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たけし8535

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2006/10/02
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 『帝国の終焉』

 人には誰にも独特な悪癖、と呼べるものがあるだろう。いたって標準的で普通の人間を自他共に認められている僕にもそれはある。いやむしろ、そうであるからこそ僕には“悪癖”がある、と言えるのかもしれない。
 悪癖は大まかに分類して二つのカテゴリーに分けることができる、と僕は思う。他人に迷惑をかけるものと、そうでないものだ。しかしながらこれは、「悪癖審査会」なるものがあって厳格に分割されているわけではなく、心がけ次第でどうにでもなる問題だ。いらだったときに動く右足も、歩きながら吸うタバコも、酒を飲みすぎてひどく吐くことも、時と場所などを考慮に入れれば、迷惑に感じる人間は減少し、その数をゼロにすることだって不可能な話ではない。
 だから僕は自分の悪癖を初めて自覚したその日から、誰かに迷惑をかけたり、いやな気持ちにさせたりしないように、僕なりに心がけてきた。そしてそれは一応うまくはいっている。でもその点に自信があるからといって、僕はこの悪癖を誰かに話したりすることはできない。僕が行っている行為はきっとひどく人の道に反したものであるだろうし、それを知られてしまえば僕の人格が疑われてしまうのは必至であるからだ。僕は日々、その恐怖と闘いながら、悪癖を繰り返す。歯車はぐるぐると回り続け、それはきっと、おそらく、絶対にとまらないのだ。

 ここ数年、僕の仕事が休みのほとんどの日にその悪い癖が出る。
 昼前に目が覚めると、熱いシャワーを浴び、髪を丁寧に洗い、いつもより念入りにひげを剃る。風呂場を出てしっかりと体についた水滴を拭き、新品のパンツを履いてスーツに袖を通す。
 愛車にキーを差し込んでエンジンをかける。さあ今日はどこへ行こうか。もちろん行く当てなんてない。僕と車はゆっくりと動き出す。
 食事は途中でコンビニに寄って買う。サンドイッチとコーヒーが好ましい。ピクニックのようだ。でも僕はあまりに晴れている日には少しがっかりする。素人は雨が良い、と考えそうであるが、これは大きな間違いだ。うっすらと曇っていて、場合によっては少しだけ雨が降り出しそうな、そんな日が僕の好みだ。
 時間的に最も良いのは目が覚めてから3時間半で目的の場所を見つけたときだ。距離的にも申し分ないし、時間帯も良い。

 ほとんどの場合、車から出た瞬間から僕は一言も発さない。何度か会釈をし、香典を納め、適当な名を記す。後は座って、または立って、ひたすら何かを聞いていればいい。簡単なものだ。
 人は本当にいろんな場所で日々、死んでいく。ちょっとしたコツさえ掴めば、どんな日にどんな場所で人が死ぬものかがわかってくるようになる。それでも大体の地区を回ってしまうとある程度は拠点を変えなければならないために、僕はこの数年でこの悪癖のために二度引越しをした。そしてその間に、僕がどれだけ車を走らせても葬式にめぐり合えなかった日は、僕が覚えている限りでは二十回ほどしかない。そんな日には僕は、僕のガールフレンドの誰かを誘って、とびきり高くてうまいものを食べに行く。僕が誘った女の子は、とびきり高くてうまいものを食べることができてとても幸せそうに見える。だから僕だって幸せな気持ちになる。「今日は誰も不幸せそうではありませんでした。」

 一言で葬式、と言ってもそれには様々なバリエーションがある。とても悲しいものから、少しだけ安心して笑みがこぼれそうになるものまで様々だ。こんなことを言っても信じてはもらえないかもしれないけれど、悲しい葬式に立ち会ったときはとても悲しい気持ちになるし、泣いてしまう時だってある。
 葬式は、同じく“式”と名のつくものでも、結婚式のそれとは大きく異なる。僕の知る限りでは結婚式と呼ばれるものは、大体変わりばえのしないつまらないものだ。料理は派手なだけでまずいし、誰の話を聞いてもちっとも面白くない。意識を集中しなければ、僕と新郎(ときとして新婦)がどんな関係にあったのか、さらには一体どんな人の結婚式なのかですら忘れてしまう。二ヶ月と三週間前に出席した結婚式と、今日のものがどう違うのかなんて僕にはほとんどわからないし、ひょっとすると会場を間違えて赤の他人のものに出席したところで、僕は最後の最後までその事実に気がつかないかもしれない。ひどい話だ。
 でも葬式は違う。陳腐でくだらないスライドによる説明がなくたって、亡くなったのがどんな人だったかはわかる。彼(ときに彼女)の生い立ちや妻(ときに夫)との馴れ初めがわからない代わりに、その人の人生の中心を通っていた軸、とでも言うべきものがわかってくるのだ。それにたとえ、坊主の話がつまらなくたって、仲人のそれよりはよっぽどましだ。

 どんな葬式も結婚式とは違って、忘れられない印象深いものではあるが、その中でもとりわけ印象深く、決して忘れられないものは、確かにある。その理由は僕にはわからない。それはとりわけ特異であったというわけではなく、奇妙であったというわけでもなかった。ただ、そこには他の葬式にはない、何らかの終焉が存在しているように感じられた。





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Last updated  2006/10/02 05:15:00 AM
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