ライフキャリア総研★主筆の部屋

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2005年12月21日
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 耐震強度偽装事件ばかりスポットライトが浴びせられる中、目立たなくてトクをしている事件もあるだろう。M社の殺人暖房機とか。

 一方、ニュースになるのは悪いことばかりで、「良い行い」はニュースになりにくい。

 世の中、悪いお手本ばかり目立つ。「反面教師」から教訓を得られる賢い人ばかりとは限らないし、ニュースショウが人々の鬱憤を晴らす「生贄のいたぶりショウ」となっている側面もある。

 そんな世相だからこそ、「良いニュース」とまでいかなくても、ほのぼの、しみじみさせられる記事が読みたい。昨日の朝日新聞の夕刊から拾ってみよう。もちろん、キャリア関係の話題です。

 仕事を選ぶきっかけは、ひょんなことから訪れる。アメリカの偉い先生(クランボルツ教授)は、「キャリアは偶然に決まる」「キャリアプランは立てなくていい」なんて言っている。

「関西を中心に活躍する防犯アドバイザー京師(京師)美佳さん(34)がこの世界に入ったきっかけは、ちょっと変わっている」 そうだ。ふむふむ。

「高校を卒業後、大阪の百貨店に勤めていた二十歳のころ、テレビドラマ「鍵師」にはまった。主演の渡辺謙が特殊技術を駆使して、人々を助ける話だ。「私も鍵師になって、人の役に立ちたい」

「人の役に立ちたい」と思って職業を選んだというのが、すばらしい。若いのに立派だ。

 私が大学生のころは、「やりたいことをやる」にはどうしたらいいかという自己中心的な視点しかなかった。しかも「やりたいこと」は曖昧で、「やりたくないこと」しかハッキリしていなかった。「やりたくないこと」はフツーの会社員。「社畜」なんて真っ平御免だった。それはさておき、

 防犯アドバイザーという仕事の中身は、 「新築マンションの防犯設計や戸建ての防犯リフォームをプロデュースするほか、講演会やセミナーをこなす」 「この半年、まともに休みをとれたのは3日間だけ」 だとか。

「人の役に立つこと」を原点としている人は強い。「人の役に立つこと」には、「報酬」というよりも「謝礼」が伴う。お金に感謝がプラスされている。やりがいがある。自分の気持ちが長続きするし、役に立ち続ければ、ニーズも長続きするだろう。

 しかし、彼女のような例は稀だ。

「若いうちに職種を決め、その仕事に就ける人は特別な才能がある人。普通の人は、働きながら合う仕事を考えたらいい。ベストではないかもしれないが、少し幅のある「セカンドベスト」の仕事にたどり着ければいいと思う」

 と語っているのは、経済アナリスト・森永卓郎さん。「TVタックル」にときどき出演してハマコーにいぢめられている太ったメガネのおじさんである。著書の『年収300万円時代を生き抜く経済学』3部作は46万部売れたそうだ。

 なるほど、成功者の言葉には説得力がある。

「若い人には、まず働く、を最優先にして欲しい。何でもいいから興味ある仕事に就いてみて、ダメならやり直せばいい。向き不向きは、働いてみて分かるはずです。会社には営業や経理など多様な仕事があって、いろいろ教えてくれます。給料も出るのですから、奨学金つきビジネススクールと考え、3年間は正社員で働いて欲しい」

「石の上にも3年」と言うとおり、昔から人の体内時計というか体内カレンダーは変わらないのかもしれない。あるいは、組織の中の力学か。最初は雑用しか任されなくて、雑用は当然面白くないが、辛抱してやり続けるうちに周囲の見る眼が変わってくる。信頼関係ができ、「できるやつ」と評価されれば、より重要な仕事を任せてもらえるようになる。3年ぐらい辛抱しないと、その会社の仕事の全体像が見えて来ない。

 給料つきビジネススクールとは、うまいことを言ったものだ。会社の中で学ばされることは実に多い。「給料泥棒」と言われない程度にパフォーマンスを上げなければいけないのだから、「赤点」を取り続けるわけにはいかない。よほどひどければ、解雇という名の退学もあり得るのだ。

 ただ、世の中には3年間辛抱しても大した変化がない会社もあれば、どこであれ、3年間も辛抱が続かない人もいる。

 前者のリスクを避けるには、危機回避能力を身につけるのがいいだろう。言葉を替えれば見る眼を養うこと。それには、危険の種類をなるべく知って、浅い傷の1つ2つ、つけておくのがいいのではないだろうか。つまり失敗に学ぶこと。ゲームやスポーツで「負け」を経験するのもいいかもしれない。

 年齢や性格や興味、財産の多寡など、1つや2つの傾向に偏らず、いろんな種類の人間と出会う中で、自分にとって危険な人(場所)とそうでない人(場所)の見分けがつくようなるだろう。

 3年間も辛抱が続かない人はどうすればいいか?



 単に落ちる人は、組織には向かないのかもしれない。手に職をつけ、ひとりでもできる仕事か、寡黙で協調性がなくてもできる仕事を選べばいいだろう。

 私のキャリアを振り返ってみると、最初に勤めた出版関係の会社には3年5カ月在籍した。そのまま順当に行けば管理職になっていたかもしれない。しかし、結局その会社は倒産してしまったから、「積極的退場」は正解であった。

 3年5カ月の間に学んだ「社会人としてのキホン」あるいは「文筆家としてのキホン」は、いまも役立っている。いちいち列挙するまでもない、目に見えない土台のようなものだ。少々休んでも消えないだろう。

 会社員を辞めたとき、後はフリーになるしかないと思った。別の会社に就職することは、微塵も考えなかった。

 そのとき26歳だった。一種の覚悟のようなものがあった。



 幸い、「出世払いでいい」と、事務所の机を貸してくれたり、ひもじいときに酒や寿司をごちそうしてくれた先輩諸氏に恵まれて、今日の私がある。ありがたや、ありがたや。

 これからはキャリア関係での女性の書き手が必要だからと、私に書く場を与えてくれて、応援してくれた女性編集者もいる。

 たくさんの人に恵まれて、いまの私がある。だからこそ、いま再び原点に戻り、人の役に立つ仕事をしなくてはと思う。

 ……お仕事を下さる編集者様、出版関係者様も多数ご覧になっている手前、最後は少々、優等生的にまとめてみました。あは。

 はい、がんばって締め切り守ります。今年も残りわずかですね。








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最終更新日  2005年12月21日 18時29分46秒
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