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4月27日。病気発覚から三年(その一)



長かったのか、早かったのか、正直わからない、というのが本音です。三年間の間に、いろいろなことがあって、自分自身の状況も変わり、時間が経過したことだけを感じる、といったところです。

病院へ行くペースも、徐々に減ってきており、幸いなことに今のところ再発はありませんが、「完治」と太鼓判を押されていない、というのも現実です。ただ、体力も体調も、そして見た目も、以前よりは健康になったし、日常生活において何か支障が出ている、ということはまずありません。

「支障が出ていない」とはいいつつも、実は昨年末、勤めていた会社を辞めました。会社は復帰後の私に対していろいろと考慮してくれ、勤務も、仕事の内容も、周りから比べると押さえ気味にしてくれていました。

半年前まで勤めていたのは、システム開発の会社で、時には深夜まで残業をする必要があったり、休日に出勤しなくてはいけなかったり、気力・体力・能力・努力のいずれも必要となってくる職場でした。復帰してからしばらく、開発の現場からは離れていたのですが、最終的に戻る場所は開発現場。それは決まっていたことでした。現場に戻れば、無理することが当たり前という環境。結局不安な気持ちのまま復帰を決め、その不安を抱えたまま、復帰してからの2年間を過ごしていたように思います。

周りの同僚の支えも、ものすごくたくさん受けていたのに、結局最後までその不安が消えることは、ありませんでした。そのせいか、夜布団に入っても眠れなかったり、寝付けたと思ったら2時間置きに目が覚めたり、というのが現場に戻ってからの約一年半、ずっと続いていました。体調が悪いのか、精神的にきついのかよくわからないまま、休みを取ることも多く、だんだんと「つらい」という気持ちだけが強くなっていっていました。




「こんな風になるために、私はあの治療をやりきったのかなぁ。」

気がつくと、常にその気持ちが根底にあったような気がします。

入院していたとき、治療を受けていたとき、私は自分にこう言い聞かせていました。「こんなにキツイことしてるんだから、これから先はもう楽しいことしかないはず。つらいことなんか、もうないに違いない。」

楽しいことは、楽しもうと思わないとやってこないし、これから先の人生の中で、辛いことや悲しいことをもう経験しないなんてことはあり得ない。そう思ってしまうと治療を乗り切れない気がして、自分に言い聞かせていた言葉だったのかもしれないし、そんなことすら考えられる余裕がなかったからかもしれませんが、今考えるとおかしいことに、私は本気でそう思いこんでいました。病院の中、という特殊な空間に長い間いたせいか、実社会の厳しさをいつの間にか忘れてしまっていたのかもしれません。そして、実社会に復帰しても尚、気持ちは病院にいるときのものから抜け出せず、何もかもがイヤになってしまっていたのだと思います。




ここは、一旦休もう。

結論として、私はそう答えを出しました。逃げているだけなのかもしれないけれど、それでも休もう。そう決めたのは、2004年の10月。普段から重い生理痛に加え、頭痛もひどく、ロキソニンを処方された以上に服用したまま会社に行き続け、胃の調子も悪くなり、食べたものを全て戻してしまうという状態が3日ほど続いていたときでした。タイミング悪く、仕事に対するプレッシャーが大きく、プライベートもあまりうまくいっていない時期でもあったので、精神的にも、体調的にも、退院してから一番最悪な時でした。


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