ココロ ニ アカリ ヲ・・

ココロ ニ アカリ ヲ・・

クリア(4・5話)


クリア(4・5話)

haikeiorenge


 やはりその日もそんな風に当たり前のようにユカが僕の横に並び、街中を歩いていた。
「小山クン」
 女の子らしい柔らかな声がした。
 その瞬間、ゾクゾクと鳥肌がたち、懐かしくてめまいがした。
 腰まであるサラサラの長い髪、色白の細面に切れ長の瞳の・・・・
「藤田」
 振り返ると、肩にかかるくらい長さに切られた細くて黒くてサラサラの髪、マシュマロみたいな白い肌、優しい面差しをした女の子が、涼しげな笑顔で笑いかけた。
「ひさしぶり」
 首元で手を小さく振って、何か話したそうに口を開きかけたが、僕の横にいるユカをチラッと見て、会釈をして遠慮がちに通り過ぎた。
 藤田 小雪。
 高校時代あんなに長かった髪は、すっかり短くなり、少しぽっちゃりして印象が柔らかくなっていた。
 何かを思い出すように立ち止まった僕の顔を、ユカは見つめた。
 この時、ユカはどんな表情をしていたのだろう。僕はユカの言葉を聞くだけが精一杯だった。

「知っている人?」
「ああ、地元の高校の同級生。」
「仲良かった人なの?」
「ん?」
 固まった状態の頭と体でユカを見つめ返す。
 ユカは困ったように苦笑いをし、「それでね・・・」とさっきの話の続きをはじめた。
 僕はユカの話に相槌を打つ。
 しかし僕の頭にはもうユカの声が届いていなかった。


 高校時代陸上部に所属していた僕は、隠れ美術部員でもあった。他にもかけもちでこっそり絵を描きにくる人は男女問わず数人いたと思う。
 そんな出入りが気楽な美術室に、僕も時々絵を描きに行くのをやめられなかった。

 今思えば、走るだけではスッキリしない何かを吐き出したかったのかもしれない。

 藤田小雪も、かけもちこそしていないけれど時々思い出したようにぶらっとくる部類の美術部員の一人だった。

 僕が、下手くそながらも中世ヨーロッパの宮廷画ような境界線のぼんやりした風景画を好んで描いたのに対して、
 藤田は手近な花や果物をモチーフにし、境界線をくっきりだし原色を使い描いていた。原色は何色を使うにしてもいつも目の覚めるような色で、いかにはっきり綺麗な色がだせるか挑戦しているというような感じでキャンパスに色をべっとりと塗り重ねる。正直、絵のうまい下手は僕はよく解らない。

 しかし、藤田の描く絵を見てイナズマが落ちたような衝撃を受けて以来、僕はあまり絵を描けなくなった。

 そして、藤田から目が離せなくなった。 
 僕は藤田に、恋していたのだと思う。憧れていたのだとも思う。藤田の個性に嫉妬もしていたと思う。
 けれどなにより、自分と異質なものの正体を確かめたかった。正しいのか、間違っているのか、美しい者なのか、嫌悪する者なのか。
 まぁ、どんな屁理屈を百並べた所で、あの頃の僕がやっていた事は一つ。
 藤田の声、話す内容、風に揺れるサラサラの髪等をただひたすら見つめていた。


「ねぇ、ねぇ」
ユカにゆさぶられてハッとする。
「ああ、ごめん。何の話だっけ?」答える声はかすれていた。





翌日、朝から起き上がる元気もなく、大学にも行かず昼過ぎまで部屋でゴロゴロしていた。
 僕は中学時代くらいから1年に2~3日間隔で無気力状態に陥る日というのがあって、そんな日は何をする事もなくひたすら部屋にこもって誰にも会わずのんびり好きな事をして過ごす。今日はバイトもない。ぼんやり、昨日会った藤田の事を思い出していた。

 僕が嫉妬と賞賛をこめて藤田を見つめていた頃、なぜか藤田は僕の事を好いてくれて、呼吸するように自然に僕達は付き合い始めた。
 「数学の女神様」とあだ名される程ものすごく数学が得意な藤田に、美術室で数学を教えてもらいながら、おでこをコツンとぶつけて見つめあったり、帰り道初めて手をつないだり。
 もう過去のことなのに、声を聞いただけであんなに自分の体が反応するとは。

 体の力がガックリ抜けて、疲労が増した。

 昨晩借りてきたビデオをぼんやり見始めて数本目、夜の8時を回った頃、突然部屋をノックする音がした。

「?誰?」
「私」
「は?」
「ユカでーす。」
 僕はボサボサの頭をかきあくびをしながらドアを開ける。

 ユカは髪型が変わっていた。髪にストレートパーマをかけ肩より少し短いくらいに切っていてシャギーの入った毛先が顔の周りを縁取り、それなりにユカに似合っていた。タッパーを3箱を両手に抱えて右手の肘にスーパーの袋をかけて立っている。

「今日なんだか料理がしたくて、昼から狂ったように料理してたの。たくさん作りすぎて差し入れでーす。」

「おまえ・・・すごいな」
「美味しそうでしょ?」ユカは口角を右に上げてニッと笑う。
「いや、そういう意味じゃなくて、何で俺んち知ってるの?」
「バイトで聞いて・・・」
「誰に?」
「広瀬くん」いつも物怖じしないユカの声はだんだん小さくなっていく。
 広瀬とは高校時代同じ美術室にたむろしていた仲間で、緻密で丁寧な絵を描く男だ。美大に進学し、僕に今のバイト先を紹介してくれた男でバイト仲間で親友でもある。

「小山くん」ユカはケイと呼ばず久しぶりに僕の苗字を読んだ。ものすごく強い口調で。
「小山くんは優しい。清潔だし、軽くないし、私に酷い事を言った事もない。」ユカは言葉をきって少し寂しそうな顔をした。
「でも考えている事ものすごく顔に出ているって知ってた?私がいつもいつも傷ついていないとでも思っていた?」言った言葉の重みを感じさせないように、ユカはこんな時でも口角を少し右にあげてニッと笑った。しかし、まばたきしたとたん、ユカの瞳からボロボロッと涙がこぼれた。

「ちょっ・・ちょっと」いきなりアパートに来られて玄関で泣かれたらたまらない。
 僕は右左右、誰も見てないか確認してから、ユカをおしこむように部屋に入れた。「はぁ、このアパート女の子入れたことないんだからな。しかもこんな時間に・・・」
 ユカは涙を手でぬぐいながら、もともと大きめの目を更にパッチリあけた。
「なんでよ。ケイ、ホモなの?」
「俺は自分を安売りしないんだ。」
「何それー。女の子みたいなセリフ」

「ばーか、こんなことに男も女もないのだ。」

「・・・・・・・私ね、そんな風に自分を使い減らさない、興味のない人にはおべっか使わない、笑顔ふりまかない、ケイのそういう所、好きだよ。」

「そりゃ、どーもありがとう。」

「でも・・・・」

「でも、なんだよ?」

「ケイってさ、考えている事まるまる顔にでてるから、一緒にいると結構傷つく。気をつけたほうがいいよ。人間関係、損してると思う。」







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