが、私には心当たりがありました。それはAL(一人参加)の女性の方で、看護士をなさっている50代前半の方。成田を出るなり、私のアサインした座席に文句をつけ、禁煙シートなのに窓側の席でタバコが吸いたいのだとどうしても言い張るのです。でも、ここはきっぱりと(表向きはやんわりと)諦めてもらいました。ホテルはLUTETIA CONCORDEです。サンジェルマン デュプレにある☆☆☆☆のホテルで、添乗員によっては建物が古く暗いと評価をCにつける人もいますが、私はむしろ、落ち着いてロビーも美しく、好きなホテルです。今晩の夕食はここのホテルのレストランで全員で取ります。ダイニングに入る前、『ひょっとするとJALからスペシャルワインの差し入れでもされているのでは?』と想像したりしたのですが、どうやらそれはなく、いつも通りのエスカルゴとアボガドサラダ、スープ、デザートという内容です。先ほどからちょっと注意をして見ていた、大人しいご夫婦の旦那様のほうが、私の隣の席になりました。何故注意していたかというと、ほかの方に比べ口数が少なかったし、体調が悪いのかな?と心配していたのです。でも、お隣で色々お話をするうち、静かで明るい素直なカップルだなぁということが分かってきました。エスカルゴを食べるのも初めてだということで、旦那様が「見てみて、ペンギンさん!このエスカルゴを挟む道具って不思議だなぁ。つかもうとすればするほどエスカルゴが逃げていくよ。どうしたらいいのかな?」なんて、無邪気にガーリックバター味のエスカルゴと格闘しています。一同、まともな食事にありつき、先ほど割り振りした部屋にも問題はなさそうです。私は食事中に、事故のお陰で調整せざるを得なくなった明日のスケジュールのことや、ムーランルージュのオプショナルに行く人は写真撮影は禁止ですよ、とか、服装のことなどをお話しました。パリでの初めての夜におばさまグループも、ハネムーナーも心なしかくつろいだ様子でした。女性のALの方は話もせず、モクモクと食事をしていましたが...さて、一夜明け27日になりました。この日は本当ならば、午前にベルサイユ宮殿観光で、午後はフリータイムです。夕べ、ガイドの方と綿密に打ち合わせをし、潰れた日にするはずだったパリ半日市内観光をこの、午後のフリータイムに繰り入れ、自由食のはずだったこの日のランチに潰れた分の食事を押し込め、それでも自由に過ごしたい方の為に、ランチまでは全員で行動してもらい、ランチ後は自由参加の市内観光という形にしてみました。ちょっと難易度の高いやりくりが必要とのことで、ガイドはベテランのムッシュダントンさんに来てもらっています。でも、潰れた日も、もともと午後は自由行動だったのですから、そんなに悲惨な事にはなりません。この日のスケジュールを順を追って見てみると、9:20~11:20 ベルサイユ宮殿見学12:30~14:00 L’ARTISTEにてランチ(スープ、サラダ、魚のムニエル、シャーベット)...と、ここでランチ後2名が解散。14:25~15:20 オペラにて買い物。ここで6名が解散。15:30~16:15 ノートルダム寺院16:30~16:45 リュクサンブールと、こんなかんじです。これは、解散するより、はっきり言ってバスに乗っていたほうが絶対得です。でも、特別に珍しい所に行くわけでもないので、初めてでなければやはり自由の方が良いのかな?8名の方が最後までバスに乗っていました。さすがはムッシュダントン!当初のプランをなんとか押し込めました。ムーランルージュ希望者は10名です。また添乗員フリーが出ましたのでここは添乗します。7時半にバスでホテルを出ます。まず最初にディナー。ここは、ムーランルージュスペシャルメニューとして、舌平目、ビーフなどのゴージャスなもの。ただしいつも時間が切羽詰っていて、満足に完食できる人も少なく、まだ食べているのに、お皿を取り上げられるような形であっという間にショーの始まりの時間になってしまいます。最初の出だしで、『あぁ、パリに来たのだ』と大音響が胸にジーンと迫ります。ショーが終わり、再びホテルに戻ったのが午前0時半。明日はTGVに乗り、スイスへ向かいます。レポートを書き、ベッドに入る前、きょうガイドさんから小耳に挟んだ言葉にちょっとした胸騒ぎを感じました。それは、パリ東駅では今ストをやっているので、道路が非常に混むかもしれないから、早めに集合してもらって早めにリヨン駅へ向かおう、ということでした。朝になり、TGVの中で食べる幕の内弁当の引渡しにロビー階に向かいますが、お弁当屋さんは来ていません。少し待ってみましたが、ここのお弁当屋さんが遅れてきた事はないので、この時点でものすごく嫌な感じはしていたのです。電話を入れると、案の定...!!義務ではないのですが、余裕のある時はお弁当屋さんにリコンファームの電話を入れていたのに、それをしていなかったのです。いや、忘れてもリストに入っていればちゃんとホテルまでは届けてもらえます。TGV出発の最後のリヨン駅で受け渡すということになり、ガチャンと切れて、あとの厨房の混乱はあまり想像しないように、私達も急いでリヨンに向かいます。道路はやはりすごい混雑です。駅に着くと、ダントンさんに荷物のチェックやTGVのホームへの案内をまかせ、私はひたすらお弁当屋さんを待ちます。あとで聞いたところによると、リヨン駅のポーターさんのリストには私達のグループの名前は載っていなかったということ。これは、ちなみにリコンファームはしなくて良いのですが、なぜ今回は、こう困難が続くのでしょう?10:36には私達の乗るTGV923号はスイスのジュネーブへ向かい出発します。一旦乗ればあとは3時間半も乗るのです。楽天的な私も、だんだん緊張し、なにやらお腹が痛くなってきたではありませぬか!10時半になってもお弁当屋さんの車が来ないのです。駅前は色々な車がごった返していて、もしかしたら奥のほうに、もう着いているのかも!と探すのですが、それらしき車もいない。私達の乗るTGVはもうとっくにホームに待機していて、ダントンさんは皆を誘導して席割をした所に座らせてくれています。メンバーのうち一人が私を心配してホームに出て探しています。それを制止して「ダメだ!乗って!!」と大声で戻している人がいます。そう、この人はうちのツアーに混ざっていた海外特派員の男性Tさんでハネムーンでこのツアーに乗り合わせたのでした。ジリジリと出発時間が迫っています。『TGV乗り場まで、入り口まで障害物はない。あとはこの最短距離を行くのだ』私は何度もシミュレーションをしながら車を待ちましたが、緊張でほとんど吐きそうになっていました。『今度こそはダメなのかもしれない...なぜリコンファームをしなかったのだ...皆に土下座をするのだ...でも待て!車内販売はあったっけ?』色々な考えが頭をグルグルまわりますが、私のミスです。それに自慢ではありませんが、私は駆け足がおそく、50メートル走に11秒もかかるのです。と、そこへ!いつの間にか、お弁当やさんが目の前に立っていて「添乗員さん、バウチャーを!」と言っています。我に戻って手に握り締めていた汗まみれのバウチャーを慌てて投げるように渡すと、横にツアーのメンバーのTさんがいてくれるのに気付きました。「ペンギンさん、早く!」と私と一緒に2段構えの特製幕の内弁当の乗ったカートをすさまじい音をたてて押して走り出しました。パリ、リヨン駅にそれはそれはけたたましいカートの音が響きます。途中でダントンさんにすれ違い、何やら言っていますがわかりませんでした。多分、「またパリで待っているよー」とか何とか言っていたのかもしれません。ハイ、来ますよ、またね。でも今度はお弁当のリコンファームは絶対に忘れない。私はおかし過ぎて笑っているのか、泣いてはいないつもりだったのですが、涙目だったことは覚えています。お弁当17個とTさんと私とがドアの内側に辛うじて乗ったところで真後ろでドアが「バムッ!」と閉まりました。 しばらく放心... スイスに向かって何事もなかったようにスイスイ走るTGV車内。そう混んでもいなく、ほとんど我々メンバーだけの車内でした。すると、お客様から「ペンギンさーん、ちょっと来て下さいよー」と、声がかかりました。「僕のお弁当には卵焼きが入ってなくて、彼女の方には卵焼きは入ってるんだけど、煮物が入ってないんですよ」と、お箸で指して説明してくれます。すると、あちこちのうちのメンバーから、「ちょっとー、アハハハハ!この酢の物の量は何ー?」皆でお弁当を見せ合うと、厨房の混乱振りが手に取るように想像できる、すばらしいちぐはぐなお弁当で、大笑いしてしまいました。本来ならば、ここの特製幕の内弁当のメニューは、二段構えで下が白ご飯。上段には、トンカツ、煮物、つくね、卵焼き、焼き魚一切れ、酢の物、果物...が正しいのですが...!このあと、ツアーはスイス、ギリシャへと続いてゆきます。超特急の切手6種ムーランルージュのポスター。昼のもあるけどやっぱり夜ですね!ヨーロッパ世界遺産のDVDです。
2006.07.14
前回の日記からまた一ヶ月も経ってしまいました。きょうは、ある年の6月に起こったJAL機のトラブルを書いてみます。飛行機で色々な所に旅行していると、『あぁ、もうダメなんじゃないか』とか『揺れて揺れてもう落ちるんじゃないかと思った』というような経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。これを読んで下さっているあなたは、今まで何か危険な目にあったことはありますか?私は『揺れた』経験なら、台湾上空でジェットコースターも真っ青の目にあったこともありますが、あとは普通の揺れ程度で、飛行機に乗っている割には運がいい方なのかもしれません。でも、この日ばかりはとても運が良いとはいえないツアーの添乗に出てしまいました。『エーゲ海クルーズとアルプスシャトー9日間』。普通のツアーになるはずでした。PAX構成はハネムーナー6組とおばさま3人組、それにAL(一人参加)の女性が1名の総勢16名+添乗員1名。6月25日モスクワ系由PARIS往き JL441便 12:00 成田出発 → 16:45~17:55モスクワにて休憩 → 19:40 PARIS着 の予定でした。そして25日普通に到着後、26日午前中からPARIS市内観光が入っていました。それが、私は飛行機のことについては全くわからないのですが、モスクワに向かっている最中にどうやら第4エンジンが作動しなくなってしまったらしいのです。なんでも、全部で4つついているエンジンのうち一つくらい故障しても飛ぶことができるそうなのですが、この飛行機はモスクワに到着したら最後、もうその日のうちに再び飛び立つということはなくなってしまったのでした。それも最初のうちは、それほどのこととは思わず情報も入ってこないため、よくあるちょっとした遅れだろうとタカをくくっていたのですが...以後、その日の添乗レポートからです。17:55 モスクワ出発予定時刻だが、機体は少し滑ったような気がしただけで、すぐに止まってしまった。キャプテンより機内へのアナウンス 「第4エンジン不調のため出発が20分程度遅れる見通し」キャプテン 「かなりの時間を要する」しばらくして「出発はかなり遅くなる」キャビン及び機体の様子 機体が少し後ろにバックし修理に入ったような様子。機内では飲み物サービスが始った。止まったままの機内でディナーのサービスが始った。キャプテン 「修理の部品がソ連内にない為、今日中の出発は絶望的になった」スチュワーデスはディナーの片付けを済ますと、「地上の職員と交代いたします」と言い残して全員降機。しばらくすると、係員として、地上の女子社員が一名、機内に乗り込んできた。キャプテン 「今、代替機の交渉をしているところ」暫くたったあと、キャプテン「代替機の手配ができたが、アエロフロート機の為、機材が小さく、全員乗れない」このあたりからでした。機内がザワメキたってきたのは...ファーストクラスには偉い政治家が乗っていて、しかも大事な仕事があったらしく、職員と激しく揉めています。外国人の方もかなり激昂して、職員につかみ掛かっている男性もいました。後でわかったのですが、うちのツアーに、海外特派員の方が含まれていて、この方は始終黙って機内の様子を、そしてJALの出方を見ていたようでした。(この男性は後々、パリの駅構内をお弁当の乗ったカートを私と一緒に押しながら全力疾走することになる方なのでした)一方、この飛行機には2グループのツアーが乗っていて、一つは私達。あと一グループはJALパックでした。JALパックの方は男性添乗員で、二人で「何としても片方のグループだけが先に行くというのは避けましょう」というような話をし、今後のことは同業者同士結束してお客様をできるだけイライラさせないように、情報を共有しましょうということになりました。地上職員より「非常に申し上げにくいが、代替機の手配ができないし、モスクワ市内のホテルも人数分の確保ができない為、今晩は機内にてお泊りいただくことになった。飛行機の部品は明日の昼頃届くので、パリに向けての出発は明日の午後2時半頃になる予定」とのアナウンス。そして、JALパック添乗員と私が呼ばれ、「今回のお詫びとして、特別なオプショナルツアーをつける」ということでした。(でも、これは、パリにいる間は事故処理係と連絡が取れず、処理は会社にまかせてスイスへと移動しなければならなかったのでした)私は動きがとれず、電話ができないので地上職員に託して、○○○パリ支店に連絡をとってもらったのですが、支店が閉まっていて、今後のガイド、バスの配車、レストランの変更などが支店の社員宅からJAL職員を通じて入ってきました。うちのお客様は別に差し迫った用事がある方もいない為比較的平和で、読書をする人、眠る人...という感じでしたが、「ツアーの終了を一日ずらしたらどうですか?」と言う方もいらして、そんなことになったら、何カ国の手配を変更するのか想像しただけでも気が滅入るし、ありえないことなので、私としてもそれはないと断言しましたが、皆一様に、パリが一泊潰れた分はどうなるのですかと心配なさっていたので、集まってもらい、可能な限り日程は埋め合わせ、回復させる旨をご説明しました。しかし残念なことに、こうした航空機の事故や悪天候によるツアー日程の遅延については、会社としては保証の範囲外であることもお話しなければなりませんでした。このような時に、うっかり「申し訳ございません」というような言葉は発しないように注意しなければいけません。後々困るのです。ハネムーナーの方には特に、人生の出発がこのようなことになり、お気の毒で申し訳なく思いました。機内にはビール、ジュースがダンボールでバンバン大量に積み込まれて、飲み放題。ギャレーのコーヒーなどは皆、すでに勝手に操作して飲み放題になっていました。 食事はモスクワのターミナル内の『レストラン藤』が午前3時まで開放となりましたが、これもはっきりとした案内があったわけでもなく、JALパックの添乗員と私が口伝で知ったことでした。メニューは、ラーメン、カレー、おにぎり、おそば、うどんといったもので、食べ放題でした。『あぁ、私もお腹がすいた、ラーメンが!ラーメンが食べたい!本当だったら、今頃パリのホテル、Lutetia Concordeのフカフカのベッドの中なのに...』と思ったところで、パリのムーランルージュのオプショナルツアーの集計を取っていなかったことに気がつき、あわててターミナル内や機内にいらっしゃるお客様一人ひとりに尋ね、走り回りました。集計が終わると地上職員に託したのですが、これは何故か電報を打ったようでした。皆さん「ペンギンさん、もう藤のものは食べ飽きましたよ」とか、「土産がこけしばっかり...」なんて、グッタリしていらっしゃいます。さて、一夜明け機内はというと、トイレの水は正常に流れますが、飲み水やトイレ内の手を洗うきれいな水が尽きています。従って、歯も磨けない状態でジリジリとした時が流れていきます。夕べ怒っていた政治家はどうしたのでしょう。外国人は?どうやら皆、諦めた様子...お昼になり、そしてゆっくりと、お昼が過ぎてゆきます。もうお腹が減っているのかどうかもわからなくなりました。機体の様子は、やっと部品が届き修理が行われている模様。13:30 機内清掃をするので全員機内から出てほしい、とのこと。14:30 夕べと同じクルーが乗り込んできて、私達を機内へ迎えました。クルーは全員さっぱりと、良く寝た顔だ!(そうだろう、そうだろう)そして、15:30 修理を終えたJL411便はパリに向かって飛び立ちました。パリの遅れはパリにいるうちに取り戻すということで、自由行動は当然削られ、予定を大幅に変更して、ハードな日程になりました。実はこのツアーはこの後、まだまだ大変だったのですが...長編にお付き合い下さいまして、ありがとうございます。世界7カ国の時刻がわかる粋な時計。
2006.07.11
前回の更新から1ヶ月も経っていました。これでは楽天日記ではなく、楽天月記です!もう皆さんには忘れられているかも...きょうは昔使ったあんちょこを少しだけお見せします。初めてアサインされても、添乗員だって行ったことがない場所な時もあるのです。当然会社には、資料室のような所があって、過去のレポートが自由に参照できるようにはなっていますが、本当に信用できるのは極々最近戻ってきた人のレポートだけ。空港だって入国書類だって、私達になんの断りもなく急に変わることもあるのです。それに、文字なんか読んでいたってはっきりいってわからないし、ますます不安になってくるのです。やっぱり頼りになるのは、横のつながり。仲間なら、どこが一番知りたいか、何を知らないと困るか一番わかっていますから、本当に親身になって教えてくれます。困った時はお互い様で、「初めて○○○が入った」ということになれば、そこに詳しい仲間に直にレクチャーしてもらえます。場所が喫茶店になれば、もちろんそこではおごります。そして初めてギリシャ添乗に出た時は「あ、ついでに農協のピスタチオナッツ10袋頼む」なんて言われたものでした。そのかわり、自分が詳しい所は次回は誰かの為に教えてあげることになります。ガイドさんが付かない添乗員泣かせの難所は、以前にも書いたスイスのユングフラウヨッホ観光やルツェルン、ドイツのロマンチック街道など、このほかにも本来なら付くはずなのに同じ会社でもワンランク低いブランドの格安ツアーにアサインされると、思わぬ災難にあうこともあります。添乗員とガイドさんを混同して考えているお客様がいますが、ガイドさんはその土地に詳しい方。添乗員はあくまでも、皆さんにお約束した宿泊施設、食事などが快適に提供されているかの、行程と時間の管理者です。きたない殴り書きですが、これはカナダのカルガリー空港からバンフに向かう、2時間140kmの道程についての、『ここでトラの巻を読む』合図になる、いわば下書きです。(当時の苦労が偲ばれます)紙の真ん中に引いてある緑の線の左が車窓から左側、右が右に見えてくる風景です。仲間からきいたポイントポイントと、おおまかな山の形。こんなものが本当に命綱になるのです。もちろん、詳しい正式なガイドは資料室から持ってきてありますからそれを参考にすることは言うまでもありません。ところがところが、最初の1~2回は初めて見る山にシクハックで、どれも似たような山に見えてしまうもので、たまにですが、間違えてご案内することもあります。そういう時は途中のトイレ休憩などの時にドライバーさんがこっそり「おい、さっきは違う名前を言っていたよ」なんて大笑いします。彼らはもちろん日本語はわかりませんが、妙なポイントで違う山の名前が出てくれば、やはりおかしいと思うのでしょう。先程も書いたように、添乗員に植物のガイドまで要求してくる方がいて、「あれは何の花ですか?あれは何の木ですか?」としつこく尋ねる方が一番困ります。有名なよく聞かれるものについてはおさえてありますが、世界中の道端に咲いている花の名前を、一人ぼっちで全部知っているわけがないのですから。資料途中にこのような箇所があります。---------途中抜粋---------ケンモアを越えてしばらく行くと、緑色の屋根の小屋を通過する。ここはバンフ国立公園の東側ゲートで、一般旅行者はここで公園使用料を払う。バスの場合は払わなくて良い。(PWTはバス会社で払い、Brewsterは許可証がバスに付いている為フリーパス)国立公園内での注意事項は1.ゴミを捨てないこと2.花、草、その他の自然の物を、たとえ石といえども公園外に持ち出さないこと3.動物にむやみにエサをやったり、いじめたりしないこと4.焚き火用に木を切らないこと--------------------------と正式にはここまでなのですが、私はいつも、さらに一行付け加えていました。5.添乗員に道端の花について何の花ですかと聞かないことこれは危険なカケです。カルガリー空港からバンフまでといえば、大体ツアー一日目です。まだ親睦も深まっていないところにもってきて、悪くでれば「なんだあのガイドは!」とそのあとの行程はかなり厳しいものになるでしょう。ワンテンポおくれて、車内がドッと沸けば、逆に大成功です!メイプルシロップ案内は本でどうぞ!DVDで世界遺産を楽しむ
2006.06.12
今、Bunkamura ザ・ミュージアムで「ポンペイの輝き」というイベントが開催されているようですね。音声ガイドも用意されており、ポンペイの地図を片手に2000年前のヴェスヴィオ山のあの運命の日にタイムスリップできるらしいです。もういらした方もたくさんいらっしゃるでしょうね。ナポリ・ポンペイのツアーは、ローマからのオプショナルツアーとして設定されていることが多く、遺跡に興味の無い方はローマでのショッピングを楽しまれますが、参加者が多く、添乗員分のフリーが出たときは、私も必ず出かけていました。遺跡を歩いて喉がカラカラになるのですが、出口から少し離れた木陰の所にいるオレンジジュースやさんの特濃ジュースがおいしく、皆でゴクゴクと喉を潤したものです。イタリアでは、デザート時にもオレンジは頻繁に出てきましたが、時には毒々しいブラッドオレンジが丸のままテーブルにゴロンと置かれていたこともありました。あちらの男性は実に親切で、ガイドさんやドライバーさんがそばにいる時は、私のオレンジもナイフで食べやすいようにむいてくれました。そんなことに慣れて、お姫様気分のまま日本に帰ってきて、帰りの電車の中で足を踏んでも何も言わない男性に出くわすと、心底情けなくなりますが...。気を取り直して、きょうは遺跡に因んでおもしろい本をちょっと載せてみますね。これはローマの免税品店でのショッピングの時間に、片隅にコロンと無造作におかれていたのを購入したのですが、『古代ローマの遺跡-その過去と現在』という、国立ナポリ東洋大学教授、また、前東京外語大学助教授、坂本鉄男先生の本ですが、ちょっとしたしかけ本なのです。ポンペイばかりでなく、遺跡を訪れる私達旅行者にとって、そこがそのような廃跡になる前はどんな姿をしていたのかを想像することは、多分ほとんど不可能だと思いますが、この本は、有名な遺跡の現在の姿と過去の姿を同時に比較しながら想像をめぐらすことができるしかけになっているのです。上の写真は皆様よくご存知のコロッセオ(COLOSSEO)ですが、ご覧のように、セロファン上に廃跡になるまえの絵が描かれていて、これを現在の遺跡のページに被せてみると、過去の輝かしい時代に引き戻してくれるというわけです。これはウェスタの神殿(TEMPIO DI VESTA)とアウグストゥス帝の凱旋門(ARCO DI AUGUSTO)の現在の姿ですが、セロファンを被せると、こんな立派な姿に早変わり~!そして、その遺跡の背後に隠された歴史の歩みについては、この左側のページに詳しく説明してあります。こんな写真が全部で18枚と30ページの解説が書かれてあります。たまに、昼寝の前にこれで遊んでいます。最初に遺跡だけを見て元の姿を想像してみる。自分で勝手に、『こんな所は多分柱で、像も建っていたかも』なんていうふうに...。そして、パッとセロファンを被せると答えが見えます。何回も何回も繰り返すと、遺跡を歩いているところが夢に出てくるかと期待しますが、全然出てはこないですねェ...。仕方ないので、とりあえずBunkamuraにでも行って、お宝でも見てきますか... アルマーニのネクタイ、父の日にいかが?こちらはワインです。フェラガモのネクタイ
2006.05.13
添乗員仲間とのつかの間の自由行動を過ごした私も、ホテルへと戻ることにします。本当はまだ少し遊んでいたかったのですが、オプショナルツアーの送り出しを忘れる所でした。きょうはハネムーナーの皆さんも最後の日で、皆それぞれに過ごされたのですが、夕方の4時20分のナバティックディナークルーズのピックアップがあったのです。そして、プールで過ごしていたカップルもタオルは5時までにはプールサイドに返さねばなりません。ビーチに出ていた方もタオルの返却は忘れずに5時までです。皆、タオルの返却を最後にだんだん現実へと戻ります。これからは部屋に戻り荷物の整理です。お土産をどうやって詰め込むのか、または荷物個数を新たに増やすのか...思案のしどころです。夜、部屋に電話がかかりました。ベルキャプテンからです。うちのグループは明日の朝、5時半バゲージダウン(荷物を部屋の内側に収集のためにおいておくこと)を予定していたのですが、同時刻に600名分が重なるそうなので、うちのグループを30分早めて協力してくれないか、ということです。早朝の30分はちょっと大きいですが、600名重なるとあっては仕方ありません。OKして、全員に連絡を取ります。(※ バゲージダウンは平和な国ではドアの外のこともあります)この同じ頃、昼間自由行動を共にしたNちゃんから連絡が入り「今ほかのツアコンから聞いたけど明日の空港は混雑で大変なことになるらしい」ということでした。そうかも!このホテルだけで同時刻チェックアウト600名ということだし、このバスで同じ会社のほかのPAXも空港まで行くのだから、どんなに大変かはちょっと想像すればわかりました。特別に時間を変えてくださいなんて依頼されたのも前代未聞...さて、いよいよ日本に帰る日が来ました。カンカン照りの良い天気のハワイとも今日でお別れ。7:20 ホテルを出発。GreyHoundのバスで、イリカイなど、ほかのホテルもまわり、4グループの混乗で空港に向かいます。今日は、あまりの混雑なため、現地ホノルルオフィスのエアポート班から空港チェックインの為の応援が来るということです。8時に空港に到着。覚悟していた通り、ギュウギュウの混雑でしたが、エアポート班のスタッフが私とNちゃんにシートNOを渡してくれました。もう、ここまでしてくれているなんて、席については、あとはそのシートをうまく席割りしてPAXに搭乗券を渡すだけです。現地で使わなかったミールクーポンを持っている方は空港内のカフェで使えるので、ご案内します。あとは9時15分に免税店の前に再集合。ピックアップする免税品のある人は6番ゲートで受け取りました。午前10:35 定刻の1時間遅れでUA831便、出発。 ~ 日付変更線を通過 ~そろそろ到着する頃、シートベルト着用になる前にお客様のお席に一人ひとりおじゃましてお礼とお別れのご挨拶と、アンケートの回収、帰国書類の点検などを行います。そして、Tさんにはすぐに外科に行って下さいねとおまけ付き!成田が大雨のため着陸許可がなかなか下りず、しばらく上空をウロウロ、機体は激しく揺れました。14:00 成田到着です。やっと解散。お疲れ様~のはずだったのですが、お客様のスーツケースが一つ大きく陥没していて、まだ空港に残ってレポートを書かねば...!このスーツケースがレンタルスーツケースだった為、このレポートをレンタルショップに提出するようにご案内します。大雨のため、スカイライナーは不通とのことで、問い合わせをしてきたお客様にはリムジンバスをご案内しますが、あとから聞くとこれもまた、いつもは100分で行く所が3時間以上かかったということ!ご褒美ツアーなのか、テンテコマイツアーだったのかわからぬまま、帰路についたのでした。でも、ハネムーンツアーだったので、アンケートは、添乗員の欄には全員に満点をつけて頂き、ホクホクなペンギンなのでした。皆様、末永くお幸せに...!ハワイアントートバッグハワイアンポシェットパウスカートフェイマスのウクレレであなたも始めよう!
2006.05.06
ハワイ6日目になってもハネムーナーの皆様のテンションは上がったままで、たまにホテルの敷地内で遠くから私の姿を確認しただけで、新米奥様の方は「キャー!ペンギンさん!」とハイタッチをしてきたりします。多分、異国の地のマンモスホテルの敷地内で自分担当の添乗員に会ったということでの「キャー」なのでしょうが、仕事とはいえ、こちらも皆様のおかげでキャーなんですよ。なんてことは悪くて口には出せません。私の場合、何がキャーか。それは...!PAX用の部屋はチェックインした時に一括してもらった何部屋かをすばやくグループ毎に割り当てます。添乗員の部屋は大抵、もうすでにシングルルームが割り当てられています。仕事先での添乗員に割り当てられる部屋ですが、これは極端に分かれます。●添乗員=旅行会社の者=客ではない=身内用の部屋=あまりよろしくはない部屋(これは国内で多いです)●添乗員=食事、部屋などすべてを一日ごとにレポートし、会社に報告することを認知している=これは良い所を見せないと!=添乗員までをお客様扱いにする所(=時に、PAXよりも良い内容)(←これはレアケースです)それで、今回は洗面ボールが2個付きの一人にしては大きすぎる、かなりゴージャスな部屋です。これはかなりのキャーな状態なのです。もうひとつのショックなキャーも昨日、実はありました。これはマウイ島でのモロキニオプショナルツアーで負傷して6針縫い、安静を指示されたTさんの傷口が少しですが開いてしまったのです。この時はABCで包帯、消毒液などを買いました。自由行動の日はツアーデスクの仕事が終われば、食事のエスコートもないですから好きに時間を過ごせます。敷地内のABCに行き、ハーゲンダッツのアーモンドチョコバーを買うのが楽しみなのです。それを持って自分の部屋へ上がり、バルコニーで食べる。これが至福の時です。夕食は買いに出ることも、レストランに入ることもあります。この日の計画は、デスクでの短時間の仕事を終えたら、午後はワイキキのビジネスプラザに出かけ、現地集金の一部を精算します。精算を手早く済ませ、ちょうど同じ日が自由行動に当たった添乗員仲間Nちゃんとお好み焼きやさん『千房』に行ってみよう、というものです。自由行動日の添乗員の食事についてはもちろん制限はありますが、ちゃんとケチでないだけの食事代は支給されます。有意義に時間を使いたいものです。現地での集金1510ドルあまりを抱え、足取りも軽くビジネスプラザに向かい、順調に精算を進めていると、突然コンピューターが調子悪くなり、オフィス全体の業務が停止してしまいました。このためオフィスを出られたのが午後3時をまわった頃でした。大分遅くなりましたがNちゃんと『千房』でお好み焼きを楽しんだ後、アラモアナに行き、ウィンドーショッピングです。当然ですが、自由行動時の添乗員のショッピング代なんて支給されるわけないですからね! ハワイアンイージーパンツ私の崇拝するハーブ・オオタ様のDVDです
2006.05.02
せっかく買ったお気に入りのドレスに着替える暇もなく、早く早くと急き立てられバスに乗り向かったハワイアンハットのポリネシアンディナーショーだったのですが、ここでハワイ島グループとも無事に落ち合い、バイキング形式で夕食を済ませ好評のうちにホテルへと戻りました。部屋は、ヒルトンハワイアンビレッジの数あるタワーの中の一つタパタワーの22階以上の階でした。ロビーでキーを配り、一通りのご案内をすませると、皆さん自分のお部屋へと上がっていきました。添乗員はいつものように、まだしばらくはロビーで待機です。すると、やはりやって来ました。一組目のお問い合わせ。内容は「僕の部屋から海が見えません」というもの。皆様ご存知のように、ハワイのホテルで一口に海が見える部屋といっても●オーシャンフロント...海に面したお部屋。よくハワイのパンフレットなどに載っている、邪魔ものがなく海が直接見渡せるようなお部屋のこと●オーシャンビュー...海の見えるお部屋。建物が海をさえぎったりしているが、部屋のバルコニーから、最悪手すりから身を乗り出して海の一部分が見えるものも!と色々なのです。ハネムーンが始めての海外旅行という方が結構いらして、その率は女性よりも圧倒的に男性に多く、過大な期待を抱いて来たところ「海がデーンと見えない」ことにショックを隠しきれなく「こんなはずじゃ」と添乗員に問い合わせる方がいらっしゃるのです。部屋についての問い合わせの時は必ずPAX(お客様)のお部屋にお伺いして自分の目で確かめるのが鉄則ですから、この場合もそうします。そして以上のようなことを説明して納得していただくのですが、きょうは海が一部分見えるというケースでした。たまに、訪問する国やホテルによってはチェックインの時にホテル側の人が「この部屋だけがちょっと特別良い部屋になってしまった」と耳打ちしてくれることがあります。このような時はグループ同士であまりにも仲良くなった組のどちらかにその部屋を割り当てるといったようなことは避けなければなりません。部屋に入った後にお互いの部屋を行き来する率が非常に高いからです。こういう良い部屋はできるだけ、お互いの行き来がないような孤立したメンバーに割り当てるようにします。5日目~6日目は自由行動日です。オプショナルツアーの予定のある人、自由に過ごすカップル色々です。この日の人気はゴルフ行き。コースへ出る方もいれば、初心者ゴルフ教室へ参加される方、午前中はショッピング、夕方からロイヤルサンセットディナークルーズに出かける方も!ハワイ島から合流したグループはきょうホノルルの市内観光になります。添乗員にとっても、時間のヤリクリでイライラしなくても良い自由行動日なんて極楽です。ホテル1Fにあるツアーデスクに詰めなければいけない時間というのもあり、メンバーにも問い合わせはここに、とご案内してあります。すると、幸せいっぱいのニコニコ顔の皆さんが次々に「おはようございまーす」とやってきます。皆さん日が経つにつれ益々幸せ度が増すようで、ビーチサンダルなどで軽やかにデスクに遊びに来てくれます。一番多い質問がもう手持ちのドルがきれたから両替したいがどこが一番良いかということ。それに、ラーメンを食べたいという人も意外と多いです。あぁ、楽しそう、いいなぁ。マウイ島で6針縫ったTさん達も元気いっぱいで、はたから見る限りとても足を負傷したとは思えない、普通な歩き方です。少し心配で、「気をつけてね」と言いたいところですが、あまりケガを意識させても水を差すような感じになるのが気がひけるので足だけをじっと見ました。Hさんというカップルの旦那様のほうが、左目から額にかけて真っ青に腫れあがっています。聞けば早朝トイレに起きた際、寝ぼけて部屋の壁に激突したとのこと。これだけ腫れあがっているということは、多分すごい激突だったのでしょう...まぁ色々とあるものです。トッピングチョコレートソースマカデミアナッツチョコレートハワイ産パパイヤ
2006.04.28
昼間の思わぬ怪我で破傷風の注射まで打たれてしまい、局部麻酔をして6針縫ったTさんでしたが、こんなことが案外添乗員との仲を逆に深めたりするのです。しかも、こんなことではまったくめげないTさん夫妻。自由時間をオプショナルツアーばかりに出かけていた為、初日の団体観光でしかラハイナに出かけるチャンスがなかったTさん、明日はワイキキへの移動なので、夕方になって是非ラハイナへ出かけたいとのことで、夕食も兼ねてご一緒することになりました。夕方でうっすらと暗くなりかけの気持ちの良い風がフワ~と吹いていて、私もTさん夫妻も、昼間の出来事なんかすっかり忘れ、マウイの快適さに身も心もすっかり開放したようなとても楽しい時間が過ぎてゆきます。夕食はラハイナのお寿司屋さん『神戸』にご案内。それでも、怪我とか病院に弱い私はたまに、あの傷口を思い出したりして、当たり前の量、一人前しか食べられなかったのですが、Tさん夫妻はお寿司を追加注文し、ものすごい食欲です。Tさん「ペンギンさん、僕ワイキキに行ったら射撃をやりたいな」とか、「ワイキキのおすすめのおいしいラーメン屋さんはありますか」とか、今後の日程に向けての意欲も満々なのです。ペンギンは、正直先ほどまでは『この人の勢い余ったところが怪我などを招くのだ』と、少々苦々しい思いをしていたのですが、バクバクとお寿司を頬張り、目をキラキラしてワイキキのことを聞いたりするTさんを見ていると、なんだかとてもかわいらしく憎めない人だなあと思ったのでした。一夜明け、きょうは7:30モーニングコール9時にホテルを出発です。50分でカフルイ空港に到着。10分遅れで11:15 AQ69便は幸せなカップル5組を乗せてワイキキへと飛び立ちました。25分後にはワイキキです。マジックアイランドを皆で歩いてみます。細かくサラサラとした砂...12:30 Windows of Hawaiiで、クラブハウスサンドとパイナップルボードのランチ。14時あたりからワイキキ観光でヌアヌパリ(ペンギンも結婚式をあげた思い出の場所)、パンチボール、カメハメハの像などを観ました。その後、サンマリファションという、アロハシャツ、ムームーなどが売っている所で休憩です。マウイにもヒロハッティなど、この手のショッピングのチャンスはあったと思うのですが、皆さん大フィーバー!!買う買う買う買う!!!今晩のハワイアンハットのショーに着て行きたいのでしょうね。そしてこれは秘密ですが、添乗員、ガイドさんの休憩室にはアンパンやら何やらおいしいものがたーくさん並んでいて、何でも自由に食べられます。気が済むまで見た後は免税店です。そして、ワイキキで滞在するホテルヒルトンハワイアンビレッジに到着したのは16:40のことでした。東京ドーム2個半分の巨大な敷地内に個性的な6つのタワーが集合し、紅花をはじめとする数々のレストラン、もちろんABC完備、ショッピングも存分に楽しめる、まさに一大ビレッジ。係りの方にホテル内を簡単に案内してもらっている間に、私は手早くチェックインです。時計を見ると、50分のハワイアンハットのピックアップまでもう時間がありません。毎回毎回、どの添乗員のレポートを見てもここの時間がせわしなく、誰もがみな、セカンドショーへのリクエストを出しているのにズルズルとそのまま、一向に聞き入れてもらえません。皆さん、ご自分のお部屋に入る暇もなく、貴重品だけを持って、あとの荷物はまとめて私の部屋へ入れておいてもらうように、ポーターさんに頼みます。...ということは、張り切ってお買い物したドレスに着替える暇もなく、アセアセとバスに乗り込んだのです。続く...ハワイアンシャツ
2006.04.21
さて、ハネムーンも3日目に入りました。きょうはこのツアーでは一番張り切っていたTさんに大変なことが降りかかってしまいました。前日は予定していたゴルフに出かけた人、テニスをした人、皆それぞれ元気に過ごされたようです。テニスコートを予約し、貸し靴、貸しラケットなども揃い、OKとなれば私はもう暇でした。待っていたのよ、この瞬間を!何事もない穏やかな一日、ホテルの周りを歩いたり、ホエラーズビレッジという所でのんびり過ごしていました。ここはショッピングセンターなのですが、ホエラーズビレッジという名前のとおり鯨の生態や人間との関わりの歴史などに触れることのできる入場無料のミュージアムがあり、鯨の声も聞けるのです。この鯨の声というのがなんとも心が安らいで大好きなのです。添乗員は皆、誰も行く先々で仕事の合間に『自腹を切っても来たい場所かどうか』を観察していると思います。その点、ここマウイは私にとっては来たいどころか、いつの間にか『いつかは住みたい』場所になってしまっていたのです。それほど思い入れのある所。ウィンドウショッピングをしたり、おいしいものを食べたり、ビーチを歩いたりしたほかは、ここでずっとずっと長い時間を鯨の声を聞きながら過ごしました。まさか明日この同じ場所へ今度は真っ青な顔をして来ようとはこの時は知る由もなく...夜はカアナパリゴルフコースの中にあり、送迎もしてくれる『七富レストラン』へ、3組のカップルと食事に出かけました。メニューはすきやき、揚げ出し豆腐、おすしにてんぷら等でした。皆さん昼間のスポーツでお腹がすごく減ったらしくて、物も言わず黙々と、次々にすごいスピードでたいらげてゆきます。特別おいしいということもないのだけど、やはり和食は人気があります。でも、てんぷらの衣はドーナッツMIXのようだったな。さて、Tさんにフォーカスを合わせます。この日のTさんの御予定は、早朝5:30 モーニングコール(Tさんカップル含めあと一カップル)6:20 モロキニ島シュノーケルツアーのpick-upバスでご出発。このモロキニ島というのはクロワッサンのような形をした島で、ここに船で出かけて皆でシュノーケルを楽しみましょうというのです。 12:30 モロキニ島で存分に楽しんだTさん、少し休んで、午後は待望のパラセーリングのオプショナルツアーです。...の予定だったのです。私はというと、今朝のモロキニpick-upが早かったので、部屋に戻り少しウトウトした後、レストランに朝食に降りビュッフェスタイルの朝食を存分に楽しみ、部屋に戻りのんびりとTVを観ていました。モロキニグループを迎えたら、今度はパラセーリングの送り出し、それが終わったらどこへ行こうかな...なんて思っていたのでしたが、突然部屋の電話が鳴り、出てみると聞き覚えのある声、Tさんの奥様になられた方でした。「Tですが、Yちゃんが怪我しちゃって...今ロビーにいます。来てくれますか?」別に焦ってはいない声だったので、たいしたことはないのだろうとロビーに下りてゆくと、Tさんと奥様がロビーのソファに腰掛けてなにやら足の方に注目している様子。「どうもすいませんっす」とTさん。「いえいえ、どうしたのですか?怪我って、あっ!」左足からかなり出血している模様。お聞きするとモロキニの船のデッキで足を滑らせ、左足薬指と小指の間がザクッと裂けたということ。良く見ると白い骨まで見えています。私はかなり動転し、これはホテルへ帰ってくる前に病院に行くパターンではないのか、とかグルグル色々なことが走馬灯のように駆け巡り、でも仕方ない今もうここにいるのだから、ここから善処だと、とりあえず、ホテルのセキュリティーサービスに車を出してもらい、きのう私が鯨の声を聞きながらのんびりと過ごしたホエラーズビレッジの2Fにあるヘルスケアセンターへ向かいました。ここに診療所があるのは知っていましたが、実際に行くのは初めてでした。到着し、クラークに事情を説明すると、診察室に通されました。担当はチャキチャキの女性医師でした。机の上には旅行者用に『お腹がシクシク痛みます』とか、『頭痛が治りません』等といった通訳カードが置いてありますが、足を見せると「Oh...!」と一発で言葉要らずです。どこでどうやって切ったのかとか、辛うじて冷静に説明すると破傷風の前回接種から10年以上経過していたため最初に破傷風の注射を打ってから、次は局部麻酔を打ち、傷口を縫い合わせることになりました。ここまで無我夢中で来ましたが、フト奥様の手を見ると、ハンディカム。それはそうでしょう。モロキニから戻って部屋に戻らずその足で来たのですから。しかーし!それで麻酔から縫い合わせるところまでを撮影しようというのです。『よく、よく傷口が見られるな』『骨って骨って白かったのね』なんて心臓バクバクの私を尻目に、この一大事までを楽しんでしまおうというこの幸せなバカップル...「Yちゃん、すごーーっく痛そうですー♪」「今、麻酔終わりましたー♪」...orz...そして、女性医師は奥様にではなく私に、お前は顔色が真っ青だから廊下に出ていた方がいいんじゃないのかと言うのでした。いやいや、そんなことはできないよ、これも一応仕事のうちだからね。こんな時の為に添乗員がいるんでないの?出るわけにはいかん。と無理してなんとかその場にいたのですが、正直言って何かが上がってきそうでした。朝、いや、昼前にたくさん食べたマンゴやクロワッサンやらが...6針縫い終わってやっと終わりました。支払いは某TK保険でカバーされたのでcashpayはなし。一週間後に抜糸なので帰国後ただちに外科へ行くよう言われました。そして、抜糸まではできるだけ患部を安静に、とも...麻酔の注射、その上、破傷風まで打たれちゃってかわいそうに...「Tさん、パラセーリングは残念だったけど、また今度来た時の楽しみができましたね!」と励ますと、Tさんがこう言ったのです。「ペンギンさん、きょうパラセーリング、ダメになっちゃったから、これからビーチに行って泳げるか聞いてください。もしだめならプールで泳げるか」えーーーーーーーっ!!!??今、今今、なな、なんて言ったのか、耳を疑いました。そしてこの旅はまだ続くのでした。Tさんがこの先静かに過ごしたと思いますか?も少し続きます...パイナップルのクッションエアラインポスター夏までにうまくなろう!ウクレレ!
2006.04.20
20分のディレイで離陸したUA830便は翌朝の7時55分、無事にホノルル空港に着陸しました。機内食としては、夕食にチキンorフィッシュ、サラダお豆とテリーヌの前菜など、到着少し前にも軽くサービスがありました。(スイートブレッド、ジュース、フルーツなど)空港に到着し、入国審査を抜け、PAX(お客さんのことです)の荷物をマウイ島グループとハワイ島行きグループとに分け、2階へ上がりレイのサービスを受けた後、アロハエアラインのターミナルへご案内します。マウイ島行き、ハワイ島行き、それぞれ満席です。11:05 ハワイ島グループとは、しばしお別れです。今回私はマウイ島グループに付きます。11:50 私たちのマウイグループがカフルイエアポートに到着。全員の人数を確かめて出口へ向かって歩いてゆくと...「お疲れ様です。添乗員のペンギンさんですね。ガイドのS子です。こちらのグループは10+1(添乗員のことはいつも+1で表現される)で間違いないですか?お荷物はいくつになりますでしょうか?」なんてラッキーな!添乗員間で評判のベテランS子さんではないですか!12時半から1時間かけて、Beach Hotelでバイキングスタイルのランチです。13:45からイアオ渓谷 ~14:1014:45 ラハイナにて自由行動 ~15:4516:40 さとうきび列車プウコリイ駅へ向けて出発です。これは左側の席に座った方が良いですよ。ラハイナの駅売店にて、2ドルでココナツジュースが売っていたので皆で飲みます。椰子の実にストローをさして、お客さんもご機嫌でした。17:10 プウコリイ駅到着17:15 マウイマリオットホテル到着です。このホテルからラハイナのダウンタウンはFreeのトロリーがあります。15分くらいで行けるのでとても便利!係員がホテル内を案内して下さっている間に、ディナーの時間が刻々と迫ってきて、仕方がないのでレストランに時間の変更を願い出ました。正直言って、添乗員にとってハワイツアーはここまでが第一の山(山と言ってもなだらかな)です。もうホテルに着いてしまい、あとは夕食をすませれば、この先はほとんどが自由行動なのですから。あとは、オプションをどれだけ売れるのか。これは添乗員の力量の問われるところ。どこの会社も薄利多売でほとんど儲けは厳しいですから、実際のところはオプショナルツアーの利益、おみやげやさんの売り上げが勝負です。18:30 ホテル内のレストラン『ロケラニ』にてディナー。この日のメニューはステーキ&ロブスター、スープ、サラダ、アイスクリームです。疲れてはいるのだろうけど、皆さんこの上なく良い顔をしていらして、すごく幸せそう....!見ているこちらまで幸せのおすそ分けに預かり、ニコニコしてしまいます。(私も皆さんのおかげでタダでハワイまでやってまいりましたよ)皆さんあっという間に打ち解けてすごく楽しそう。こういう良いグループにはついついサービス過剰になります。お食事のあとは、先ほど口頭だけでご案内しておいたラハイナ行きトロリーの乗り場まで、皆で一緒にブラブラ散歩がてら行くことにします。翌日のオプショナルはゴルフツアーが人気で、朝9時に出発して行きました。添乗員も、のんきに寝ているわけではなくて、オプショナルの係員にPAXを引き渡します。この次の日のオプショナルツアーは、皆さんパラセーリングがしたいとのことでしたのでランド手配に問い合わせると、先日人身事故があり、とても今は勧める気分にはならないということでした。その旨ご案内したのですが「どうしても行きたいのだ。そんな事故は他人事なのだ。ハワイに来た一つの目的はパラセーリングをすることなのだ!」と、熱心におっしゃる方が約4名。仕方がないので、再度ランドに掛け合いましたが、やはり催行しないとのこと。お伝えした後の彼らの、何やらシューンとしぼんだシュークリームのようにロビーのソファでうなだれている姿をみているうちに、『ハネムーンは一生に一回のことなのに....。多分よっぽど楽しみにして頭の中に絵まで想像していたのだろうなぁ』と急にかわいそうになってきました。最後の頼みで別ホテルまででかけ、そこのコンシェルジュに掛け合い、最少人数4名で明日のパラセーリング、1時間45ドルで午後の予約を取ることができました。しかし、このパラセーリング、明日の別の思わぬハプニングで結局行けない事になるなんて、この時、誰が予想できたでしょう。続きはまた...ハワイアンミュージックで癒されたいお部屋に一匹アロハ犬アロハなパスポートケースです
2006.04.18
このツアーはハネムーンで、往きのホノルル空港で、マウイ島で過ごす10名グループ、それからハワイ島で過ごす4名グループと2グループに別れ、それぞれの場所で過ごし、帰りにまた全員でワイキキで楽しく過ごしましょうという内容です。ハワイ添乗は、添乗員にとってはご褒美のようなもの。滅多なことではアサインされません。キャッチボール方式といって、団体旅行であっても成田で係員がご案内をして送り出し、現地では現地の専任係員が待っている、というやり方が普通です。これが入るのは、中国で絨毯を持たされてひどい目にあったり、はたまた現地ランド手配不足の真夏のカナダで死にそうな思いをして帰ってきた後や、長期間日程のヨーロッパのあと等が多いです。そんなヘベレケな時に、あたかも時空の隙間を縫ったかのように、サクッとさりげなく入ってくるのです。ハワイの仕事が入ると、ツアー出発までの数日間は雲の上にいるような「私の人生もやっと報われだしたわ」なんて、なんとも甘美な日々が続いたものでした。それは、帰国して会社に精算しに行く時まで続き、会計ルームにいる添乗員が知らない人でも、顔つきで大体どこから帰ってきた人なのかうっすらとわかります。ヨーロッパ帰りの添乗員は、目つきも鋭く、心なしかバッグの口の所をぎゅっと押さえている感じ。それに対して南国帰りの人(バリやら、ハワイやら)は何やらボサーッと開放的な趣です。初めてペンギンノートに来てくれた方の為に。このレポートはペンギンが若い頃に添乗をしていた古いレポートをもとに書かれた実話です。お店情報などは、敢えて、あまりしゃしゃり出て書かないようにはしますが、たまに書いてあったとしてもその当時のものですので、お出かけになる際にはあまり重要視されない方がご自身の為かと思われます、念のため。当時のレポートに沿って、ただ淡々と書いてゆきます。ハネムーンツアーというのは往々にして、色々なハプニングがつきものです。そして、ほとんどのハネムーンの方に伺ってみると、披露宴からそのまま空港に来て、そのまま出発というパターンで「ほとんど、最近ゆっくり寝てないです」という人。お小遣いは大体いくらくらい持ってきているのか、親しくなってからお聞きすると「100万くらいかな?」などと言ったりする、日常とは大分かけ離れた場所で執り行われるツアーだというのがホントのところです。それに付いてゆく添乗員も浮かれた彼らにお付き合いするのですから、いくらハワイが来たからといって、浮かれてばかりもいられません。(ある日の夕方)参考までに10月です。17時30分成田、南ウィング、受付開始です。18:15 添乗員よりの出国のご案内のあと、免税店の係の方が説明をします。20:20 36番ゲートより定刻の20分遅れでUA830便出発。続きます かわいいハワイアンジュエリーサンダル型なんていかが?フラガール
2006.04.14
しょうがを乗せていただいた極太うどんを食べ終わると、会計をして外に出ました。こちらではご主人が番台のような所に座っていらしてお会計をしてくれていました。お目当ての極太うどんが食べられ写真も撮れ、すっかり満足してしまった私が「ごちそうさまでした」と挨拶をすると「おおきに」「おおきに」と何度も言って下さいました。食後は上七軒(かみしちけん)をブラブラと歩きました。上七軒とは、格子戸のお茶屋が軒を連ねる京都最古の花街です。御手洗団子の定紋入りの提灯がお茶屋さんの目印になっています。雨の昼間のせいか人出はなくひっそりとしていました。次にHTLのプリントにも紹介があった粟餅所「澤屋」さんへ入ってみました。ここで1000円相当の折り詰めを作ってもらい、ペギ夫へのお土産とします。こしあんと黄な粉の二種類で、注文をしてから目の前で作ってくれます。私には少し甘過ぎるかなという感想でしたが、この折り詰め、粟が珍しく、帰宅後二人で完食するのに15分とはかかりませんでした。さて、北野天満宮前バス停から、四条河原へ戻ることにします。きのうは迷子になってしまったお陰で店じまいをしていて淋しい思いをした錦市場へリベンジに向かいます。ここへは前回もペギ夫と訪れていますが、歩くだけで元気をもらえる所です。漬物の「桝悟」でお漬物二種類、乾物やさんで生麩などの買い物をしているうちに、「小豆ももらうわ」「その野菜はどうやってお料理するのかしら?」なんて、それまでせっかく一人のツーリストを気取っていたのに、すっかり主婦の根性が舞い戻ってきて、気がつけばただの買い物に来たガツガツおばちゃんになってしまっていて、買い物もどんどんとエスカレート、危ない状態でした。すんでのところで神の声が『いや待て。車はないよ。あなたそれどうやって持って帰るの?』と囁いてくれたお陰で正気に戻りました。いやぁ、毎日スーパーでばかり砂を噛むような買い物をしている者にとって、この市場は暖かい。店の人が京都弁で話してくれるのもおもしろいし、何だか関東の人間と違っておせっかいで人の良い方が多いみたい...あふれんばかりのおばんざいも魅力だし、こんな所に住んでいたら毎日ここへ来てしまって、それこそ食べきれないほど買い込んじゃうだろうな、なんて思いました。「三木鶏卵」さんもありました。きのうデパ-トで買って部屋へ持ち帰っただし巻き玉子はこちらのものです。本当においしくて、包装紙はいまだに捨てられず、大事にとってあります。京極のアーケードも見て回りました。錦市場とつながっている為こちらも見て回るのに便利で楽しいです。そこでまた長時間を費やすことになる「ノムラテーラー」に入ってしまったのでした。ちりめんのハギレがいっぱい置いてあるのです。反物も豊富ですが、小物用のハギレ...これでもか!というほど箱にいっぱいありました。和柄とか、ちりめん等には別に昔はそれほど興味はなかったはずなのに、少し前からいいなぁ、と思うようになり、普段も手芸やさんに行くとそれとなしに見てはいるのですが、こんなに種類はないです。『こ、こんなにある!』と興奮してあれこれ一通り引っ掻き回したのですが、フト出口付近を見ると、まだついたての向こうにちりめんのコーナーが...!それで、できるだけオドロオドロしく昔っぽい絵柄を苦心して選んだのですが、今帰ってきて冷静に考えれば、何も一つに絞ることはなかった...どうせ缶にしまいこんで、眺めて楽しむのだからありったけ買えばよかったのです。ハギレ一枚300円もしないのですし。とりあえず巾着くらいなら私にもできるかと、ハギレ一枚と紐も買いました。本当にケチくさいです。フラフラになって布やさんから出ると、懲りずにまた錦市場へ。「もちつき屋」さんのおぜんざいで、ちょっと休憩にします。写真はジャンボで見られます。こちらクリックして下さいね。普段真空パックの切り餅で慣らされている自分には、つきたてのお餅が本当においしかった。さぁ、もうひかりに間に合うように京都駅に向かわねばなりません。四条からバスに乗りました。駅に着くとまたお土産ものやさんへ!まだまだお楽しみを終わらせたくはありませんでした。駅弁と、本屋さんを覗き新幹線の中で読む本「バーバの教え」を買い込み、エスカレーターでホームへと上がります。さて、ペギ夫はどうしているでしょう?メールを打つと「京都のお弁当をお待ちします」ということ。お弁当、ホームでもう一つ買いました。1000円の「京のおばんざい弁当」入らないでないか、かばんにっ...!「ひかり378号」は滑るようにホームに入ってきました。なぜかいつも自分の乗る電車が入ってくると、一瞬胸がキューンとします。何故でしょう、子供っぽいですね。ワクワクと14号車10番Eを探します。車内はガラガラ....隣には誰もいません。境の肘掛を上げて2席連続のにわか特等席を作り、先ほどのちりめんをこっそりと取り出してはナハナハ...とにやけました。京都旅日記はこれで終わります。お付き合い、ありがとうございました。バーバの教え。バーバって、おばあさんのことかと思ったらちがうの。すべてを繋ぐ魂と宇宙の法則。湯葉しゃぶではんなり
2006.03.10
りんごのシードルがきいたのか、ぐっすりと眠りました。夕べは錦市場のそばの錦天満宮さんで買ったお守りや、買ったもの色々をサイドテーブルの上に置いて眺めたりしていました。HTLの朝食は7時から9時半なので、寝過ごすことはないだろうけど昨晩は一応目覚ましを8時にセットしておき、実際には7時半くらいに目が覚めて、ベッドの中でガイドブックを眺めたりしていました。支度をしてレストランに行くと、朝食は和洋バイキングでしたが、その時『そうだ!夕べ食べ切れなかっただし巻き玉子が冷蔵庫にあるんだ!』と思い出し、大好きな卵は努めてお皿に取らないようにしました。おいしそうなものが色々並べられていましたが、クロワッサン、サラダ、ヨーグルト、メロン、レモンティーだけで軽く済ませました。チェックアウトは11時ですが10時半頃にHTLを出てバスできょうは北野天満宮に向かいます。今回は最初からここの梅が見たかったのですが、夕べHTLの共有スペースに、北野天満宮の梅についてスタッフの人が作ったオリジナルのイラスト入り案内のプリントがあったので、1枚部屋に持ち帰ってじっくりと読んだのです。そのプリントにはこうも書いてありました。『北野にはおいしいものがたくさんCHECK!』それによれば、焼きもちの「天神堂」、粟餅所の「澤屋」、「とようけ屋」の豆腐、京豆腐の「藤野」、京あいすくりん「ちべた」などが有名どころらしいです。私が目をつけていたおうどんやさんはこの中にはないようでしたが、きょうの一狙いは「たわらや」の極太うどんです。さて、ホテルは五条にありましたが、わざわざ電車で京都まで戻り、そこのバスターミナルB-2から50番系統のバスに乗ることにします。「北野天満宮前」まで、けっこうありました。道も混んでいました。きょうの帰りの新幹線は4時だから、この混雑を考えると、梅を見たら早々に近場に戻ってきたほうがいいのかもしれないな、と思いました。天満宮さんに一歩足を踏み入れると、どこからか梅の香りが漂ってきて、『あぁ、やっぱり来て良かった~』と思いました。菅原道真が愛した梅、約2000本があるそうです。幸いきょうは小雨が降っているため花粉も飛んでいなく、マスクが不要でしたので梅の良い香りを存分に楽しむことができました。500坪の壮大な社殿へ続く参道には、豊臣秀吉が開催した北野大茶湯にちなむ記念碑や、なでると賢くなるという「お牛さま」などの見所が点在していました。「お牛さま」をみつけたら、牛の自分がよくなりたい部分を触り、次に自分のその部分に手を当てる、というものらしいです。私はお牛様の頭をなでてきました。こちらの宝物殿には国宝「北野天神縁起絵巻」などの名品が展示してあるということで、日にちを決めて開館しているようでした。天満宮から出るとうわさのお豆腐やさんの前には長蛇の列!『これはおうどんやさんも入れないかも。それに極太うどんは数量限定だからダメかも』とあまり期待しないでお店に行くと、ラッキーなことに入れそうな雰囲気!お店の中に入ってみると信楽焼の器などが並び、風情たっぷり。築400年の町家を利用した建物らしいです。さっそく名物の極太うどんはまだありますかとお尋ねしてみると、大丈夫だということでした。靴を脱いで畳席でしばらく待つと、びっくり!の太いおうどんが運ばれてきました。その写真を是非こちらで大きくご覧下さい!写真をクリックすると大きく見られます。お、お箸が折れそう....次に続く。北野天満宮の梅の花はこちらにも少しありますので、是非ご覧になってね!かわいいブックカバーです。2006年干支の福玉
2006.03.08
小田原に「のぞみ」をとめてくれぃ。と言ってもはじまらないので、11時10分発の「ひかり369号」で行くことにしました。車内はほぼ満席。禁煙車14号車3のA。あぁ、久しぶりの新幹線!私は乗り物が大好きなので、旅行がしたいの動機の半分以上を、「乗り物に乗りたい」が占めています。一人での京都歩きは始めてで、京都行きは4回目です。今までの3回はペギ夫の案内によるものでした。岡山生まれのペギ夫は京都が大好きで、何回も足を運んでいるためかなり詳しいです。今までに二人で行った所は、大原三千院、嵯峨嵐山、宇治の方、そしてお決まりのコース(清水寺、八坂など)などです。私は自他共に誇る方向音痴で、今回はそれを地で行く珍道中となってしまいました。方向音痴はわかっているので、もう少し真面目に取り組めばいいのに、なんとかなるさと、真摯な態度が見られずに、すぐにフラフラと横道にそれるのは私のいけない所です。京都に到着するや、さっそくちりめん雑貨の店に釘付けになってしまい、小銭入れ一つを買うのにそうとうな時間を割いてしまいました。これではいけない。市バス・地下鉄2日間フリーパスを買い、余計な荷物を置きにまずはHTLにチェックイン。それからすぐにバスで清水寺へ向かいました。今回予定していたコースは、ガイドブック曰く『京の王道、初心者コース』で、五条坂~清水寺~地主神社~八坂の塔~高台寺~建仁寺~八坂神社~円山公園~知恩院~青蓮院門跡~ゴールの三条京阪駅。しめて6時間半、ランクは「やや大変」とあります。実はこの正体、地図が読めない人にとっては「やや大変」どころか「ペギーさん、あなたダイジョブ?ヤメトキナ」のコースであったことは一日が終わってみて初めてわかりました。スタートし、最初のバスから降りたらあとはもうすべて地図を頼りに自分で歩くしかありません。ところが、最初の五条坂でもうヘトヘト...弱気になり、清水寺は舞台のほうはもう行ったことがあったので、通り過ぎるだけでおしまいにしました。そして、三年坂、二年坂を歩きましたが、道の両端に立ち並ぶSHOPにまたもや気をとられ、しかも地図上で自分がどこらへんにいて、どちらに向かおうとしているのかを認識できていたのはこのあたりまで、という事態に陥りました。『大体ここらへんにいるのだろう』ということはわかっても、地図を縦にするべきなのかそれとも横にするべきなのか、もはや翼を失った飛行機のように、あとはそれらしい所をフラフラとすることになりました。でもどこもそれらしい雰囲気はするし、どこからかお寺の鐘の音なども響いてくるので、まあこれもいいだろうと、あとは気の向くままにズンズンと多分観光箇所を大幅にはしょって歩き続けました。そうそう、途中でお馴染みの七味も買えたのでそんなに道を外れたわけではなかったのでは?ねねの道を通ったことは確かなのですが、円山公園へは行けず、知恩院も省略。新婚当時にペギ夫と行ったことのある円山公園の中にあるしゃれた喫茶店でお茶を飲もうと思っていたのに、それもかなわずでした。そしていつの間にか八坂神社に到着。ねんごろにお参りしたあと、コースを大幅に変更して四条大橋から錦市場に向かうはずだったのですが、ちょっと欲を出し「先斗町」を歩いてみようとしたのが運のつきでした。きっとここには狐がいます。本当に神隠しにあったように、市場への道がわからなくなってしまい、同じ道を行ったり来たり、『おかしいなぁ、もうかなり近くまで来ているはずなのに』と、かなりの時間をロスしてしまい、やっと市場に着いた時にはもう、無常にも店じまいをし始めている始末...そうだ、ウロウロしている時に錦天満宮さんに迷い込み、日ごろの感謝と、きょう明日の旅の無事を祈り、お守りさんも買い求めました。あまりに歩きすぎてお腹が減っているのかいないのかもわからないので、阪急デパートの地下で京のおばんざいのお弁当、追加のおばんざい、だし巻き玉子を買ってHTLに帰りました。今回のHTLは「アランヴェールホテル京都」13回に大浴場があり、シングルにしてはベッドも大きく快適でした。お風呂には誰もいなくて貸切り!怖い銅像も建ってはいませんでした。部屋に戻りTVを見ながらりんごのシードルを飲み、京のおばんざいをいただきました。そのあと、ガイドブックで明日のバス路線を調べます。横に犬がいないのが嘘のよう...12時には眠りにつきました。次に続きます。三年坂で見つけたかわいい猫ちゃんのお人形とひょうたんの写真は、こちらに載せておきましたので、是非ご覧になってね!ゆず七味京のおばんざいです
2006.03.07
ある夏、カナディアンロッキーのツアーも始まったばかり。2日目くらいの頃だったと思う。朝、ホテルを出発する時のバスの中での決まりごと。その一つに、お客様に忘れ物はないかどうかの確認をしてもらうというのがある。どこの国に行ってもこれは必ずしていました。なんだつまんない、と思ったでしょう。でも、忘れ物、落し物は時として、添乗業務を想像以上に煩雑にすることがあるのです。今までいた国を離れて違う国に行くというような場合は特に...帽子や、身の回りの小さな物を部屋に置いてきたということはけっこうあったけれど、ハネムーンで結婚指輪を部屋に置いてきたなどということもあった。そんなことがあると新婦さんはもちろん、そのあとの行程は上の空だし、ホテルや、現地のランド手配のスタッフにも余計な手間をかけてしまう。だから、つまらないなどとは言ってられないのです。必ずバスの中で、皆さんが着席したあと、こうお聞きします。「皆様、セーフティーBOXに預けた貴重品は残らずお出しになりましたね。コンタクトレンズ、めがね、入れ歯大丈夫ですか?お洋服も全部着ていらっしゃいますね。」よっぽど暗い人でもない限り、入れ歯のところで一沸きしてくれるので、朝の雰囲気を和やかにするのにも役立つ。でも、私たち添乗員は仲間の失敗をいっぱい知っています。Aちゃんなんか、国内添乗の時、部屋のスリッパのままバスに乗り込んで、お客さんに言われて初めて気がついたことがあります。私もポカは結構やりましたが、忘れ物関係では、国内で修行中、桜を見に行くツアーの時でした。目的地に行くバスの行程の途中で45人分のお弁当をある場所でピックアップするのを忘れて、でもその時はすぐに気がつき、お客様に平謝りでしたよ。戻ってお弁当を積み大事には至りませんでしたが...そうそう、そのカナダツアーの時にどうしたかっていう話です。バスの中での確認も済んでホテルを出発したのです。道はいつもスムーズで、バスは快適にカルガリーの空港に向かってヒュンヒュンと飛ばし2時間は経ったでしょうか、もうすぐ着こうかという頃。何気にポケットに手をやると、なにやらあってはいけないものが...カチャン...!と手に触れましたんです。鍵でした。私のいたホテルの部屋の鍵...返すの忘れてました。ホテルのキーって今はカード式が多い中、あの伝統的なホテルはしっかりと立派な昔ながらのキーを使っていたのです。通常このような時はポストに投函して下さい、となっていますが、それをする勇気はない...結局バスのドライバーさんに話して頼みましたよ。カナダもスイスと似ていてガイドさんなしでやらなくてはいけない所も多いから、ドライバーさんとの連帯感はほかの国よりも強くなって、こんな時には助かります。ご存知数の子昆布ハニーアーモンドのゴールデンクランチノーラ誰も寝てはならぬ。カナダのテノール、ヘップナー
2006.03.01
我が家のチワワ2匹との、初めての電車を使っての温泉旅行。『鬼怒川温泉-きぬ川国際ホテル』に行って来ました。先日、こちらに行き先あてクイズだけUPしておいて、肝心の旅行記はUPしていないのに気がつきました。(かなり遅い...)犬と一緒の旅行記はこちらにUPしてありますので、興味のある方はどうぞご覧下さい。もう読んでいただいた方にはごめんなさい。その他の旅日記も、犬がお供をしている場合は、すべてこちらにUPしてあります。右サイドバーの『こぶ丸は旅行大好き』からお入りになってね。
2006.02.23
8年間の添乗生活では、結構たくさんの有名人に遭遇しました。中には、これはきっと見てしまってはいけなかったのだろうなという、いわゆる「お忍び」風なものも目撃してしまいましたが、そういうものについてここに書いてしまっては、ブログとしてはおもしろいのでしょうが、せっかくうまくいっている家庭にこんなペンギンのせいで波風がたってしまっては大変!やめておきます。言いたくてたまらないですが...。飛行機ではエコノミーで遭遇する率はあまり高くはありません。やはり、ビジネスです。昔、空港で印象に残っているのは田中美奈子でした。これは確かオーストラリアのゴールドコーストの空港ではなかったでしょうか。荷物が出てくるターンテーブルの所で。西部劇のようなブーツを履き、一般の人が待機している場所より一段高い所に上がって、監督のように荷物を見張ってました。彼女も若かった...そして威張って見えました。私は仕事に熱中しているので気づかずお客様が教えて下さることも多かったです。「ねぇ、ねぇ、ペンギンさん、今のは○○○だよね」なんて。いつも堂々としていて、高い遭遇率を誇るのは、なんといっても大橋巨泉さんでした。巨泉さんは「OKギフトSHOP」というお土産やさんを経営してらして、支店もいくつかありました。カナダのバンフスプリングスホテルにいらしている時に、たびたびお会いしました。私の担当していたツアーでも毎回指定店になっていて、ホテルチェックインの前や自由時間にお世話になっていたので、「あ!巨泉さんだ」なんて言うより、お世話になっておりますの挨拶をしていました。「お世話になります」と言うと、「あぁ、○○○(会社の名前)さんね、どうもどうも、ウッシッシ」という感じで笑ってらっしゃいました。オーストラリアのメルボルンではゴルフの中島プロにもお会いしました。集合時間間際にバタバタと客室とロビーを行ったり来たりしていた私が、エレベーターに乗ろうと慌てて手に持っていた上着を落としてしまい、エレベーターが行ってしまいそうになった時「あーー、すみません、ま、待ってー」と飛び乗ると(通常は、こんな恥ずかしい日本人にはならないで下さい)中にいた一人の男性がドアを押さえて待っていてくれたのでした。「ハァ...ハァ...すみませんでした...」なんて、その男性の顔をフト見ると、中島プロではないですか!私、焦り「あっ...!!」ちょうどその時は、かの地でコカコーラオープンが開催されていたのです。私に「添乗員さん?しかし、大変な仕事だよねぇ...」なんてニッコリ笑って下さり、TVで見るのと違い、うんとハンサムでした。あげればキリがないのですが、一番ヘンテコだったのが、柄本明でした。これは、先輩と2名で私がサブでヨーロッパへの14日間初添乗の時。ウィーンの夕食がフリーで、先輩が私を三越デパートの和食レストランに連れて行ってくれたのです。二人で天ぷら定食を食べていた時でした。座って食事をしていると、向こうから何やら見たことのある人が歩いてきます。私はその時その人が芸能人であるということに気づかず、どこかで見たことのあるきっと近所の人くらいにしか思わなかったのでした。無視したら失礼だなぁ、だけど誰だっただろう、と一応その人に座ったまま軽く会釈をしたのです。すると、その方も私に会釈を返してくれました。あー、やっぱり向こうも知ってるんだな私のこと...自治会の人か何かだっけなぁ。先輩は気づかなかったのです。帰国してからTVに映っているその人をみて、あらやだ柄本明じゃないのと初めて気づきました。あの時は「寅さん」の撮影でちょうどウィーンに来ていたのですね!調べたら1989年、私が添乗員2年目、海外1年目の新人で、寅さんは41作目「寅次郎心の旅路」で、マドンナは竹下景子でした。それで柄本明は心身症のサラリーマンの役まわりで出演していたのです。ウィーンに似つかわしくないあのヌボーッとした出で立ちは、そんな役柄のせいもあったのでしょうか?それにしても、古い話だなぁ。懐かしいけど...。寅さん模型です北海道から沖縄まで、「男はつらいよ」全48作のロケ地を巡り、心に残った108景を、いきいきとした水彩画で描いたユニークな画文集。私も旅先の気に入った風景を水彩画で残したくて、新宿の水彩画教室まで通ったんですよ。ペンでサラサラって書いて、薄く色を乗せるのが好きなんですけどね、なかなか旅先に画材まで持っていけなくて...こんなの持てば、あなたも寅さん気分?
2006.02.20
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