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先日のこと、どうやったら自分の道を見つけられるのか、 たとえやりたいことがあったとしても、どうしたらその道へ進めるのか? と聞かれた。 少し先を考えてしまうと一歩も動けなくなるから、遠い先を見つめて、目の前の一歩を踏み出すことと答えた。 それはなぜか?少し先には、苦労が現実的に見える。 けれど、遠い先は想像力の世界になる。 人は明日のことはわからない、ましてや未来が見える訳でもないのだから、 未来の自分をを想像して、今のこの一歩、 現実的な勇気の一歩を踏み出すしかない。 あとは逃げずに自分が未来にどうなっていたいのか を自分自身で決めることだと思う。 思いが強ければ実現するだろうし、弱ければ逃げ出すだけだ。 そんなことを返した。 他人が手助けできるのは、その人が主体的に その道を歩み始めてからだ。 まずは一歩を踏み出すこと。 それがなければ何も始まらない。 結果よりも過程の中で成長を目指せよ。 成長の積み重ねが夢を実現するのだから。 いま彼はその一歩を踏み出す秒読みに入っている。 出せるか、どうか。
2013年05月25日
その人が36歳のときに42歳のご主人に先立たれた。 幼子5人が残された。 想像を絶する極貧の生活が始まった。 苦しいに決まっている。 愚痴だってこぼしたくなるだろうし、 世を呪いたい気持ちも湧くだろう。 しかし、その人は苦しいと嘆く前に自分を潤し 力づける言葉を持っていた。 それは、 「念ずれば花開く」 だったそうだ。 いつもこの言葉を口癖のようにして子供たちを育て上げた。 (「小さな人生論」4を再読して胸が揺さぶられた) 人は誰もが人生の創造者である。 人生をいかに拓くか、それはいかに良質の言葉に出会い それらを心の糧として蓄積し続けていくかによると私は考える。 私の場合は母校ラグビー部の「意志あるところ必ず道あり」だ。 若いころ一番嫌いだった言葉が、50歳を手前にして 私を根底から支えてくれる信念となっている。 もちろんそれ以外にも過去に読んだ本の中で良質の言葉に出合ってきた。 それらは皆、私を支えてくれるものであり、すでに肉体となっている。 凡夫は凡夫なりにも、一隅を照らす人になりたいという願いがある。 読むのは人にバカにされるほど遅いが、私の人生は読書によって潤っている。これは一年くらい前の日記に書いたものだ。書いた日のことをよくおぼえている。私はつくづくこの「小さな人生論」に教えを受けているらしい。私もこうした物書きになりたいと本日改めて心に決めた。
2013年05月10日
出版社のウェッジが運営するWebマガジン ウェッジインフィニティーで連載しています。シリーズ『障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた』 今月号は「失明のリスクを背負いながらラグビー部のキャプテンに」です。近藤正徳さんはスポーツが得意な小学生でした。けれど4年生の頃に「網膜色素変性症」と診断されました。進行性の病のため、失明する危険性があります。しかし、彼の夢は高校ラグビーの『花園』でプレーすることでした。そして強豪校へ進学します。暗くなればボールを見失い、仲間の動きでボールの行方を察知しました。越えた壁は数知れず、3年時にはキャプテンとしてチームを率いる存在になりました。一人はチームのために、チームは一人のために、頑張った彼とチームメイトたち。きっとフィールドを社会に広げて、さらに生かされ、活躍されることでしょう。「失明のリスクを背負いながらラグビー部のキャプテンに」はこちらです。 今までの『障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた』はこちら。 筆者は大元よしきです。
2013年05月10日
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