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トミーが去ってから半年めに突入する。早いね。もう半年、まだ半年。静かな時が流れる毎日、何を頼りに生きて行けばいいのだろう。目的を見失っている私。死んだら会うことができるのか、はたまた無であるのか。真実を誰か教えてほしい。
2026.04.26
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今年もさくらが咲いた。豪華絢爛に美しく、さくらのシーズンには何回か足を運ぶ場所がある。いつもトミーと訪れる決まった場所だ。トミーを撮影して「写真写り良いよね。」と、感想を述べる私。しかし、去年の場所にトミーはいないのだ。いくら捜しても私は一人きり。さくらは変わらずに美しく咲き誇っている。年季の入った夫婦連れは、特に眼にとまる。うらやましいやら悲しいやら、胸に忍ばせたトミーの写真に触れる。トミーどこに行ったの・・・。
2026.04.02
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朝ドラを一緒に見ることがいつもの日課になっていた。トミーが入院した時は「あんぱん」そして10月には「ばけばけ」と変わっていた。その朝ドラも来週で終わる。仲良しのヘブンとおとき、タイトル画面を見ると胸が苦しくなり、席を外していた。なぜかと言うと2人に負けない位に、トミーと私は仲良しだったからだ。しかし、この数日はあのタイトル画を見ることも平気になってきている。トミーが去ってからもう数日で4ヶ月が経過する。トミーがいないのは寂しいが、一人に慣れてきている私がいる。旅行の計画も入れた。花見も来週には何回かいくだろう。去年の花見で、私は定期入れを無くして大騒ぎした。トミーと一緒の外堀通り、桜が咲き誇っていた。あれがトミーの最後の桜だったんだな。
2026.03.19
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ずーっと気になっていた蒸籠を買った。いつも欲しいと思いながら、買うことを逡巡していた。油も使わず体に良いだろうし、なにしろオシャレだ。食卓に蒸籠を提供したら、豪華な料理になる。中身は人参やサツマイモなのにだ。不思議な自己主張感。蒸す鍋も一緒にセットで購入する。竹や杉または檜と素材もいろいろ、一番多く出回っているのは竹製らしい。値段も安価なので竹製を入手する。早速、赤や緑の野菜と豚バラ肉を一段目に、551蓬莱の豚まんを2段目にセットして蒸すことに。15分ほど蒸気を当ててできあがる。簡単すぎる!!テーブルに乗せてランチをはじめた。トミー こんなに素敵なランチですよ。どうして、トミーにも作ってあげなかったのかな、そう思うトミママでした。
2026.03.16
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今は穏やかな新宿御苑です。15年前のあの日。私は会社にいた。午後の仕事が流れ始めていたとき、突然にあの揺れが来た。社内は恐ろしいほどの沈黙、いつものざわめきはどこへ。非常口の確保を指示され、外階段のドアを開けて押さえていた。開けたドアの向こうに、隣のビルがぐらぐらと揺れているのが見える。とうとう直下型地震が来たのだと思った。どうなるんだろうという言葉が脳裏をよぎる。揺れが収まると新宿御苑への避難をすることになる.上空に多数のヘリコプターが飛んでいる。御苑はもう人であふれ入るどころではなく、隣接する新宿高校への避難を促された。マンホールの蓋がガタガタと鳴り続けている。家屋に被害はなさそうにみえる。新宿高校の運動場でしばらく待機してから、会社に戻る。特に倒れた物も無く、いつものオフィスに見える。東京の震度は5強と記憶している。震源地は三陸沖。まるで地獄のような現実を、ニュースで知ることになる。交通網はストップして帰宅は困難。歩いて帰る人もいたが、私は会社泊を選び翌朝動き出した東京メトロで帰宅した。我が家は13階部分、あまり地震対策をしてなかったので、びっくりするような状態になっていた。浴槽に水をためるのがお奨めになっていたので、水を張っていたがその水はほとんどこぼれていた。トイレの水もタンクからこぼれ、トイレマットがビショビショになっていた。食器も割れたし、レンジも壊れた、家具も使い物にならないものもある。すさまじい揺れがおそったのだ。家にいなかったのは良かったと思った。この破壊された状態に立ち会うことは、あまりにも恐ろしすぎる。トミーは訪問先の企業で地震に遭い、その後バスを乗り継いで帰ってきていた。あの日2人で対峙した3.11だったのだ。トミー あれから15年だって・・・・。
2026.03.12
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今日は朝から雪模様。大好きな雪、こころが沸き立つ。子供の頃から大好き。白い世界、なにもかもが突然に違う世界になる不思議。いつもならトミーと二人で大騒ぎなのに、今は静かに窓の外をながめるだけ。「トミー雪だよ!」と言っても何の返事も無い。雪で思い出すのは2023年の蔵王の樹氷見物、蔵王国際ホテルのゲレンデの見渡せる部屋に2泊した。素晴らしい露天風呂があり是非お奨めの宿だ。樹氷は、観光ポスターのようにはなかなかいかない。相当の条件でないと、あの写真はとれないだろうと痛感した。到着当日は山頂まで行ったけれど、ホワイトアウト状態。樹氷はそれなりに鑑賞できた。2日目はロープウェイが休止。荒れた天候で止まったのだ。夜雪上車で行く樹氷観光は、ツアーに押さえられているのか予約はとれなかった。「ライトアップされた樹氷も見たかったので、次はツアーで来なきゃね」と言っていたのに、トミーとの約束を守ることが出来なかった。3日目は仙山線で仙台まで出て、牛タンを食べようということになった。仙台も雪で、駅前の店だったがトミーのハンチングやリュックに雪が積もって、相変わらずかわいい格好だった。「傘をさしたら?」「雪は傘はささないんだよ」いつから雪国育ちになったの!
2026.03.10
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この気持ちをどこにぶつければいいのか。youtubeでグリーフケアーや故人に繋がるなど、あやしげなサイトを閲覧してしまう。それほどトミーに執着している私がいる。最後の最後までトミーが大好きと言い続け、4ヶ月もたつというのに毎日めそめそと泣いてばかりいる。いつか私が死ぬことになっても、誰もこれほどには悲しむことはないだろう。そういう意味ではトミーは幸せ者だ。これほど愛されて尊敬されて力のかぎり守られて、そう思ってもらわないと。トミー その大きな温かい手に触れたい。
2026.03.09
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まだ少し寒い。ルーティンの歯のクリーニングに出向く。3ヶ月毎のデンタルクリニックで前回は12月の初旬だった。トミーを失って呆然としていた頃。もう私を阻止する物は無く、すべては自由で気のおもむくままという状況だ。それまでは、すべてトミーが優先だったから。でも、何もできていない。一人って何もできないもんだなと、痛感する。トミーが良くいってたな、1+1は2じゃないんだよ。3にも4にも10にもなるんだ。ほんとにそうだね。トミママは1+0でもしかしたら、マイナスになってるかも?
2026.03.06
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仕事をしていた頃は、洗濯は夜の作業だった。夕食の支度をしながらバタバタと。それが、退職してからは晴れた空をみながらの作業になっていた。晴れ渡る光の中「晴れて洗濯物が乾いて、そしてトミーがいる。これ以上の幸せはない。」と、ベランダで言葉にして言っていた。「ねえートミー」と問いかけると「はい!」と答えてくれた可愛い人。今日も洗濯びよりの晴れた空です。風はすこし強いけど、 よく乾きそうです。すべてのパーツは揃っているのに、ただ一つトミーというパーツが不足している。高層ビルも新幹線もいつものように見渡せるけど、心には霧がかかっているままだ。
2026.03.05
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高市さんじゃないけど、泣いて泣いて泣いて、泣いて涙がかれるまで泣きます!!ということで毎日泣いています。グーグルでトミーの眠るお墓を捜したりしています。こぎれいなお寺お墓群もこじんまりしている、そのうち行かないと。
2026.03.04
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東京都荒川区の三ノ輪橋と新宿区の早稲田を結ぶ路面電車、都電荒川線といいます。またの名を「東京さくらトラム」という素敵な名前がついています。ゆったりゆっくり走っています。トミーは母校の早稲田大学に出向くときは、良く利用していました。私も10月末にある「稲門祭」には、トミーと2人で、出かけたものです。昨日はそのトラムに乗ってきました。東京さんぽ地図という本を買いまして、ありあまるこの時間を東京散歩に費やしてみようと考えたわけです。東京に住みながら「灯台下暗し」のことわざどおり、以外と不案内に気づかされます。昨日は日曜日、かなり混み合っていました。まず手始めに庚申塚というところで降りて、とげ抜き地蔵にお参りに。ここには4~5回訪れています。母の洋服を買いにきたこともありました。シニア向け洋品が盛りだくさんです。友人とも来ました。うち1人は鬼籍の人となりました。もちろんトミーともきましたね。このカフェでブレイクしたなと懐かしく思い出されます。でも、いずれの時もトラムは利用せず山手線巣鴨駅経由でした。今回のトラムは不思議な感覚でした。田舎町の祭りにいくようなそんな感覚でした。次の駅までも短く様々な人々が乗ったり降りたりしていく、バスよりゆっくりで気持ちもゆったりする。帰りは三田線で西巣鴨まででて、バスで家路につきました。到着したバス停で紅色の桜が満開なのに、びっくりしました。
2026.03.02
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トミーとふたりで暮らしていた頃は、体重が53.5キロだった。太り気味だったしまた血圧も高かったので、ダイエットを頑張っていた。しかしながらちっとも体重は減らず、こんなものかと諦め気味だった。それが、トミーが入院してからは食事が喉を通らずに、みるみるまに体重が落ちていった。50キロを割り46キロまでになった、さすがに落ちすぎと食事に励もうとするが、喉を通っていかない。体力がガクンと落ちて、階段も上まで登れず途中でしばらく休むざまだ。そんな時に、件の友がおかゆを持ってやって来た。私はその気持ちに応えなければと、必死に食事をしようとするが、体は受け付けようとしない。無理矢理流し込むおかゆと飲むヨーグルトで、日々を過ごした。体重はふえることはなかったが、それ以上減ることもなかった。少しずつ食事をしていきトミーの介護に邁進した。ある日トミーが私の顔をみて頬をなぞって言った「どうしたの?」私の頬ははっきりと陰を作っていた。マスクをはずして、ひさびさの美容室のできあがりをみせていた。痩せてげっそりりした頬を、トミーは見つけたのだ。「少し痩せたみたい」そう答えた。トミーは何も言わなかった。それは天国に召される日の7日前のことだった。
2026.02.28
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数年前までは夏は好きな季節だった。だがしかし、ここ数年は狂っているとしか言えない暑さが続いている。夜もサウナ状態、エアコンの連続運転は大丈夫なのかと、メーカーホームページで調べてしまった。今年の長期予報が発表された、また暑い夏が来るらしい。もう快適な夏は戻ることがない、まさに温暖化のなせるわざか。昭和生まれの私は早朝のラジオ体操や午前中の宿題、午後の昼寝タイム3時のおやつはスイカ夜には花火と、胸が暖かくなる懐かしい思い出ばかりなのに。去年の夏は特に暑く苦しい夏だった。トミーの毎日の面会はまだまだ暑い午後4時、文京区の日本医科大学付属病院に2ヶ月。東大前駅から病院まで歩いて行った。暑さも胸中も苦しいばかりだった。次の転院先は自宅近くの病院、歩いて行ける距離。「帰りたい帰りたい」と毎日言われて悲しかった。少し認知症も出てきていたので「昼は外食するからトミママも、あの店に11時30分に来てね」など、とうてい無理なことをいう。トミーは立ち上がるのがやっとで歩くことはもう出来なかったから。「分かった」と答えたもののそうできたらどんなに良いだろうと、心底思った。でもさすがトミー病院を脱走しようとしたらしく、ベットのガードが外せないように包帯でグルグル巻きになっていた。やってくれるなと笑ってしまった。ベットに寝ながら外を見ていたらしく、道の向こう側の店舗を「あそこは何でも売っていて安いんだよ。退院したら買いに行くよ。」最後の一葉ではないがあの寂れた店に、トミーは希望を見いだしていたんだなと思った。それからそこも2ヶ月位過ごして、いよいよ終のすみか埼玉の施設にいくことになる。10月のはじめだった。
2026.02.26
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東京も久々の雨だ。いろいろな地域で渇水が騒がれているので恵みの雨かもしれない。天候が良いとどこかに出かけなければと焦ってしまうが、雨だと気持ちが少しゆったりする。とくにトミーに面会していた14時から15時は、一人で部屋にいることが苦しい。トミーの手を握っていたな、ハグしていたな、細くなった足をさすっていたな、もっといてあげれば良かったな、別れ際は寂しい目をしてたななど思い出してしまう。いまさら後の祭りなのに、ばかげている。世の中の死別を経験した妻達は、皆同じなんだろう。戻りもしない過去の時に思いを馳せて泣く。
2026.02.25
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きのうN子と会った。依頼されていた令和7年分の確定申告を手渡すためだった。N子の自宅はバスで行けば25分くらいでいける距離である。駅前のコーヒーショップでとりとめない話に花を咲かせながら、先の時間を数えるようになったと2人で笑い合った。お金の使い方も考えないとね。意味のある使い方しないとね。とか・・・・。同じ会社に勤めていた同僚で同じ時期に退職している、なにかと気が合い穏やかな性格に癒されている。長く勤めて年金もそこそこあるので、2人ともなんとかやっていけている。私はトミーと毎年数回の旅をしていたが、トミーの入院後はまったく東京から出ていない。温泉に行きたいなと思っても一人ではと、二の足を踏む。N子を誘うが「旅行は嫌い」という、旅行嫌いなどいるのかと引いてしまった。だが、確定申告作成を条件に温泉旅行を提案して、渋々承諾させた。酸ヶ湯や乳頭温泉に行きたいけど、とりあえずツアーで下呂温泉でもいってみるか。下呂は行ったことがないし、白川郷や上高地もコースには入っているのでいい気晴らしになるだろう。久々の温泉は楽しみだ。去年の秋は鬼怒川金谷ホテルのはずたったのに、トミーは一人知らないところに旅立った。あーまた泣けてきた。私も午後、確定申告に行くとするか。
2026.02.24
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トミーの財布の中に2025/05/29抽選日のロト6が4枚入っていた。週に2回の抽選日に合わせて買うのがルーティンになっていた。突然倒れ検査入院と言われた6月9日以前に買っていたのだろう。最後のロト6だね。入院中のあれやこれやで放っていたが、毎週は無理だけど亡くなった21日の月命日にトミーが追いかけていた数字を買うことにした。財布の中の4枚は見事にハズレでしたよ。でもトミーの思い出と一緒にハズレ券もきちんと取っておくね。財布のお金は支払いに使ったけど、小銭と験担ぎの9zの1万円札はそのままにしている。ラッピングしてあったので1万円かと思っていたのだが、なんかの拍子にもしかして何枚かあるのかと確認したら3枚もあって驚いた。なんかまた愛おしさがこみ上げてきて涙がこぼれた。みなさんは亡くなったご主人の財布をどうのように処理されているのだろうか。財布と名刺入れはいつもの定位置に置いている。当分はこのままにするだろう。
2026.02.22
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2025年11月21日早朝、埼玉の施設でトミーは別な世界に旅立った。腕の中で見送ることはできなく、悔やむことばかりのトミママです。あの日から今日は3ヶ月目まだ泣くことが多く、トミーがすごく恋しいです。帰ってくるのではといつも待っていますが、全然トミーは帰ってきません。悲しいな。まさに悲しいとはこのことだったのですね。
2026.02.21
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