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個性を捨てろ!型にはまれ!三田紀房大和書房漫画「ドラゴン桜」の著者が書いた本。一言でいうと、「型」を身につければ、世の中うまくいくようにできている。というようなことだろう。漫画という制限された媒体よりも文章の方が伝えやすいということで本にしたらしい。本の中で、著者は大ヒットした漫画「ドラゴン桜」も「スポ根漫画」と「東大」という既存のものを組み合わせて、そこに、「対立」→「葛藤」→「和解」という売れる漫画の「型」をあてはめただけだといっている。既存のものを組み合わせて、「型」にはめる。だから別に、オリジナルにこだわる必要はない。まず基本や型を身につけてそれを応用すればいいと。難しいことは何も言っていない。ごくごくあたりまえのことだ。でも読んでいてすごく胸に響いてきた。不思議なものだ。それだけ基本とか目立たないけどとても大事なことをちゃんと見ていなかったということだろう。どの世界も基本から入っていかないと応用なんて無理だよなあ。あたりまえをもっと大事にしていこうと思った。自分の中の引っかかり・世の中には、成功するための「型」がある。 個性も才能もいらない。ただ用意された「型」にはまればいい。・基礎がしっかりしているからこそ、応用もできる。 基礎のない応用なんてありえないのである。・コピーでいいから結果をだせ。 →胸を張ってベタな王道を歩め。・発明よりも「模倣と応用」を。・こどものうちに徹底して「型」を詰め込むことは、 絶対必要なのだ。個性や創造性を伸ばしていくには、 基礎が必要になる。つまり「型」が必要になる。 基礎も「型」もないのに個性や創造性を伸ばそうと するほうが間違っているのである。 ・・こどもたちに中途半端な自由なんか与えるべき ではないし、ゆとり教育なんてもってのほかだ。・こどもに何か教えるとき、常に理屈を用意するのは 不可能だし意味がない。 無理して理屈で説明しようとすると、必ず矛盾がでて しまう。ウソがばれてしまうわけだ。 それなら、思いっきり理不尽になって 「それがルールなんだよ」とか「そういう決まりだから ダメなんだ」と説明すればいいのだ。・「型」があれば品格はついてくる。・仕事とは「他人の需要に応えるもの」だ。 自分を表現するとか、自己実現とか、そんなふわふわ したことをいっているようでは、いつまでたっても 仕事にならない。 他人の需要に応えられなければ、お金にならないのだ。
2007.05.31
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へたな人生論よりイソップ物語植西聰 河出書房新社図書館でタイトルを見て気になって借りた本。イソップ物語・・知っているようで実はどんな話があるのか全然覚えていなかったけれど、この本を読んで、ああそんな話あったあったと思い出すことができた。そもそもイソップ物語とは、世界でもっとも親しまれ、読み継がれてきた動物を人物に仕立てた物語。紀元前600年頃、ギリシャの国を牛耳っていた独裁者の圧政のなかでは、言論の自由が許されず、その状況の中で、イソップという人物が、政治や社会情勢の風刺を動物にたとえて主張したのが誕生につながったとされている。「アリとキリギリス」「ウサギとカメ」「北風と太陽」「オオカミ少年」をはじめ、400篇以上の話があるらしい。この本は、イソップ物語の引用とそこから導き出される教訓を教えてくれる。教訓も勉強になったが、自分はイソップ物語の方が新鮮に感じてしまった。童話に時折触れてみるのもいいかもって思った。自分の中の引っかかり・夢や願望に向かって行動する場合、周囲の人を傷つけて いないかどうか、常に細心の注意を払うくらいの気配り が欲しいものです。 (ワシとキツネの話から)・悪意は必ず悪意を生みます。だから、悪意を向けられた ときは、むしろ、「可哀相な人だ。この先どうなるかも 知らないで・・・」と、同情してあげるくらいの余裕を もつといいでしょう。精神的にもこちらが優位にたつ ことができ、気持ちは安定します。 (火を運ぶキツネの話から)・よき成果を願うのであれば、自分を取り巻くあらゆる モノにたいして感謝の気持ちを抱かねばならない (金のタマゴを産むガチョウの話から)・人のことを非難する前に自分の襟を正せ (占い師の話から)・人生には波がつきものだ。いいときもあれば悪いときも ある。好調なときもあれば不調なときもある。 ・・それならば、はじめから楽な道を歩もうなどと考えず、 むしろ若いときは苦労して免疫力をつけておこう。 そうすれば、その後の人生展開でつよくなれる。 (自由の道と奴隷の道の話から)
2007.05.30
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土壇場の経済学青木雄二宮崎学南風社田中角栄が遺したもの渡辺正次郎日本文芸社どちらも慣れない分野だったから意外に時間がかかってしまった。でも政治・経済もおもしろいなと感じさせるだけのパワーはどちらも持っている本だった。でも後者は「痛快 憲法学!」を読んだときに田中角栄に触れていなかったらさっぱりわからなかったかもしれない。読める本のジャンルが増えそうだ。
2007.05.29
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人生、最後に勝てる法則森祗晶 新講社常勝チームだった頃の西武ライオンズの監督である著者が、最後に勝つための方向性は人生も野球も同じではないかということで、自分なりの生き方、考え方を述べている。人生を勝率志向で考え、最後に勝てばいいとか、連勝も連敗も必ず止まるだったり野球のペナントレースでの考え方がそのまま人生にもあてはまる。読んでいて、著者が基本を徹底的にすること、闘う上で誇りを忘れてはならないことを強調していたのが印象に残った。勝てば誇りが持てるのではなくて、誇りが持てるような闘い方をして勝利を収めてはじめて、自分のやり方は間違っていなかったと確認できる。そして、もう一歩前に踏み出すための支えになってくれる、というようなことを言っていたのだが、、うしろめたいことをしては、「誇り」は身につかないだろうなあ。後ろ指をさされないように自分に正直に生きたいと思った。自分の中の引っかかり・ヤマ場がいつかは自然に決まると思っている人がいるが 実はそうではない。ヤマ場はこちらで設定してしまう ことだ。そこに相手を誘い込めば成功する。・不安定な時代はほんものを選び、ほんものだけを相手に すること。・今より少し上の小さな目標を積み重ねること。 そうすればいつか「過大」な目標を超えている自分に 気づく。目標は高く持てという。もちろんそれは大切 だが、それ以上に自分の力を知ることが大切だ。・負けから浮上するコツはどこが「底」かを見極める ことだ。・人間、諦めは肝心だ。だが、簡単に諦めてしまうのも 問題だ。なかなかひとつのことを深く考えられなく なるからだ。諦めにはコツがある。 「ともかくここまではやったじゃないか」と思えたら、 それは立派なコツである。・楽して勝っても、得たものは身につかない。・誇りを持てるように大切に闘わなくては、勝ちに意味が なくなってしまう。この点で、「勝てば官軍」は 間違っている。・イザというとき人はどういう自分に頼るのか。 「前を向き続けているときの自分」である。 頼れるのはこれしかないと、常日頃から覚悟しておく。・ピンチもチャンスも、目の前に来て初めてそれと わかったのでは遅すぎる。人生、最後に勝とうと思えば、 起こりうる最悪の状況から考えていく。そこから すべてを逆算して考える。そうすれば、予想できる ピンチは避けられるし、チャンスは到来と受け止められる。
2007.05.28
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頭のいい人中島孝志ダイヤモンド社現象だけにとらわれていると、その裏側に隠されている本質に気づかない。本質を浮き彫りにして叩かなければ、問題は処理できない。「使える頭」とは本質を見抜く力があるかどうかということである。物事をどう考え、どう集め、どう表現していくか。そのヒントになりそうなことが書かれている。特に印象に残ったのは、有志を何人か集めて、リトリートという知的隠れ家をもつ、という話で、何人かで事務所みたいな部屋を借りて、毎週誰かを読んで勉強会をするというもの。著者は20代の頃にやってこれで、かなり人脈をふやし、知的なインプットをしてきたというから興味をもった。もう少し考えを詰めてからやりたいなあと思う。自分の中の引っかかり・「商品というものは、どこまでも広がる可能性のある 部分を捨てて、ある部分を拾い、選択してまとめる という作業がなければヒットするものはできない」・頭を活性化させたいと願うならば、人と会うことだ。 人と語ることだ。・私自身が勧めたいのは、レンタルもいいが、 思い切って自前のリトリート(知的隠れ家)を もったらどうだろうかということである。 ・・勉強の場、人脈づくりの場として位置づけていた。・感性を高める意味でも、あらゆるショックは 若いうちに受けておいた方がいい。・一言で本質をいい表す技術を磨く。・自己紹介は一分間、三分間、五分間という持ち時間が 多い。だから、普段から練習しておくべきだ。 一分間の場合は、このネタを使う。三分間の場合は この話。五分間の場合は冒頭の枕だけを変えて話を 展開するなど知恵を絞って訓練しよう。
2007.05.27
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「本気」になって自分をぶつけてみよう小柴昌俊三笠書房2002年、ノーベル物理学賞(天体物理学、特にニュートリノの検出に関する先駆的貢献)を受賞した著者の生き方、考えを振り返ってみて言葉にした本。読んでみて、おもしろい生き方をしている人だなあと思った。生きてきた時期ごとに運命的な人とであったり、学生の頃に知り合った人に後々助けてもらったり常に面白いエピソードを持っていて、なんだかこっちがドキドキした。とはいえ、裏ではきっちりと準備したり、手回ししたりと、もしこれがだめだったらこういうルートで、みたいな前もってやれることをしっかりやっているから運も引き寄せるのだろう。著者は「ヤマカン」を大事にしているといっていたが、事前の「ピンチ対策」をしっかりしているから、言える言葉なのかもしれない。あとは、最初に何かをはじめるときに、具体的な夢がなくてもいい。とにかく始めてみることで、次々と夢が現れてくるものだ。こうして出てきた夢は、まさしく自分が描いた夢。人が考えてきたものとは違う。だからこそ、やりがい、生きがいになってくると。そのとおりなのかなあとだんだんと思えるようになってきた。読んでいてワクワク感をもらえる本だった。自分の中のひっかかり・自分で手を出してやってみて、体験してみてはじめて 「これは自分には向いていない」とか、「これなら やる気になるな」ということがわかる。・どんなことにも「それをやるにふさわしい時期」が ある。そして、「ふさわしい時期」とは、自分や周囲 が考えるよりも早いときが多いように思う。・「楽しくないこと」を超えるほど「楽しいこと」が あったから、頑張れた。・大切なのは、自分で考え、動くこと。・お金が目的になると信じられない力がでた。・落ち込んでいるときは何を言われても傷つくもの。 何も言わないでも、温かく接してくれる心の友が一番だ。・世の中には自分でコントロールできることと、できないこと がある。・・自分でコントロールできることと、 できないことを見極めることが大切だ。・自分が求め続けている何か、自分に足りない何かを持つ 「人との出会い」ほど大切なものはないように思う。・自分を大切に思っていてくれる人の心の温かさを 忘れてはいけないと今になってしみじみ感じている。
2007.05.26
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火の鳥(1)黎明編手塚治虫角川文庫生き血を飲むと永遠の命が得られるという火の鳥。邪馬台国の卑弥呼は永遠の命を手に入れるために、火の鳥が住んでいるといわれるクマソの国を侵略し、女子どもひとり残さず殺してしまう。邪馬台国の防人、猿田彦に奴隷にされたナギと邪馬台国のスパイのグズリと結婚してしまったナギの姉ヒナクを除いて・・ナギは復讐をするために強くなり火の鳥の得ることを誓い、ヒナクは子どもをたくさん生み、新たな村をつくっていくことを心に決めて生きていくのだが、結局邪馬台国は別の国に滅ぼされ、ナギは火の鳥を手にするものの生き血が出ず、失意のまま殺される。一方、ヒナクは子どもに恵まれ、その子どもの一人が成長して希望を求めて旅立っていく・・。古代の日本も侵略、戦争、虐殺のくり返しのなかで、だんだんと国が整ってきたというのは見逃してはいけない。その根本にあるのは、個人の欲望やエゴであり、もともとは小さいところから争いは始まっている。しっかりとした国ができあがるまでというのは、一度痛い目にあって、これからはこういうことはやめようとか、みんなが納得しあって、ルールのようなものをつくるから国ができる過程では、争いもやむをえないのかもしれない。とはいえ、それは秩序や規律が何もない状態の場合であって、歴史書や書物など過去の記録のある現在は別だろうなあとも思った。「火の鳥」は、人間は何度も何度も同じことを繰り返すということを時代を変え、国を変えてマンガという形で教えてくれる。読む状況で毎回印象は変わるだろうが、とりあえず少しずつ書き残しておこう思う。
2007.05.25
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なぜ「オシム語」は人を惹きつけるのか?中島孝志廣済堂出版「気づきの言葉」をたくさん持っている不思議な男と著者が称するサッカー日本代表のオシム監督のことばを集めて、そのことばについてコメントを載せている本。サッカーはあまりくわしくないが、監督の言葉には興味があって、たまたま図書館で見つけた。オシムさんは自分を監督ではなく、教師と思っているらしい。発言を見ていると戦術的な面はもちろんだが、哲学的な部分も入っているからつい考えさせられる。前まで興味がなかったサッカーに興味が湧いてきた。自分のなかのひっかかり・現実を否定してはあかん。だからといって、 是認してもあかん。容認すればあるがままの状態が 見えてくるんや。本質が見えれてくれば、なにを すればええかわかるで (松下幸之助)・練習でできなかったことがゲームでできるように なるはずがない。人生も同じ。日々の生活のこと が重要なときに必ず出てしまうものだ。・生産性がない。未来性がない。進化、成長性がない。 こんな人の話は聞きたくない。・信頼するということはリーダーを好きになることでは ない。常に同意できることでもない。リーダーのいう ことが真意であると確信を持てることである。 それは真摯という誠に古くさいものへの確信である。・試合というものは、勝ちたいという意識のが強いチーム が勝つものだ。
2007.05.24
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英国ワーキングクラス直伝「逆成功」のルール石原由美子ダイヤモンド社逆成功とは、形だけの成功を追いかけないことだ。金銭的な利益や、エリートの肩書きを追うよりも、人生の充実を優先させる。そして、歩むべき道を探し、ふさわしい仕事をし、人生を大いに楽しみながら、「かえって成功してしまう」状態になること。気楽に生き、無駄な競争をせず、無理に頑張らず、失敗してもきにしない。かといって、世捨て人ではなく、生きることには熱心で、こだわりは人一倍強い。その基本は、明るく、軽く、カッコよくとのこと。ブリティッシュドリームなどのない、イギリスの階級社会の中で人生どうすればハッピーに生きられるかということを追求したワーキングクラス(英国の階級社会の中の、どこにも属さない人々。 階級は、アッパー(貴族)、ミドル(社長、農園主など)、 ワーキングクラス(多数派)がある)の人の考え方、生き方をまとめた本。成功というのはあとからついてくるもので、まずは現状をみすえた上で、自分を充実させていくということか。同じことを何度も見たり、聞いたりしているのに、話す人で印象が変わるのは不思議なものだ。ことばに使う人の生き方や考え方など目に見えないものが加わっているからなんだろうな。この本は英国人の考えかたをかいているので、今の自分には結構新鮮だった。自分の中のひっかかり・本ばかり読んでないで、現場でもっと経験しろ。 失敗も成功も体で覚える。・何かひとつ、絶対に負けないものを持て。 まず自分のネットワークの中で一流になれ。 これができれば、規模がひろがっても同じ。 世界のどこでも生きていける。・仕事も重く考えない。生きがいも求めるな。 とりあえず手をつけてみることだ。 仕事の種類も、働き方もフレキシブルに考えろ。 何でも面白がって軽々と生きていこう。・私は、英国人が気軽に職を変える秘密がわかった。 彼らは力は抜いているくせに、探究心だけは旺盛で 自分を試さずにはいられない。仕事に慣れてくると その本能がむっくりと目覚めるのだ。・自分を世に問うことをしない人間なんて、知識が あろうとなかろうと単なるチキン(臆病者)にすぎない じゃないか。学問というもっともらしい理由をたてに して、安全なコクーン(繭)の中に隠れ続けているだけ・この世で起こっていることのほとんどは、背後には パワーゲームがある。そこには必ず真の受益者がいる。 それを見破り、裏をかけ。相手の土俵で戦ったら、 キミは定石どおり負ける。・生きることを突き詰めれば、朝目覚めて、起き上がること だ。生きていることを実感しろ。意味とか理由とか、 大げさに物事を考える癖をやめろ。死ぬことを考えるのも やめとけ。言っとくが、遅かれ早かれ死ぬんだからな。・何もしたくないときこそ、いつものことをいつもどおりやれ。・死ぬときに持っていきたいもの。それがあなたの幸福の 正体だ。そのときにお金以外何もないとすれば、なんて 空っぽの人生だろう。・豊かさとは、選択肢の多さだ。
2007.05.23
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ひょんなことから、「赤い糸」という携帯小説に出会ってつい読んでしまった。ぜひ読んで欲しいとまでは思わないけれど、結構衝撃をうけるかも。内容はというと、中学生の女の子が片思いの男の子をずっと想い続けているというところからはじまっていき、いいこともわるいことも、さまざな出来事を経験していくうちにだんだんと大人になっていく話。恋愛や友達の話、親の愛情など素敵だなあということも多いが、反面薬やレイプなどあまり聞きたくないような話なども含まれている。サイトの表紙には、この話は自分と友達の話を組み合わせたものですって書いてあったのだが、遠い世界ではなく、身近に中学・高校生でこの話にあるようなきつい経験している人間もいるのか、と思うと身震いしてしまった。ちなみに、「Deep Love」という本も似たような十代の若者の暗い部分に焦点あてている。でも、読んで思ったのが、トラブルや事件に巻き込まれる人間というのは、その人自身も心に問題を抱えているのかなということ。親から大事にされていなかったり、人に裏切られたとか何かしら闇を持っている。想ってくれる親や仲間がいると、自分からは危険を感じるところには近づかないだろうし。自分の身近で昔ヤンチャをしていたひとの話を聞いても心に闇を持っていて、家族や仲間たちがいるからそれを克服して自分を保てるようになったって言っていた。未成年で、精神的にも成熟していないこどもの身近なおとなは親であり、学校の先生くらいしかいないだろうから、彼らがいいおとなしてないのであれば、こどもたちは愛想をつかして、子どもたち同士でつるむだろうから考え方も偏ってくる。身近にいる大人たちが子どもたちのいいお手本にならなきゃかなと思う。こどもたちがおとなっていいなあっておもわれる人間になりたい。とはいえ、いいおとなってなんだろうか?よく働き、よく遊び、よく学ぶ、謙虚な人か?わからないけれど、まずは、自分を楽しめる人間になりたいな。ただ、この「赤い糸」かなり長いので読み終わるのに時間がかかった。最近はこの手の話が多い気がする。逆にいえば話の世界があたりまえになっているということか。それまた怖い。
2007.05.22
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「本気」になって自分をぶつけてみよう小柴昌俊三笠書房なぜ「オシム語」は人を惹きつけるのか?中島孝志廣済堂出版個性を捨てろ!型にはまれ!三田紀房大和書房座右のゲーテ齋藤孝 光文社新書人生、最後に勝てる法則森祗晶 新講社頭のいい人中島孝志ダイヤモンド社へたな人生論よりイソップ物語植西聰 河出書房新社賢い人ほど失敗する高原慶一朗 PHP研究所
2007.05.22
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あなたの悩みが世界を救う!神田昌典 ダイヤモンド社この本はかなりおすすめ。一言で言うと、人生相談の本なのだが、人間関係、仕事、起業、経営、恋愛、不倫、セクハラ、教育、スピリチュアル、開運法などいろんな方面の悩みにしっかりこたえつつも、その中に神田さんの経験や考え方などが入っていて、とても響いてくる。甘い考えの人には「甘い」と叱り、踏みだすかどうか迷っている人にはうまく背中を押してあげる。他人の相談ごとへのこたえかたを見ると、その人の人間の大きさがよくわかるなあと思った。あと、神田さんの問題意識に対する自分なりの考え方と理由付けのことばの引き出しの多さに正直、自分はまだまだ小さいなあと打ちのめされた感もある。経験とことばの引き出しをもっともっと積み重ねていろんな人たちと話をできるようになりたいなあ。ひっかかりでもあまり触れていないけれど、この本は、企業のメカニズムや占星術の話だったり、自分の思いを文章に書いてみて、反転して自分の本心を探ってみるとかなるほどなあと感じることが数多く、しかもわかりやすく書かれているので、「気づき」になることが、何かしらあると思う。自分の中のひっかかり・相談というのは人のためにやるんじゃない。 結局、自分のためなんだ。 一生懸命考えたアドバイスが、最高に当てはまるのは自分。 なぜなら同じ問題が自分の中になければ、他人から相談され たって、答えられるはずがないんだから。 相手に対するアドバイスの主語を、相手から自分に変えることで、 相談者とあなたは同じ立場で学びあうことができる。・いまの時代、強者が語っていることをナイーブに信じたら、 利用されるだけ利用されるって。 道徳のパラドックスなんだよ。 道徳を語る強者は、自覚なしに弱者から奪っているという パラドックス。・霊感が強いことと、人格の良し悪しとはまったく関係のない話。 むしろ人格が低い人が、他人を依存させるために、霊感を ひけらかすことが多い。 本当の霊能者は・・本当の資産家がつつましくくらしているように ・・目立たない暮らしをしているんだよね。・自分が悩んでいることが、最も人を幸せにできる。・若いときっていうのは、手にするお金の量よりも、さまざま な実体験を積むことのほうが、よっぽど大事なんだよ。 人生は矛盾にあふれている・・依存を知らないと、本当の自立が わからない。貧しさを知らないと、本当の豊かさがわからない。 悲しみを知らないと、本当の喜びを感じられない。痛みを 知らないと、本当の快感を得られない。制約を知らないと、 本当の自由がわからない。孤独を知らないと、本当のつながり を感じられない。 この矛盾の中で、冒険をすることで、初めて力が授けられるの であって、矛盾から逃げていたら、お金を手にしたところで、 張りぼての虎。何の魅力もオーラも宿らない。・私は、1万人を超えるさまざまなビジネス関係者と会って きたけど、できる男性の経営者の陰には、必ずできる女性がいる。 男性経営者なんて、女性の掌の上で転がされているようなもの。 女性の器が小さければ、男性はそれ以上の器にはなかなか なれない。 ・・経営者の家族というのは、瀕したときですら、冷静に対応 できる度量が必要なんだ。そして過ちを犯したときにも、 人間として、正しくあり続けることができるか?相手に誠実で あり続けることができるかどうか?それが経営者として責任を 果たすうえで、比類ないエネルギーの源泉になる。 とにかく品のある女性を選びなさい。・困難や孤独を乗り越えて、人生のつらい側面がわかり、他人に 対して本当に本当に優しくなれたときに、自分の内なる葛藤を、 統合することができる。この葛藤、この両極端を統合するのだから、 全体を包み込める大きな力をもつことができるようになる。 それが成功する人の器の大きさなんだよ。・これから10~20年後の世の中では、旧来の価値観が 失われ、何もないところから、新しい価値観を築き上げる 作業が行われる。 その際に最も必要とされるのは、ヴィジョンだ。 つまり、将来を見通す力であり、見えた光景をいかに実現して いくか、その力が問われる。 ・・そこで必要になるのは、多様な才能・・言語や論理と いった才能だけではなく、美術、音楽、運動、社交、あるいは 霊的感性といった、いままでの学歴社会では重視されなかった 才能の持ち主を、一つにまとめ上げられる力だ。・おそらく社会が成功するか、失敗するかの要諦は、転換期に おいて、コアになるどの価値観を保持し、どの価値観を手放して 新しい価値観に置き換えるかということだろう。
2007.05.21
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お金儲けセラピー斎藤一人KKロングセラーズ久しぶりに斎藤一人さんの本を読んだ。やっぱりこの人はすごいと思う。この世の中の出来事をすべて、いいようにとらえて、人生をよりよく生きていくのは簡単だ。ということを独自の言葉でわかりやすく伝えてくれる。一人さんほど簡単なことばで物事の本質を突くことのできる人間を他に知らない。シンプルな考え方こそ一番難しいと思うが、何度も意識して定着させていこう。自分の中のひっかかり・お金そのものに力があることはない。 どうやって活かすかの知恵をもったとき、力になる。・大金を持つ人は、天に味方してもらえる人。 ・いろんなことを好きになる努力が必要なんだよ。 人間は好きになる努力ならできるんだよ。・「あ、それは簡単ですね」と思う人は成功する。・人の倍は働く心構えで、仕事のスピードを上げる。 抵抗が出てきたら、もっとスピードを上げる。 そうすると、もうひとつ上に上がる。・商売は全力で戦う最高の格闘技。 エキサイティングでワクワク楽しい。・仕事は選ぶものじゃなく、呼ばれるもの。 合わない仕事はすぐやめな。・楽しくてしようがないときにポンと出た答えは 楽しさしかよんでこない。・うまくいかないことがあったとき、自分のやり方に 何か間違いがあると思えばいい。・成功とは、目と足なんです。 目と足を使って「いいこと」を真似て、 悪いことは真似しなければいい。・正しい道を歩いているから困難を乗り越えたとき 必ずよいことが待っている。・「お金持ちになりたい」という種を植えてから 「お金持ち」になるまで十年かかります。 →その十年間に自分がやるべきことを楽しみながら、 エッチラ、ホッチラ歩いていけばいい。 そうすれば道すがらは楽しいし、十年経てば、 本当にお金持ちになれるから。・トップは「すごすぎる」くらいでちょうどいい。 みんな安心していられる。・ツイてる人は、目標を持つ必要はない。 →人っていうのは、見えない力の影響を受けている。 なのに、勝手に決めちゃうと、本当はその上に行ける のに、「ここまで」でとまってしまうじゃない?・いつも笑顔で愛のある言葉を話す。 常に自分との戦いです。
2007.05.20
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家の近くにそんなに広くはない道路があって、そのわきを保育園くらいの子供たちがお散歩なのか遠足なのか、ずらーっと列をなして歩いていた。 その反対側に自分がいて、渡りたいなあと思っていたから車道を横切ろうと動こうとすると、 児童のひとりが、 「せんせー、わたるときって横断歩道からじゃないとだめなんだよねー」とひとこと。 別に自分に向けて言っていたわけではないけど、かなりびっくりしてしまって、渡るのをやめた。 昔、サッカーの元日本代表監督のトルシエさんが、「日本人は車がいないのに、赤信号になるとしっかりと止まって待っている。日本人には目的地にはやくつきたければ、赤でも渡るようなずるがしこさが足りない」 というようなことをいっていたのを思い出したが、子供たちを前にして渡ることができなかった。 今の自分はトルシエさんのいうように、渡るのもありだと思っているが、ただ、まだ何も知らない子供たちにはまず、規律と社会のルールを知ってもらわないといけない。それもわからないうちにずれたことばかり知ると、それが基準になるからあたりまえを知らない人間になってしまう。 まず、きちんとしたことを教えて、本人がしっかりわかった上で、それでもあえてずれていくのはありだと思うが、真っ白な状態にずれたことを刷りこむのもどうかなと。 一瞬の出来事だったが、いろいろ考えてしまった。 こどもや自分の後ろを歩いてくる後輩たちのためにも自分で誇れる行動をしないといけないなとかなり反省した。 無意識にやっていてもこれってあまりいいことではないんじゃない?っていうことがもっとあるような気がする。 気が付いたら直していこう。
2007.05.19
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自分の壁を破る思考法竹村健一知的生きかた文庫自分の能力の限界を打ち破るには?他人の上をいく発想をするには?もっと独創的な仕事をするには?このような問題にぶつかったとき、伸びる人間はどう対処しているのか、ということを各界のトップたちの思考法を参考に竹村さんのことばでアドバイスをしている。読んで思ったのは、やはり人間はバランス感覚が重要なんだなあということ。ひたすら耐えて頑固に進んでいくのも大事だし、未知なる世界に飛び込んでいって、柔軟に受け入れていくのも大事だし、要は、「今」「ここ」は相反するスタイルのうちどのスタイルでいけばいいのかという自分なりの「ものさし」をつくっていかなければいけない。ということか。この本は、その「ものさし」をつくっていくひとつの参考になると思う。自分の中のひっかかり・人や事物に対して、固定観念をいっさいもたない・情報に対する感受性やキャパシティ=情報力を磨き成長させる もっともよい方法は、自分と異質のものに触れ、うろたえ、 赤恥をかくことではないか・人生経験を積むと、人間のもって生まれた能力にはさほど 差がないものだということがだれにも分かってくる。 ただ、その能力をどう伸ばすかは本人の努力とか、知恵とか いった、後天的なもので決まってくるのではないか。・人付き合いは減点法より増点法で。・自分だけの個性を発揮するには、「他人と同じことは絶対に やりたくない」と頑固に思うことから始めることだ。・・ そのための具体的な方法をつくりだし、これまた頑固に実行 していくのである。 天才ならいざ知らず、並の人間が自分だけの個性を作り上げるには、自分で自分に何かしら 「カセ」をはめなければ、とても思ったようになるものではない。・ともかく「できます」と宣言する。・「やさしさ」は、裏に「厳しさ」や「強さ」がしっかりと 根づいたうえで、はじめて意味がある。・重要なのは打たれづよくなること。・実力はポストによってつくられる。 →高い立場に自分を追い上げていく。・自分を強く鍛えること。具体的には、目の前の「肩書き人間」 と、五分に渡り合えるようになにか自分のバックボーンと なるものをもつのだ。
2007.05.18
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お金儲けセラピー斎藤一人KKロングセラーズあなたの悩みが世界を救う!神田昌典 ダイヤモンド社目で見る憲法初宿正典(代表)編 有斐閣 英国ワーキングクラス直伝「逆成功」のルール石原由美子ダイヤモンド社
2007.05.17
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問題を起こす人が成功する中谷彰宏 PHP文庫「トラブル」を「成長」に変える50の方法ということで、失敗やトラブルを生かし、行動力を身につけるためのアドバイスが書かれている。一言でいうと、問題やトラブルは自分の成長のために必要なことなんだよ。ということだろう。それをわかってもらうために、いろんなことばを使って説明している。読んでみて、中谷さんのことばの引き出しの多さにすごいなあと感じるとともに、自分はまだまだだなあと自分自身の未熟さも感じてしまった。自分ももっといろんなものに触れて、ことばの引き出しを増やしていきたいと思う。自分の中の引っかかり・問題を解決しようという意志をもって、方法を身につけなければ、 ただの不良で終わってしまいます。 問題児が、問題を解決する方法を身につけたら、一気に 生まれ変わります。・問題は繰り返し起こってもいいですが、次に起こるときは もっとハイレベルな問題に進歩していかなければいけません。 前と同じ問題が二度も三度も起こるのは、本質を解決して いないからです。・次の問題が起こり続ける人は、レベルアップしている。・正解のない難問の場合は、答えはなんでもいい。・解決の見つからない人は、酔っ払いと同じ。 解決を望んでいない。・書くことで、半分は解決する。・肝心なもの以外は、100%譲る。・志の高い人ほど、60%で手を打つ。 →100%のベストな解決策を求めるよりは、60%の ベターな解決策でとりかかる。 60%で始めると、やってみることによって状況は 変わるから、今まで見えなかった解決策が見えてくる。
2007.05.16
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今日から奇跡が起こる120の法則エプスタイン 著/渡部昇一 訳知的生きかた文庫マンネリの毎日から抜け出したい、人生に奇跡を起こしたい、と思っている人のために今日からできる習慣が120個書かれている。小さな達成感を積み重ねるとか毎日のパターンを変えてみるとか日常からちょっとだけ踏み出そうかな、という気持ちですぐにできそうなことばかりなので、読んでいて納得できた(続けられるかどうかは別として)。この本で「泣ける映画でとことん泣く。」ということが書いてあって、ここ数年、映画でとことん泣くことがなかったから、泣ける映画を見に行こうかなと思った。自分の中の引っかかり・誰かに花を贈ろう。贈りたい相手を思い浮かべ、好きな花を イメージしてみる。 ・・花と一緒に気持ちを贈ることも忘れないこと、 たとえ自分の名前を出さずに贈ったとしても。・「素直」な自分を書き残そう。・この仕事が終わるまで動かない。・「将来の楽しみ」を貯めていこう。・ためらわずに「ありがとう」を。・日常から脱出する「冒険」を企てよう。・自分の「小さな疑問」に取り組む日をつくろう。 →ふと、これは何のことだろうと思ったことや、時間を 惜しんでこれまで調べなかったことでよい。
2007.05.15
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禅に学ぶ人生の知恵赤根祥道知的生きかた文庫禅の哲人たち(たとえば、道元や栄西など)の教えを集めて、現代風にアレンジした本。熱い本だ。禅といえば、「無」とか「空」みたいなイメージがあるのだが、この本はビジネスマン向けに書かれた本で、ビジネス戦争に勝つために自分の弱気をたたき出せ、という感じだったから、どちらかというと、気持ちを熱くさせてくれるようなことばが多かった。この本を読んで、原文(古典)を読めるようになりたいなあという気持ちがさらに強くなった。昔は、古文や漢文嫌いだったけれど今なら始められそうな気がする。この本で、悩みや弱気を吹き飛ばしてくれることばに何かしら出会えると思う。自分の中の引っかかり・十年先を読める友を選べば、どんなピンチも乗りきれる。・仕事のできる男である前に詩の心のわかる人間であれ。・人間は熱心に道を行じていけば、衣食のことは、ひとりで についてくるものなのだ。・人生の修行に休日はない。・自分の評価は他人にまかせて日々努力せよ。・人生はよい人と出会うのがいちばんだ。 それには自分自身を充電して、誰からもしてわれる人格を そなえることだ。・堤康次郎(西武グループ堤義明の父)の仕事への4つのモットー 1損得を考えの第一にしないこと 2人のやらないこと 3大衆の利益になること 4世界一をめざしてやりとげること・幸せに生きている人は自分自身の生き方をもっている。・千人に嫌われても自分の信念を燃やして前進する。・「指導者は三つの過度の欲に気をつけなければいけない。 名誉欲。権力欲。財産欲。 この三つの欲を制していけば、この大将ならついて いきたいという信頼感をまわりに与えるようになる」 (色部義明)・忍耐を自分のものにできれば、人生でゆきづまることはない。・決断を下したら迷うことなくやりとげる。
2007.05.14
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今日の朝七時前に家をでて駅まで歩いていくと、偶然朝市の現場に遭遇した。朝早いのに人がわんさかいてとてもにぎわっている。よくわからないけど、その様子を見ていたら、じーんとなってしまってなんだかうれしい気持ちになった。日頃はただの小さな道路なのに、街で店をやっている人たちが集まって、しかも住人たちも早朝にもかかわらず集まってくれる(ただ残念だが若い人はほとんどいなかった)。この流れをつくるまでに街の人たちはがんばったんだろうなあとか考えると、胸が熱くなった。すべては人のつながりなのだろう。すごい。引越したばかりの頃に見ず知らずの人に街を案内してもらったこともあったし住む場所にここを選んで本当によかったなあと思った。暖かい人間が集まっているようだ。こういうところにも人の心をうつことはあるのか。感動なんてどこにでも転がっているんだろうなあ。ただ気が付かないだけで。もっと自分にアンテナはってよう。
2007.05.13
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1分間ですべてが決まる!吉田たかよしサンマーク出版夢をつかみとるためには、適切な戦略にもとづいて要領よく努力しなければならない。この本は、そのために頼りになる方法として、「1分間に集中する」ということを提案している。1分間という時間を意識するしない、活用するしないで、人生は大きく変わるとのこと。確かにその通りだと思う。1分を基準に考えると、やりたいと思うことがもっと増えそうだ。ちょっとした空き時間や待ち時間とかに、この1分間あれやろうとか何かあると時間を無駄なく使える。1分単位で区切れる何かを準備して、もっと時間に貪欲になろうと思う。自分の中の引っかかり・とにかく目先の1分間だけがんばる。 ・人の記憶に残るというのは、情報の長さではなくて、 内容の深さやインパクトです。・話にケリをつけながら伝える。 →情報にケリがついたら記憶ができる。 断片的で意味づけがはっきりしない情報は頭には残らない。・最初のつかみに神経を集中させる。・人をだまそうという人は、そのポイントを知っていますから、 その人独特のペースでとうとうと話をします。 ある意味で、役者が芝居をするのと同じ仕組みですね。 ところが、こちらから何か質問すると、その表情に変化が 起こります。そこに、その人の内面が透けて見える瞬間が あるわけです。 「なるほど、それはすごいですね」とか「それはおかしい ですね」とか、相手にとって都合のいい情報と悪い情報の 両方をつついてみます。そのときの顔の反応で、その人の 隠された内面が垣間見えるのです。・夢を描ける人こそが、新しい提案を社会に投げかけられる のです。夢に向かって努力できる人こそが、新しい提案を 社会で実現できるのです。
2007.05.13
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感性の磨き方国司義彦産能大学出版部刊「理屈とか数字では割り切れない何か」が、商品にしてもお店にしても、また職場の人々を動かすうえでも、非常に重要な意味をもつようになった。その「何か」が「感性」であり、その「感性」とはどんな要素があるのか、そして「感性」を高め、有効に活用するにはどうすればいいのか、ということを述べている。感動することだったり、快・不快を感じることだったり、目に見えない何かを感じるという感覚は、漠然と大事にしたいなあとは思っていたが、それを直接のテーマにした本は初めてみた。読んでみて、「感性」を高めるにどういうところを意識していけばばいいのかが書かれていて自分的にも受け入れられることがたくさんあったので意識して行こうと思った。この本はすごく響いた。自分の中のひっかかり・感性を高める10ヶ条 1「自然の摂理」に逆らわないこと。 2よい環境の中で「感動」を味わうこと。 3末端、現場を知ろうとすること。 4「快・不快」の印象を大切にすること。 5自分とちがう立場の人の存在を知り、認めること。 6いつもとちがう環境に身をおいてみること。 7歴史を振り返ること。 8古典を学ぶこと。 9素朴な興味、関心、好奇心をもつこと。 10静かに自分を見つめなおすこと。・適応し過ぎると「感性」は鈍る。・美しいものにふれよう。・相手の立場に立とうと努力すること。・「借りモノ」「ニセモノ」と「ホンモノ」とを 「見分ける目」を養うには、 まず、「本人の日頃の行いを観察すること」 口先でうまいことをいっても、ニセモノは、日常の行動の どこかでボロがでる。「借りモノ」の場合は自信がない。 第二に、「こちらの心に曇りがないこと」 うまい話にだまされるときは、だまされる側にも「心の曇り」 があるものである。 「自分の心は曇っていないか」 これは、どんな立場の人でも、常に自問することが必要だ。 こう問いかけることによって「人を見抜く目」は養われ、 研ぎすまされるであろう。・自分の周囲にあるものを「当たり前だ」と思わないこと
2007.05.12
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リア王改版シェイクスピア著 福田恒在 訳新潮文庫リア王は退位にあたり、三人の娘に領土を分配する決意を固め、三人のうちでもっとも孝心のあついものに最大の恩恵を与えることにした。二人の姉はことば巧みに王を喜ばせるが、末娘コーディーリアの真実率直のことばにリア王は激怒し、コーディーリアを勘当の身として二人の姉にすべての権力、財産を譲ってしまう。結局、上の娘二人に追い出され、森をさまようつらく、苦しい状況のなかで過ごしていくうちに、人間は外からつけたものをすべてはずせば、哀れな裸足の二足獣にすぎないということを悟っていく・・この作品は四大悲劇(「ハムレット」、「マクベス」、「オセロー」、「リア王」)の最後に書かれたもので、シェイクスピアはその後三つの悲劇を書いただけで、二度と悲劇は書かなくなる。この話を読んで最初に浮かんだのが、因果応報ということばだった。よい行いをすればよいことが起こり、悪い行いをすれば悪いことが起こる。ストーリーを見るとそんな感じだった。退位してからのリア王はこれでもか、これでもかと不幸が起こるから、読んでいくのがつらく感じた。ただ、リア王とその従者との会話だったり、リア王の自然に対してのことばだったり、深く読めば読むほどいろんな発見ができると思った。とはいえ、自分はストーリー追いかけるだけでいいけど。この作品を読んでみて、「リア王」が、四大悲劇といわれているのがなんとなく分かった気がする。自分の中の引っかかり・人間、どん底まで落ちてしまえば、詰り、運の女神に 見放され、この世の最低の境涯に身を置けば、常に、 あるのは希望だけ、不安の種は何もない。 人生の悲哀は天辺からの転落にある。どん底を極めれば、 笑いに還るほかはない。
2007.05.11
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小さな自分で一生を終わるな!W・ダイアー 著/渡部昇一 訳知的生きかた文庫自分の中の「未見の能力」に気づく努力、それを真剣に育てる努力この努力ができる人とできない人とでは、一生のうちに積もり積もる落差はあまりにも大きい。この本は、自分の「総合力」を高める生きかたを教えてくれる。特に印象に残ったのが、自己改革の3つの段階の話。第一段階では、どんな障害もみんなチャンスだったと、あとでふりかえってみてから気づく。第二段階では、すぐその時点で、「今」の良さに気づく。今なぜこんな痛い思いをしなければならないのかわからなくても、痛みに価値があることをそれとなく知っているし、信じてもいる。第三段階は自己改革の最終段階であり、いろいろな障害が起きても、それをたんなる「できごと」として受け止めることができる。この段階に入ると、経験豊かな考え方を身につけるために、わざわざ障害を経験する必要がなくなる。「障害」と言うことばは中立的な「できごと」に変わる。この考えは初めて聞いたからすごく印象に残った。自分の人生における指針というか、自分の生き方や考え方にに迷ったりしたときに、自分はまだ第一か第二段階だから、まだ先へ続く道はあるんだよっていう自分への励ましの考え方になりそうだ。もちろんそれ以外にもいいことばがたくさんつまっているので、心にとても響いた。すごくいい本だと思う。自分の中の引っかかり・運命の中に偶然はない。人間はある運命に出会う以前に、 自分がそれをつくっているのだ(T・W・ウィルソン)・デリカシーと人間としての「シンの強さ」は 立派に両立する。・これからのあなたの目標 ・過ぎ去ってしまったことをあれこれ思い悩んでいないで、 のびのびと考えたり行動をしようとする傾向があること ・一瞬一瞬に楽しみを見いだすとびきりのセンスがあること ・他人を批評したいと思わないこと ・人の行動をとやかく言わないこと ・論争したいと思わないこと ・あれこれつまらない心配はしないこと ・感謝の心にあふれた感動的なエピソードの持ち主であること ・人や自然とのふれあいに感謝すること ・微笑みを絶やさぬこと ・他人に愛の手をさしのべたいと思うだけでなく、 他人から受けた愛を敏感に感じ取る気持ちをもつこと・プロセスとゴールはつねにいっしょであることを理解しなさい。・幸福の「限界点」を引き上げる。・寒さにふるえた者ほど太陽をあたたかく感じる。 人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る。 (ホイットマン)・自分のためにならない習慣、過去ときっぱり縁を切れ。・心に蓄積した「財産」はどんなことがあっても崩れない。・他人に「自分と同じ生きかた」を強要するな。・「エネルギー」は外に出すほど自分の中に蓄積されていくもの。・「底抜けのやさしさ、たくましさ」を人生の伴侶にする。・世の中の人がどんな態度をとろうとも、あなたは自分に やさしい気持ちを抱き、自分をいとおしく思うようにしなさい。 人に対して「あんなふうではいけない」などと思いこまない ようにしなさい。 そうではなく、人には人それぞれの生きかたがあり、あなた 自身の考えかたは、他の人の生きかたとは関係がないのだ ということをわきまえなさい。・悟りを開くまえは、木を切り水をはこぶ 悟りを開いたあとも、木を切り水をはこぶのである
2007.05.10
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痛快!憲法学小室直樹集英社インターナショナル今回で最後、「日本国憲法」の欠陥と今後を。昭和22年(1947)5月3日、日本国憲法は施行された。原案は当時日本を占領していたGHQの手によって作られている。この憲法に対して、アメリカの押し付け憲法であるとか、そうではないという議論があったが、ここではあえてとりあげない。ところで、近代的な憲法が作動するには、まず平等という概念が成立していなければならない。しかし、その平等という概念は決して簡単に与えられるものではなく、長い時間をかけて生まれるものである(予定説の考え方「神の前の平等」、このブログのその1、その2を参照)。そこで「神の前の平等」に代わるものとして、伊藤博文は「天皇の前の平等」として、明治憲法をつくり近代化に成功する。だが、戦後の日本国憲法は「天皇の前の平等」と言う考え方は取り除かれ、いきなり「平等」だけが与えられた。このことによって戦後日本における平等はいびつなものになってしまった。それは、「機会の平等」ならぬ「結果の平等」という誤解。それがもっとも悪い形で現れているのが、教育現場。「みんな同じでなければならない」という、およそ民主主義では考えられない思想が支配している。デモクラシーにおける平等とは、「身分からの平等」であり、法の前には、身分は関係ない。誰もが同じように富を求めることができるということである。それを「結果の平等」まで拡大解釈されるようになった。それは悪平等である。同じことが「自由」にもいえる。元来の自由とは「権力からの自由」。もともと専制君主や絶対君主の権力を制限するところからはじまったものであり、この自由主義を守る砦が議会であった。ところが日本では、「自由」と「放埓(ほうらつ、勝手放題にふるまうさま。)」が同義語になっている。自由にしても平等にしても与えられるものではない。現に欧米人たちは、みずから平等や自由を勝ち取った。その前提になっているのは権力との戦いである。そのプロセスを抜きにしていきなり自由や平等を与えられるとどうなるか。それを証明しているのが、今の日本。権力と戦うことなく人権を手に入れたものだから、戦後の日本人は権力を監視することを忘れてしまった。その結果が官僚の独裁である。で、著者が今の日本に欠けてしまったのは、「権威」である、といっている。「権威」とはようするに、何が正しくて何が正しくないかを決める存在のこと。規範であり、モラルなどを作る存在のこと。キリスト教社会における神であり、明治時代の天皇であり、昔の家族制度における父親であった。こうした権威が否定されたときに、その人間は、その社会は、まったくの無秩序となる。何が正しく、何が悪いのかわからなくなるのだから、ある人は暴力的になり、ある人は何をしていいのか分からなくなって無気力になってしまう。その典型例が第一次大戦後のドイツでその敗戦によって旧来の権威がすべて力を失ってしまった。結果として、社会は無秩序となり経済もダメになっていった。そこにあらわれたのが、ヒトラーで既成の権威をすべて否定し、ナチズムこそが権威であるとした。権威を失って久しかったドイツ人は老いも若きも彼に飛びついた。今の日本が戦前のドイツと同じように「父なき社会」となっている・・今から150年前の日本人は、浦賀沖にペリーの黒船が来たとき、「このままでは日本は滅びる」という現実を直視しました。当時の西洋人は有色人種たちを世界中で征服し、奴隷にした。それと同じことが日本で起こるのだということを、はっきり認識した。そして、その現実から逃げることなく、運命と戦おうとした。そこから明治維新が始まったのです。今の日本は、まさにこれと同じです。このままでは日本は滅びるしかない。「その日」がいつくるかは誰にもわからないが、このままではそう遠くはない。日本には一刻の猶予も与えられていない。そう覚悟することが第一歩です。最後に、「この現実を直視しなさい」「民主主義をめざしての日々の努力の中に、はじめて 民主主義は見いだされる」そのことを胆に銘じて、ひた走るしかないと。この本が出版されたのが、2001年。今年が2007年。今、憲法を変える変えないで一つの転換期をむかえている。それがきっかけというのもあって、この本に触れ、記事を載せるのでかなりの時間を費やしたが、今まで知らなかったことをかなり学べてとてもよかったと思う。。しかし、ますます混乱してしまった。4月のおすすめでだした、「憲法が変わっても戦争にならないと思っている人のための本」という本では憲法を変えてはいけないと言っていた。この本では憲法を変えろとはいっていないが死んでいると言っている。うーん、どうしたものか。今の自分ではどうすればいいのか浮かんでこない。もっと憲法だったり、歴史だったり学びなさいということか。そうすれば何かがでてくるのかなあ。とりあえず、無理にやるんじゃなくて、自分を向上させていくなかで何かひっかかるようなことに出会ったらまたその時に考えるか。自分がやりたいようにやっているわがままなブログなんですけど、それでもこのブログを見てくれている人たちがいるというのは、とてもありがたいです。心から感謝します。ありがとうございます。
2007.05.09
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痛快!憲法学小室直樹集英社インターナショナル「日本の議会、憲法は死んだ」という著者のことばを借りてそのことについてなぜ死んだのかということを、戦前、戦後で分けてまとめを。前回の戦前の事件に引き続き今回は戦後の事件について。戦前の帝国議会は、斎藤隆夫という議員を除名することによって「自殺」をした。それと瓜二つの出来事が戦後にも起こる。一人の大政治家を追放したことで、戦後のデモクラシーも自殺を遂げた。これをもって日本の議会は死んだ。それは誰かというと田中角栄元首相。ロッキード裁判によって前代未聞の出来事ばかりが起き、それによって日本国憲法も死んだという。ところで、議会において言論の自由が保障され、そこで自由な議論が交わされ、そのプロセスを経て、法律や予算が決まる。これこそがデモクラシーの必要条件である。この観点からみたとき、田中角栄ほどデモクラシーを体現した政治家はいない。演説がうまい、官僚の操縦がうまいというのは、もちろんだが、今の議会では皆無になった議員立法のレコードホルダーであることが挙げられる。(今は、ほとんどが政府立法、つまり役人が作った法案を可決するだけの存在に議員は堕落してしまった)わずか8年で26件の法律をつくり成立させてきたとのこと。政治家自身に問題意識と知識がないと役人に適切な指示を与えることはできないし、バカな政治家だと思ったら役人は動かないから、そういう意味でもここまで、官僚を自由自在に使った政治家は田中角栄しかいない。で、デモクラシーの死となった出来事が田中角栄が昭和51年7月に「ロッキード事件」で逮捕されてからの裁判。日本人のほとんどは、この裁判でどれだけ恐るべきことが行われたかを知らないし、それを報じた新聞やテレビはない。「田中角栄は悪者である」という空気が日本を支配した結果、冷静な議論はすべて封じ込められ、デモクラシーの精神は踏みにじられてしまった。どういうことが起きたのかというと、ロッキード事件は全日空に導入される新型飛行機の選定にあたって、当時の田中首相がロッキード社から当時のカネにして5億円の賄賂を受け取ったとされた事件で、(田中が実際に受け取ったかどうかはわからないが、と前置きした上で)田中に5億円の賄賂を贈ったとされるのはロッキード社のコーチャン副社長だが、その彼が証言を拒んだ。へたしたら、自分が起訴されるかもしれないから、当然といえば当然だが、彼の証言がないと田中を有罪にする決め手がない。しかし、日本の検察は見切り発車で田中を逮捕した。物証も証人も手元にそろっていないのに、逮捕するというのは大変恐ろしいことである。しかも本当に恐ろしいのはこれからで、日本の法廷、この場合は東京地裁だが、何やかやと理屈をつけてコーチャンが証言する代わりに起訴しない刑事免責を認めてしまった。(今の日本では認める規定はない)プラスコーチャンの証言にはいっさいの反対尋問が認められなかった。検察、裁判所が手を組めば、誰であれ必ず有罪になってしまうだろう。近代デモクラシーにおける刑事裁判の鉄則は、「デュー・プロセス」、すなわち法にのっとった裁判を行うことにある。日本の裁判所は法の番人を自称しながら、デュー・プロセスの鉄則を自ら破った。これはデモクラシーの死、憲法の死といえるだろう。事件自体は田中角栄は1審、2審ともに有罪判決を受け、最高裁まで争ったが、判決を見ることもなく、平成5年に亡くなって、公訴棄却(裁判そのものがなかったものとされる)となった。ただ、そのとき最高裁は「コーチャン証言は適法性がなかった」旨のことを述べた。つまり最高裁もコーチャン証言が憲法違反だということを知っていた。戦前と同じだが、当時のマスコミや国民が「角栄憎し」の風潮で、その「空気」が、国家権力の流れまで左右してしまった。結局はマスコミの責任であり、ひいては国民の責任である。日本において、議会も機能していなければ、近代裁判の理念も無視されている。日本のデモクラシーは完全に死に絶えてしまった。まとめようといろいろ考えながら、何度か読んでいると、この著者のことばはかなり過激だが、確かにその通りなのかもなと思える。かといって、全部をうのみにはできない。もしかしたら、他の人の視点では、また違うのかもしれないし。自分で考える余地は残しておかないといけない。ただ、歴史的事実はしっかり覚えておこう。今回もまた長くなったなあ。次でなんとか終わらせよう。
2007.05.08
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火の鳥(4)鳳凰編手塚治虫角川文庫火の鳥(5)復活・羽衣編手塚治虫角川文庫火の鳥(6)望郷編手塚治虫角川文庫火の鳥(7)乱世編(上)手塚治虫角川文庫火の鳥(8)乱世編(下)手塚治虫角川文庫火の鳥(9)宇宙・生命編手塚治虫角川文庫火の鳥(10)太陽編(上)手塚治虫角川文庫火の鳥(11)太陽編(中)手塚治虫角川文庫火の鳥(12)太陽編(下)手塚治虫角川文庫火の鳥(13)ギリシア・ローマ編手塚治虫角川文庫痛快!憲法学小室直樹集英社インターナショナル
2007.05.07
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頑張りすぎないほうが成功する中谷彰宏 PHP文庫自分はなんて意志が弱いのだろう自己嫌悪に陥ってしまっても焦る必要はない。大切なのは、「今、何をしているか」。それが、これから挑戦しようとしていることへのウォーミングアップになる。この本は、「今」を大事にして、チャンスをつかんでいくためのヒントが書かれている。人生あせるなっていうことを言ってくれている気がした。人それぞれ進んでいく道は違うし、失敗してもそれで終わりではなく、自分の気持ちしだいで何度でもやり直しがきく。「今」を充実させていこうという意識をもっとつよく持っていこうと思った。自分の中の引っかかり・「出直してこい」は、「2度と来るな」ではなく、 「もう1度チャンスをやる」だ。・人生には地図にはでていない道がある。 一見行き止まりでも、そこまで行くと、抜け道がある。・人生という海では、速く泳ぐことより、 長く浮いている能力が必要。 →人生では、速く泳ぐ人よりも、 おぼれそうでも沈まない人の方が、成功するのです。・どっちが勝つかわからない。 ただし、見物客が勝つことだけはない。・「これから、何をやりたいか」ではなく 「今、何をやりたいか」だ。 →先のことばかりを心配している人は、 今を生きていません。 あなたは、今を生きていますか。 今を楽しんでいますか。・世界で一番カッコいいのは「まちがった」と言える人だ。 →できれば明るく宣言しましょう。 「まちがった」と言えないから、つらいのです。 自分が「まちがった」と認めることは、 これほど恥ずかしいことはありません。 でも、「まちがった」と私が言おうが言うまいが、 私がまちがったことは、もうみんなにはわかっているのです。 「まちがった」と言うのは、みっともないことではないのです。・才能は、お酒と同じ。時間をかけて腐らせたものが、 人を酔わせる。 →今日、役にたてようとしてはいけません。 腐らないようにと、あわててはいけません。・自分に降りかかるすべてのことを引き受ける人に 幸せは訪れる。 ・社会に出たら、見えない学力が見える学力を追い越す。
2007.05.06
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痛快!憲法学小室直樹集英社インターナショナル今回は「日本の議会、憲法は死んだ」という著者のことばを借りてそのことについて、戦前と戦後(次回)に分けてまとめを。まず、憲法とは本来、「国家権力を縛るもの」で国家と人民の契約であるということ。そして、その概念が定着するには、資本主義と民主主義(デモクラシー)の制度がしっかり根付いている必要があること。それらの制度ができあがっていくには、キリスト教の予定説の考え方(人間は神の前で平等なので、権力があろうが、お金があろうが人に差はない。人間の一生は神によってすでに予定されている)が必要であること。数々の不平等条約を結んでいた日本が、明治以降、欧米と対等になるくらい近代化していったのは、天皇を神として、天皇の下での平等というある意味キリスト教の予定説的なものを大日本帝国憲法と言う形で作り出したから。そのため歴史上類をみないスピードで近代化に成功した。しかし、だんだんと衰退していくのだが、今回は、その原因を追いかけていく。そもそも議会とは、人民の代表たる議員が集まって、自由に討論する場所であり、議員の力の源は、人民にある。ところが、その人民が「もうデモクラシーはいらない」と考えるようになってきた。その決定的となったのが、戦前においては、1940(昭和15)年2月の第75帝国議会でのできごと。盧溝橋事件に始まった支那事変(日中戦争という人もいるが、当時の呼称は支那事変。この時期の大陸には統一政権はなく、中国というような国号は使えなかったので、地理的名称である「支那」が使われた。)がすでに足掛け4年を迎え戦線は拡大するのに、終わりは一向に見えない状況の中で、斎藤隆夫議員は「反軍演説」をするのだが、どういうことかというと、軍が「聖戦」とよぶ事変に対して、政府は公式表明で、「支那の主権を尊重し、領土や賠償を請求しない」と言っているので、その損害をどうして埋めるつもりだ、じゃあ戦争はやめるべきなのでは、というような内容。斎藤議員の質問は理路整然とした立派な内容であったが、彼への迫害が軍部からではなく、なんと議会の同僚たちからきた。斎藤代議士の発言は「聖戦目的を侮辱するものである」として、衆議院本会議で彼の除名が決定し、議会では、「聖戦貫徹に関する決議案」まで可決することで、言論の自由という砦を議会自ら明け渡した。マスコミや政府のコメントなどで国民自身が、戦争に熱狂していたという状況で、日本は「空気」が支配する国(山本七平)というように、日本人は空気の前に道理が引っ込んでしまったのであろう。どんなに良心的な議員がいても、目に見えない「空気」には勝てない。著者いわく、斎藤隆夫が除名された昭和15年(1940)3月7日、日本のデモクラシーは死に、明治憲法も死んだという。戦後にも同じようなことを繰り返すのだが、そのことは次回に。短くまとめるというのは大変難しい。2回か、3回くらいで収めようと思ったが、残したいことがどんどん増えてしまって。もっと上手に文を書ければなあと思うけれど、今のじぶんではここまでか。とりあえずあと2回ほどお付き合いください。次で戦後の事件のことを書いて、最後に日本国憲法について書いて終わるという感じで行こうと思います。一度走り始めたので、いちおうのゴールまで行かないと後味悪いので。
2007.05.05
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痛快!憲法学小室直樹集英社インターナショナル今回は大日本帝国憲法について軽くまとめておこうと思う。明治政府は日本の資本主義化を目指しさまざまな方策を打ち出したが、どれも欧米と戦えるだけの結果をだせなかった。そこで伊藤博文が憲法草案策定のためにヨーロッパに派遣されたが、そこで彼は、ヨーロッパにおける憲法がキリスト教の伝統から生まれたことを学び、制度や法律だけを輸入するのではなく、キリスト教の代替物としての宗教を作ろうとした。そこで、キリスト教のイエスのように天皇を現人神とし、「神の前の平等」を「天皇の前の平等」とし、宗教をつくりあげ、明治天皇が皇室のご先祖様に誓いをたてるという特殊な形で(西洋の憲法は国王の権力を縛る形)、大日本帝国憲法を作った。この試みは大変な成功を収め戦前の日本人は、自分たちを「天皇の赤子」と考えるようになる。つまり日本人はみな天皇の子どもであって、天皇からみればみな平等であると信じることができた。この確信があって日本に資本主義が生まれるようになった。(天皇からみればお金持ちの人間も、貧乏の人間も 同じだから、学問と努力さえあれば出世できると 考えるようになったから。キリスト教の予定説と同じ 考え方。神からすれば人はみな同じである。)歴史上、近代化のために宗教をつくろうと考え、実行した国はどこにもない。その意味では、明治の日本が短期間で民主主義や資本主義の国を作り上げたことは、空前絶後であるとのこと。しかし、帝国憲法が天皇と人民の契約ではなく、明治天皇と神々の契約となっていたことで、日本人の意識に「憲法とは国家を縛るものである」という意識がとうとう定着せず、昭和になると天皇の権威に名を借りた軍部により日本は暴走していくことになる。歴史を学び、分析していくことで、見えないものが見えてくるんだなあと、とても感動した。もっともっと学ぶことがたくさんある。楽しみだ。
2007.05.04
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痛快!憲法学小室直樹集英社インターナショナル日本国憲法についての話。憲法が成立までにはどういう経緯があったのかということをヨーロッパの歴史からひも解いている。この本はかなり影響を受けた。またいつか読み返そうと思う。内容が多くて、何回に分けたいと思っているが、まずは、憲法が成立するまでにまず、民主主義と資本主義の考え方が必要になってくるのだが、それはキリスト教の予定説からすべて始まっているということ。予定説が生まれるまでにも事件やらいろんな歴史があったが、世界史ががらりと変わるのは予定説がでてきてかららしい。中世ヨーロッパでキリスト教の予定説とは、一言で言うと、人間は最初からすべてが予定されているという考え方で、そこから、すべては神様の決めたことである、と王や貴族たちを恐れなくなり、革命を起こしていく。あとはキリスト教自体が個人と神の「契約」ということから始まっていているので、キリスト教がベースになっているヨーロッパ人は「契約」ということを特に重視している。それらの考え方が浸透していくにつれて民主主義、資本主義の国ができあがっていき、そして国家権力をしばりつける契約として憲法がつくられた。長くなりそうなので、また続きは次回で。自分の中のひっかかり・私の見るところ、日本国憲法はすでに死んでいます。もはや現代日本には民主主義 もなければ、それどころか資本主義もない。日本国には憲法はない。 したがって、すべての改憲論、護憲論は現状においては無意味であるというのが 私の結論。・カルヴァンはキリスト教の唯一にして最高の聖典、聖書を徹底的に研究し、そこに 書かれていることを元に思索を深めていき、ついに1つの結論に達した。 その結論とは、「予定説」なるものです。 この予定説こそが、絶対王権にとどめを刺し、そればかりか民主主義を生み出すこと にもなった。まさに世界史を変えた思想です。・予定説の考えによればそもそも人間はどんなことをしようとも、絶対に救われない 存在なのです。・予定説の論理でいけば、人間の一生はすでに神に定められています。 ということは、今、自分が予定説に出会って、それを信じている というのも、神が定めたことであるに違いない。 だから、予定説を信じてプロテスタントになることだけでも、 あの絶対にして万能の神様のお導きがあったればこそ。 そこに「神の予定」を感じるではありませんか。 「自分はひょっとしたら神から選ばれた人間なのかもしれない」 そう考えると、あまりの光栄に体も震えてくるというものでしょう。 だからこそ、カルヴァンの予定説を信じたプロテスタントは 熱狂的に神を信じました。 しかも、その信仰心はどんどん篤くなる一方。決して信仰心が 冷めることがないし、加速度的に信仰心は増していく。 これが予定説を信じている人の特徴です。・日本人がいつまで経っても、ヨーロッパ文明を理解できない のは、キリスト教の存在をあまりに軽視しているからです。・旧約聖書とは要するに、神様との契約を破ったら、どんな ひどい目に遭うかという、その実例が「これでもか、これでもか」 と書いてある本なのです。 したがって旧約聖書の教えというのは、「こんな目に遭いたくなけ れば、神様との契約を守りなさい」という1点、ただそれだけ なのです。・イエスは十字架にかかることで、神様との契約を改訂して新しい宗教 、つまりキリスト教をうちたてます。それにともなって、新しい 聖典が作られた。それが新約聖書です。 「新約」というのは、新しい契約と言う意味です。 従って、旧約聖書を聖典にするユダヤ教も「契約の宗教」ですが、 キリスト教も「契約の宗教」。・イスラム教は、マホメッドがユダヤ教やキリスト教の欠点を徹底的に 研究してつくり上げた宗教ですから、その意味で、非常によくできた 宗教だといえます。 世界的に見ると、イスラム教の信者が今、もっとも増えている のだそうですがそれも当然のことです。 しかし、そのイスラム教を信じている限りは「人間同士の契約も 絶対である」と言う観念はうまれない。 したがって、近代資本主義も近代民主主義も成立しない。 そこが現代イスラム世界の抱えている最大の問題と言えるでしょう。 →イスラムの神様は旧約の神様ほど、契約違反に対して厳しく ないし、短気でもない。イスラムの神様は寛容なのです。 ・・イスラム教徒が何か悪いことをして反省する際には、 同時に「アッラーの思し召しによって」、どうぞお許しいただけ ませんかと神様のお慈悲を願う。 するとアッラーはまことに寛大な神様ですから、「これから は気をつけろよ」と許してくださる。
2007.05.03
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問題を起こす人が成功する中谷彰宏 PHP文庫今日から奇跡が起こる120の法則エプスタイン 著/渡部昇一 訳知的生きかた文庫自分の壁を破る思考法竹村健一知的生きかた文庫小さな自分で一生を終わるな!W・ダイアー 著/渡部昇一 訳知的生きかた文庫ヘンリー六世(第1部)ウィリアム・シェイクスピア 著小田島雄志 訳火の鳥(1)黎明編手塚治虫角川文庫火の鳥(2)未来編手塚治虫角川文庫火の鳥(3)ヤマト・異形編手塚治虫角川文庫この頭の使い方ができない人は一生苦労する二見道夫知的生きかた文庫人生に手遅れはない二見道夫知的生きかた文庫1分間ですべてが決まる!吉田たかよしサンマーク出版感性の磨き方国司義彦産能大学出版部刊
2007.05.02
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男の気持ちがわからない君へ秋元康講談社恋や結婚に臆病になっている女(ひと)へ・・男ごころの読み方を教えようということで、著者が男の気持ちとはどんなものなのかというものを語った本。もちろん例外もありますよって言った上で、男の人は、仕事や恋愛、結婚、浮気、女性などに対して、どういう風に考えているかを書いているのだが、いままであまり意識もせずことばにしてこなかった分野で、ああ、そうか、自分もこういう風に考えているのかも、と思えるところが結構あった。あとは、著者はよく人間を見ているものだと感心した。人を見て、分析して、ことばにする。自分も見習おうと思う。自分の中のひっかかり・はっきりいって男性にとって、肩書きがつけられてしまう 女性ほど、つまらないものはありません。 奥行きがないというか、説明しやすいというか、ひとことで 彼女はこういう人、といえるような女性は深入りする気に なれないと思うんです。・結局、ずるいところも、弱いところも、いちばんかっこ悪い ところも、わかってくれている長く続いた女性の「楽さ」 にはかなわない。・男性にとって、彼女にいちばん愛を感じるときは、 どんなときか。 それは、自分がどんなに勝手なことをしようが、こんなに 自分のことを思ってくれている女がいる、と気づいたとき だと思うんです。・本質的に男性は自分が中心でいたいから、男のずるさを 封じ込めようとしてもだめです。 かといって、男性のいうなりになっていては、ますます 増長します。 だから、女性としては正攻法でいくしかありません。 つまり、私ほどあなたに合う女はいないのよ、ということを わからせる ・・男のずるさに対する女の強さをもつこと
2007.05.01
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