今週は、 週の前半は暖かかったのに 、 今日の最低気温は6度と冷え込んできました 。 冬本番ですね 。まぁ、私の勤める高校の学校図書館と司書室は、11月の中旬から真冬の状態だったのですが。 この学校図書館、北側と西側しか窓が付いていないという、図書館としては最悪の立地条件なのです 。とくに西側に窓があるということは、 西日が書架の本に当たって本が日焼けしますし 、 山からの西風が窓の隙間から吹き込んで 、大変。夏は夏で、暑いし ホント、この学校図書館を設計した設計士を磔にしてやりたい心境です 。おまけに、学校図書館がある事務棟が生徒のいる校舎から離れているので、生徒の生活動線からも外れていて、中々昼休みなどにも生徒が来難くて困っているのに。新しく作られる高校などはその辺を考慮して、生徒の生活動線の中心に学校図書館などを配置するようしているみたいですが、昭和の半ばに作られた学校ではそんなこと、配慮してませんよね。
さて、期末試験も終わって学校では1・2年生は冬休みを楽しみにしている一方、3年生で進路が決まってない生徒は、必死の形相でセンター対策などに勤しんでいます。図書館でも、黙々と勉強する3年生が散見されます。そのような状況を「監視」しつつ今日読んでいた本は、 ブルース・マイルズ 著、 手島尚 訳『 出撃!魔女飛行隊 WW2ソ連女性パイロットたちの群像 』(2009年9月、学習研究社)です。この本はもともと『 出撃!魔女飛行隊 』という題で1983年(昭和58年)に朝日ソノラマから出版されたのものを底本に、英語版原書を参照して語句を訂正、再編集を行い、ソノラマ版にはない写真などを掲載して再刊行されたものです。
内容ですが、これはもう主題の通りです。 第二次世界大戦時 (旧ソ連諸国では「 大祖国解放戦争 」と呼称していますが。)旧ソ連邦では大量の女性兵士を動員しました。歩兵に、戦車兵に、そしてパイロットに。この『 出撃!魔女飛行隊 』はその題が示すように 、 パイロットして大空の戦いに参戦した女性たち、空翔る「 魔女 」たちの数奇な運命を描いた作品です 。
では、彼女たちはなぜ「 魔女 」になったのでしょうか。第二次世界大戦前、旧ソ連では労働者のため様々なレクリエーションクラブが工場などの労働機関単位で組織されていました。普通の運動クラブや文芸クラブのほか、射撃クラブや飛行クラブ、果てはパラシュートクラブまで。その様な状況下、旧ソ連では女流飛行家の活躍も目立ちました。その中で有名なのが、 マリア・ラスコヴァ でした。彼女は、1939年に友人2人と共にイリューシンDB-2という双発機に乗り込み、無着陸長距離飛行の女性世界記録に挑戦したのです。しかし挑戦の途中、吹雪に巻き込まれ翼が結氷、高度が下がった期待から無線機など全てを投下した後、航法を担当していた ラスコヴァ はその後の進路を航空地図に書き込んだ上でパラシュートで降下したのです。その後、友人2人を乗せた飛行機は不時着に成功、 ラスコヴァ も救助され彼女たちは揃ってソヴィエト連邦英雄の称号と勲章を授与されたのです。その マリア・ラスコヴァ が 祖国の危機にモスクワ放送を通じて、女性による飛行連隊を編成するための志願者を募ったのです 。 条件は男性パイロットと同様に前線で戦闘任務に就くという条件で 。この呼びかけに、 先に述べた飛行クラブ、準雲軍事組織でもある オソヴィアヒム に所属していた若い女性たちが挙って志願したのです 。こうして「 魔女 」たちは戦乱渦巻く大空に羽ばたくことになったのす。
「 魔女 」たちは、大きく3つの飛行隊に分かれて戦闘に参加しました。 第586戦闘機連隊 、 第587爆撃機連隊 、 第588夜間爆撃機連隊 です。この中でとくに有名なのがPo-2練習機に乗って戦った 第588夜間爆撃機連隊 です。彼女たちは敵であるドイツ軍から「 夜の魔女 」と呼ばれました。この「 魔女 」たちはドイツ軍から憎まれていました。なぜなら、夜間に「 空飛ぶミシン 」(Po-2のエンジン音が足踏みミシンの音に似て騒々しかったから)の音が聞こえると、安眠を妨害する爆弾が降ってくるからです。戦場で休息が取れないのは非常にストレスが堪ることです。もっとも、ドイツ軍は終戦直前まで本当に本物の「 魔女 」が乗っているとは知らなかったようですが。
また「 魔女 」たちの中でとくに有名なのが「 スターリングラードの白いバラ 」こと リディア(リリー)・リトヴァク でした。 彼女は第二次大戦中のソ連空軍の最も有名な女性パイロットです。そして、史上2人しかいない女性エース・パイロットの1人です 。撃墜数について公式な記録はなく、個人スコアは12とも13とも言われます。搭乗機はYak-1でその性能は、最高速度が569km/h(地表高度では472km/h)で、武装は20mm機関砲1門と7.62mm機関銃2丁でした。リディアは1942年の夏、サラトフで彼女は初空戦を行い、9月には第437戦闘機航空連隊へ転属します。そしてスターリングラード上空の戦闘に参加、のちに第296戦闘航空連隊に移り「フリー・ハンター」と呼ばれる航空戦術に参加するメンバーにも選抜されます。これは熟練したパイロットがペアを組み、指定された空域で彼らの裁量でターゲットを探すという戦術でした。こうしてリディアは戦果を挙げていきましたが、1943年8月1日、8機のBf-109に襲われ、行方不明(生死不明)となります。それから長年、行方不明だった彼女は、1979年、遺体が発見され、1988年に戦死認定が空軍によって認められ、皮肉にもソ連消滅の直前、1990年にソ連邦英雄勲章とレーニン勲章が授与されています。
リトヴァク この本では第二次世界大戦を戦い抜いた女性パイロットの証言をもとに、構成されている本です 。 当時の女性パイロットの証言は、冷戦時代のプロパガンダが目的で許可されたインタビューである点を差し引いても(著者は英国人)、当人からしか得ることのできない貴重な証言です 。 彼女たちが戦場でどのように戦い、友情を育み、そして恋をしたのか、を読んでみると中々興味深いものがあります 。「 魔女 」 たちの希望、喜び、悲しみ恐れなどが素直に語られ、宣伝色の強い紋切り型のソ連の戦史や戦記と違って 「 魔女 」 たちの人間像や生活がたくみに描かれています 。戦争の勝利が決まった上であったとはいえ、将校が他の部隊の女性将校と結婚して、即座に新婦を連絡機に乗せて離れた自分の地区の部隊へ連れて行ってしまう、といったおおらかなエピソードもかかれていて 読み物としても、秀逸の部類に入ります 。 戦う女性がお好きな方は、一読してみては如何でしょうか?
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