秋葉原事件。何が悪いのか。どうして、あんなモンスターが育ってしまったのか。
日本全国で議論しているかと思います。茶の間で、職場で、飲み屋で、スポーツクラブのサウナで(笑)。
あるときある酒場で、男性3人と私で話しました。「何が悪いと思う?」と誰かが言い出し、男性3人は「家族!」と答え、私だけ「派遣労働!」と叫びました。
まあ、問題は複雑であり、決して原因は1つだけではないと思います。
仮に家族が最大の原因だとしたら、じゃあ、再発防止のためのどうすればいいのでしょうか。問題のありそうな家族に介入しますか。全国の家族に対して、「犯罪温床度テスト」を実施し、結果の悪かった家族には臨床心理士なり家族療法士が指導しますか。
どれも非現実的ですね。第三者が家族に介入するのは難しい。だれもがよその家族のことは疑うけれども、自分の家族のことは疑わないから、他者の介入を許そうとはしないでしょう。
ただ、例外があって、ひきこもりの子どものいる生活保護家庭に対しては、犯罪予防とは別の見地――ひきこもりの子どもに自立と社会参加を促すために専門家による家庭訪問が行われています。また、児童虐待やDVに対しても介入が行われますね。
病んだ家族と病んでいない家族をどう判別するか。そのうえで、家族が病まないようにどうやって予防するか。この2つについて議論することには価値がありそうです。
多くの人が言うように、キーワードは「子どものしつけ」と「夫婦の関係」ではないかと私は思います。
子どものしつけがうまくいっていれば、そして、夫婦の関係がうまくいってれば、そこには対話があり、協力があり、思いやりがあり、家族全体の一体感があるはずです。
私は専業主婦の再就職支援を仕事としていますが、セミナーに自分の意思で参加してくる専業主婦の多くは、自分も再就職したいと思っているけれども、そのためには乗り越えねばならないいくつかの壁があり、そのひとつが子どもの理解(自立、家事協力)であり、夫の理解(自立、家事協力)であるようです。
「夫に家事協力させるのは難しい」とか、「子どもがまだ自立できていなくて、私に家にいてほしい、働くのは嫌だと言う」といった発言をしばしば耳にします。
私自身は、自分で身の回りのことができない男性、とくに自分で料理のできない男性のことは人間とは見なせないほど激しく軽蔑しているので、家事協力しようとしない男性を夫として選ぶ女性の心理は、全くもって理解できないのですが、公と私は別であり、困っている人を助けるのが私の使命であり、天命ですから、がんばって解決策を考えようと思います。
googleで「家事 手伝い 子ども」といったキーワードを入力してみたら、面白いデータを発見しました。
各家庭について働きかける事例 」というのがあります。
なかなか示唆に富んだ内容なので、ご紹介しますね。
例えば、各家庭での教育については、以下のような事項について働きかけ、理解してもらうことが重要である。
| 1) | 朝食や睡眠などの基本的な生活習慣が崩れれば、心身の健全な成長に負の影響を及ぼすこととなることから、家庭における規則的な睡眠や食事等の基本的生活習慣の定着及び管理を行うこと、 |
| 2) | 「おはよう、おやすみなさい、いただきます、ご馳走さまでした、ありがとう、ごめんなさい」等の基本的な挨拶、感謝や謝罪の気持ちを表現する習慣の定着を図ること、 |
| 3) | 時と場所と場面に応じた服装やマナーを育成すること、 |
| 4) | 消費活動に関する保護者の管理と制限を行うこと、 |
| 5) | 家事手伝いを通じて子どもの規範意識を育てるとともに家族の一体感を高めること、 |
| 6) | 社会体験又は自然体験等が子どもの規範意識や正義感を高める効果があることから、祖父母等との交流、祭等の地域活動への参加等を通じた異年齢交流又はキャンプ等の自然体験を進めること、 |
| 7) | テレビ、ビデオ、ゲーム、インターネット又は携帯電話等の適切な使用と接触の制限をすること、又は、フィルタリング・ソフト等を活用して違法サイト等に接触できないようにすること、 |
4)だけ日本語として意味がいまひとつ不明瞭ですね。恐らくこれは、子どもの消費活動を、保護者がしっかり管理し、場合によっては制限、つまり「月に○○円以上は使わないように」とか「○○は買ってはいけません」などと指導することを意味しているのでしょうね。
いかがでしょうか、「それぞれの家庭によって教育方針があるのだから、余計なお世話よ」と思うでしょうか。ちなみに、学校で給食のときに「いただきます」と言いましょうと指導したところ、「うちはちゃんと給食費を払っているのだから、“いただきます”と言う必要はない」とクレームをつけた親がいるそうです。ああ、恐ろしい。「いただきます」というのは、「命をいただきます」という意味で、人間というのは動物でも植物でも、他のものの命を犠牲にしなければ生きていけないわけで、そのことについての感謝の気持ちを表す言葉ですよね。
それはさておき、
私は、この7項目すべて、ごくごく当たり前で、当然、守られるべきことであり、1項目でもできていない家庭があるとしたら、その場合は、親が自分自身の規範意識や倫理観を疑ったほうがいいと思うのです。
この7項目のなかでは5)が秀逸であると私は思います。
家事手伝いを通じて子どもの規範意識を育てるとともに家族の一体感を高めること
家事手伝いは、子どもの規範意識を育てることにつながり、同時に家族の一体感を高めることにつながると指摘しているわけです。夫の自己成長というか、生涯キャリア発達という見地から考えても同じことが言えると思います。
家事・育児参加を通じて男性の規範意識を育てるとともに家族の一体感を高めること
という文言を付け足してもいいでしょう。いまは「ワーク・ライフ・バランス」ならびに「男女共同参画」という規範意識が強く求められています。その規範意識を育てるうえで、夫の家事・育児参加は必須のものです。妻が楽をするために夫を手伝わせるのではなく、夫が家事・育児参加することは、夫自身のためになるのです。と、同時に家族の一体感が高められる。
考えてみてください。楽しい晩御飯のあと、家族全員で汚れた食器を台所のシンクに運び、誰かが主になって水洗いするか食器洗浄機に入れる。その間に、手の空いた人が残り物を冷蔵庫にしまったり、食卓のうえを拭く。床に食べ物が落ちていたら拾って雑巾で拭く。食器を手洗いする場合は、きれいになった食器を次々に別のだれかがふきんで拭く、そして食器棚の元の位置に戻す。
以上の作業を全員で協力すれば、慣れてくればものの数分で終わるでしょう。で、終わったら、再び全員が自分の席に戻り、お茶でも飲みながら、あるいはデザートのフルーツでも食べながら、大人はディジェスティフのブランデーや焼酎、ウィスキーでも堪能しつつ、のんびりと、今日1日の出来事や、明日の予定や段取りについて話し合ったりする。
ほら、こうすれば自然と家族の一体感が深まりますよね。すばらしい家族団らん。
妻が洗い物をしている間、夫が横になってテレビを見ていたり、子どもが早々に自室に引き上げて、「勉強します」と言いつつゲームをするっていうバラバラな状態が日々繰り返されているとしたら、なんとも寒々しいものですね。
夫が家事・育児の参加を全くしないというのは、何より、本人にとって不幸なことであると同時に、「絶対にやらないぞ」とすごんだり、屁理屈を言ったり、わざと不機嫌な態度をとり続けたりするのは、妻の人権侵害であると同時に、DV(ドメスティック・バイオレンス)のはじまりと言っても過言ではないでしょう。
そして、もしも「オレはお前が働くことは絶対に認めないぞ。話し合いの余地はない」あるいは「お前なんかに、まともな仕事ができるわけがない」などと夫が言ったとすれば、それはもう、ほとんどDVに等しいのです。言葉の暴力であり、妻の魂と精神を傷つける行為です。
どうでしょう。専業主婦が働きに出るために、その準備として、夫や子どもが自分の身の回りのことができるように「自立教育」の支援をし、自然に家事参加できるようにすることは、何よりも夫と子どものためになり、家族ぜんたいの幸せにつながるのです。
だから、明日でもいいし、1週間後でもいいから、宣言しちゃいましょう。
「お母さんは、家族の幸せのために働くことにしました!」
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