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2011年04月26日
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カテゴリ: 原子力の豆知識
パート1

「あの頃は幸せでした」
と元原発技術者イサエフ氏は言う。

原子力発電所で、専門技術者として働いていた彼は現在、100kmほど離れたキエフ市郊外に住んでいる。

イサエフ氏は、「リクビダートル」の組織運営を現在担当しているが、「リクビダートル」とは、事故処理班、とも呼ばれ、原発事故当時、実際にその事故処理に携わった人々のことである。
その人たちの多くは、原発所員や兵隊であり、彼らは、防護服も身につけず、まさに素手で必死の緊急処置をしたのだった。

高濃度の放射線のなか、1986年の11月まで、30万人もが、十分な防護対策もないまま、破壊された原発での作業を続けた。

イサエフ氏が持ってきたリストには、彼が苦しむ病気、病状、検査、診断が長く綴られている。
慢性の肝炎、そしてその他の臓器の炎症、、。


と語るイサエフ氏は現在56歳。
しかし、その顔はもう10歳は老いてみえる。

イサエフ氏は1991年に、健康上の理由から原発を退職。
政府は被爆者の援助を十分にしていない、と元原発所員は訴える。
「当時政府が約束した必要な医療品の無料配布、そして、治療がされていないのです、、、」

彼の手に握られた白黒写真には、事故前にとった幸せそうな家族が写っていた。

イサエフ氏をはじめ、原発所員が事情を把握したのは、ずっとあとのことだった。
原発事故が起こった夜、技術者達は、緊急事態のシミュレーションを計画。
もし、原発に事故が発生した際に、原子炉内のタービンが緊急用のディーゼル発電機が動くまで必要電力をつくることができるのか、という緊急時の対処実験のはずだった。
しかし、それが思わぬ設計ミスと、作動ミスにより、予定していたシュミレーションが、本当に事故へと発展。

その結果、核連鎖が起こり、暴走。


原子炉では、黒鉛に火が付き、その爆発とともに10日間、放射性物質を1000メートルの高さまで吹き上げた。

原発付近30kmの住民約18万人が避難し、数日後には、放射能雲はヨーロッパ全土に広がったいた。

事故発生から、ソ連政府が国際的な基準での対策にのりだすまでには、かなりの日数を要したが、その間に、ウクライナのほかにも、白ロシア、そしてロシアが膨大な被害が発生。

当時の書記長、ミハエル・ゴロバチョフ氏が、やっと5月14日にテレビで事態表明をした際には、多くのソ連国民はただ呆然とその報道を聞くしかなかった。

「みなさんがご存知のように、、、我々に大変な不幸がふりかかりました。原子力発電所、チェルノブイリ、でです。」


現在でも、多く人々が、政府が国民に放射能について十分な情報を与えなかった、と考えている。

国民を見殺しにした、この元ソビエト連邦のトップを彼らは決して許してはいない。
つづく

ドイツ報道紙 ツァイト より





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最終更新日  2011年04月27日 00時15分28秒
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