ととにっき

ととにっき


・学名 Prunus mume(梅)
Prunus mume var. bungo(豊後梅)

・開花時期は、 1/25頃~ 4/ 5頃。
1月下旬から咲き出すもの、3月中旬から
咲き出すものなど、さまざま。
桜とちがって、咲き方も散り方もゆっくり。
・春の訪れを感じる。
・漢名でもある「梅」の字音「め」が変化して
「うめ」になった。
・ふつう、白梅の方が紅梅より早く咲き出す。
・いろいろな園芸種がある。
・とてもよい香りの5弁花。
「馥郁(ふくいく)たる梅の香り」の”馥郁”
とは、「とてもよい香り」の意味です。
(そういえばこのことばって、
梅にしか使われないですね)

・中国原産。奈良時代の遣隋使(けんずいし)か
遣唐使(けんとうし)が中国から
持ち帰ったらしい。
そのころは桜より愛でられたが、
平安時代からは桜のほうに関心が
移っていったらしい。
・「万葉集」の頃は白梅が、平安時代になると
紅梅がもてはやされた。
万葉集では百首以上が詠まれており、
植物では萩に次いで多い。

・幹がゴツゴツしているのが梅の特徴。
花を見ただけでは桜などと区別がつきにくい。
・実が梅干しとなる(白梅の場合)。
梅雨の頃に収穫する(梅干しおいしいでぇす)。
江戸時代には、各藩が非常食として梅干を作る
ことを奨励したため、梅林が全国で見られるよう
になった。
ちなみに「梅雨(つゆ)」の名の由来は、
梅の実がなる頃に雨が多いからだそうです。
・梅の字は「母」の字を含むが、中国ではつわりの
ときに梅の実を食べる習慣があるらしい。

★<「鶯宿梅(おうしゅくばい)」の故事>
ある時、宮殿の前の梅が枯れてしまった。
そのときの天皇、村上天皇はこれを残念に思い、
かわりの木を探させていたが、
ある屋敷で良い梅の木を見つけて
それを勅命で宮殿に献上させた。
そしてその木を植えてみたところ、
屋敷の女主人の書いた歌が紙で結びつけてあり、
「勅なれば いともかしこし 鶯(うぐいす)の
宿はと問(と)はば いかがこたえむ」
とあった。
歌の心を知る天皇は、
すぐにこの梅の木を元の屋敷に返したという。
(ほのぼのとしたお話です)

・「松 竹 梅(しょうちくばい)」
・中国で呼ばれる「四君子(竹、梅、菊、蘭)」
の一つ。水墨画の画材にもよく使われる。
・「梅に鶯(うぐいす)」
梅に鶯を配した豪華な図柄
→ とりあわせの良いもののたとえ
他に「獅子に牡丹」「紅葉に鹿」
・別名 「好文木」(こうぶんぼく)、
「木の花」(このはな)、
「春告草」(はるつげぐさ)、
「風待草」(かぜまちぐさ)。

・1月1日、2月3日の誕生花(梅)。
・花言葉は「厳しい美しさ、あでやかさ」(梅)。
・和歌山県の県花(梅) 梅干しの名産地です。
福岡県の県花(梅) 菅原道真ゆかり。
大分県の県花、県の木(豊後(ぶんご)梅)
山形県の県の木(梅)
・枝垂梅はこちら → 枝垂梅(しだれうめ)
・梅擬(うめもどき)は、
”梅に似ている”という名前です。

・「春もやや けしきととのう 月と梅」
松尾芭蕉
「二(ふた)もとの 梅に遅速を愛す哉」
与謝蕪村(よさぶそん)
「梅一輪 一輪ほどの あたたかさ」
服部嵐雪(はっとりらんせつ)
「白梅や ひと日(ひ)南を あこがれぬ」
石川啄木
「鳥の名の 都(みやこ)となりぬ 梅やしき」
千樹庵益賀
「道ばたの 風吹きすさぶ 野梅かな」
高浜虚子

「春されば まづ咲く宿の 梅の花
ひとり見つつや 春日暮らさむ」
万葉集 山上憶良(やまのうえのおくら)

「大空は 梅のにほひに かすみつつ
くもりもはてぬ 春の夜の月」
新古今集 藤原定家(ふじわらのていか)

「東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花
あるじなしとて 春な忘れそ」 拾遺和歌集
菅原道真(すがわらのみちざね)

「吾妹子(わぎもこ)が 植えし梅の木
見るごとに 心咽(む)せつつ 涙し流る」
万葉集 大伴旅人


 梅といえば、梅干。私は紀州梅が大好きです。
おやつみたいだから、つい食べ過ぎてしまいます。
最近は、コンビニに焼き梅とか干し梅とか売っていて
梅好きのととには嬉しい限りです。

 幼少のみぎり、幼馴染が申すに、わたくしは道端の草を
食べておったそうです。若芽を。
梅にいたっては、小学校の帰り道に梅の木の群集が
あったのですが、青い梅をもぎ取って食べていたそうです。
(あくまで人事)
一回、カプッと囓った瞬間虫が出てきて、私はもしかして
虫も食べたのか!?と全部吐き出したことがあります。
しかし、性懲りもせずもぎ取って食べてました。
こけももとか野いちごとかも食べてたな。


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