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里見屋敷の事　伯耆民談記

南の郷堀村にあり、里見安房守忠義配所の地なり。安房守は新田の遺族にして累代安房国を領せしが、大久保相模守忠燐が親類なるによって、御勘気を蒙り、領国を召上げられ、慶長19年9月9日當国に移され、倉吉神坂に住居せり。今の岡島屋敷より小谷屋敷まで其の宅地にして。食邑一千俵を領せしとかや。

　其の頃同所は領主なくて御領なりしが、元和3年池田光政公因伯の太守とならせ玉い、重臣伊木長門倉吉を領せしにより、安房守は退いて近村の田中という里に移り居る。又堀村に移り居住して、元和8年6月19日その地に於いて卒去せり。

　倉吉の大嶽院はかねて帰依ありし事なる故、是所に葬る。石塔今に存す。
この廟に並て安房守伯父の墓あり。前に大木の松樹あり。彼の伯父の墓此の木の根にありけるが、此の塔度々崩れぬ。
　何様不思議なる事なりと取り沙汰せしを、當所明道和尚、伯父の石塔の地を代えて、安房守の墓と並べ、少し後ろに建つ、夫より後は崩れる事止みしとなり。
　ある人説をなして言えるは、安房守存生の中、伯父と不仲なりし、かかる故にて墓も崩れけるにやと。
　又傍らに小さき石塔七つあり、確安房守昵懇の士の塔なりと言い伝う。

　又、安房守重臣に真木大膳という士あり、房州より相伴い来る此の人無双の大力なりしが、又、そのころ倉吉の町人に矢田某という者あり、大膳に劣らぬ強力にて度々其の勝負を試しけるとぞ。

　享保6年安房守百年忌にあたりしが、房州より山田平八郎という者廻国の休みにて、大嶽院に訪ね来り、案内を乞う。この人安房守昵懇の士の後胤なりとて、廟前に詣り香花、晒水して伏し拝み落雷せり、其の夜は寺に一宿して往時を語りししが、安房守配国の事大膳が遇意より起こりし様に申しける由、此の時の住僧の話なり。

伯耆民談記
著者松岡布政氏は伯耆国倉吉の人で、鳥取藩池田家の家臣で、その人となりは、端正方直にして、勤勉、良く家政を治む、家道従って裕かなり。
　晩年心を文学に潜め、殊に史学を好む、暇あれば筆、硯を携え　、単身独歩因伯の山野を跋渉し至る処古墳を探り、社寺舅家を訪問し、民間の口碑伝説を集め、類を分かって記録するを常としたりしが、後、積もって15巻をなし、名付けて「伯耆民談記」と言う。実に寛保2年（１７４２）の事なりきと、寛延中病の為没す。墓は倉吉勝入寺にあり。　（音田忠男）