戸口に露の降りるまで

戸口に露の降りるまで

ツグの卒業


次男のツグがわく星学校を卒業をした。
彼がわく星学校に行くようになったのは、11歳の秋の頃だっただろうか。
弟のサンが半年ほどの先輩であった。
片道1時間の電車とバスを乗り継いでの通学だった。
「この子達は何?」といぶかしげに奇異なものを見るような視線を全身に感じながら休まず通学していた。
続く

ただいま工事中



「大きな背中」
小坂勝弥(スタッフ)

 わく星学校では卒業式を行わない。それほど深い意味はないが、形式よりも内実を重んじる「わく星イズム」の表れでもある。かわりに、巣立っていく本人が在籍した期間をどう総括し、今後の人生をどう展望しているか話してもらう場を設けている。そのことが、本人はもちろんこの場のみんなためにもなると考えるから。

 昨春から植木職人になるべく見習いを始めたTの「巣立ちの言」を聞いた。1年近く温めてのことである。少しだけ紹介させていただきたい。
 まずは、わく星における彼の個人史であった。最初は年長のメンバーたちがとても大きく見えたこと、いつしか自分がその年になり、自問する過程で生まれた自覚について、そして、巣立つことを考えての戸惑いについてなど、実感を込めて語ってくれた。10年近く在籍した彼の歩みは、同時にわく星という場そのものの歩みでもあったように思う。その辺が彼の目にどんなふうに映っていたのか興味深かった。曰く、わく星という場自体がどんどん成長していってるように感じる、とのことだった。そして、ここでは一人ひとりの存在が本当に大きい、みんな自分がこの場をつくっているという気持ちを大事にしてほしい、とつけ加えた。
 続いて、現在の職人見習いとしての毎日のことを語ってくれた。朝は5時10分起き、夏の毛虫のたいへんなこと、つぼみを落として怒鳴られたこと‥など。苦労話に悲壮感は全くない。むしろいきいきとした充実感がびんびん伝わってくる。わく星にいたときには大抵のことは人並み以上にできると思っていたが、職人の世界は厳しく、できないことだらけだそうだ。「でも、できないことは、これからできるようになればいいから」と前向きに考えているそうだ。わく星時代の彼は自負するのも十分にうなずけるほど器用な人であった。ただ、以前の彼であればそういったプライドが傷つけられることにもっと臆病だったように思う。しかし、今は違う。彼の口から表現されたのは、体裁にこだわらずいつも学ぶ人たろうとする、まさに「わく星イズム」そのものであった。私はこの言葉にたいへん感動した。
 話の中には、さりげなくスタッフである私たちへの感謝の気持ちも込められていた。くすぐったいような思いと同時に、そういう気持ちの持てる人に育ってくれたことをたいへん嬉しく思った。そして、みんなもいつか巣立ちを迎えて戸惑うこともあるだろうけど、思いきって前に出てみるのが大事なんじゃなか、ボクも少しだけ先を歩く者として「大きな背中」を見せれたら、と思っている、としめくくった。

 うん、大きい背中に見えるよ、と私は心の中でつぶやいた。

(04.03.13)




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