ゆけゆけさっち
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紅白をぼんやり見ていた大晦日。カンサンジュンさんの「職にあぶれた人」って言葉が衝撃だった。ゲスト審査員で彼が呼ばれたことが、この一言だけで意味をなした気がした。うわあっ、と思った。「職にあぶれた」って、ずっと昔のことを指す言葉のようなそんな意味合いに、自分は捉えていたことがわかった。この寒空、放り出された人たちが沢山いること、頭ではわかっていたつもりなのに。突きつけられる言葉っていうのは直接自分を非難する言葉ではなかったりする。こういう角度から来る。世の中で弱い立場に置かれている人たちのことをいつも頭に置いているだけじゃなくてどうして!!という怒りと、変えたい!!というパワーがさっちには足りないんだよ、浅い共感だけではダメなんだよって。保育園の中。。「仕事、なかなか見つからなくって」といわれる保護者さんがいらして「何かないかしら」と他の保護者さんたちに聞いてみたことがある。その時、職さがしに本当に親身になって下さったのはその保護者さんと仲が良いわけではない、自分も必死でこの地で職を求め探してきたSさんだった。そのことをさっちはSさんのお義母さんに伝えた。お義母さんは「うちのお嫁さんは、よそから来た人だけど今は私より、この土地のことを知っているもの」って胸を張られた。そのことをまた、さっちはSさん・・・だけでなく発表会の場、大勢のお客さまの前で伝えた。お義母さんとお嫁さんのSさんと、職探していた保護者さんと他にも職を探して下さっていた方、全然知らなかった方、会場があたたかい空気で包まれた。子どもたちも胸を張っていた。大人たちのそういうつながりは、子ども心に誇れるものなのだろう。あの時は、ここまで「職にあぶれた」人が増えるとは思ってなかった。あの時、美談で済ましたのではないか、自己満足だったのではないか。自分の浅さを恥じて新年を迎えた。親さんの経済状態、職の内容や、あるなしによる心身の状態、子どもたちにダイレクトに懸かってくる。底知れぬ不安、苛立ち、虚無感、、子どもには、いいお母さんでいよう、いいお父さんでいたい、とそんな思いを突き破る、滲み出る心の叫びを子どもは敏感に察していく。どんな時でも笑顔を絶やさないお母さんでいても、がんばってもお母さんの辛さは、大好きなお母さんの辛さは伝わるんだ。こんなことがあった。子どもが明るいホームドラマを見て「どうして家は、こんなふうじゃないの」って泣きじゃくった。あの子が荒れるしかない時期、抱きとめ、抱きしめ、必死に保育をしていくしかなかった。そういう時、さっちも今ならもっと、家庭に出向いていける。思いが聞こえる場所に立っていなくては、大事なことが見えないから大事なことを手がかりに保育を作っていくよ。「どうして」という叫びに打ちひしがれながらも、そこから元気を絞り出す家族。あの時、さっちは何もできなかったけど。。事実を見据え、信じきるように。。と教えられたよ。時間がかかっても。労働者として保育園のことも、日記で書いてきたけど弱いところから切られるし低いところに合わせられる。人の絆が切れやすくなる。そうやって得をするのは誰かな。怒りの矛先はどこへ?
2009年01月03日
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