としきぴ堂

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コップに半分の水


内容を見ると院内では神経科と通称していますが、精神科、心療内科もやっていますみたいなことが書いてありました。
神経科の方が通院しやすいのか。精神科ってよほど評判が悪いのかしらと思いました。
そんな神経科に通っている、としきぴです。抗鬱剤1か月分処方されました。

「コップに半分の水」は、若かった頃に半年ほど広告代理店に勤務していおりに、上司のAD(アートディレクター)から聞いた話です。詳細は覚えていないので、例によって適当ですw

上司:ここにコップに半分の水があるとしよう(どっかの教祖みたいw
あたし:半分ですね(想像してみる。この場合くびれがあったりデコラティブなコップでは量がわかりにくいので、普通なコップを想像した。
上:まったく正確に半分の水があるのに、見る人によっては、半分しかないと感じたり、まだ半分も残っていると感じたりするわけだ。
あ:(いよいよ始まるなと黙っている。
上:広告とは、見る人に半分しかないぞと思わせたり、半分もあるリッチ感を抱かせたりするものだ。
あ:(そういうのをニーズの創出とかいうんだっけと思いつつ、黙ってうなずく。
上:広告とは、それを目にするまで、その存在すら知らない商品を買ってみたい気持ちにさせるためにある。これは○○○○(人名忘れw)とかいう人が本で買いていて、広告業界では有名な話だ。
あ:なるほど。コップに半分の水ですね。
上:そうだ。そこにどんな色づけをするかが、グラフィック・デザインの仕事だ。

この話が鬱とどう関係があるのか、あたしにもわかりませんが(をいっw)人が人に影響を与えるさいにも、これと同じく半分しかないとか半分もあるとかいうような色づけがあると思います。
「これはきくのよ」「これって安かったの」「便利でしょ?」といったわかりやすいストレートな表現から、さりげない暗示まで、さまざまなバリエーションで働きかけ合っているともいえないでしょうか。
ある種の鬱な人(ここでいう鬱は必ずしも鬱病だけではありません)は、この色づけに極度に鈍かったり、極度に過敏だったりするような気がします。
中でも機能不全な家庭に育った人には、この手の影響を正常に受け止める機能がなかったり、不完全(思い込みから間違った解釈をしてしまう)であったりするようです。

ここまで書いて、なにか落ちをと思いおましたが、なにも思いつかなかったので、おしまいw


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