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 小保方博士の論文騒動に関し,すでに発表された論文の「取り下げ」は「不思議な行為」だと前回書いた.間違いが判明したら素直に「取り下げ」るのが社会常識であるが,この常識は科学論文には当てはまらない.このことについて少し書いてみたい.

 科学上の発見には,重要な事実を誰が発見したのかをめぐり,深刻なトラブルが起こることがある.その1つの典型例が生物の「新種」の発見である.たとえば生物の1新種が,2人の学者によって相次いで発表されたとする.両者が同一種であることが判明したら,2人のどちらが提唱する学名を採用すべきか,という問題が生じる.これを解決する1つの原則が「先取権」(priority)である.つまり,より先に発表された学名が採用される.

 この原則が成り立つためには,新種を発表した日付けが明確でなくてはならない.従って分類学には,1つの暗黙のルールがある.すなわち,1つの新種の発表は1回しか行ってはならない,というルールだ.ある新種を学会で発表し,次に学術誌Aで発表し,さらに学術誌Bでも発表したら,発表の日付けが3つできてしまう.どれが本当の「発表」なのかによって,競争相手よりも早かったか遅かったかの判定が違ってくる,という可能性が生じる.こういうトラブルを避けるため,新種発表は1種につき1回きりにしようというルールだ.違反しても罰則のようなものはないが,分類学の基本ルールを知らない半人前という評価は免れないだろう.

 これと関連して,「学名の訂正はできない」というルールもあって,これは命名規約にも書かれている.学名を訂正したら,最初の発表と訂正論文とのどちらが本当の「新種発表」なのかで,トラブルの原因になりうるからである.遠い昔のこと,「ペルーの木」は熱病に効くとして,その利用を熱心に推進したチンチョン伯爵夫人(Countess Chinchon)という人がいた.その木は現在はキナノキと呼ばれる.言うまでもなくマラリアの特効薬キニーネの原料である.キナノキの学名はCinchona officianalis である.チンチョン伯爵夫人を顕彰する趣旨の命名であったが,命名者のリンネはつづりを間違えてしまった.明らかな間違いであるから訂正すれば良さそうなものだけど,それは規約上できない.

 何と不合理な,と思う人が多いだろう.生物学者の中でも分類学者は,特に頭の固い,融通のきかない人種だと思われている.しかし,「固さ」には理由がある.すべては先取権の原則を有効にするため,トラブルを避けるためのルールである.間違いに気付いたら訂正すれば良い,などという融通を「きかさない」ことが肝要なのだ.大学で生物学を学んだ人であっても,こういう原則を知る人は少数である.しかし新種を発表したことのある人には常識だ.

 別の角度から考えてみよう.
 科学の専門誌において,「正誤表」というものを,私は見たことがない.仮に正誤表があったとしたら,どういう事が起こるだろうか.専門誌を読む人は,全体を読むわけではない.自分の研究と関係する特定の論文(Aとしよう)を読むだけだ.その箇所をコピーしたりダウンロードして読む.そして必要なら自分が書く論文(Bとしよう)に引用する.

 その引用元の論文Aに間違いが見つかったとする.そして編集者が,雑誌の次の号に正誤表を掲載したとする.この正誤表は,よほど大規模に宣伝しない限り,論文を引用した人は気付かないだろう.仮に気付いたとしたらどうなるか? この人はひょっとしたら,自分が書く論文Bの主要な骨組みに,その間違い論文を組み入れているかもしれない.ところが元の論文Aは正誤表によって「間違い」であったと宣言された.では,この人はどうすれば良いのだろう.論文Bをまだ執筆中なら何とかなる.すでに印刷されていたら,今度はこの人が「正誤表」を出すのだろうか?

 小保方論文は理研の偉い先生方によって「取り下げ」られた.ことは正誤表どころの騒ぎではない.起こりうる連鎖反応の大きさ,この行為が他の研究者に与える混乱は,あまりに大きい.



 間違いに気付けば率直に訂正すれば良いという常識は,科学論文に関しては通用しない.そのような事をお気軽にされたら,科学そのものが成り立たなくなってしまう.大切なことは間違いを発表してしまわないよう,出版に至るまでのプロセスで著者自身が,著者全員が,最善を尽くすことである.

 いまマスコミが喧伝しているような「管理の強化」だとか「研究機関としてのチェック機能」などは論外.この人たちはどこまで的外れな議論を重ねるのだろう.





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Last updated  September 17, 2014 12:40:30 AM
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